2008年9月28日日曜日

翻訳の秋 「文学は気取りすぎ!とフランソワ・ベゴドー」

 今年のカンヌ映画祭で、フランス映画としては久しぶりにパルムドールをとった、移民の子供が多い中学校を舞台とした『壁のなか』がフランスでは24日の水曜日に公開されました。一般的には評判がいいようですが、「革命的中道派」のマリアンヌ紙は相変わらず原作兼「とっても理解がある教師」役で主演の作家フランソワ・ベゴドーのことが嫌いなようです。教育関係者のなかには、実際に教師でもあるベゴドーのことが嫌いなひとがかなり多いらしく、カンヌが終了したときに「このパルムドールの唯一のいいところは、この賞のおかげでベゴドーが二度と教育の現場に戻ってこなくてすむというところだ」と皮肉を云っているひともいました。
 しかしそうは問屋が卸さないのが世のなか。忙しくて教壇に立つ時間がなくとも、ベストセラー作家は教育に口を出すのでございます。ベゴドーが今回出版した本の題名は『文学の反教科書』。ベゴドーさんは何を云っているのでしょうか。マリアンヌ紙のサイトに掲載されたアンナ・トパロフさんの記事です。

文学は気取りすぎ!とフランソワ・ベゴドー

 『壁のなか』の著者フランソワ・ベゴドーは最新刊の著書で、文学は暇人とブルジョワのためのもので、文法は何の役に立たないと説明している…。ところでこのひとは何の先生でしたっけ? ああ、そうだ、フランス語(国語)の先生だった。

 フランソワ・ベゴドーは『文学の反教科書』のなかで、我らが子供時代の懐かしき『ラガルドとミシャール』[訳註・文学の教科書]を改新しようとする。デリケイトな状況で知られる中学校での教育経験を武器にして、教育界でいちばんメディアに愛されている先生は、子供を尻込みさせず、喜んで学びたいと思わせるものにフランス文学を変えたいという野望を抱いている。すばらしい心がけだ。しかしこの本を読んでみると、奇妙な印象が残る。文学を聖なるものではなくしようとしたばかりに、この著者は文学を軽蔑することになってしまったのだ!
 ベゴドーによると、たかが買いもののリストでも文芸の領域に属する。自らを大衆と区別するためにブルジョワが発明した「文体」という何やらわからない概念は、「気取り屋」の技巧でしかない。よってフランソワ・ベゴドーにとっては、文彩(隠喩や撞着語法など)は文学にとって「車のチューニングのようなものだ。見た目は良くなるがモーターの性能は変わらない」(!)。自分の観点を証明するために、比喩というもっとも有名な文彩を用いているのだから、このひとは自分で告発しているものに頼っているということがすぐに気づかれることだろう。他方では、国語の先生が文学の詩的な側面をこれほどにも軽視しているのは嘆かわしいことだ。「『夜になろうとしていた』と書く代わりに『山々は沈みゆく太陽の残照に包まれていた』と書くことにどういうおもしろみがあるだろうか」と彼は問いかける。でも正直なところ、作家の物語り方が物語そのものよりも重要ではないと考えているのなら、文学を愛することができるものだろうか。類義語も同様の軽蔑の対象になっている。同じ感情のことなら、どうして「愛」を表現する単語が十数個もあるのか、というのだ。ベゴドーが抒情をもって説明するように、「不感症が冷感症とも呼ばれるからといって、それで私のいとこのシャンタルの不感症がよくなるというものでもない」のだから…。

文法はきみの母親の世代のものだ!
 「作家のペン」の価値をおとしめるだけでは満足せずに、フランソワ・ベゴドーは文法という中学生に教えられているむだなものを葬り去ろうとする。この国語教師にとっては、どれが直接補語か指し示すことや、能動態の文を受動態に書き換えるのは「暇人が楽しんでする」練習問題なのだ! こんなことでは、いったいことひとはクラスで何を教えているのかと不安を感じそうになってしまう…。一般的に云って、フランソワ・ベゴドーは自分の職業についてほとんど敬意を払っていないようにみえる。同じく彼は知識を伝達するのも必要だとは信じない。「ゾラは自由間接話法を用いた最初の作家だろうか。そんなことは知らないし、国会図書館にそれを調べに行く気もない」と書いている。こういうことなら、読者にとってこの「学校の反教科書」を買うことのおもしろみはどこにあるのだろうか。どんなむかしながらの教科書にも、少なくとも基本的な知識を与えてくれるという利点があるのに!
 『ジュールドとノローの21世紀文学概要』[訳註・2004年に出版されたが、序文は2104年の四月馬鹿の日付になっている]において、作家のピエール・ジュールド[訳註・『胃袋なき文学』という現代のフランス文学の状況を辛辣に批判した本で有名]とエリック・ノローは既に『ラガルドとミシャール』のパスティッシュを試みていた。ベゴドーよりも辛辣で頭のいいこのふたりは、ベゴドーが失敗したことに成功していた。文学を聖なるものでなくした上でさらによいものにした…。読みたいという気持ちにさせたのだ!

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2008年9月27日土曜日

ジェイムズ・ブラウンの云ったこと

 フランスで結構驚いたのは、よくメルツバウという名前を聞いたということ。「日本のミュージシャンではメルツバウが好き」なんて云うんだよ。正直な話、日本でメルツバウという名前が人間の口から出てくるのを聞いた覚えがあまりないので、「何であんたら、よりによってメルツバウなんか聴いてんの?何か特別な理由があるの?」と聞いたのだが、別にだれかが猛烈にプッシュしているということはないようでした。きっと何かの雑誌が紹介したということはあったのだろうが、秋田昌美おそるべしである。非常階段はだれも知らなかったが。
 ある日友人が「ラジオ・ノヴァでおもしろい番組やってるよ。アンダーグラウンド音楽特集だって」といって家にやってきて、「さっき日本のグループでおもしろいのやってた。ルインズって知ってるか?」と云われました。それでラジオをつけると、いきなりむかしの中国のロックバンドドラゴンの「アナーキー・イン・ザ・UK」がかかっていて腰が抜けました。どこから探してくるんだろうねえ。モンペリエのFM局の曲を延々流しているだけのローカル音楽番組で、突然ソウルフラワーモノノケサミットが流れてきたときなど、かなりインパクトがありましたね。
 他にもコーネリアスとか聴いているひとはいたが、こういうのは別に日本そのものには大して興味のない音楽好きの話です。日本好きになるとアニメソングとか浜崎あゆみとかXジャパンとか聴いてるわけ。俺はXったら相変わらず「ロサンジェルス」だもんな、やっぱり。
 確かミュージック・マガジン(日本の雑誌の話)だと思ったが、むかし読んだジェイズム・ブラウンのインタヴューで、インタヴュアーが収録の後で「日本のいいソウルシンガーなので聴いてみてください」と云ってカセットか何かを渡そうとしたが、ジェイムズ・ブラウンに「売れているのか?」と聞かれ、「いいえ、売れていないけれど、いい歌手なんです」と答えると、「売れていないのならだめだ」と答えて受けとってもくれなかったというような話がありました。実際ジェイムズ・ブラウンがどのようなことを答えたかははっきり覚えていないのだけれども、「いい音楽は必ず人々の支持を得るものなのだから、売れていないのはその音楽がだめだという証拠である」と云うようなことを云っていたのではないかと思います。何しろむかしのことだから、私が頭のなかでそう解釈したのを記憶しているのかもしれません。
 ちょっと流行りは過ぎましたが、サルコジ大統領が bling-bling ということばで頻繁に形容されて、メディアに揶揄されることがありました。これはもとはヒップホップの用語で、ラッパーが大きな宝石や金の鎖を身につけたりするような姿を形容することばです。サルコジは「チャラチャラ大統領」ということです。このことばがはやる前のことですが、フランスのテレビ番組で「どうして米国のアフリカ系ラッパーは成金の豊かさを大っぴらにひけらかすのか」ということが話題になっていました。彼らは「貧しい出身でもこのようになれるのだ」というメッセージをアフリカ系の共同体に対して発しているのだ、というのがひとつの答えでした。私はこれを聞いたときに、頭のなかで先のジェイムズ・ブラウンのことばに結びつけました。むかしはジェイムズ・ブラウンのことばに何となく感心しながら「商業的な成功と芸術的な成功はちがうだろう」という違和感をどうしてもぬぐうことができなかったのですが、今になって考え直してみると、「米国のアフリカ系アーティストの共同体は、『売れ線の音楽はよくない』という『ロック的』な価値観をもっていない」ということで理解ができるのではないかと思われます。だからこそ成金ではないハンガリーの貴族出身のサルコジにこのヒップホップの世界のことばを使うのはおかしいのではないかという議論もあったのです。
 今フランスで日本の音楽が流行っているということはありませんが、日本の音楽を聴きたいという日本好きのひとは少しずつ増えているようです。そういうひとたちの気軽に手に届くところにある情報は、当然メルツバウやルインズではなく、浜崎あゆみやXジャパンやラルクアンシエルです。パリでコンサートをやったりもしているようです。もちろん「日本なんかどうでもいいが、私はおもしろい音楽が聴きたい」というフランス人は自分で情報を探して聴くのだから問題はありません。でも何となく日本の音楽が聴きたいというときに突き当たるのが上に名前を上げたような人々で、みんなそれで満足しているというのが、何となく物足りないような気がします。日本のポップス、商業音楽として聴くものがこれなんですか?という何となく不思議な感じがするのです。(私は「商業音楽」ということばに特に悪い意味を込めていません。)
 数日前に書いたけれども、日本語の生徒にラルクアンシエルのCDを貸してもらって聴いて、私は「自分ですすんで聴く音楽ではないが、悪い音楽ではない」と思いました。でもこれが今の日本の音楽として説得力があるものなのでしょうか。
 売れている音楽は「海外でもプロモウションしてもらっていいね」と思うが、そのプロモウションの対象がかなり趣味的なものではないのかな、と思います。いや、私がまちがっていて、きっとこれらの音楽が現在の日本の商業音楽のスタンダードなのでしょうけれどもね。ただやっぱり、「外国人に日本のポップスはこういうものだと云って聴かせるときには、ムード歌謡を聴かせるとわかりやすいのではないか」という湯浅学のことばに同意してみたい気もする私には、ラルクアンシエルやXジャパンの音楽は非常に趣味的なものに思えます。「趣味的なのが今の日本」と云ったら、それもまたそのとおりなのかもしれません。むかしのピチカートやフリッパーズが趣味的であったことと、趣味的であることの質が変わってきているのでしょう。Xジャパンの音楽も実は趣味的であったということが、今になってわかってきているのかもしれません。
 フリッパーズ・ギターのひとたちは「まわりが(ボーイ)ばっかりで嫌だった」というようなことを云っていたと思います。私の感覚としては、あまりそんな気がしなくて、まわりのひとはルースターズとか聴いてたんじゃないかなと思います。それはともかく、何だか勝利したのは結局フリッパーズ・ギターじゃなくて(ボーイ)の感覚の方だったんだなあ、という気がします。タランティーノは布袋寅泰だし、パリのひとがラルクアンシエルのコンサートに行って盛り上がったなんて聞くと。「デヴィッド・ボウイはすばらしいアーティストだが、エルトン・ジョンはアーティストの名に値しない」というわけのわからないことを主張し、セリーヌ・ディオンをばかにするフランス人が、日本のロックのミュージシャンはレスペクトしちゃうんだから。「あんた、日本人だったら、これ聴いてないでしょ」と心の底で思うんだが、どことなく「俺がまちがっていて、このひとたちは日本人だったとしてもやっぱりこれを聴いているのかな」と思わないでもないんだね。非常に自分がまちがっている気がするという。でも日本好きが少数派であるかぎりにおいて、「みんなが聴いているわけではない」という事実は趣味のよさを保証するもの(内面的に)になりうるのかもしれません。
 フランス人のロックファンは、クリストフ、アラン・シャンフォール、ローラン・ヴールジーかいったポップなフランス人歌手を、聴くに値しないものとしてばかにします。しかし私の耳には、ノワール・デジールやマヌ・チャオなどのロックのひとよりも、あるいはこれはまだ聴けるとしても、どうにもつまらないし、私は「これは非音楽的なんじゃないか?」とすら思ってしまうが、なぜか評価が高いルノーやジュリエットなどの良識派左派の歌手よりも、ずっとこれらの「時代遅れでくだらない歌手」の方がよく聞こえるのです。これと同じように、フランスのひとも私のような日本のひとの偏見なしで素直に日本の音楽のよさを見出しているのだという可能性は十分にあります。「だれも自らの国では預言者になれない」とことわざにも云います。
 マクドナルドで働いていた友人は同僚がすべからくつまらないと主張し、「みんな何を聴いていると思う?セリーヌ・ディオンよ!」と云っていました。私はこういうマクドナルドの同僚となじめないひとの立場から書いております。つまり「私は趣味がいいけど、みんなと同じものを聴いているひとは趣味が悪い」といういやなひとの立場です。「私がフランス人だったらきっとみんなと同じくセリーヌ・ディオンを聴いていた」というようなひと、こういうひとの心をもしかしたら傷つけるかもしれないことを決して口にしてはならないという心やさしいひとには、私の云っていることがピンぼけに思えるのは当然のことです。
 日本にいると見ることがない番組ですが、日本語の生徒さんといっしょに「NHK歌謡コンサート」を見ることがありました。出演者が思い出の一曲を歌うという特集だったのですが、みんなそこそこ有名な歌を歌うなかで、八代亜紀が題名を聞いたこともない藤本卓也の歌を歌い、あまりのものすごさに私は腰が抜けましたよ(よく腰が抜けるな)。やっぱり日本の歌手はへなちょこな音楽しかやらないフランス人とはちがうわい、なんて実に「日本人的」なことを思っちゃった。あるいは「お前は八代亜紀の歌が素直にいいと思えるほど感覚が日本人でなくなってしまったのだ」と正反対のことを云われてもまったく問題がないような気がするところがまた、いいじゃないですか。「ラルクアンシエルの音楽が許せるとは、お前の感覚は既にフランス人だ!」とか。もう、何だかわけがわかりません。確かに「フランスの大方のロックバンドよりはいい」のだから、フランス人が聴くことには何の問題もない、のかもしれん。日本語の生徒さんに「日本のロックはモダンでいいね、(ビーズ)とかああいうのは、フランスにはないよ」と云われると、(ビーズ)がいいかどうかは別として、確かにフランスのロックは一般的につまらんなあとは思う。
 何はともあれ、問題は結局、今フランスの日本好きが好んで聴いているXジャパンやラルクアンシエルは、ジェイムズ・ブラウンやセリーヌ・ディオンではないということなのだと思います。もしそういうものだとしたら俺も納得しているだろう、と思うのだが、だったらだれなら納得するのか、八代亜紀なら納得するのかと云われても、それもよくわからない。本当にプロモウションの問題だけなんじゃないかなあという気がする点がね、いやなの。そうじゃなくて音楽の力だというのなら、それでいいのよ。
 「まわりがみんな(ボーイ)なのがいやだった」というような感覚は、当時の私の個人的な実感ではなかったが、それでも当時の時代の雰囲気としてよくわかるし、海外で日本マニアが広がるにつれてますますこのいやな気持ちがよくわかってくるのが困ったものです。日本でおもしろいことをしているひとは、金もうけに走る必要はないけど、もうちょっとお金をもらえるようにしましょうよ。そうじゃないと広がらないもの。
 最近インターネット上で知り合ったフランス人が、みんな同じような日本の音楽を聴いているので、ああ、何だか、こっちの方が勝っちゃったんだなあ、と、そういう複雑な感覚から書きました。でも結局「みんなに届かなかったらしょうがない」ということなんだよね、ジェイムズ・ブラウン。

