2008年8月29日金曜日

バンクシーのことば(らしい)


 「広告について僕が何よりも憎らしく思うことは、この業界が利発で創造的で野心をもった若者を一手に集め、そのために現代においては主として鈍重で自己中心的な人間が芸術家になることになるということだ。現代芸術は破滅的な領域だ。人間の歴史の領野において、これほど多くのひとがこれほど多くのものを使っておきながら、これほどにも何も云うことがなかったということはない。」バンクシー

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知っていることと知らないこと

 フランスの大学の文学と精神分析の合同授業で、一度ブルガリア人の先生が呼ばれてきて授業をしたことがあって、そのとき「日本語では未知と既知の対立が主語と述語の対立にあたるそうですが」と話をふられて反応に困りました。そういう話はむかし大学の言語学の授業で聞いたことがあったけれども、いかんせん知識がないもので。その言語学の授業では、この未知と既知の対立において、日本語は既知の情報をどんどん切り捨ててゆく性格があるということを云っていました。これは三上章から大野晋に受け継がれた日本語学の傍流の説ということで理解はいいのでしょうか。
 私の専門は文学でしたが、フランスでは、人文科学系の博士課程の学生でも知っていそうなことを何も知らないということがよくあり、結構驚くことがありました。しかしよくよく考えてみるとこれはそれほど驚くべきことでもありません。そんなみんな何でも知っているはずがないのです。博士課程の学生だからといって、相手はこれを知っている、と前提して話をするということが、ここでは成り立ちません。
 それではフランス人の学生にはとりわけ知識がないということになるのでしょうか。一面ではそういうことが云えるのかもしれません。ノルベルト・エリアスが指摘しているように、部屋に閉じこもって本を読むことを好むドイツ人の学生とは対照的に、フランス人の学生は知識を得るためにむしろ面白い環境のひととつきあうことを好むという傾向があります。日本人の学生はむしろドイツ人の学生と似ていると云えるのではないでしょうか。あるいは、これは学生の話ではないけれども、ある種の統計によるとフランス人の四人に一人は年に一冊も本を読まないそうです。「読書好き」を自称するひとはだいたい月に一冊本を読むのだそうで、日本人に関する統計は知らないけれども、日本では月に一冊本を読むひとは自分のことを読書好きとは云わないのではないでしょうか。とはいっても、フランス人の学生にも知識欲はあり、日々吸収をしているのだから、とりわけ知識が足りないということは、原則的にありえないでしょう。おそらく「この程度のことならこの相手は知っているだろう」と思う私の前提、想像がまちがっているのです。
 フランス人と話すときには、相手が知っているかもしれないと思われることでも、自分の論理を組み立ててゆくために省略せずに話します。だいたい自分が知っていることを聞くのは心地よいものです。相手が自分の知っている基盤のところから話をはじめてくれると、その心地よさに導かれて、相手の話のなかに自分の知らない情報を発見してゆくことになります。あまりに自明に思われることは省略するとは云っても、かなり基本的なことと思われかねないことでも省略しないで話すことが肝要です。「私はこれこれこのことを知っている」ということを示すよりも、「私はこのように論理を組み立てて話す」ということが重要なのです。「私はこの基本的事実からこの結論を引き出す」ということを示すのです。それは議論の場だけではなく、日常の会話においても同様です。自分にとって自明だと思われることが相手にとっても自明だと思わずに会話することが必要なのです。
 他方で日本のことを考えてみますと、日本人はこのような会話のしかたを好まないようです。「そんなことはもう知っている」「あるいはそんなことには関心がない」、こういった反応を恐れて会話をしなければなりません。もし相手も知っていることを自分の話の土台として話そうものなら「お前は自分だけがそのことを知っていると思っているのか」という感想をもたれかねません。よってこのような恐れが前提を省かせることになりますが、このときにその話題が前提なしでしっかりと理解されているということを保証するものは何もないのです。それでも大方の場合は、相手も自分の無知をさらすのが怖いから、省略された前提についてわざわざ聞くことはしません。このような恐れはもしかしたら日本語の構造そのものに根ざしたものなのかもしれません。
 私がこのブログでときどき話題にすることですが、たかが四、五歳ちがったくらいで話が通じないと信じる奇妙な現象もここに端を発するものでしょう。同じ年齢の「日本人」ならば、既知の情報の総体を共有すると信じ込み、それが会話を可能にし、もしこの信念が奪われている場合にはまったく会話を成立させることができないのです。もちろんこのようにつくりだされた「世代」という差異は虚構のものであり、日本国内で育った同年齢の人間だからといって同じ情報の総体を共有しているということはありえないことです。しかしここにおいて既知の情報は、アプリオリなしかたで、日本語会話の原則から云って口に出されない既知の情報として共有されている、負の情報として共有されているということになっているのです。以前は地理的なものによって同じ情報を共有するひとが規定されていたのかもしれませんが、最近はそれが年齢に変わってきているということがあるのかもしれません。あっという間に忘れ去られる流行はこのような虚構の差異をつくりだすために存在しているのでしょうか。
 学問の世界においても、このような日本人的なコミュニケイションの空間は共有されています。自分と既知の情報を共有する人間とだけコミュニケイションできていればそれで満足だということになってしまうと、ここにはまったく啓蒙の可能性がありません。学問の世界のなかではジャルゴンを使うことが認められても、ジャルゴンを使わずにわかりやすく話すこともしっかり訓練すべきでしょう。自分の世界以外のひとに通じないことばにはさして意味がありません。しかし同類に対する気遣い、そこから発する恐れが、むしろ知識の符号であるジャルゴンを選ばせるということがあるのかもしれません。
