2010年12月28日火曜日

年末の翻訳 「メディアからは聞こえてこない音楽、ラップ」

 マリアンヌのサイトに転載されているヴァリエさんというブロガーの記事を日本語に訳してみました。大かっこ内は簡単な訳註です。上の題名をクリックすると、マリアンヌのサイトの元記事に飛びます。

メディアからは聞こえてこない音楽、ラップ

ヴァリエ(Variae)

 国内メディアがきわめて人気のある音楽ジャンルを意図的に追放することがあるものだろうか?パリジアン紙レザンロキュプティブル誌2本の記事が重ねてフランスのヒップホップのパラドックスを強調してくれた。景気のよくない市場においてレコードをたくさん売っているのに、主なラジオ局、テレビ局には無視され、十分な量と質の専門雑誌もない。この問題に関する統計があるのかどうかは知らないが、私の感覚は主観的にこの状態を確認している。そもそも上記新聞・雑誌がインタヴューした一般向けメディアの番組編成者は反対のことを云っていない。ラップは大きなオーディエンスをもつ番組のなかにはほとんど登場せず、ともかくフランス国内での影響力とは比べものにならないくらいしか登場しないのである。すきまメディアを除くと、最良の場合でも、すべての「新しい」音楽(ロック、ポップス、シャンソンの聖なる三組以外)と同様に、フランスにおいて常に異種の美学の逃げ場であった、[ティエリー・]アルディソンThierry Ardissonテレビ司会者、プロデューサー。元編集者(雑誌『アントルヴュー(Entrevue)』の創刊者)]の番組や[ミシェル・]ドゥニゾMichel Denisot。有料テレビ局カナル+のジャーナリスト、司会者]『グラン・ジュルナル(Grand Journal)のような先端の番組だけにそれはかぎられている。

 この状況の一般的な要因とより特殊な決定要因を同定することができる。まず一般的なことからはじめると、明らかにメディアにおけるフレンチラップの受容のされ方は、あらゆる新しい美学とその他のフランスにおける若者の音楽と呼ばれるものがたどる曲がりくねった道の運命を思い起こさせるのだ。事実ラップには浮き沈みがあり、フランスに出現して以後、メディア上でのそこそこ大きな爆発の時期があった。80年代において、TF1[大衆的な民放テレビ局]はこのとき揺籃期にあった音楽運動のためにH.I.P.H.O.P」という伝説的な番組をつくったが、その後では割り当て時間をなくし、こうしてこの音楽の最初の不遇時代の原因となったのである。その後90年代中頃から末まで、MCソラール、IAMNTM、変わりもののドック・ジネコ(Doc Gynéco)がメンバーだったなぞめいたミニステール・アメール(Ministère A.M.E.R.)などの重要なフランス人アーティストが現れるとともに、この音楽運動はふたたびメディアに現れるようになり、この晴れ間の時期は、音楽的にさらに成熟し、(幾人かの要員にとっては)さらに「商業的」なものになる時期でもあった。この晴れ間は、相対的な規範化によって表されるものだったが(TV出演、レザンフォワレLes Enfoirés。スターによるチャリティ・コンサート。MCソラールが参加している]の毎年恒例のコンサートへの参加、テレラマ[フランスにおける映画・音楽批評の権威である週刊誌]のアルバムレヴューなど)、「今どきの音楽」に対してふたたび盛り上がった国民的なオプティミズムの土台の上にあるものだった。事実これは、ダフト・パンク、エール、そこそこおもしろいそのクローンの群れなどによる、エレクトロ音楽におけるフレンチタッチの時期でもあった。この影響下の流行という誤解によって最終的にはこの二つの音楽運動は姿を消し、2000年代と、ロックと(ヌーヴェル)シャンソン・フランセーズがいっしょに「カムバック」するときがちょうどやってきて、メディアがむかしながらの性質へともどる理由をつくったのである。

 国内メディアでのヒップホップの紹介のされ方(これは低落している)と大衆への影響(これは否定できない)の間の乖離は、2000年代の郊外(banlieues)に対する大きな恐怖の高まりと、MCソラールのようなラッパーのベシュレル[フランス語文法の代表的な参考書]のようなライム(押韻)とは程遠い、「ギャングスタ・ラップ」として、常に「ごろつき」cailleraRacailleの逆さことば]文化との関わりのなかでこの音楽が発展したとされること(これはこのジャンルの愛好者もときどきやりだまにあげることだ)と直結しているように私には思われる。「人々」がこれと同時にスラム[グラン・コール・マラッド(Grand Corps Malade)を代表とする詩の朗読音楽のムーヴメント]をもてはやすのは偶然ではない。これは非難され裁判で訴追もされるラップの飼いならされた受容できる形であるとでも考えなければかなり定義がむずかしいような詩の朗唱なのだ。グラン・コール・マラッドがシャルル・アズナヴールを「フィーチャリング」する一方で、ブーバ(Booba)とローフ(Rohff)[両者とも人気ラッパー]“biz, dope, lope-sa”[密売、薬、売女(salope逆さことば)]を、他のものは“biyatch”を基調にしてぶつかり合うのである。スラムはチャラチャラした頭が空っぽな十代のための文化の、真に音楽的な一面なのだろうか?ともかく、ラップをそのようなものとして遠ざけ、パリジアン紙の記事で問題になっているようなその「むずかしいメロディー」を遠ざけることをよりよく正当化するための都合のいい道具として使われることが一般的になされた(それは今もつづいている)。