P.S. 書き方がいつも文章が長いわりに舌足らずですね。申しわけありません。むかしリヴィング・カラーが「黒人ならロックをやるな」とか「ロックをやるならもっとファンクっぽくなくやれ」とかいろいろ云われたということを思い出しました。私は米国のアフリカ系のひとは売れ線の音楽だけをやっていると云っているのではありません。ブラック・ロック・コアリションはまだやってるらしいんだが、あまり新しいひとがいない(イマーニ・コッポラはメンバーらしいが、これもそんな新しくないな)。米国のアフリカ系ミュージシャンがレコード会社に「こういう音楽をやれ」と言われるという制約、本人が金のためにやるというよりは、金になるような音楽をつくるように要求されるという部分を除いても、それでもアメリカのアフリカ系アーティストはお金に関して「ロック的」な価値観をもっていないということは云えるのではないかとは思うのだけれども、私がそういうことを云うのはむしろそのようなロック的な価値観の偽善をふまえた上のことで、自分のつもりでは否定的なものいいではありません。それにもちろんまったくロック的な価値観をいいものとする米国のアフリカ系ミュージシャンだっているでしょ。例が何だけどブロック・パーティとかいるし…と書こうとしたら、例が何だけど以前にイギリスなんでしょ。困ったな。いや、まさかこんな文章のアクセス数が多くなるとは予想しないで書いたので、無責任です。(予想したら責任ある書き方になるというわけでもないだろうけどさ。) 「あんたがむかしながらのロック的な価値観にどっぷりつかってるんだろ」と云われたら何とも反論のしようがありません。

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2008年9月24日水曜日

「知っている」ことそれ自体にはそもそも大した価値がない

 ラテン語を勉強するひとのなかには、「むかしのローマ帝国では、本当にみんなこんなむずかしいことばを話していたのか」といぶかしく思うひともいるのではないでしょうか。事実どうしてここまで文法がこみいっているのか、理解に苦しみます。何もこんなに文法が複雑である理由はないのではないか、と思うんですね。私は実は大してローマについてはくわしくなくて、ちょっと関心があるくらいですが、私の理解するところを書いてみようと思います。へたなことを書いた場合の言いわけのために、私は歴史が苦手だということは最初に断っておきます。
 「ローマ帝国の滅亡」は、世界史を勉強したひとであればだれもが知識として知っています。紀元四世紀初頭のコンスタンチヌス帝によって帝国の統一は終わって東西に分裂し、476年の西ローマ帝国の滅亡をもって、ローマ帝国は終焉を告げると伝統的には考えられています。しかしローマ帝国が滅亡したからといって、ローマ人がこのときにみんな死んでしまったわけではありません。おそらく大方の人間は、ぶつくさ云いながらも、ほぼ何の変化もなく暮らしていたのでしょう。「ローマ帝国の滅亡」の意味を理解していたひとは、その時代にはほとんどだれもいなかったのではないでしょうか。
 西ローマ帝国を崩壊させたのは、「ゲルマン民族の大移動」であることもよく知られています。現在にいたるまでの人類の歴史のなかでもきわめて高度の文明をもっていた帝国が、強力な軍事力をもった蛮人に滅ぼされたのです。ローマ帝国においては、読み書きをできる人間の数はもちろん少なかったとはいっても、複雑な言語を教育によって受け継いでいくだけの社会的、文化的な基盤を人々はもっていました。しかし実際にはアウグストゥス帝の帝国創設とほぼ同時に、民衆のことばである俗ラテン語の萌芽がみられます。ウェルギリウス、オウィディウス、ティトゥス・リウィウスなどのローマの頂点をきわめる著述家の出現とほぼ同時に、文明の衰退もはじまっているのです。ゲルマン民族の大移動の後の、文法的な骨格を失った俗ラテン語(ラテン語の方言の総称)は、古典ラテン語と実質上別の言語になってゆきます。そもそも教養と呼ばれるものをもたなかった「ゲルマン人」は、自分たちの言語にはなかった語彙をラテン語から大量にとりいれました。しかし語尾の屈折などの面倒なことはとりいれず、文法は自分たちの言語の規則(民族によってちがいました)にしたがって大幅に単純化したのです。ここにおいて、むずかしい文法規則をもった古典ラテン語の伝統は、ごく一部の人間だけによって受け継がれてゆくことになり、民衆のことばとは完全に乖離した道を歩みはじめることになります。ゲルマン民族によってもちこまれた迷妄は、既に衰退していたローマ文明にとどめを刺したのです。この高度な文明が再発見されるのは、驚くことに千年以上も後のことです。
 今の日本人は、旧字旧仮名の規則を非常に煩雑なものであると考えます。特に漢字の音読みの正しい仮名のふり方は非常にむずかしいものだと思われます。しかしむずかしいものであると考えながらもこれを規則として受け継いでいこうとすることができる基盤があった時代が存在しました。これはほんの短い時間の間だった、と主張するひともいるでしょう。しかし短い時間の間であっても、国力とともに蓄えられた文化と社会の基盤が、複雑な規則をもった書きことばを規範として教育することを可能にした時代があったということを無視するわけにはいきません。契沖の提案した仮名づかいが帝国によって成就され、明治、大正、昭和初期に日本文明は頂点をきわめたが、太平洋戦争の敗戦後に、戦前から萌芽がみられた「俗日本語」が流布しはじめた、ということになるのかもしれません。(フランス文明が頂点をきわめたのは18世紀だと思いますが、フランス人が王政を廃止して共和制を選んだのはまちがいなくいいことです。日本はといえば帝政を廃止したんだかどうなんだかもよくわかりません。私は天皇制廃止論者ですから、その辺かんちがいしないように。)
 よく聞く話ですが、「英語はむずかしい」と嘆くひとに「でも英米ではみんな子供の頃から英語を話しているんだよ」と言い聞かせることがあるようです。今この話を紀元五世紀のヨーロッパに舞台を移して想像してみると、どういうことになるでしょうか。東方からはるばるやってきたゴート人のなかで知的好奇心の豊かなものが、ローマの文明はすばらしいものだと思い、古典ラテン語(と今では呼ばれるもの)を身に着けようとしたとします。確かにゴート人もローマ人も人間として同じ条件をもって生まれてきているのですが、ゴート人の文明はまったくローマ人の文明と比較することができません。おそらく彼らの話していた言語は、ラテン語に比べるとよほど単純なものでした。このときこのラテン語好きのゴート人を取り巻くひとが「ローマ人はラテン語をみんな子供の頃から話しているのだから、ラテン語を習得するのは簡単なことだろうに」と主張することにはむりがあるように思われます。しかしむりがあると同時に理もあります。ローマ人が子供の頃から話しているようなラテン語なら、ローマ文明の規範である古典ラテン語にくらべると習得するのが簡単だからです。この「知的好奇心が豊かなゴート人」はすぐれた文明の規範を自らのものにしようとしているのに、「ローマ人はラテン語を子供の頃から話している」と云うひとは、習慣によって獲得できるもので満足しておきなさいという悪魔のささやきをしているのです。
 現在の英語に話を戻してみれば、このようにして習慣によって獲得できるような「俗英語」であれば、比較的に簡単に習得できると云うことができるでしょう。そうして「あなたには俗英語で十分じゃないか」とささやくひとにもそれなりの理はあるのです。だからといって「外国語はまず第一に習慣によって獲得するもの」と主張するのは、教育を否定する蛮人の理屈でしかありません。人類史に冠たるローマ文明を支えたラテン語は、人々が日常話していた言語である以上に、人々の共同体の熱心な教育によって受け継がれたものなのです。
 現代の日本語教育に関する議論についても、「言語が変化するのは歴史のならわし」とする民衆の習慣の論理が幅を利かせているようです。現代仮名づかいの基盤もまた民衆の習慣ではないでしょうか。古代ローマの高度の教育は、子供が習慣に流されて文法規則を無視するのを戒めていましたが、時間がたつにつれて、国勢が衰えるに従って、これは習慣に堕してしまうことになりました。現代の民衆主義者は、エリート主義者を罵倒しつつ、このようにして習慣に堕す人間の性に万歳三唱するのかもしれません。民衆が子供の頃から話し、読み書きしている日本語は存在します。しかし日本文明の基盤である日本語をそちらの方に合わせろというのは暴論でしかないのです。歴史の流れのなかで云ったら、驚くほどあっという間に書きことばの規範を失ってしまったことの意味を、日本人はもう少し考えるべきではないでしょうか。我々はきっとぶつくさ云いながら帝国の終焉を生きているのです。

 「知っている」それ自体にはもはや何の価値もないというブログ記事と、それに対する返答らしきものを読みました。両方とも何だか云っていることがおかしいのです。前者は「体験によらない知識自慢の価値は既に地に落ちた」と云っているんだけれど、そんなもん、そもそも価値があったためしがあるんですか。しかもこれが「ものを知らないことを恥ずかしく思わない」という実感からはじめられているために、「体験」を人間にとって最上のものとする野蛮な論理に堕してしまっています。「知性のある文章」の書き方を指南する後者の方は、実際にお金をもらうかどうかは別として、「売れる」文章だけが知性のある文章だとかんちがいしているようです。「だれにも読まれない作品がいちばんえらい」という「ロマン主義」を主張するつもりは私にはありません。でも凡百の読者には読まれることを拒絶しているかに見える文章のなかにある知性はこのひとにとっては無視してもいいものなのだろうとこのブログを読んで思いました。いずれにしても、「体験」だの、「身体性」だの、説明できないものを根拠にしているという共通点が気になります。日本人が大好きな「まごころ」ですか。こういった「悪魔のささやき」には気をつけたいものです。(関係ないが、「但し」と漢字で書いているのが気になる。そんなの、書くひとの勝手ですけどね。)
 どこからか引っ張ってきた知識をそのまま書くことにはもともと価値がありません。ここで、ひとつの知識に肉づけをするのは知識の集積である、知識を得るという体験、習慣が大切であると云って、何やらわからぬ人生の体験、習慣を云うのはやめてもらいたいと主張することもできるが、そんな親しみにくいことを云うと、私には知性がないことにされてしまうのかもしれません。まあ、全然かまいませんけどね。ともかく、人生の体験だけが文章に厚みを与えることができるというのは事実ではないでしょう。反知性主義者はいろんな仮面をつけて(しばしば知性の仮面をつけて)いろんなところにいます。