 いったいどうしたら外国語が話せるようになるのか、というのはよく聞かれる質問です。いくら文法をよく勉強して、どのように文を組み立てるのかがわかっても、会話ができるとはかぎりません。私の感想では、この日本人のコミュニケイションに対する「恐れ」が大きな障碍になっています。たとえばフランス人の友人に Quoi de neuf? と聞かれることがあります。英語では What's new? です。日本語にしたら「最近何があったか」ということですから、まさしくこれは「未知の情報」に関する質問です。ここで日本人は「こんなことを云っても相手には関心がないだろう」と思う、だからこそ「何もない」と答えてしまいがちです。このような態度が、「日本人には外国語ができない理由」だと私は思います。日本人同士でも「この相手とは既知の情報を共有していなくて、情報に関する関心も共有していない」と考えて沈黙することを選ぶのに、もし同じ発想を保っていたとしたら、「最近何かあった?」と聞く外国人を相手にして何を話したらいいものかその場ですぐさまわかるということがあるでしょうか。フランス人はこの質問をされた場合、何でも答えます。たとえば「今朝はハムエッグを食べちゃったよ」でもいい。そうすると相手は「朝からハムエッグ?イギリス人みたいだね」と答えるかもしれません。この質問はだれにでもする質問ではなく、自分の友だちだと思っているひとに対してする質問です。相手が何をしたかに興味がなかったらそもそもこんなことは聞かないのです。自分に興味をもってくれているのだから(なんてわざわざ考える必要はないけど)、こんなことを云っても興味をもってもらえるのだろうかと考えないで何でも答えればいいのです。「何もない」と答えることはむしろ相手をばかにしていると思われます。
 私はよく思うのですが、「日本人」は傲慢で世間知らずで失礼な国民なのに、よくその反対のことを思いこんでいます。日本人にとっては挨拶ができることが長所だったりしますが、フランスでは挨拶しないひとの方がおかしいのです。だからこそ、フランスの移民問題に関して、「同化する」ことと「とけこむ」ことのちがいが日本人には理解できないということがありうるのでしょう。日本ではまったく隣近所のひとに挨拶をしなくても、日本人の特質と同化しているということがありえます。この際は社会にとけこんではいないのに同化はしているのです。現在のフランス政府が移民に求めることは、決して同化ではなく、愛想よく世間にとけこむことです。
 うまく自分の周りの社会にとけこむということが美徳であるとは考えられずに、「日本人であること」が顕揚される世のなかにおいては、他国の移民問題を理解することも困難です。だからこそ日本人が外国で暮らすことに関しても「同化」ということばがまず思い浮かぶのだと思います。それでも「同化」を可能にするような外国語を習得することは至難の技です。「日本人にとっての外国語を完璧に話す」(同化)を求めるのではなくて、社会にとけこめるような円滑なコミュニケイションを自ら望むようにすれば、おのずと外国語はできるようになるでしょう。海外に住んでいない場合は、そこにとけこむことは不可能だとはいっても、発想は同じです。「こんなことはこの相手には関心がないだろう」とはなから思い込み、沈黙を選ぶことが一種の傲慢なのです。
 自分の側でも相手の云うことを関心をもって聞くという態度が必要です。しかしこんなことをわざわざ必要だと云わなければならないのでしょうか。ひとの話を聞くのは原則的には楽しいことなのに、よく聞きもしないで「そんなことには興味がない」とはっきり云ってしまうような傲慢で無礼な人間が日本にはよくいます。少しでも関心をもってひとの云うことを聞こうとすれば、どんな場合でも会話は成立するものなのです。日本人は外国人に何を云われても完全無視ということがよくあります。自覚がないのかもしれませんが、これは相手の云っていることはまったくつまらぬ無意味なものだとみなす傲岸な態度です。ある程度つきあいのあるひとであれば、あなたにはことばが話せないと思っているのならばその相手は話しかけてきません。あなたがふだん話していることばで人間として答えればよいのです。
 ひとは常に自分の知らない情報を求めるとも云われます。それでも知らない情報が裸で提示された場合には、それを理解することができません。情報には冗長性が必要です。相手が自分の知っていることからはじめてくれた場合は、その自分の知っている情報を確認することは心地よいことであると云いました。しかしこれが不快を呼ぶ場合があります。既知の情報を大方において共有していると思われる相手が自分の知っていることを云うのを聞くのは心地よいが、そのひとが何を知っているのかがわからないようなひとに自分が知っていることを云われると、「そんなことはもう知っているよ」という態度をとりがちなのです。しかしこのようにして自分にコミュニケイションが可能な領域を狭めてゆくことにどういうおもしろみがあるでしょうか。ただもう少し「相手の云っていることを興味をもって聞き、そして自分でもことばを挟む」という「普通のこと」(私には普通だと思われることということですよ)をしっかりしただけで、今の日本の雰囲気はずいぶん変わると思うのです。
 相手の云うことを聞くのは楽しいことでもありますが、骨の折れることでもあります。これは読書に関しても同じです。日本では読書量が多ければそれでいいとでも云いたげな言説をよく目にすることがあるのですが、こういうことばを目にすると私は首をひねります。本に対するときも、ひとに対するときと同じように、真摯な態度をもたなければなりません。素早く未知の情報を獲得するために本を読むのではなく、一見自分には興味がないように思われるディテイルでもしっかりつきあって読もうではありませんか。こういった態度が、日常へのコミュニケイションに際しても役立つものになるのだと私は信じます。
 アリストテレスもホッブズも「恐れ」という人間の感情を忌避しました。「このひとはこのことをもう知っているのではないか」「こんなことを云ったら私だけがそれを知っていると私は信じ込んでいるのだと思われて滑稽ではないだろうか」「こんなことを云ってもまったく興味をもってもらえないのだろうか」、こういった恐れを捨ててみましょう。こうして話をしたときに、「そんなみんな何でも知っているはずがない」という事実がわかります。このときはじめて、恐れをもたずにコミュニケイションすることの楽しさがわかるでしょう。こういったことを云うのはむだなことではないと私は信じます。たとえこういった精神性が日本語の構造に基づいたものだとしても、決して乗り越え不可能なことではないでしょう。