 実のところ、ラップの審美的評価は、決して解決されることのない、この音楽スタイルに内在する環境によってバイアスをかけられている。ラップは社会現象なのか(パブリック・エネミーのチャック・Dが云っていたように、ストリートのCNN)、それともそのままで音楽なのか?同じように、ラッパーのことを代弁者、さらには社会の仲介者、それともアーティストと考えるべきなのか?この曖昧さは現実のものであり、ラップ界隈でつちかわれている。庶民の生まれ(さらには犯罪行為)を大げさに強調するけれど、ゲットーとはまったくずれた状態で生きている詐称者、sucker MCがヒップホップのライトモチーフのひとつであり、ひとつ成功が生まれるたびに、裏切りだ、本物ではないという非難が生まれるのである。90年代の「ラップの草分け」のときから、このことは議論されてきた(I Am « Reste underground », Fabe « Des durs, des boss … des donbis »)。この議論は2000年代にMCギャバン(MC Gab'1)の有名な火種(« J’t’emmerde »)によって爆発した。この曲は有名なラッパーたち、日常よりも妄想の方を反映した曲をつくるラッパーたちの実生活についての長い告白であった。簡単に云うと、後にオレルサンの事件[Orelsanはラッパー。« Sale Pute (Dirty Bitch) »が女性に対して暴力的で差別的なものとして問題になったが、それはひとつのケースを扱ったものであり、本人の経験に基づくものではないとされた]がまた証明することになるように、有名なラッパーが虚構の物語について本当らしく(あるいは曖昧なしかたで)語ることができるという事実は通用しない。ヒップホップアーティストはそれぞれ自らの実体験、ルーツ、郊外、さらには最終的に分析すると、聴き手である若者を前にした自らの責任へと送り返されるのである。きっとこの二面性が主要メディアのラップに対する曖昧さをつちかい正当化しているのだ。この条件において、メディアにとってはこれこれのヒップホップアーティストに、その音楽作品についてよりも、郊外の社会的現実について聞くことの方が簡単である。音楽が問題になるとしたら、それが暴力、女嫌い、同性愛嫌い、あるいはもっとひどいことによって非難されかねないときだけである。エスタブリッシュされた歌手[フロラン・パニー(Florent Pagny)のこと]同じ横道に迷いこみ「曖昧な差別」「税金への憎悪」を歌うことができるということは、それでも多くのひとの感性に抵触するものではないようだ。さらに、ラップを音楽的・社会的ゲットーのなかだけに置いておけばそれだけ、決まり文句を繰り返して安心できるのは確かなことである。ラップにより多くの空間とよりよい可視性・正当性を与えることによって、退屈しているというクリシェから遠く離れて、パイオニアがそろそろ50代に近づいているこの音楽運動の成熟と内省を促すことができるのである。

 こういった話はすべて、テクノ(アフリカ系アメリカ人がつくりだした音楽だが、それは忘れられやすい)以来、ファンク、ラップを通って、カリブ海音楽まで、ブラック・ミュージックあるいはあらゆる形のグルーヴという広い音楽全般に対してフランスで用意されている運命の問題に戻るのである。これらの美学はしばしばよくとも尊大な善意によって迎えられ、ひどい場合はロックとシャンソンで育った番組編成者に軽蔑されるのである。少量であるか、あるいは去勢されて支配的なサウンドと混合されたときには受容できるものになり(スラムがそうだが、エレクトロ音楽についてはエレベーター音楽のようなラウンジの流行をあげることもできるかもしれない)、初めてメディアに出現したときにはパロディにされ(ハウスを真似したラガフ[ヴァンサン・ラガフ(Vincent Lagaf')。コメディアン、主にTF1でクイズ番組を担当する司会者]« Bo le lavabo »、フランキー・ヴァンサ(Frankie Vincent)好色なズーク、農村ラッパーのカミニ(Kamini)など)、軽いパーティ音楽(かつらをつけたディスコ、コンパニー・クレオール[La Compagnie Créole。ズーク・グループ][ダヴィッド・]ゲタ(David Guetta)のようなダンスミュージック)、あるいは十代のため音楽のレベルに引き下げられ、これらのジャンルは、すでに年を経てしばしば疑うことのできない豊かさをもった文化運動にふさわしい認知と敬意を獲得するのに苦労している。ラップの場合においては、オーディエンスが足りないということはそれでも事実上隔離されていることの理由として用いることができない。この音楽に対する近視眼のかげに、ヒップホップが代表としていると考えられるフランス人を切り捨てるというより深い事態を読みとるべきなのだろうか?

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