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2008年9月22日月曜日

なぜ日本のよさに気づいてしまうのか

 あなたは基本的にはずっと日本に暮らしている主に日本語を話すひとだとします。あなたの知り合いにフランス人がいるとします。友人でも同僚でもいいですし、フランス語の先生でもいいです。あなたはこのフランス人に「日本についてもっとよく知ってもらいたい」と思いますか。そう思うのがしごく当たり前だと考えるひともいるかもしれません。しかし相手の方からしてみれば、長く日本に住んでいるのだから余計なお世話だ、と思うかもしれません。「俺は日本古典文学を問題なく読めるが、あんたら全然読めないくせに、日本映画の基本も何も見ていないくせに、何だよ、えらそうに」と思うフランス人もいるかもしれません。
 こういうことを考えるのは、私がフランスにいた間には、フランス人の友人や日本語の生徒に「あなたにフランスのことをもっとよく知ってほしい」という態度をとられたことがなかったからです。「地元の町のこと」は別の話ですよ。「この町、この地方にはこんないいものがあるんだよ」と云われて案内されるようなことはよくあったが、「フランス文化」をもっとよく知ってくれと言われることはありませんでした。
 逆に友人なんかは「いっしょにこの映画を見よう」と云って日本映画を家にもってくる。私も別に日本映画はそんなによく知りませんから、見たことのない映画をこのようにして見ることがよくありました。「へえ、こんな映画があったんだ」と思ったなかから題名をあげると、『赤い手錠(ワッパ)』という映画。題名そのものは名画座の上映リストで見たことがあったけれども、ほぼ意識したことがありませんでした。ともかく、ひとの食べるめしがものすごくまずそうな映画。繰り返して見る気はしないが、結構面白かった。他にも多岐川裕美の出ていた『聖獣学園』とかひとといっしょに見たが、「何でこんな映画がフランスでDVDで出てるの?何か意味があるの?」と思いました。実際にボーナスで多岐川由美が「何でこんな映画がフランスでDVDで出るのかわかりませんけれど」とあきれ顔で云っていました。そりゃあ本人からしたらそれが正直なところだろうねえ。フランス人の日本ものに関する趣味はよくわかりませんや。特に有料テレビ局カナル・プリュスと独仏共同文化系テレビ局アルテで日本の変な映画をよくやります。もっと普通のもの、やれないの?と思うんだけど。『盲獣』は日本で地上波に乗ることは決してないだろう。こんなもん、そもそもフランスでは見られる本数が多くない「日本映画」としてやられても、と思うことはしばしばであったが、『雷魚』なんかはちょっとした収穫ではありました。それでも「公共の電波を用いて自分の趣味を紹介できるひとの趣味」に一般の視聴者の視聴の可能性が限定されてしまうのはどういうものでしょうか。
 友人が私の家に日本映画のDVDをもってきて見ることには、「ひとりで見るよりいい。日本映画なんてわけのわからないものはいっしょに見る相手がいない」「わからないところを説明してもらえる」などの理由があったが、日本語の生徒でもすることが基本的に変わらないんですね。日本の音楽のCDとかDVDを「これ見たことありますか、聞いたことありますか」と云って貸してくれる。当時は別に何とも思わなかったが、日本のフランス語の学生が、フランスの音楽や映画を先生に貸すのかと考えてみると、どうも妙な感じがするのです。よっぽど私が日本について何も知らないようにみえたんですかね。そういうことはないと思うんですが。
 中学生の生徒が「ラルクアンシエル、いいですよお」と云って貸してくれたことがありました。何か困ったなあ、と思いつつ、聞いたこともないのに「こんなもの聞きません」と云って断るのも何なので、うちに帰って聞いてみました。そもそも英国ロック的な味わいの音楽は趣味ではないから自分からすすんで聞くようなものではないとしても、別に悪いことはしていないのだよねえ。ああ、こんなちゃんとしたものだったんだ、と思ったという。別の大学生の生徒は「『バトル・ロワイヤル』、見ましたか?」と聞いてきて、「いや、見ていない」と答えると「じゃあ、貸します」と云って貸してくれました。見終わって「何か、説得力のない映画でした」と感想を云って返すと、「そうですよねえ、友だちがすごくいいというからDVDを買ったんだけど、私もあまりおもしろくないと思います」と云っていました。おもしろくないと思いつつ貸してくれたということなのだが、それでも買ったDVDが役に立ってよかったね。
 カトリックの教義問答をヴォランティアで教えているおばさんの家に行ったら、坂口安吾の『白痴』のフランス語訳をもってきて、「読みますか?」と云われたのだが、「いや、これはもう読んだし、私は何もわざわざ日本文学をフランス語訳で読む必要がありませんから」と答えると、「ああ、それはそうだよねえ、あなたは日本語で読めばいいのよねえ」とまるでそのことに気づいていなかったかのように笑っていました。日本に滞在するフランス人に、「スタンダール読みますか」と云って、野崎歓新訳の『赤と黒』を差し出したら奇妙だが、問題は、このおばさんのしたことが、はたから見て別にまぬけなことではなかったんじゃないのかな、というところ。これは普通の他者に対する働きかけではなかったのか。
 むかしから何度となく聞く話なんだけれども、「海外に行って海外のひとに『日本にはこんなに素晴らしい文化があるじゃないか』と云われて、日本のよさに初めて気づいた」とか「再認識した」とか。そういうひとの話を非常によく聞きます。今考えると、「ひょっとして、これなの?」っていう。別に私はラルクアンシエルもバトル・ロワイヤルも「こんなもんか」と思っただけだが、ここで何か来ちゃうひとがいるんじゃないか。一対一のコミュニケイションがいきなり文化の問題にふくれあがってしまうという。
 日本にいる外国人に「あなたの国の文化はすばらしいですね!」と働きかける日本人はいるんだろうが、どうなんだろう、自分の好きなフランス映画のDVDをもっていって、いっしょに見てわからないところを解説してもらって楽しむみたいなの、よくあるんでしょうか。私の感想なんですけどね、何だか日本では外国人に対して「日本の文化はすばらしいですよ!」と云って、わざわざ英語で日本文化の広告塔みたいなブログを書いたりしてさ、海外に行ったら行ったで「日本文化はすばらしいね!」と海外のひとに云われて、そうかと思って日本のよさに気づいてしまったりね、日本人はなぜだか日本に感心してばっかりいるんじゃないの。別に何にもそんな必要ないんじゃないかと思うんだけど。ひどいのになると日本にずっといたままで日本のよさを再発見したり、最近日本を感じたとか云っているし。ずっと同じこと云ってるくせに最近とは何だよって。
 皇族のひとで名前がうけたまわりこというのかどう読むのかわからないけれど、そのひとも四年間英国に留学して帰ってきて「日本のよさに気づいた」と云っているのだそうです。別に四年も英国に滞在して思ったことがそれだけだったというわけではないんだろうし、メディアに対してそれしか云わなかったということでもないのだろうけどね、海外に行く前からおそらく日本どっぷりみたいな生活をしていて、四年間海外で暮らして、その結論が「日本のよさに気づいた」だなんて、もし皇族の使命が外交なのであれば、こういう態度は問題なんじゃないのかなあ。だれも問題だと思わないのかな。臣民は喜ぶかもしれんけどね。日本のすばらしさを海外に紹介することだけが文化外交なのか。その逆をやるひとはたくさんいるということなのかもしれんが、はやりやうわずみだけをとりいれるのではなく、他者をしっかりと理解しようとする試みはもっともっとなされるべきだと思います。自分のことを宣伝するよりも、他者を理解しようとすることの方が高貴だと思います。
 私のうちにDVDをもってきていっしょに見たり、CDやDVDを貸してくれたりするのは、結局はただの個人間のコミュニケイションのしかた以上のものではないのだと思います。(「それ以上のものではない」とは云ってもこれがいちばん大切なことではあるのですが、何も文化の問題にする必要はないという意味です。) 私の場合はあまりそういうことはなかったけれども、そこに「日本はすばらしいよ!」ということばが付随することもあるのでしょう。それをあんまり本気にするのもどういうものなのかなあ、と私は思うんですよ。特に皇族のひとなんてそういうことばっかり云われるんだろうから。四年間「日本はすばらしい」と云われつづけていたのだろうけど、だからってそれを額面通りに受け取るようなものでもないでしょうって。
 海外生活が長くて「私は日本のことをあまりよく知らなかったことに気づいたから、もっと日本について勉強することにしよう」と思うのはわかるが、わざわざ海外に長く住んで「日本のよさに気づく」というのはどうもよくわからない。どうしてわざわざそんなことを云ってみせなければならないのかはさらによくわからない。自分の滞在先のひとに対して失礼じゃないか? 虐げられたりでもしたんですかね。「日本には日本人に対する差別がないから日本がいちばん!」という驚愕の理屈を述べるひともいるくらいだからな。どのくらいの差別をされて云っているんだって。ちょっぴり不愉快な思いをしたくらいで差別だの何だのピーピー鳴くんじゃねえの!

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2008年9月20日土曜日

本当にどうでもいいこと

本当にどうでもいいことですが。
 はてな匿名ダイアリーというものに「嫌いなコンビニ店員」という記事があり、それに対していろいろと反応があるようです。いったい何が受けているのかなあと思いつつ、しっかりブックマークのコメントや「このエントリーを含む日記」までチェックしてしまったよ。客に対して敬語を使わないコンビニ店員のことを怒る記事の何がそんなに心に触れるんですかね。われながらよくわかりません。
 それで通りがかったブログに、「ベルギーでチョコレートひとつ使うのに200ユーロ札しかなかったときに『ほんとに?』と云う顔をされたり、イタリアのスーパーで一言もしゃべらないでレジで会計されたりすると、敬語を使えないコンビニ店員は許容範囲に思えてくる」ということが書いてあって、「これはまた」と思ったのです。「これはまた」というのは別に批判ではなくて、私もおぼえのあることですからね。
 ひとはたとえ海外に行くことがあっても、数日間滞在するだけの場合が多くて、長期間海外に滞在するひとは結局それほど多くないでしょう。前にも言及したことがあるけれども、モンティ・パイソンのジョン・クリーズがかかりつけの精神科医と対談した本(邦訳なし。私はフランス語訳で読みました)に日本人社会のことが結構書いてあるのだが、そのなかに「日本人は海外でひとりで暮らしている場合にはその社会に対するすぐれた適応能力を見せるけれど、数人集まったとたんに突然閉鎖的になる」ということが書いてありました。実際パリあたりだと、何十年も滞在していながら日本に住んでいるのとまったく感覚が変わらない日本人もいます。こういうひとはお店で不愉快な思いをしても、日本人同士の会話でそれを解消して、同じ感覚をもちつづけるのでしょう。これが解消できないひとは周りに合わせて自分の感覚の方が変わってくるということがあるのでしょうか。
 ベルギーやイタリアのことはよく知らないので、フランスのことしか書きません。だからといってフランスもベルギーもイタリアもいっしょだと云うつもりはまったくありませんよ。
 フランの時代ですが、私もフランスで小さなものを買うときに高額の紙幣を差し出してけげんな顔をされたことがあります。私は何でもまず「自分が悪いのか」と思うたちですから、けげんな顔をされたからといってとりわけそれが不愉快だとは思わなかったのですけど、そういう風に思うひともいるんですね。その程度のことで不愉快だと思うのかな、と不思議には感じますが。
 前に「日本人は怒りっぽい」というイメージがフランスにはあるということを書きました。いま私も、こういうことを書くとなぜか怒りだすひとがいるんだよなあ、と思いつつ書くのですが、フランスのスーパーのレジで東洋人の客が来るといきなりぶすっとする店員がいるのは、あれは東洋人の客が挨拶しないからじゃないのかなあと思うことがあるのです。フランスのスーパーのレジのひとの立場にたってみれば、自分が挨拶してるのに相手は「こっちはお客でござい」という感じで挨拶し返さなかったら、客も挨拶し返すのが当然だと思っているレジ係のひとは、見た感じでは挨拶し返さないようなひとにはそのうちに挨拶したくなくなるんじゃないの。見た目で対応を変えている、ということでは人種差別的な態度にはちがいないが、そんな声を荒げて批判するようなものでもない。
 という発想に立つと、自分の方からレジのひとに対して柔らかく当たろう、という気にはなりませんか。100ユーロ札とか出すようなところじゃなかったら、「ごめんなさい、大きなお札しかないんですけど」と云って出せばいいのだと思います。それでぶすっとした対応をされることはなくなって万事OKとはいきませんが、それでも相手の愛想が悪いんだったら、悪いのは相手で、自分じゃないんだから、別にいいんじゃないの。自分の気持ちはまったく傷つかないよね。レジのひとに何も云われないのがいやだったら、自分から挨拶すればいいじゃない。それでも答えないかもしれないけど、別にいいよね、それは。
 旅行ガイドはやったことがないけれども、日本からフランスに来たひとに通訳として同伴をすることはときどきありました。店員さんが「いくらです」と云えば、私は金額を訳すけれども、お金を払うときに私を介することはないので、お客さんはその場でお財布からお金を出して店員さんに渡しますね。それが場違いな金額の紙幣だと、私はわきから「ごめんなさいね、大きなお札で」と店員に云うこともありました。何だよ、この通訳、大きなお世話だ、ばか野郎、と思うひとがいるかもしれないけど。そんなもん、こっちの勝手ですよ。こっちは国際交流を円滑にしようとしてるんだ(大げさ)。
 額が大きかろうがお金はお金なんだ、迷惑そうな顔をされるおぼえはない、と考えるひとがいるんだろうけど、その考えがどこでも通用するということはないのです。でもフランスに商用で来ている日本人がフランスの常識を知っているはずはありません。その常識の欠如をカヴァーするのは、通訳かどうかは別として、現地生活の長いひとの役目でしょ? 同国人だからこそ必要なことじゃないの、それは。世界中どこに行っても決してこの私が常識の欠如した状態になることなどありえない(と心の底から信じ込んでいる)スーパー日本人もたくさんいらっしゃるのかもしれませんけどね。
 さて、話は変わります。最初の匿名日記の話ですが、この日記作者の青年はこの「嫌いなコンビニ店員」に対して何らかのすきを感じたからこそ「お客に対して敬語も使えないのか」と説教をする一方で、同時に相手は「自分のことをなじみの客だと思っているのかもしれない」という感想ももっているのでしょう。このすきは別に親しみに転化するようなものではないだろうけれども、そもそもすきがなかったら、「この店員がいや」と思ってこのコンビニを使うのをやめているでしょう。もしかしたらそのすきは女性差別的な観点から見出されたのものなのかもしれませんが、ともかくすきはすきです。このすきに対してどう対処するかという問題ですよね。何も説教することはないんじゃないかという。
 でもこの日記に対するコメントで、たばこを買うときに番号は何番か毎回聞かれるのがいやだったら(陳列棚に番号がついているということなのでしょうか)、最初から番号を云えという意見が結構多いのだけれども、どうもここにはコミュニケイションの量を最低限にとどめておこうという発想が見られませんか。いや、私は何も、こういう店員の態度が気に喰わないのだったら、今度は自分から「今日はいい天気ですねえ」とか云って会話を試みよ、なんてことを云っているのではないですよ。でも「敬語を使えと説教する」とか「聞き返されないように最初から番号を云う」とかすることの前に、「僕がいつも買うマルボロは78番なのでこれからは覚えておいてくださいね」と愛想よくやんわりと云ったらどうなのでしょうか。
 何となく「この店員は僕のことをなじみと思っているのかどうか、そこがはっきりわからないのが実は、いっちばん困るんだよなあ」という感覚が背景にあるんじゃないかという気がするんですね。だからこそこのような形で「私のことをなじみとして覚えておいてくれないかな」という、よく考えてみれば自然なものであるかに思われるような働きかけができないし、実は自分がなじみとして認識されているということをはっきりと理解するのが怖いし、自分をわざわざなじみとして積極的に認識させる行為に及ぶなどもってのほかだから、それを思いつくこともできないのではないかという。
 「覚えておいてくださいね」と云っても覚えなかったら、「何だ、俺はなじみではなかったのか」という結論が出るわけですが、それはそれでいいんじゃないですかね。俺は何も傷つかないという感じではないですか。「この店員は果たして俺のことをなじみとして認識しているのか?どうなんだ?」が、よくわからないというのがいちばん大きな問題ではないのかと想像するのですが。 敬語が使われないことに対する反感はこの疑問に付随するものなのではないのかな。
 敬語の使い方なんてことを云ったら、「文部科学副大臣」の松浪健四郎が尊敬と謙譲をちゃんぽんにしたよくわからない敬語をテレビで堂々と使っていることの方がよほど気になって、コンビニの店員のことなんてどうでもいいですなあ。
 最後にしばらく前にちょっと面白いなと思ったことを書いておきます。Last.fm でエラー画面が出たことがあったのだけれども、英語やフランス語では「お茶でも飲んでまたアクセスしてください」と書いてありました。イタリア語とポルトガル語では「コーヒー」なのが面白いなあと思ったのです。しかし日本語のエラーメッセージは、まるで当然のことのように、お茶もコーヒーも出てこない匿名的なものなのね。「お茶でも飲んで、じゃねえよ!ふざけんな!お前らはサーヴィスを提供するのが仕事だろう!」と怒りだす日本人っているんだろうか、と思ったんだが、実際にいるってことなのかしらねえ。
 本当にどうでもいいことでした。

P.S. 今思い出したんだけれども、チョコレイトどころか数人分の食事代の会計に200ユーロ札を出して断られたことがあるのを思い出しました。そもそもフランス人には200ユーロ札なんて見たことがないひとも多いし、偽札だと損害も大きいですからね。200ユーロ札なんて使わないで銀行に預けるのがフランスでは「常識」です。