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2008年8月24日日曜日

夏休み翻訳祭り 「文化対民主主義」

 ルノー・カミュは1946年生まれの作家です。カミュという苗字は珍しくありません。特にPOL社から膨大な量の文章を発表していますが、なかんずく1985年から出版しつづけている「日記」が有名です。ロラン・バルトの友人にして弟子であったルノー・カミュは、現代においては現代美術や現代音楽で代表されるような「文化」の擁護者です。地方のブルジョワ家庭に育った彼が擁護する、一部の人間によって受け継がれる大文字の文化は、「エリートの文化」そのものです。アカデミックな世界においても学生に色目を使う芸者のような教授が珍しくない昨今、ルノー・カミュのことばは貴重なものです。私自身は決して支持しない立場ですが、ここには抵抗しがたい誘引力があります。Causeur.fr から、エリート主義的な立場はともにせずとも、反ユダヤ主義の汚名を着せられたルノー・カミュを弁護したことのあるジャーナリスト、エリザベート・レヴィのインタヴュー記事を翻訳します。コメントにもありますが、エリザベート・レヴィのルノー・カミュを反動扱いしようとする意図はここで少し空回りしているように思われます。訳者が好きなのはエリザベート・レヴィで、ルノー・カミュには正直なところあまり興味がありません。それでもこの記事はちょっと面白いと思うので訳してみました。この記事だけで云うと、ルノー・カミュの勝ちでエリザベート・レヴィの負けかな。でもルノー・カミュの結論は平凡。(ルノー・カミュは「フランス・キュルチュール(国営ラジオの文化専門局)の『パノラマ』の出演者にはユダヤ人が多すぎる」と日記に書きました。アラン・フィンキェルクロートもルノー・カミュを弁護しています。私の推測するところでは、彼らは表現の自由の名のもとにルノー・カミュを弁護したのだと思います。)