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2008年9月19日金曜日

ヴィヴァン・ドノン

 ルーヴル美術館初代館長として知られるドミニク・ヴィヴァン・ドノンの代表作『その日かぎり』に関する短い文章を書きました。興味のある方はリンクをクリックしてお読みください。ヴィヴァン・ドノンについてはまだあまりくわしくない、というか正直なところほとんど知らないので今のところ正式に発表することはしませんが、盗んじゃいやよ。『その日かぎり』はバルザックが『結婚の生理学』のなかでほぼ丸ごと引用したもので、ルイ・マルがジャンヌ・モロー主演でこの小説に着想をえた映画を撮っています。
 これは欲望の模倣について書いた文章です。この文章のなかで私はルネ・ジラールの名前を云っていないのだけれども(云う必要もないし)、ジラールは図書館勤めしていたときに18世紀好色文学の本をバタイユにこっそり貸していたということだから、この辺にはくわしいはずなんだけど。欲望模倣なんてつまらん、というのはそのとおりかもしれんが、1812年というロマン主義が生まれた頃に最終版が発表されたこの『その日かぎり』という小説が、あまりにもみごとにこの欲望模倣の構造を提示しているというのがおもしろい。しかも感性の方は、感覚的な云い方だが、18世紀好色文学よりもかなりロマン主義の方にひっかかっているんだ。初版は1777年に発表されているこの小説のリライトについても、この観点からおもしろいことが書けるかもしれません。
 18世紀好色文学はまさに欲望模倣の宝庫ですよ。サド侯爵の『ジュリエットの話』に何度 imiter (模倣する)という動詞が出てくるか今度数えてみよう。ジュリエットは本当にどうしようもないまねし小僧(まねし姫か)なのです。

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2008年9月18日木曜日

無関心な良心

 昨日NHKの「クローズアップ現代」で、落書き(おもにタグ)対策の話をしていました。フランスでは元文化相のジャック・ラング(社会党)が「グラフィティは文化である」と発言して失笑を買ったことがあります。昨日の番組を見ていたら、NHKの意図的な選択なのかもしれないけれども、「日本ってきれいなグラフィティが少なくて汚いタグばっかりだなあ」と思いました。
 タグを家の塀に書かれたひとのことばなのだけれども、「自分のうちでやってほしいよねえ」。まさかこのひとは犯人が自分の家の塀に落書きをするべきだと本気で思っているわけではないのでしょう。まったく意味を考えることなくこういったことばが口をついて出るほどに、このような発想は人々の間に浸透しているのでしょうか。
 非常に驚いたのが、東京メトロという「ニューウェイヴ感覚」の変な名前の地下鉄のマナーキャンペイン。たとえばこれです。

 英語でも "Please do it at home" って書いてるんだけど、これって外人さんの旅行客には理解できるのかしら? 他にも車内の化粧、携帯電話の使用、音楽の音漏れなどについて「家でやろう」ということが勧められています。化粧以外には「家でやれ」ということばに真剣な意味が認められません。(いったい何で「車内で化粧はやめろ」とポスターで訴えかけなければいけないのか私には理解できないが。) 自分の家にいるのなら固定電話を使い、スピーカーで音楽を聴けばいいからです。地下鉄の座席はよほど変なひとでもなければ家にもっていないでしょう。
 私はこのようなマナーキャンペインは、みんなに対して、少なくとも地下鉄の利用者に対して「こうしましょう」ということを言っているのだから、私の考えるところの日本の社会通念からすると、良心的なものであるはずなのではないかと思うのです。「あるべき」かどうかはわからないが、少なくとも「こういうのは良心的なものであるはずなのではないかなあ」と私は思うんです。ばかな私には理解できないけれども、現代の日本では良心的なものとみなされるものがこのふざけたメッセージのなかにはあるはずなのではないのか。
 しかしこの「家でやろう」という何ともシニカルというか冷めた態度のことばは良心と両立しうるものなのでしょうか。私にはどうしてもこれが良心的なスローガンであるとは思えません。この広告を制作したひとはその自分の冷笑的な態度に気がついているのでしょうか。きっと制作者はシニカルなものとしてこの広告をつくったのではないのでしょう。もしかしたら本人は良心的なものとしてこの広告をつくっているのではないかという危惧を感じます。
 イアホンの音漏れについて考えてみましょう。この地下鉄のポスターは「家でやろう」ということを言っています。「そうか」と思ったひとが家に帰って大音量で音楽を聴いて、隣人に苦情を云われたとします。このひとが「あのポスターのせいだ」と主張するかどうかはどうでもいい話です。このような仮定について「東京メトロ」の広報担当のひとはどう思うのか、ということです。おそらく、お客さんが地下鉄の交通網から外に出た後のことはまったく関係がない、ということなのではないでしょうか。だいたい東京メトロの従業員は自分の家に帰ったら家族のことは考えずに好き勝手なことをやっているのか。そうではないでしょう。だから「家でやろう」は実はマナーのキャンペインではない。ともかくあなたのうちのことはどうでもいいけど、「うちではやるな」というだけのことでしかない。あとは知らないよ、と。我々が苦情を云われるのはいやだ、ということしか動機がない。「家でやろう、うちではやるな」と書いてくれたらもっと意味がはっきりしたのではないか。
 この座席独占を戒めようとしたかにみえるポスターは四月のものということですが、六月に秋葉原で殺傷事件が起きたときにも、テレビで「ひとを巻き込まないでひとりだけで死ね」というコメントを耳にすることがありました。これが冷笑的な意見として云われているのならいいのです。確か鳥越俊太郎もこういうことを云っていたと思うが(まちがってたらごめんです)、彼は冷笑的なジャーナリストとして売っているのか。そうではないでしょう。良心的であるはずの人間がこういうことを云ってしまうというのはどういうことなのか。
 価値の相対化が流行なのは別にいいんです。でも価値の相対化の先にいったいどうしたら「無関心な良心」が現れるのか。ここのところの飛躍そのものがわからないわけではないが、どうしてその罠にすっぽり落ちなければならないのか、それがわからない。私にとっては、価値の相対化の論理的な帰結は「私はこうだ」です。相対化の先に「何も云えない」が真実として現れるのではない。それは論理の過誤です。なぜならばここでは相変わらず「口にされるべき絶対的真実」の存在が想定されているからです。その絶対的な真実が存在しないという負のかたちで存在しているからこそ、存在しない真実以外のことは口にできない、「何も云えない」という結論が導き出されるのです。「何も云えない」からせいぜい俺のところ、俺の仲間のところに来るなという身体的な快不快にもとづいたことしか云えなくなってしまうのです。
 しかし絶対的な真実が存在しない相対化の果てに現れるべき地平は「すべてが云える」なのです。18世紀の無神論者の作家の多くが「すべてを云わなければならない」とその作品のなかに記していることは、流行や時代の雰囲気だったのかもしれませんが、それでも偶然ではありませんでした。
 いつも云っていますが、私の意見では、たとえここ二百年の間の人権や市民の平等といった面での進歩は否定できないとしても、18世紀末の市民革命は文化と理性を破壊し、我々の理性はいまだ18世紀の文人のレベルにまで回復していません。私はこういうことを書いて過去を悔やんでいるけれども、それでも一部の人間の教養の高さを多数の人間の幸福と比べることはできないと思っています。このように考えると、この二世紀の間、人間はただ18世紀に醸成された人権思想を活用してきただけではないのかとも考えられます。もちろん活用は意味のあることであり、活用されない人権思想には意味がありません。
 あるブログのコメントで、「人権の話をするときに、もうロックやルソーは関係ない」ということが書かれているのを読みました。学校の先生がこういうことを書いているわけではないのでしょうから別に見過ごしてもいいのですが、流行りなのかもしれないけれども、この「関係ない」というものいいは何とかならないのでしょうか。「ロックやルソーだけではやっていけない」と云うのなら、そうかもしれないとは思います。しかしもしロックやルソーがもはや人権に関係ないのなら、ロックやルソーと密接な関係をもつということにされているフランス革命の際の人権宣言も関係ないということになりますね。このひとによれば「そのとおりだ」ということなのかもしれないのだけれども。
 相対化が流行なのは別にかまわない、それを倫理とするのもいいでしょう、しかしこのようにして人権思想を根無し草のものにしてしまおうとする動機はいったい何なのか。自分のテリトリーから向こうがみえない東京メトロのひとと同じように、今生きている人間以外は人間の共同体のなかに数えられていない動物的な発想がここにあるのではないでしょうか。
 書物のなかのことばを死者のことばとみなすのは、人間の宿命であり、避けがたい悲劇です。しかし書物のなかに閉じ込められた死者のことばを生きたものが語ったものとして読み直す可能性を探ろうではありませんか。
 ひとは知識を得るためにのみ書物を読むのではありません。対話するために読むのです。書物が食べものではないのは、同じ本を読んでも何も獲得しないひとと多くをえるひとがいることからでもわかります。書物に書かれていることばをかつて生きたもののことばとして読むことをしましょう。ここに開ける世界を拒絶して、今生けるものの世界のなかに向けてすべてを消費してほしくないのです。
 なぜ本を読むのかといえば、それはブランショの云ったように、「友人のいない未知の人間に対する友情」のためではないのでしょうか。書物のなかに書かれていることは確かにかつて生きたひとの書いたことばではありますが、作者とことばの死によって変質をこうむっています。私たちは18世紀の哲学者を読むときに、「友人のいない未知の人間」のことばに対するようにして、「友情をもって」読むのでしょう。バタイユは「私をニーチェに結びつける仲間の感情から、孤立した特異性へと向かう欲望ではなくて、コミュニケイションへの欲望が生まれる」と云いました。このことばを引用したジャンリュック・ナンシーは「我々はさらに先へ行くしかない」とだけつけくわえました。過去との交流、死者との交流(オカルトじゃないよ)を自らあきらめて、わざわざ共時性以外のものの存在しない動物的な世界へと後退することはやめようではありませんか。たかが二百年そこら前の著述家の思想を関係ないと云って切り捨てるのは、近視眼的なのではない、動物的なのです。(モンテスキユやベッカーリアを読まなくても立派な法曹になれるのと同じことで、人権団体などにおいて具体的な仕事をしているひとにとって、その仕事と18世紀の思想は実質的に関係がないということであれば、私は理解します。)
 今生けるものが苦しむことだけが問題なのではないのです。「だれにも読まれない書物はどれだけその孤独に苦しんでいることか」という質問は狂気ととらえられるでしょうか。しかし死者をかつて生きたものとして、友情をもってとらえなおすことが、「生きているものを死者とみなす」もうひとつの狂気、死者は生きていると考える狂気とは比べものにならないほどの深刻な狂気と闘うための有効な手段なのだと私は信じます。
 「無関心な良心」の誕生は、自分の目にみえていない人間はすべて死者とみなしてもかまわないという精神状態から生まれています。自分の目の行き届いている世界のなかで自分が良心的であれば、その良心に対する意識は脅かされることがないという時代が訪れているということでしょうか。
 人権宣言を起草したミラボーが好色文学の作家であったということは重要な事実だと思います。サド侯爵と同じ監獄にいた「すべてが云える」放蕩息子が人権思想の土台に位置するということの意味を、自分のテリトリーでだけ通用する無味乾燥な「無関心な良心」を決め込むひとは考えた方がいいと思います。一方でルソーは18世紀の鬼っ子であり、好色文学は書いていないけれども、随分変なことを書いています。読みもしないで退屈で平和な読みもののジャンルに押し込めるのではなく、これらの著述家を再発見することによって、人権思想が生まれた土壌を再発見することができるのです。まったく関係ないどころの話ではありません。これらの人物が二百年以上前に死んだということはひとつの事実でしかありません。自分が読んでいない本は、いつ書かれたものであろうと、未知のものとして同じ読まれる権利をもっているのです。

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2008年9月17日水曜日

一見充溢とみえるものもまた欠陥を抱えている

 いつも前に書いたことと似たようなことしか書いていなくて申しわけありませんが。
 1945年までつづいた戦争に関して、日本政府の近隣諸国に対する謝罪の有無や、南京大虐殺、慰安婦の強制が存在したかどうかということがよく日本国内で問題になるのだけれども、こういった議論についてかねがね疑問に思っていることがあります。
 日本の国家と軍がこの時期にしたこと、さらにそれからさかのぼって帝国の成立、それを準備したものに対してきちんと向き合わないことによって、だれがいちばん被害を受けているのでしょうか。20世紀の半ばのことについてさえ「そんなむかしのこと、いいじゃん」と云って目をふさごうとする態度で、だれがいちばん損をしているのか。中国や韓国のひとが日本が戦時中の蛮行について謝罪したかどうか、南京大虐殺や慰安婦の強制があったことを日本政府が認めるかどうかは、本質的には中国人や韓国人の存続にかかわる問題ではありません。しかしこれはこんなにも日本の国を愛していらっしゃる「日本人」のみなさまの存続にかかわる問題なのです。無知のなかに閉じ込められていること、あるいは自らすすんで無知のなかにとどまろうとする、日本独自の一種の原理主義である「迷妄主義」(フランス語の obscurantisme の訳語として私は用いています)によって、「日本人」がいかに被害をこうむっているのかを考えるべきなのであり、彼らの迷妄主義を攻撃、非難するひとも、日本の近隣諸国に対する道徳的、人道的な義務を高く掲げるのではなく、このような態度によって何よりも最初に損害をこうむっているのは現在の日本人であるということをもっともっと主張するべきなのではないでしょうか。
 このような「日本的なものは説明できない」→「私は説明しないことによって日本人性を確証する」という日本の原理主義としての「迷妄主義」に対して、南京大虐殺の存在あるいはホームレスの人権の「自明性」を対置するのは、残念なことながら、相手と同じレベルに身を置く知的怠惰、少なくとも稚拙な議論であるという非難を免れないでしょう。
 18世紀フランスの自由思想家(libertins)にとって、唯一の自明のものは身体の快不快でした。このような自由思想は同時代の徹底的な懐疑主義と並行したものです。懐疑主義に対して突きつけられる自明の事実が存在するとしたら、それは私のからだが気持ちいいか、気持ち悪いかということでしかありません。こういった思想は人間を動物のレベルに引き下げるものであるとする反論に対して、自由思想家は「それでは人間の魂は何か説明できないものであると云えば、人間が高められたことになるのか」と答えました。「それは説明できない」という議論のなかには、常に人間のもつ「精神的なもの」を高めようとする動機があるということをかぎとるべきだと私は思います。それはしばしば精神的なものは神秘的なものであると信じられるからです。
 このような思想の文脈のなかに自らの身を置いたサド侯爵の小説の自由思想家の登場人物ノワルスイユは、「私の原則は常に自分の身体にとっていちばん気持ちのよい行動に身を任せるということだ。美徳のもたらす快は悪徳のもたらす快よりも弱いものであるから、私は常に悪徳に身を任せなければならない」と主張します。サド侯爵が作品を書く際の倫理については何度も繰り返しました。芸術の目的は作品のなかで判断を下すことではなく、自ら判断を下さなくても読者が心のなかで判断を下すことができるのが芸術の神髄であるとサド侯爵は云っていました。ノワルスイユが云っているのは、「私にとっては悪徳のもたらす快が美徳のもたらす快よりも大きい」ということでしかないと読者は理解しなければなりません。
 ノワルスイユはまたこう云います。「どんな美徳の行いのなかにも必ず利己的な動機がある。お返しをしてもらいたいと思っているか、あるいは自分の評判を気にしているのだ。ともかく美徳を行うひとの心持ちが完全に無私であるということはありえない。つまり美徳もまた悪徳なのだ」 日本語で「美徳もまた悪徳である」ということばを聞いて理解されることは、サド侯爵が理解させようとしたこととは多少離れています。少なくともここに含まれたニュアンスが日本語では理解されません。「美徳」(vertu)は「力」という意味で、「悪徳」(vice)はそれに対して「欠陥」ということです。「美徳」とはつまり惜しみなくふりまく充溢した力です。だからこそこの「美徳」は語源的に云って見返りを求めないものです。「悪徳」は欠陥であるからこそ、必ず自分の方も満たされることを求めます。「美徳は悪徳である」ということばは、「一見充溢であるとみえるものもまた欠陥を抱えているのだ」ということを含意していると考えるべきでしょう。充溢した溢れ出る神の存在を否定するサド侯爵の無神論がこの背景にあります。
 ノワルスイユの議論から、自明のものとしてではなく、論理的なものとして帰結することは、美徳を行うものもまた自分の利己的な動機を自覚しろ、ということです。美徳を行うひとは、それがひとのためだから美徳を行うのではなく、自分がそれをするのが気持ちいいからそのような行動をしているのだということを自覚しなければなりません。さてこの場合に、自分が「美徳」と呼ばれる行為、慈善事業、福祉、ヴォランティアなどに捧げる行為から、自分が「悪徳」と呼ばれる行為に身を任せたときに感じる快よりも多くの快を受けとる人間のことを考えてみましょう。このひとはどうするでしょうか。何の問題もなく、自らの利己主義を自覚しながら、喜んで美徳に身を捧げるでしょう。
 ホームレスを支援するのは、それが義務であり、自明のことであるからだ、とする溢れ出す充溢の論理は、ノワルスイユのような自由思想家にとっては欺瞞でしかありません。そのような行為によって、あるいはそれを呼びかけることによって、自分の欠陥が埋められるのだということを自覚することです。よく考えてみれば、それによって何も失うことはありません。説明できない自明のものとして想定される「精神的な高さ」、何の見返りも求めないものの高さがそもそも何ものにも基づいていないからです。
 歴史修正主義と闘うような議論に自らの身を投じる人間は、懐疑論(哲学の話)と真剣に向き合うべきで、安易に自明の事実を想定するべきではないと私は考えます。歴史は絶え間なき過去の再生産、過去に意味をもたせるための試みであることを理解した場合、歴史修正主義に抗するひとの頭のなかにある自明性は闘いの武器としてまったく有効ではありません。おそらくこの自明性は自らの思考の基盤を賭して懐疑論と対することの恐怖から生まれたものではないのでしょうか。この恐怖を乗り越えなければ、議論が説得力をもつことはありません。たとえ懐疑論が乗り越え不可能の地平であるとしても、「私の選択」を主張することはできます。懐疑論に呑み込まれるのではないかという恐怖に対して自らの選択を置くのが有効な闘争の手段になるかと思います。絶対の真理が存在しないのであれば、多くの人間が相対的に正しいと思われる選択をする社会が望ましいということになります。この「望ましさ」も最終的には「私の選択」でしかないのですが…。本当に懐疑論は化けものですね。ここでものおじせずに私の選択は正しいのだと信じて闘うしかありません。
 しかし大多数の人間が懐疑論と真剣に向き合うべきであるかといえば、そのようなことは思いません。私はしばしば教育の重要性を繰り返しますが、この「教育の重要性」ということばについても、ちがうことを理解するひとがいるようです。私は教員や学校の数を増やすという形式的なことの重要性しか云っていません。だから「ゆとり教育」で日本のレベルが落ちたとはまったく考えるはずもなく、日本の学校教育は一貫してだめだった、少なくとも近代民主主義社会に必要な個人の尊厳を教育するにはふさわしくないシステムだったと思っています。ともかくもっと一クラスの人数を少なくして高校教育まで行えるようになれば、それぞれの教師がそれぞれの生徒と対することができるようになるから、ひとりひとりの人間の存在のかけがえのなさの思想が教育の間に身について、「人助けをするのは自明のこと」と考えるようなひとが増えるのではないでしょうか。皮肉ではなく、このような未来が望ましいと思います。

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2008年9月14日日曜日

ロシアの劇作家が云ったこと

 前に「役に立つ英語」は必ずしも英米人と張り合うための英語ではないということを書きました。真剣に英語でものを書こうとするならば、英語を母国語としないひとには一生かけても間に合わないくらいの時間と努力が必要ですが、実に都合のいいことに単純化された英語が存在し、英語の表現と文体に特別強いひと以外は、文体のエレガンスや自然さを看過した英語で書くことができ、それが認められています。「国際語」としての英語は「美しい英語」ではありません。
 18世紀まではヨーロッパを中心とした世界において「国際語」であったフランス語の現在の旗色はよいものであるとは云えません。フランス語の擁護者には、現在第一の国際語の英語がそうであるような状態をフランス語について認めることができないということが、国際語としてのフランス語の「凋落」の大きな理由でしょう。その一方で、この同じ理由がフランス語が決して第二の国際語としての地位を失わない理由でもあるでしょう。
 アイルランド人のサミュエル・ベケットは、「なぜフランス語で書くのか」と問われて、「英語で作品を書くときには必ずひとつの文体を選ばなければならないが、フランス語にはひとつしか文体がないから、そういったことを考える必要がないからだ」と云うようなことを答えたと云われています。もちろんこれは外国人であるベケットの意見で、フランス語にはひとつしか文体がないという意見にフランス人は納得しないでしょう。それでもこれは他でもないサミュエル・ベケット、フランス人が読んでもそこに外国人が書いたフランス語の不自然さを認めないフランス語を書く作家の意見です。ドイツ語は野卑な言語であると信じてフランス語を用いた18世紀プロシアの専制君主フリードリッヒ大王のことは置いておくとしても、20世紀にはトリスタン・ツァラ、イヨネスコ、シオラン、アラバール、クリステヴァなどの多くの作家や著述家が自分の母語ではないフランス語で書くことを選びました。最近では(将来的に大作家になるかどうかは大いに疑問ですが)アメリカ人のジョナサン・リテルがフランス語で書いた小説がゴンクール賞をとったことが話題になりました。フランス語で正確に自然に書くことはむずかしいことですが、ベケットが感得したように、比較的に透明なしかたで思考を表現できるこの言語を習得するためにする時間と労力のかかる訓練はむだなことではないでしょう。
 しかし日本のフランス文学や語学の学生(および一部の教師)はこの訓練の困難をどのように考えているのでしょうか。かなり安易なしかたでフランス語で論文を書くことがすすめられることがあります。私はここに大きな疑問を感じるのです。英語の科学論文を書くのと同じ気分でフランス語の文学論文を書くことはできません。「意味が通じればいいだろう」という気持ちで書いたとしても、必ずしも意味が通じるというものではありません。フランス語で立派な文章が書けるのならば、フランス語で論文を書いてもいいでしょう。でもそうでない場合は、何も一部のフランス語を母語とするものをほほえませる、あるいは首をかしげさせるような文体のフランス語を書く必要はないと思うのです。
 正確な文法の知識と正書法はフランス語でものを書くために要求される最低限のものですが、その段階の後には、重要なものでありながら日本人があまりそれを自覚していないと思われるものに、語彙と定義の問題があります。動物の名前とその鳴き声の動詞が代表的なものですが、フランス語ではこの単語とこの単語が結びつくという規則があります。(ロベールから Dictionnaire des combinaisons de mots という便利なものが出ていますが、残念ながら私はまだ入手していません。) 類義語、同義語だからといって単語をとりかえて、決まった型を変えると、どうしても不自然なものになります。日本語で云うと、たとえば「同じ釜のご飯を食べた仲」が(「国際語」としての日本語で記事を書くことが決まりになっている朝日新聞以外では)不可能だというような例です。決まった言い回し以外は創造してはならないということは云えないのかもしれませんが、それは決まった言い回しをしっかりマスターした後のことにしましょう。
 この単語の結びつき以上に日本人に把握しがたいのが、隣接した単語の定義の差異です。たぶん日本人は定義音痴なのではないかと思います。あまりに自由に単語を使いすぎるんですね。確かに同じ単語を繰り返して用いると、シャルル・ペギーの文章のように理解不能になってしまうのだが、かといって類義語辞典を引いてそこに載っているもので自由に置き換えることもできません。特にジャーナリストの文章に顕著だけれども、フランス語の文章でメトニミー(換喩)が頻繁に用いられるのはこういうわけです。たとえば le Quai d'Orsay といえば外務省のことですが、この換喩が用いられるのは外務省がこの住所にあるからです。極端な考え方をすれば、「外務省」は ministère des Affaires étrangères だが、同じ単語を繰り返してはいけないと云うのならと、ministère, affaires, étrangères それぞれの類義語をもってきて組合わせて新しい表現をつくることもできないわけではないと考えるひともいるかもしれないが、そういうわけにはいきません。よってフランスの重要な省庁はしばしば住所を用いた換喩で呼ばれます。(日本は官庁全体が霞が関の名前で呼ばれるので、換喩の機能のしかたの質にそもそもちがいがあります。)
 ジャーナリスト用語は別ですが、ここではどういう単語をもちいたらいいのか、という疑問に答えてくれる辞書がフランス語にはたくさんあります。だからしっかりと辞書を駆使して文章を書けばいいのです。だからといって完璧なフランス語が書けるというわけにはなかなかいきませんが…。和仏辞典はまじめなフランス語を書く場合にはあまり信用してはいけませんが、どれが信用できてどれが信用できないかが判断できるようになるまでにもかなりの時間がかかるでしょう。
 あるロシアの現役の劇作家(名前は忘れました)が、フランスの雑誌の記者に「最近はロシアの若い学生でフランス留学をするものが多いがそれについてどう思うか」と聞かれて、実に否定的な答え方をしていました。ロシア語でものを書くのは既にむずかしいのに、それを途中で放り出してフランスにきて、まるで自分がフランス人であるかのような気持ちになって悦に入っているが、実際にはフランス人のようにフランス語を書けるようになることはむずかしく、その結果彼らはロシア語でもフランス語でもちゃんとした文章が書けなくなってしまう、優秀な学生が残念なことにすぐ留学を選ぶのが現在のロシアの知的貧困のひとつの原因であるということをこのひとは云っていました。
 フランス人と結婚して30年フランスに住んでいるという日本人女性のブログにたまたま通りかかることがありました。最初は日本語で書いていたのに、フランスのブログサーヴァーなのでフランス人が通りかかることが多く、「いったい何を書いているんだ」ということをコメントに書くひとがいたのでフランス語で書くことにしたと書いてありました。しかし最初は自分の書いたフランス語の文章を夫がまめに訂正してくれていたのに、そのうち夫が最初から全部彼女の云うことを聞きながらフランス語で書くようになり、自分では書くはずもない夫の悪い冗談でひとを傷つけてしまったことを謝っていました。しかしこのひとがブログをフランス語にする前の日本語のブログが、とても日本語を母語とするものの書いたものとは思えないような奇妙な日本語で書いてあるのです。つまりこのひとは日本語でもフランス語でも正確な文章が書けず、夫の書いたフランス語の悪い冗談の意味もわからずにブログに発表してしまうという状態なのだということになります。文章を読んでみると、決して頭の悪いひとではないと思われるからこそ、いろいろなことを考えさせられます。
 ともかくものを書いたり話したりする日本人は単語の定義についてもう少し注意した方がいいのではないかと思います。「間引き(トリアージ)」と書いているひとを目撃したことがあるけれども、本当に triage という単語に「間引き」という意味があるのか。だいたいそんな感じだろう、という気持ちで書いていてはいけないと思うんですね。(冗談なのかもしれないが、冗談だとしても自分の望む方に勝手に話をもっていこうとする悪質な冗談でしょう。) 「セレブ」を「金持ち」の意味にしたいというような気持ちでものを書いているのかもしれないのだけれども。「書いているうちに、話しているうちにそういう意味になるだろう」という自分中心の甘さが、日本語でも外国語でも結局何も書けないということにおいおいつながってゆくのではないでしょうか。こういうひとは、外国語で書いたり話したりするときでも、自分勝手な定義でことばを用いていながら、日本語で書くときと同じく「これで通じるだろう」と思ってしまうのでしょうから。「これで通じるだろう」がしばしば勝利するのを目撃するからといって、私はそちらの側には行きたくない。
 ことばに敏感だからといってまったくうまい文章が書けるわけではないのを身をもって証明している自分もどういうものだかなあ、と反省しきりですね。

P.S. なぜか一ペイジの記事数を二本以上にするとサイドバーが横から下にずれてしまうのだけれども、どなたか解決法をご存知でしたらお教えください。

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2008年9月8日月曜日

ラマダンについてひとこと

 一年のこの時期の午後にイスラム教徒の知り合いと街で出会ったときに、「今日はまだお昼を食べていないんだよ」と云うと、「お前もラマダンしてるの?」と冗談を云われることがありました。
 ラマダンはイスラム暦の一年のうちの九番目の月のことです。しかし換喩によって、この月になされる断食のことがしばしば「ラマダン」と呼ばれます。正確には「ラマダンの月の断食」と云わなければならないようです。この月の間、イスラム教徒は日没まで飲み喰い、暴力、性交、喫煙などを控えなければなりません。
 しかし私はひとつ疑問を感じました。「入院患者もラマダンの間はお昼を食べないのかな?」 そこで友人に聞いてみたのですが、答えは単純で「病人はラマダンの断食はしない」のだそうです。なぜかと云うに、この断食は自分の信仰の強さを示すためのものだからです。病人の他にも、生理中の女性、妊婦、旅行者、お年寄り、子供などは断食をしなくてもよいのです。ラマダンの断食を他人に強制するということは論理上ありえません。自分は肉体的な欲求の誘惑に打ち勝つことができるということをこのようなしかたで示すのは、信者でなくとも理解できる合理的なことです。
 やたらとめだちたがるイスラム原理主義者のせいで、イスラム教はわけのわからない不寛容な宗教だというまちがったイメージをいだくひとがいますが、イスラム教は寛容を旨とする宗教です。ミシェル・ウェルベックが「イスラム教は世界でいちばんばかな宗教だ」と云って裁判沙汰になったことがありますが、これは表現の自由の枠内にとどまるということで無罪になっていました。確かに罪ではないと私は思うし、これが罪だということになったら困るのだけれど、それを別としたら、ウェルベックは慎ちゃんとレベルがいっしょの作家だということを身をもって示した事件でした。
 罪じゃないといえば、ロシア国籍の力士に関しても、大麻吸引は罪ではないのだから、それで処分するとか何とか云うのはおかしい。露鵬も白露山も日本社会がもうちょっとまともになる手助けをするために頑張ってほしいものです。必要とあらばプーチンが介入すると云っています(うそ)。テレビを見ていたら「疑わしきは罰せずというのは警察だけの話」という恐ろしい話をしていたひとがいました。思いあがったメディアによる私刑をするのはもういい加減にやめなさい。何様のつもりだよ。松浪くんは「北の湖やめろ」をひたすら繰り返していました。きっと個人的な恨みがあるんでしょう。
 私はエールを送ります。がんばれ、露鵬! がんばれ、白露山! がんばれ、北の湖! がんばれ、貴闘力! (あとのふたりはおまけ) やくみつるや内舘牧子に負けずに相撲を近代化するのはきみたちだ!(本当かよ)

 とせっかく書いたのに北の湖が辞任したうえに、露鵬も白露山も解雇だ! 北の湖の意気地なし! 相撲協会のひとでなし!