文化対民主主義

  前衛主義者にして反動主義者、古典主義者にしてスキャンダラスな男、きなくさくも最先端のルノー・カミュは洗練された現代フランス語を維持しようと試みた[訳註・ 2000年に出版した本]。文化的なものが勝ち誇る一方で、文化そのものは超民主主義の圧力のもとで死にかけている。激越な日記作者、前衛主義者で反動主義者のルノー・カミュは、壮大な文化の喪失に惚けた顔で加担する「底上げ主義者」や「災厄の友」にふたたび闘いを挑む。ひとは警戒して苛立ち叫ぶ。「カミュは差別主義者だ!」

エリザベート・レヴィ(以下EL) 文化は長い間ブルジョワによって受け継がれる特権だったとあなたは云っています。つまりひとは教養あるものとして生まれるのであって、教養あるものになることはできないと結論しなければならないのでしょうか。
ル ノー・カミュ(以下RC) ひとは何ものにも生まれません。文化においては、すべてが生成、拡大、喪失です。その一方で、確かに教養人の環境で子供時代を過ごすことは、多大な利益をもたらすものであり、過去においてはそうだったと云えます。それでもこれは非可逆的なものではありません。教育のシステムがそこに配慮しているのであり、完璧な教養をもっている両親、祖父母の子供、特に孫がまったくの無教養を明かし、人間という種の根源的な野蛮にのほほんとさかのぼるのを毎日目にしています。
EL それでもあなたの文化の定義はヒエラルキー、優越に基づいていて、それは文化の中身についても文化に接することができるひとの数についても同様です。文化は多くのひとによって分かち合われれば分かち合われるほどそれだけその中身には価値がなくなるという社会物理学の法則をあなたは述べています。これは1789年に文化の可能性は死んだということを意味するのですか。
RC あらあら、訂正しなければなら ないことがたくさんありますね。ここではひとつだけにとどめておきましょう。1789年は文化を殺したのではなく、反対にだいたいこの時代に、私たちが今目の前で死ぬのを目にしている文化、文化省の名前の意味する文化(少なくともマルローとミシェル・ギー[訳註・オルセー美術館やピカソ美術館の創設に貢献した政治家]の時代にはあった文化)が生まれたのです。封建時代の人間、高貴な人間、古典主義時代の人間、紳士(honnête homme)も、啓蒙時代の人間も文化をもってはいませんでした。ときと場合によって、読書し、芸術を愛し、社交術をもち、礼節をもち、人間性をもち、啓蒙したのです。彼らは完成された人間であったかあるいはそうではなかったのであり、教養人ではありませんでした。文化の時代は大まかに云ってブルジョワの時代に相当します。文化と紳士の理想の間の関係はヘーゲルの美学と芸術の間の関係と同じです。これは既に一種の第二段階[訳註・レベル2。たとえばべたの笑いではなく、笑う側がそこにあえて面白さを見いだすような笑いなどに用いられる表現]であり、直接的な形式への関係性が弔われているのです。あなたが私の ものとして語る定義は私のものではないし、そもそもそれは定義ではありません。私の定義はもう随分前に述べたもので、私の意見は変わっていません。文化と は時代の洗練を明確に意識することです。
EL ひとりしか名前をあげませんが、ジャン・ヴィラール[訳註・アヴィニョンの演劇祭を創設した有名な演出家]は万人のためのエリート主義の可能性を信じていました。あなたはむしろ凡庸さの勝利を確認しています。自らの責任を放棄したむかしのエリートに罪を 負わせなければならないのでしょうか。
RC たぶん自ら放棄したのでしょうが、不幸なことに彼らにはほとんど選択の余地が残されていなかったのです。もはや教養あるエリートは存在しません。エリート、現代的な滑稽な意味でのエリートは、一方では政治家、選挙で選ばれたひと(いかにひとをあざむくも のであろうと、この単語は少なくとも語源に帰っているというところがよい[訳註・「エリート」はもともと選ばれたひとの意])、他方では裕福で影響力をもっ た人々です。このエリートとやらはまったく文化的ではなく、教養もありません。ゴメス・ダビラ[訳註・コロンビアのモラリスト]が気づかせたように、まったくもって、今日富めるものと貧しきものの間に存在する唯一の差異はお金なのです。
EL つまり気が狂った民主主義、あなたが超民主主義と呼ぶものに、あなたは喰ってかかっているということですか。