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2008年9月7日日曜日

八百屋で魚という古い話

 「犬」ということばを聞けばいろいろなことを思い浮かべます。「犬死に」とか「夫婦喧嘩は犬も喰わない」とか「犬猿の仲」とか「犬神様」とか。「間者」のことを思うかもしれないし、「食べ方が汚い」と思うかもしれない。犬ではじまる単語はずいぶんたくさんあります。日本語では警官のことを犬と呼ぶと外国人に説明することはできるが、同じ発想をしろと強要するわけにもいきません。でも「犬」と聞くと「ヴァカンスに連れて行く」とかあまり日本で生まれ育ったひとは思わないのではないでしょうか。「雨がすごい犬猫降り!」は冗談でしかありえません。
 「鍋」ということばを聞けば、「母さんが夜なべをして」と思ったり、わたなべというひとのことを思ったり、「なべて」ということばは鍋と関係があるのかと思ったりします。ひとつのことばの周りには、何十、何百もの連想されることばの範列があります。
 しかし一方で「シャワー」ということばを聞いて思い浮かべるのは、ヒッチコックの『サイコ』の殺人の場面などきわめて狭いものになります。英米人は陽光のことを思うかもしれないが、日本語だけを話すひとが「太陽の光のシャワーを浴びて」なんて云うと何だか気恥かしいような感があります。どうしてもこれがお湯のシャワーであってほしいのは、シャワーがしゃわしゃわ音を立てるものであるべきだからでしょう。この単語が日本語に定着したのはこのような音の支えのためでしょう。
 「シャワー」の場合は確かに外来語だと云えますが、たとえば「プチ」や「スルーする」といった俗語の場合はどうでしょうか。「シャワー」の場合は擬音語の支えがこの特定の意味をもった単語を日本語に定着させた理由だといえるのに対して、「プチ」や「スルーする」の場合には「ぷちぷち」「するする」といった擬音語擬態語の語感が口実としての外来語としての意味を8対2くらいの比率で上回っているような気がします。もし「プチ」が本当に外来語であれば、「プティ」という表記のヴァリエイションが可能なはずだし、女性形は「プティット」という配慮をどこかですることもありうるはずです。しかしそのようなことはありません。
 「スルー」という英語の副詞(ときに形容詞)、前置詞らしきものを動詞にすることのなかには、もっぱらことばの響きだけがあると考えられないでしょうか。詳しく研究してみると、日本語で「プチ」をつけられる単語のなかには、きわめて間接的なしかたであっても、「ぷちぷち」を思わせるような小さくて丸っこいものが多いということが出てくるかもしれません。「セレブ」ということばが日本語で単にお金持ちを意味しうるのは、「クラブ」という少人数の集団を連想させるからでしょう。この「クラブ」という単語も、最後に「ブ(部)」という音があることを支えとして日本語に定着したものでしょう。うちの父親は一応フランス語から来たことになっている「のんしゃらん」という外来語について「のんとしてしゃらんとしているからのんしゃらん」と云っていたが、今の日本人も「するする抜けるからスルーする」と云った方がいいのではないでしょうか。
 ひとつの単語はひとつの言語のなかでいろいろな単語の範列を連想させ、意味と音声の網のなかに相対的なしかたで位置づけられています。ひとつの単語が外来語としてとりいれられた際には、その外来語が生まれた言語のもつ単語の連想の範列は当然のことながら完全に無視される一方で、その単語は受け入れ側の言語のなかにその場を見出さなければなりません。もし意味的、音声的な支えをもつことができなければ、その外来語は根なし草、糸の切れた凧のようなものとして言語のなかに存在することになります。
 「ホームレス」「レイプ」「ドメスティック・ヴァイオレンス」といったことばは、このような糸の切れた凧のようなものとして日本語のなかにあると云えるでしょう。何か日本語として違和感を感じさせるものとして日本語のなかにおける存在意義を見いだしていると云えるのではないでしょうか。はっきりと云いたくない、話題にしたくないものにこのような外来語が用いられるという傾向がひとつにはあるでしょう。
 「コンプライアンス」「リテラシー」といったことばにもこのような傾向を読みとれると思います。なぜ「コンプライアンス」ということばが日本語として使われるようになったのかは知りません。メリアム・ウェブスターのオンライン辞書で compliance の類義語を見ると、deference, docility, obedience, submissiveness と「ひとに対する従順さ」を示す単語が並び、日本語で使われている意味とはかなり遠いのではないかと思われます。フランス語では「愛想のよさ、へつらい」を意味する complaisance と同じ語源なのかと一瞬思ったのですが、そうではなくて compliment 「ほめことば、お世辞」と同根でした。いや、語源はむずかしいですね。もっとも WordReference の仏英辞典では、compliance の訳語として conformité (適合性)とともに complaisance が出てきます。語源はちがっても、意味としてはこちらと近いということです。
 日本語で「コンプライアンス」として使われる意味は、英語版のウィキペディアでは Regulatory compliance として項目が立てられているものでしょう。米国では一般的に「明確に規定された約定、施策、基準、法律に準ずること」を意味するとあります。最近の流行りことばのようです。ウィキショナリーの compliance の記事を見ると、この意味が6番で、この6番の意味の日本語訳がご丁寧にも「法令遵守」として出ています。Compliance という単語には他の意味がいろいろあるのに、本来は regulatory compliance という特化した形で使われるべきであっただろう特別な意味だけを日本語の外来語の意味として用いているということでしょう。この単語がもともと位置していた英語のなかのことばの網はまったく無視されています。それでもこの米国の流行りことばが日本で用いられることのなかには、米国人が云うんだからしょうがないというような態度が見られるような気もします。「法令遵守」ということばよりも「コンプライアンス」という外来語を用いたいという気持ちのなかには、面倒なことには触れたくないという感覚があるでしょう。
 「リテラシー」ということばについても同じことが云えると思います。Literacy という単語からは、letter とか literature という単語が英語では思いつきます。フランス語では lettré は「教養がある」という意味です。
手元にある英仏辞書(ロベール・コリンズ)は alphabétisation (識字化)というフランス語の訳語を与えています。これは「文盲」と対立する概念です。和仏辞典では、lettré の対義語の illetré と analphabète に同じ「文盲」という日本語を与えていますが、フランス語ではこのふたつの単語を混同することはできません。前者は教育がないために読み書きができないひとで、後者は識字障碍のあるひとのことです。
 西洋言語のなかではこういったことばの網のなかにある literacy という単語は「読み書きの能力」ということですが、日本語の外来語は必ずしもそれを意味していないようです。これもまた regulatory compliance のように、本来であれば cultural literacy, visual literacy といった表現と同じ発想で生まれた media literacy, internet literacy という表現に相当する特化した意味として使われることが多いのではないかと私には思われます。
 ところで、フランス語(ケベック)ではこの internet literacy の訳語として alphanétisation (alphabétisation + net) ということばを発明しています。醜悪なものですが、英語社会の脅威から身を守るカナダのフランス語社会の防衛策の一環としては理解できるものです。ときにはケベック人が発明した新語がフランス本国で取り入れられることもあります。Email については、フランス人も email という単語を使うことが多いのですが(結合符号を用いないつづりがより多く見られます)、それでもケベック人が考えた courriel という単語を用いるフランス人も多くなってきています。これは courrier électronique からきたものです。私もこの単語を好んで使います。
 一方で、日本語で「リテラシー」というときは、英語からの防衛意識とは正反対のものが働いているのですが、こういった外来語に対する一見素朴な無防備さが可能なのは、そもそも日本人が外来語を取り入れるときに本来英語でどうあるかということを実際にはほとんど意識しないからなのでしょう。どのような文脈で用いられるかということは関係なく、使うひとの頭のなかにあるものによって意味がかなりどうにでもなるものとして用いられます。何だかだいたいこの辺にちょうどよさそう、というものが選ばれているのではないでしょうか。最初にこういったカタカナことばを用いはじめたひとはもしかしたら何かを自慢するような気持ちではじめたのかもしれませんが(米国ではこういうことばが流行ってるんだよというような)、それを聞いた他のひとによっては、糸の切れた凧のようなことばが、はっきり云いたくないこと、何となく面倒なことを表すために用いられることになります。「くさいものにはふた」という発想が肝要なのだから、homeless よりも un-housed の方がおそらく適切であるといった論理はとりあえず関係ありません。(あくまで「とりあえず」の話です。)
 フランス語の場合には、もし英語の単語を多くとりいれると、その単語が連想されることばの網なども重なりあうために、フランス語全体の質が変わる危険があります。日本語においてはその危険がないと考えられますが、それは同時にそれだけ日本人が自分の言語に対して無責任なしかたで外来語をとりいれているということを意味しています。日本語で云うのが面倒なところ、日本語に訳すのが面倒なところには外来語を使っておけばいいのです。
 たまたま私が気になるふたつの単語がそうだというだけなのは認めますが、この「コンプライアンス」と「リテラシー」という単語は、現代社会の倫理にかかわるものとして、「面倒なもの」と考えられているところにすっぽり落ちたのではないでしょうか。面倒だから日本語で云いたくない。Regulatory compliance というものは、フランス語で déontologie (「職業倫理」、英語では何と云うのかと思ったら、professional ethics で、これに対応するひとつの単語はないようです)と呼ばれるものとは別ものですが、日本語では「コンプライアンス」を、「法令遵守」よりはむしろ、「職業倫理」と言い換えた方がいいのではないかという気がします。同じ論理によって、「リテラシー」も「情報に関する倫理」と言い換えられるのではないでしょうか。こういった単語をもってきたのはただ欧米人の真似をしたいひとだったのでしょうが、それが面倒なものを避けたいひとたちには都合がよかったのでしょう。これはあくまで私の意見です。
 日本語を用いるひとが他の日本語を用いるひとに対して「リテラシーがない」と云うときには、多くの場合この意味で用いられていると思われます。もしこれからこのリテラシーということばが日本語のなかで多く用いられることになるとすれば、それは「らしい」と云うことばの響きに負うところが多いでしょう。このことばを用いるひとが英語によく親しんでいても、日本語のなかでこの単語を用いるときには、letter や literature のことが連想されることはなく、「らしい」の方が意識(あるいは無意識)にのぼります。「デモクラシー」のことも連想させますが、このデモクラシーも「でも」と「暮らし」でできていて、「でかんしょ、でかんしょで半年暮らす、よいよい」な雰囲気を出しています。他方でコンプライアンスの方はあまり生き残りの可能性がないような気がします。
 むかし竹下登くんが「政治家に倫理を求めるのは八百屋で魚を求めるようなものである」と云って物議をかもしたことがありました。なぜか「コンプライアンス」ということばを聞くとこのことばを思い出します。この外来語で云おうとしていることとは裏腹に、どことなく「倫理を求めるのはおかどちがい」と云われているような気がするのです。倫理が問題になっているのなら倫理と云えばいいのに、それをしないからなのでしょう。日本人に倫理がないとは云いません。でも今や現代の日本語のなかに倫理の二文字を求めるのは、八百屋で魚を求めるようなものなのかもしれないという、古いお話でした。
 
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2008年9月6日土曜日

翻訳の秋 「9月10日は世界の終わり?」

 Agoravox はフランス有数のアクセス数で知られている市民による情報サイトです。なかなかおもしろい記事が載っていますよ。日本人がうかうかしているうちに、4日後に世界の終わりが迫っていたのでした。ここは警鐘を鳴らしておかなければならないでしょう。記事が掲載されたのは9月2日です。お金持ちはあと4日で全財産使ってください。科学の用語はわからないのでだいたいこうかなという感じ。ごめんです。

9月10日は世界の終わり? ブラックホールがやってくる!

 来るべき9月10日、奇妙な沈黙のうちに世界は消えるかもしれません。今日から一週間後です…。
 実は9月10日にジュネーヴでCERN(欧州核研究機関)が「大ハドロン衝突機」(LHC)を稼働させるのです。今回の実験は、プロトン塊を加速させ、今までにないスピードで衝突させ合い、これまでにひとが決して到達したことのないエネルギーを発生させることになっています。ビッグバンの直後の状態をつくりだそうというのです。
 このような実験がもし成功したら、人間の世界観は根本から変わるかもしれません。
 でももし失敗したら… そこから話が大変なことになってくるのです。
 この実験は数分の間に地球を吸いこんでしまうような小さなブラックホールの誕生に好都合な条件をつくるかもしれません。
 こういうわけで研究者のグループがLHCの起動の中止を求めてCERNを相手どって欧州人権裁判所に提訴しました。
 LHC安全アセスメントグループは「LHCにおいて発生させる核衝突には何の危険もなく、心配するにはあたらない」と保証しました。
 それにもかかわらずリポートのある箇所が不安に思えます。
 「アップ、ダウン、ストレンジと呼ばれるクウォーク粒子をほぼ等しい部分含む『奇妙な物質』の極小の仮定的な塊をストレンジレットとよびます。大部分の理論的な研究によると、奇妙な物質は十億分の一秒の間に普通の物質に変化することになっています。でもストレンジレットが普通の物質と結合してこれを奇妙な物質にすることがありうるでしょうか? はじめてこの質問が提起されたのは、2000年に米国で相対性重量イオン衝突機(RHIC)を稼働させる前のことでした。このときになされた研究が心配の必要はないということを証明し、RHICは8年前から今までまったくストレンジレットが見つけだされることなく機能しています」
 強調部分の言い回しに気をつけてください。
 もしCERNの最新の粒子加速器が9月10日に人類を滅ぼさないとしても、時間をさかのぼることを可能にするかもしれません。これがともかくモスクワの数理物理学の専門家イリナ・アレフェヴァ教授とイゴール・ヴォロヴィッチ博士というふたりの科学者の意見です。このふたりによると、CERNの機械は2008年の9月10日に戻れるような、時間の遡行を可能にする時空のトンネルをつくるかもしれないのです!
 ともかく今度の10日を無事に過ごせたら万々歳ですね!

P.S. お約束ですが、宇宙人がやってくると云っているひともいるようです。これはフランスのサイトの記事ですが、私はスイスのラジオのポッドキャスト(だけ)で聞いた話なので、話題としてはかなりローカルなものなのでしょう。ベルギーやケベックのポッドキャストも聞きはじめました。

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2008年9月4日木曜日

グーグル・クローム

11.1 本サービスで、または本サービスを通じてユーザーが提出、投稿、または表示するコンテンツについてユーザーが既に取得されている著作権およびその他の権利は、ユーザーが保持するものとします。コンテンツを送信、投稿、表示することにより、ユーザーは、本サービスで、または本サービスを通じて送信、投稿、または表示したコンテンツを再生、改作、改変、翻訳、公表、公開、配信できる恒久的かつ取り消し不能で、使用料が発生しない非排他的なライセンスを Google に付与することになります。このライセンスは、本サービスの表示、配信、および促進を Google が行えるようにすることのみを目的とするものであり、一部のサービスについては、そのサービスの追加規約で定義されているとおり、取り消される場合があります。

EULA

この問題について書いたブログ(英語)

2008年9月3日水曜日

においの話ではないの?

 「ホームレス」という単語が、「浮浪者」や以前から使われていた外来語の「ルンペン」ということばに代わって、社会的に適切なものとして使われるということに少し違和感を感じます。英語ではこの homeless という単語はやはりあまり politically correct なものではないと考えるひとがいるようです。「ホームレス」(homeless)と呼ばれるひとの多くは、un-housed という呼び名を好むということが、たとえばスタンフォード大学の新聞に書いてありました。住む家がないひとは必ずしも帰るべき場所をもたないわけではないからです。「ハウス」はなくとも「ホーム」はあるという場合がありえます。私はそもそもこの社会的適切性の運動にもカタカナことばの濫用にも批判的ですから、あまり適切ではない「ホームレス」ではなく、より適切な「アンハウズド」という単語を用いるべきだと云っているのではありません。ただこの日本語における「ホームレス」ということばは、本人がどう呼ばれることを好むかどうかにかかわりなく、「善意あるひと」におしつけられたものであろうという気はします。この「善意」に反して、日本語としては、今や「ホームレス」という単語は烙印を押す機能をもっていると云えるでしょう。
 ところで、上に引用した新聞記事に書いてあったのですが、「社会的適切性」(political correctness)のラウトレッジ倫理学百科事典による定義は、「ヨーロッパ中心の偏狭な世界観とある種の社会集団の長きにわたる従属を回避し訂正することを目的とした、言語、政策、社会行動、文化的表現に加えられる変更のすべて」ということだそうです。「ヨーロッパ中心の偏狭な世界観」ということは、日本ではこれを定義しなおさなければなりませんね。
 フランスでは、以前「ホームレス」は sans-abri (「寝床のないひと」、「宿なし」)と云われていましたが、最近は sans-domicile-fixe (「固定住居をもたないひと」)と呼ばれています。略称の SDF という呼び方が定着しています。私は「ホームレス」ということばを使いたくないので、とりあえず「無宿者」ということばを用いることにします。「宿なし」よりも軽蔑的ではないだろうという理由から使うのであって、それ以上の根拠はありません。(「宿なし」もそうですが、「浮浪者」や「ルンペン」ということばを使うと、今ここでは意図しない滑稽な効果を生みます。ことばが嫌いというよりも、滑稽な効果は望んでいないので使いません。「無宿者」も滑稽だというひともいるでしょうが、私は「とりあえず」と云っています。)
 さて、無宿者が図書館を使うとか使わないとかそういう話が話題になっているようです。しかし無宿者にもさまざまあります。昨日無宿者になったひともいれば、明日はもう無宿者ではないひともいます。図書館に行く無宿者もいれば、図書館に行かない無宿者もいます。
 心ない差別の対象になることがあるひとのなかに身体障碍者がいますが、彼らを弁護するひとのなかには「障碍を治す」ことを前提とした議論を差別的であるとみなすひとがいます。拝聴すべき意見でしょう。しかしこのような論理を無意識に自分のものとして、無宿者の無宿性を弁護するのもおかしいでしょう。確かに無宿者であることから抜けられないし、抜けようとする気もないひともなかにはいるのでしょうが、そういったカテゴリーの無宿者を無宿者の代表として論じることにはむりがあります。ほんの数日、あるいは数週間の間無宿であることを経験したひとの数は少なくないでしょう。「ホームレス」という日本語としての定義があいまいにならざるをえないことばを使っているかぎりは、「ホームレスはにおう」という偏見に対して論理をもって反論することができません。実際に「ホームレス」に対する強い偏見をもっていて、数日間、あるいは数週間無宿であることを余儀なくされたひとは、自分は無宿になったことがあるのであって、数日間ホームレスになったのではないと頑として主張することでしょう。事実「ホームレス性」を主張する、あるいはそこに甘んじてとどまる無宿者もいるのでしょうが、「ホームレス」ということばのもつ社会的烙印の機能を看過して、弁護する側も「ホームレス性」をもった「ホームレス」を「ホームレス」として弁護するのは、私には同意しがたいことです。
 この単語の定義があいまいなのだから、「ホームレス」ということばによって指示されるものがひとによってちがうのはやむをえないことではあるけれども、現在のブログ圏の議論においておもに問題になっているのは、長きにわたる無宿の生活をしていて、さしあたりそこから脱出しようとしていないひとのことではないかと思われます。特にその「におい」が問題になっているような印象があります。
 フランスの歴史家アラン・コルバンはその『瘴気と黄水仙』(日本語訳の題名は『においの歴史』だそうです)において、五感のうちでもさげすまれてきた嗅覚という動物的なものであると考えられてきた感覚を分析し、いかに近代フランス社会が不寛容の精神によって環境の脱臭を行ってきたかを語ります。たとえば、以前にはムスクなどの動物性香料が好まれていたのに、それが水仙などの軽い香りの流行に取って代わられたことが語られています。脱臭のしかたも、強いにおいによって悪いにおいを消すようなしかたから、大きな脱臭の流れのなかで、もともとにおいの弱いものが軽いにおいのものを身につけるようなしかたへと変わってきたのです。80年代以後のフランス歴史学のなかでも最重要のものとみなされているこの本は、フランス革命当時の公共衛生担当の医師の「貧しきもののいやなにおい」と書いた一節に触発されて書かれたものです。「集合的過敏さ」のことをコルバンは語ります。瘴気は公共衛生、ひいては社会秩序に対する脅威であると考えられました。無臭であることは、ブルジョワの豊かさのしるしです。
 ブルジョワの無臭化は豊かさ、少なくともゆとりを前提としている。この無臭化は単純労働に頼らなくてもいいということを証明しているのである。貧乏人、においのしみこんだ汚穢屋は、自らの拒絶を正当化するために生き残りの欲望を引き合いに出す。農民は必要不可欠な肥料を戸口に置くことに固執する。街では、ぼろ屋がお役所の施策に反対する。
 ここでコルバンが語っているのは、彼の専門の19世紀のフランス社会のことですが、無臭であることがゆとりの証明であり、社会の下層の人間は、全体化しようとする社会に抗して、自分のにおいにあえて固執するということはあるのかもしれません。
 もっともここで私が云いたいのは、無宿の生活が長きにわたるもののなかでにおいを漂わせているひとは反抗心のために意識的にそうしているのだろうということではありません。そうではなくて、近代のゆとりの特性であり、ますますその傾向を強めているように思われる「ブルジョワの無臭」の側にあるものが、相対的貧しさのしるしであるにおいによってひとを断罪するのは、人間的な判断であるよりはむしろ動物的な快不快の本能によるものではないのかということを私は云いたいのです。
 しかし、それによってひとを断罪するかどうかという問題を別としたら、悪臭が不快であるから図書館から出ていってもらうということを図書館の職員が判断することがあるとしても、私は必ずしもそれがスキャンダラスなものだとは思いません。歌ったり騒いだりするひとも図書館においては望まれざる客なのですから、嗅覚を度外視するわけにもいかないでしょう。それは無宿者であるかどうかにはまったく関係がありません。もっとも実際にくさいのではなくて「くさそう」という理由で退去を願うということがあるとしたら、それは大変な問題ですがね。

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2008年9月2日火曜日

翻訳の秋 「我が心のロシア」

 また Causeur.fr からの記事の翻訳です。記事を書いたのはバジル・ド・コックというひとです。名前が「コッホ菌(結核菌)」のもじりのこの「ジャーナリスト」は、テレビや映画でも有名な弟のカルル・ゼロのように嘘とも本当もつかぬお笑いのようなジャーナリズムをやっています。むかしは中道政党UDFの政治家のゴーストライターだったそうです。ベルクソンに近い観点に立つキリスト教徒、だそうです。さらにスパークスのファン(笑)だそうです。「ヴォワシ」という日本の写真週刊誌のようなスキャンダル雑誌に夜遊びコラムを書いている、そんなひとです。これは実に悪趣味な文章ですが、嫌いではありません。

我が心のロシア

 みなさんがどうかは知らないが、私は虐殺に脅かされているというかわいいグルジアちゃんに突然首ったけになってしまった西洋の民主主義者が垂れ流す、反ロシア、いやむしろ、反メドヴェージェフ、つまり反プーチンのプロパガンダの嵐にうんざりしはじめている。
 ベルリンの壁の崩落のずっと前に若かった私は、今は亡きソヴィエト連邦の大量の犯罪(こちらの方はまぎれもない事実だった)の話がこれほど大声で叫ばれたという記憶がない。
 それではどうしてこのようにふたつのものにふたつの基準があるのだろうか。卑劣さゆえのことか。たぶんそうだろう。「道徳的左派」は常に強いところよりも弱いところをつつくという嘆かわしい傾向をもっている。サルトルが1945年に社会参加の力を発見したのは、デーヴ[註・特にデル・シャノンの「ランナウェイ」をフランス語で歌った「ヴァニナ」の大ヒットで知られるオランダ人の歌手]が別の文脈で云ったように、「あれは偶然だったのか?」。確かにこれは卑劣さゆえのことではあるが、特に盲目ゆえのことなのだ。こういった猿どもはうまいことを云いたいのだが、絶対に見ようとも聞こうともしない。だいたい結局のところ、それはどうでもいいことだ。お間抜け山をどっちから登ろうと、てっぺんではいっしょになるんだから!
 左派の座席から聞こえてくる噂がある。「全体主義の名のおいてスターリンとヒトラーを比べることはできないのだぞ!」 だって根本的なちがいがあるのですからね。ナチズムとはちがって、共産主義は善意で舗装されていたのです[註・「地獄への道は善意で舗装されている」ということわざをもじっている]。
 でもいつから偽善が誠意の証明になったのか。簡単なクイズです。これは絶対に左の知識人だと気づかせるものは何でしょう。それは決して真実を掠めることなくまちがい方を変えるという驚くべき能力です。
 しかし何てこったい、このまちがい症候群は左派の座席のずっと向こうまで伝染してしまったように思える。旧自由世界の指導者の間では、ニコラ・サルコジからアンゲラ・メルケルまで、プーチンの目のなかにKGBの三文字がみえると(これはまったくの別物なのに)信じるあの何とも将来に期待がもてるジョン・マッケインを通過して、だれが民主主義の強姦をいちばん大声で叫ぶかを競い合い、「今日、我々はみんなグルジア人だ」と論理的に結論することになるのである。
 というのも、この事件においては、ロシアはかほどに民主主義的であったことはないというのが真実だからなのだ! たぶんプラトンやトクヴィルが夢見たような完全な民主主義ではないだろう。しかしそんなものはどこにあるんだ。わけのわからぬ残酷な独裁性が70年つづいた後で、崩壊した政府がマフィアを利して辞去した10年があったのだから、あのひとが云っていたように「何をしたらいいのか」と聞いてみようか。
 金権にまみれた寡頭制に支配された共同体同志の間の闘争の混沌のなかに沈みこむのか(エリツィンはこれに現実の政治を譲った)。投票によって共産党独裁に戻るのか(これもまたエリツィン支配の二年間の話で、これは実際にそうだったのだ!)
 これほどにも遠くのところから戻ってきた国において、唯一可能なものであるがゆえに望ましいものである第三の道を、プーチンは2000年に提案した。ロシアを危機から脱出させ、社会的既得権を破壊することなく生活水準を向上させるのだ。とりわけ、ねたんで怒り出す国があるかもしれないが、国民の誇りと国際的な地位をこの国に帰すのである…。
 ロシアの人民は何を求めているのか。それはわかりそうなものじゃないか!