RC  超民主主義ということばで私が云いたいのは、確かに民主主義政治が完成したという意味での勝利ではなく、家族、教育、文化のような、民主主義には何ができるのかわ からないような領域にも、困ったことに民主主義が転移されたということです。予測されたとおりに、超民主主義は大衆をむかしの教養人の階級のレベルにみちびくことに失敗し、その代りにむかしの教養人の階級が大衆と同じくらい無教養になったということを確認することとなりました。平等性の大勝利、巨大な中層階級の勝利、プロレタリアの一般化です。
EL 漫画やSFといった、あなたがマイナーなものであるという判断を下す分野に対して、あなたは既得のもの、遺産として引き継がれるもの、古典的なものを置きます。文化とは固定ストックなのですか。現代の文化は存在しないのですか。
RC  この質問は偏見か疑いによってバイアスをかけられているように思われます。私の本を読まないということはまったく当然の権利ですが、読んでもいないの に、私のことをポール・ブールジェ[訳註・伝統を重んじ道徳的な小説を書いた作家]やさらにひどいひとのように扱いにやってくるのには少し疲れます。こういうこ とを云うのはちょっと滑稽だけれども、私は三、四十人ばかりのひとに「前衛」と見なされているPOL社の作家で、クーネリス、マルケスキ、ボルタンスキと いった現代芸術家の展覧会を多く主催したということを思い出させてやらなければなりません。文化は確かに遺産として引き継がれるものですが、もしそういうものでしかなかったとしたらすぐに死んでしまったことでしょう。軍楽のようで全体主義的な不変のマーチの基本に合わせたドラムの不変のヴァリエイションの最悪の擁護者である流行歌の旗手が近代性のチャンピオンを自認し、グリゼー、ペッソン、ファーニホウのファンが時代遅れとしてひとまとめにされてしまうのは少しコミカルです。
EL 私も無教養だと白状しなければ…
RC まあ、これは近現代の作曲家ですよ。これらの名前が多くの読者に知られていないとしても何も驚くようなことではありません。だって音楽はほぼ完全に文化の領野の外に出てしまったのですから。ここでは地図が混乱をきたすようなしかたで、 音楽のほぼ正反対であるものが、今ではニュースピークによって音楽と呼ばれています。むかしはヴァリエテ、ミュージック・ホール、エンターテインメント、 シャンソネットなどと呼ばれていたもののことを私は考えています。文化という単語の変身、逆転はほぼ同じくらい根本的です。今ではこのことばは文化産業、 レジャー、娯楽、余暇、遊びの予定などを意味することになっているからです。そういうことだとしておいても、芸術のジャンルの間にヒエラルキーがあること はそれぞれの内側にヒエラルキーがないことを含意しません。知的な音楽のだめな作曲家よりもすぐれたシャンソンの作曲家の方がよい音楽家であることはありえます。このことはシャンソン全体が知的な音楽全体と同じくらい精緻な芸術であることを含意しません。
EL ビートルズはモーツァルトほど偉大ではないと認めてみましょう。でもどうしてですか。美しく偉大なものと、マイナーで通俗的なものを区別する「内在的」な基準は存在するのですか。
RC 無尽蔵性ということでしょうか。こんなひどい単語を使って申しわけないが[訳註・政治家やえせ文化人が使いそうな辞書に載っていない個人的な新語をつくったことを謝っている]。芸術は我々をあらゆる部分において超越しているのであり、決して我々と同時代であることはないのです(偉大なものは、現代芸術につい ても同じことが云えます)。
EL 文化的エリート主義の罪によって、あなたはフランス・キュルチュールのプロデューサー、フレデリック・マルテルに差別主義者であると糾弾されています。あなたにとっては、文化はひとつの言語、ひとつの歴史、ひとつの地理をもつものです。国境なき文化の概念はばかげたものでしょうか。プルーストやドストエフスキーの普遍性は良識派が考えたたわごとなのでしょうか。