 以上が翻訳です。左のサルトルは終戦後の社会の弱いところを突いて「アンガージュマン」と云いだしたとか、これ、サルトル信奉者が聞いたら怒るでしょうねえ。そもそもプラトンは民主主義を望んでなんかいなかったし。いい加減な文章ではありますが、「そのとおりだ」と思ってもらおうとするよりは「何を云ってやがる」と云わせるために文章を書く立場を、私は理解します。がらの悪い文章ですが。
 以下は記事とは直接関係ない話。メドヴェージェフが「コソヴォが独立してもいいのならどうしてアブハジアと南オセチアはだめなんだ」と云うのに対して、西洋諸国の良識的な意見は「そもそも事情がちがう。アブハジアや南オセチアではコソヴォのような虐殺がない。むしろその逆ではないか」と云うのだが、だったら独立を望む民族は迫害の被害者でなかったら独立できないわけ?と私は思います。そもそも私はコソヴォの独立が現時点ではいいアイディアだとは思っていないので(民族自決主義そのものは原則的に支持している)、理屈が変だということを云っているのですが。私の記憶がまちがっていなければ、アブハジアのひとにはロシア政府がパスポートを受給するということがかなり前からなされているはずです。グルジアからの分離独立がアブハジア人の総意によるものであるかどうかはわかりませんが、既に事実上グルジアと分離した状態が長くつづいています。「コソヴォが独立してもいいのならアブハジアもいいはずだ」と云うメドヴェージェフの理屈はさほどおかしなものではないと私は思います。もっともこれはことばのうえの理屈だけの話であって、ロシアが望んでいるのはアブハジアの独立ではなく、事実上ロシアへの併合であるという話は、ことばの理屈とは別の話です。既に事実上アブハジアはロシアに併合されているという見方も別にありますけどね。

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2008年9月1日月曜日

「良識派」

 むかし一度だけ日本で『ラルース一冊百科事典』というようなものが出版されたことがあるような気がしますが、フランスではフランス語辞典と一冊百科事典の役割を果たすハンディなものがラルース社から毎年内容を更新して出版されます。九月の新学年の贈りものに最適、ということで七月に発売されます。2009年版に収録された新語として話題のものが bien-pensance というものです。定義としては、「良識派(bien-pensants)の意見、行動様式、あるいは良識派の全体」ということになります。他には luminothérapie (「光セラピー[人工白色光をあてるもので、特に冬の憂鬱な状態を改善するのによい。なんまんだぶ]」)、déstresser (見てのとおり「ストレスをなくする」ということでしょうな)、insortable (sortable の反対。「外に出せない」つまり「ひとさまのお目にかけられない」ということ〕が収録されたそうです。Blogosphère (「ブログ圏」、日本語では「ブロゴスフィア」ともいう)も収録されたということに、美しいフランス語を愛するみなさまはご立腹です。洋の東西を問わず、同じ新語に抵抗を感じるのがおもしろいですね。
 ここのペイジにプチ・ラルース2009に収録の新語のリストがありますが、かなり私の知らない単語が多いです。他に「流行りことば」としては、jet-setteur(euse)(「ジェットセット族」、「有名人のお金持ち」だが「でもそれだけ」という皮肉なニュアンスがこめられる場合が多いと思います。『ジェットセット』というくだらないコメディ映画がヒットして続篇もつくられました)、relookage(よく視聴者参加のテレビ番組でやる「こんなブスがこんな素敵な美人になっちゃいました」みたいなやつ。化粧とか髪型変えたりとかスタイルを変えたりすること。日本語では何て云うの)、siliconer(「シリコンを入れる」、そのままです。そのままだけど、やっぱりおっぱいに使う、といらないことを断っておく)などがあります。Slameur(euse) というものもあるのだけれど、日本では「スラム」とか「スラマー」ってあまり聞かないね。フランスでは Grand Corps Malade によって代表される、ラップとは似て非なる朗読音楽スタイルです。他に「へえ、perturbant ってまだ辞書に載ってなかったんだ」と思うようなものもあるが、興味のあるひとは上のリンクを張ったペイジに行ってみてください。
 最初っから思いっきり話がそれました。私は bien-pensance の話がしたかったのですよ。この皮肉なニュアンスのこめられた「良識派」なる単語のフランス語版ウィキペディアによる定義は、「既成秩序に近い観点や価値、あるいは自分が育った環境に固有の観念を自らのものとする知識人の態度を指し示す軽蔑的な単語」となっています。「良識」はしばしば偽善であると形容される、ともあります。もともと(古くはベルナノスが使っている)は保守派の論調をさすものでしたが、今はむしろ「社会的適切性」(PC)の言説を揶揄するために用いられます。この「社会的適切性」の概念にも日本とフランスの間では開きがあると思いますが、この bien-pensance というフランス語の単語はしばしば旧態依然たる考え方をする左の知識人、およびそれに類した言説に用いられます。右の方は、最近はむしろ良識に反した自由主義経済をもちあげるので、あまりこの皮肉な意味での「良識派」扱いをされることは現状においてはありません。それでも右だからといってこのことばを適用されることがないということではありません。「良識派」の意見は、旧来からある権威あるマスメディアの大きな部分を占める意見です。過去の理想にしがみついて現実に対応できないが、生活には困らないひとたちが正しいものとして広めるような意見です。こういうひとたちの問題は、しばしばその意見が、同じく現実に対応できずにしばしば虚構のものである過去にしがみつく極右の主張に吸収されるものになってしまうということです。
 たとえば、極右のひとが「警察に逮捕されるひとは移民や移民の子供が多い」という統計を挙げて、それゆえに移民の排斥を叫びます。それに反対する「良識派」(左)の典型的な意見(典型的とは、わかりやすいしかたで代表しているということであって、この意見を表明する良識派が大多数だったということではない)は、「警官が人種差別主義者だから移民の子供が逮捕されるのである」というものです。たとえば三年前の「パリ郊外暴動」の際にこういうことが云われていました。極右もこの良識派も正しいことを云っていません。まず極右があげる統計が、少なくともこの暴動に関してはまちがっていたということ。この「暴動」の逮捕者のなかで実際に郊外に住んでいた移民の子供の数は半数を越えず、多くの逮捕者はよそからあおりにきたひとで、実際には白人のフランス人の逮捕がかなり多かったということ。それなのに統計を確認もしないで極右の主張を信じて答える「良識派」は自らの戯画であると云えるでしょう。しかもこういったパリ郊外では、多くの警官が地元の出身であり、しばしば移民の子供なのです。どうして彼らが自分と同じ肌の色をもった人々に対して人種差別主義者でありうるでしょうか(日本人のなかには同国人のことを差別的なまでに忌み嫌うひともいるのだから、そういうこともありえないわけではないのですが、とりあえずここではおいておきます)。当時私が目にした日本のメディアのことばのなかには、「移民と呼ばれるもの=非フランス人」とするような、まったくお話にならないフランス極右の意見そのものの記事が散見されました。まさに自称「良識派」のことばが極右の主張とかぶる一例です。(ちなみにこの時期「パリは大変なの?」とパリ人に聞くと、「何か大変みたいだねえ」という反応が多かった。メディアが騒ぎすぎという意見が非常に多かった。)
 私は移民の子供が多く犯罪を犯すということももしかしたらありうるのではないかと思います。それは移民の多く住む地域の教育のレベルがしばしば低いからです。「生徒に暴力をふるわれる」という恐れもあり、あまりこういった地域で働くことを好まない教師が数多くいます。このようにしてさらに教育のレベルが下がるという悪循環があります。私は性善説も性悪説もまったくとりません。ひとは何ものとしても生まれないと思いますが、だからこそ教育が重要だと思います。きちんとした教育を受けずともきちんとした道徳観が育つと考えるのはまちがいです。この「貧しきものの美徳」という嘘は、社会的弱者が弱者でありつづけるように社会的強者がつくりだした神話です。教育の充実を図るということが、世界のあらゆるところで真っ先に必要なことなのだと思います。
 2002年の大統領選では、決選投票に極右政党「国民戦線」(FN)のジャンマリー・ルペンが残り、多くのフランス人がパニックを起こしていました。このときのことは忘れられません。多くの人間が「シラクに投票しなければならない」と云い、実際にそうしたのです。奇妙なことに、極左トロツキスト「労働者闘争」(LO)のアルレット・ラギイェだけが「右の有権者の投票だけで十分に極右に勝てる」と云って棄権を呼びかけていました。当然彼女の云うことを聞くひとは少なく、決選投票でシラクが獲得した80%を越える票を、ルペンは「ソ連のようなスコア」と評しました。まったく奇妙なことに、本来であれば民主主義を否定することになっているはずの極右と極左の人間が、このときには他の人間にくらべるとまるでもう少しましな民主主義者であるかのような発言をしていたのです。
 それでは死んでもシラクに投票しないような人間がどうして「喜んで」シラクに投票したのか。(本人たちにとっては苦渋の選択だったのだろうが、私からすれば、シラクに対する無意識の愛を表明しているようにみえた。) 「空気」だったとしか云いようがありません。このとき私は多くのひとに意見を聞きました。そもそも一次投票からシラクに投票しているひとならまったく問題がないが、どうして「良識派左派」のひとがシラクに投票しなければならないのか。みんな云っていました。「大差をつけなければならない」と。でもどうして大差をつけなければならないのか、それはだれにもはっきり説明できませんでした。しかしこれが短い間にあらゆるところで喧伝された「良識派」の公式見解だったのです。このときのスローガンは傑作というか、力が抜けたのだが、「ファシストではなくぺてん師に投票しろ」。「ぺてん師に投票しろ」って…、何云ってんの? それが民主主義国家におけるひとりの有権者としての自覚ある投票行動なのか?
 「あんたらは民主主義のためにシラクに投票するというが、それじゃあシラクは民主主義を体現しているとでも云うのか。間接民主制におけるこういった選挙においては、僅差でも勝利した方が勝利したことになるのであり、それが民主主義の原則だろう。いったい民主主義の教科書のどこに大差をつけて勝利しなければならないと書いてあるんだ。民主主義の教科書に書いてあることは自分の支持する政策をもった候補者に真剣に投票するということだろう。あんたらはシラクの政策を支持しているのか。まったく支持していないのだろう。だったら、もしあんたらにとって民主主義の原則が大切なのなら、シラクには投票しないことだ。政策の支持による投票ではなく、力関係による投票をするのなら、それは民主主義的な感性ではなく、実にふざけた感性である」 というようなことを私は云っていました。アルレット・ラギイェの云うことすら無視されるのだから、私の云うことを聞くひとがいるわけがありません。しかも後でみんなシラクに投票したことを後悔してやがんの。本当にこいつら、どうして「シラクは民主主義を守るからシラクに投票する」と云えなかったんだろう。どうして「ぺてん師に投票しよう」なんてふざけたことを云わなければならなかったんだろう。
 特にこの時期からフランスでは「良識派」は一部の人間の批判にさらされることになったのではないでしょうか。少なくとも私は非常にがっかりしました。「良識派」メディアはルペンに投票したひとのことを断罪するばかりでまったく理解しようとしなかったのです。「良識派」の統一見解を攻撃する週刊紙マリアンヌが創刊されたのは1997年のことです。このとき一次投票にルペンに投票したひとたちの話を聞きに行ったエリザベート・レヴィが前に記者で今もよく寄稿しているということで、私はこの週刊紙を読みはじめました。エリザベート・レヴィが2002年の大統領選について書いた『検閲の首領たち』(グリュックスマンの本の題名のもじり)はなかなかおもしろいが、やっぱりこういう時事に関する本は古くなりがちかな。
 現時点で「良識派」を代表する印刷メディア、およびインターネットメディアは、Le Monde, Libération, Le Nouvel Observateur, Rue89 などです。日本人留学生はどうもこういった言説を珍重する環境のフランス人にたぶらかされやすいので、注意しましょうね。特に Rue89 は、おもしろいサイトであることは認めるし、「独立系」を主張する看板に偽りがあるとは云わないが、まさに皮肉を云われる「良識派」の感性満開です。情報源はともかく、主張に関しては私は眉に唾をつけて読んでおります。(ばかばかしいから最近あんまり読まなくなってきたが。)
 私はフランスの良識派左派の白人の友人に関してよくこう感じていて、それを実際に云ったこともあったのだけれども、あんた、移民の子供にかつあげされたらそれで終わりだなって。かつあげしようとする移民の子供に「僕はきみたちの友だちだ!」とか云ったって聞いてもらえないんだぞって。その瞬間に左から右に行っちゃっておしまいでしょう。非常に危うくもろいのです。でも私は立場を変えずにいられますから。教育のレベルを上げてゆくべきだというところにとどまっていられます。

 話は変わります。
 最近はもうルペンも年で、彼が引退した後でもFNが存続するだろうとはあまり考えられていません。彼は娘のマリーヌ・ルベンに後を継いでほしいと思っているが、FNの支持者は伝統主義的な極右ですから、女に党の手綱を握ってほしくないということがあるのでしょう。そこで日本人妻をもつブリュノ・ゴルニッシュを支持するひとがいるが、この日本文明の専門家はまったくぱっとしない。たぶんジャンマリー・ルペンが引退したらFNは終わりでしょう。FNが終わりだからといってフランスの極右がいなくなるというわけではありませんが。
 他方で、先に云った「良識派」の友人のなかには、びっくりするほどに2002年に極左トロツキスト「革命的共産主義者同盟」(これからは「反資本主義党」)のオリヴィエ・ブザンスノに投票したひとの数が多かったのです。本来であれば、一次投票からシラクに投票しそうなひとのなかにもブザンスノに投票したひとがいました。このひとの人気の秘密は「感じがいい」。「革命!」と叫ばないだけで頭のなかでは革命を目指しているというやつです。ルペンがテレビに出ないということはまったくないが、それでも必ず極右の人非人として呼ばれるのに、ブザンスノはミシェル・ドリュケール司会の日曜日のお昼のお茶の間番組(フランス2)にゲストで出ちゃったりしました。大変です。私はこいつの方がルペンより嫌いです。むかしは多くのひとが「ルペンは危険だ、いつかルペンが大統領になる」と云っていました。私はどうしてルペンが大統領になるという発想ができるのか、このひとたちはそこまで民衆の判断を信用していないのかと思ったが、ブザンスノに関しては危険だと思います。今の時点では大統領になる可能性があるとは思わないが、少なくとも左の政党に大きな打撃を与えると思います。(つまり私は右よりも左のことを心配しているということか。) サルコジは社会党書記長オランドに云ったそうです。「長年の間あんたらはルペン、ルペンと云って俺たちのことをうんざりさせたが、今度はブザンスノであんたらをぎゃふんと云わせてやる」(カナール・アンシェネによる) あるいはこう云ったという説もあります。「右が極右の問題を解決するのに20年かかったが、今度はあんたらの番だぞ」と(こちらはル・モンド)。主張よりも力関係のサルコジからすれば、ブザンスノは自分の味方、と、そういうことです。「ブザンスノは左のルペンか?」とマリアンヌは云っていますが、私はまったくそのとおりだと思います。
 どうして私がこいつのことが嫌いかといえば、あるテレビ番組で、強い調子で「反ユダヤ主義者」と呼ばれて、こいつ、「僕、反ユダヤ主義者じゃないよお、ふぇーん」っていって泣いたんだよ。まったく、泣いてどうする。マルクスがユダヤ人について何を云ったかくらい云ってみろ。それで「感じのよさ」で売るんだからな。見上げたもんだ。かなり腹黒いとみてまちがいがない。
 これまでフランスの「良識派」べったりの意見をもっていた日本人のフランスマニアが、これから「良識派」に好まれるブザンスノについてどういうことを考え、云うのか、ということに、私は興味があります。わたしはRTLの On refait le monde という番組に出てくるロシア人ジャーナリストが云うように、「まったくこんな人間がもてはやされるだなんて信じられない。フランス人はこのひとがだれなのかわかっているのか」という意見ですが。

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