RC 芸術は常によそものです。執拗に我々ではないものでありつづけるということにおいて芸術はそれと認められます。芸術において普遍的なものは、その「異郷性」なのです。国境のない世界では、私たちはどこに行っても自分の家にいることになります。何とおぞましいことでしょうか。それは常にヴェルレーヌの問題です。この肥満した男は私にとって何ものでありうるでしょうか。プルーストが普遍的であるのは、とりわけ、とりもとりわけてみれば、すばらしくフランス的であるからなのです(プルースト自身のよ うに話してみるならば、サンタンドレデシャンのフランス人であるとも云えます)。普遍的なものとして生まれた芸術は芸術ではありません。よくて文化産業に属するもの、悪くてプロパガンダに属するものです(しばしばこのふたつは同じものです)。フランスは根っからフランスであったときに全世界の関心を集めて いました。普遍的になったフランスはもはやだれの興味も惹きません。どこに行っても同じくらいいいもの、あるいはひどいものがあるからです。
EL  フランス文化は移民の夢見る贈りもの、地平でした。あなたは民主化を放棄するのと同様に、移民の子供のことをフランスの高い教養を伝えることのできる 「よきフランス人」にすることも放棄するのでしょうか。フランス文化を自分のものとする権利をだれに対しても拒絶するのですか。
RC 私はまったく民主化を放棄していません。新しくやってきた人々を限定なしに文化へとみちびくことほどに必要不可欠なことは何もないでしょう。超民主主義が文化と民主化 を不可能にし、ひとがよく云うように話すとすれば、つまりだめな話し方をすればということですが、文化のエレヴェイターを故障させたのです。文化と国籍についても同じことです。新しくやってきたひとをみちびくためには、合流させるべき何ものかがなければなりません。自分のような人間を会員として認めるの なら、自分のような人間にふさわしいではないことになるあのクラブの話をしたグルーチョ・マルクスはよくわかっていました。自分の後をついてきて、お望みのものになりましょう、こうなってほしいと言うものになりましょう、私はあなたになります、あなたは私にとって何よりも大切なものですと云う文化にだれが合流したいと思うでしょうか。だから私はこの文化は自分のものだと云う権利をだれにも拒絶しません。その反対に、新しくやってきた人々にはこの権利を行使 してほしいのです。彼らは自分たちの文化を我々の文化として認めるように絶えることなく命じ、それが何という成功を収めたことでしょう。
EL モーラス[訳註・第二次世界大戦前に右翼団体アクシオン・フランセーズを率いた]にとっては、宗教はある種の社会秩序を保つ手段でした。あなたは同じ使命を文化に負わせるつもりですか。
RC  いや、モーラスだけは勘弁してくれ! あんたがモーラスだろう! それを別とすれば、答えは否です。文化は社会の束縛を緩めるための大切な道具です。文化は時代に逆らって生きること、模倣から逃れることを教えてくれま す。急いで駆けつけなければならないとテレラマと8時のニュースが触れ回るグラン・パレーに週日に行くのではなく、アジャン(訳註・仏南西部の小さな町)の美術館に絵を見に行くのです。「音楽の日」にひとのいない静かな城を訪れるのです。文化はかくも稀少な個人性を鍛える手助けをしてくれるのです。

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2008年8月22日金曜日

トリアージというのは triage médical のことではなかったのか

 私は前に「トリアージ」というカタカナ表記がおかしい、フランス語起源だというのならば、現在慣習的に行われるカタカナ表記によれば「トリアージュ」と書くのが適当ではないだろうかということを何度か書きました。もっとも私自身が現在慣習的に行われるカタカナ表記を尊重しているかといえばそうではなく、自分の考えによってひとによっては目障りになるようなカタカナを書くこともあります。しかし私がそうするのには私なりの理由があります。「トリアージュ」を「トリアージ」と書くことにはまったく理由が見当たらないからおかしいのです(英語風発音でもこうカタカナで書かれるような発音にはならないだろうということは前に書きました)。それに何よりも、日本語に訳そうという努力もせずに聞き慣れないカタカナことばを用いるという立場を私は好みません。
 こんなわけのわからないことばの上に立脚した議論は聞く必要がないと思うからこそ、インターネット上の一部で行われている議論らしきものについては別に関心がないのですが、数箇月前のブログ記事のコメントのなかにこれはどういうことなのかと思う発言を見つけました。財産の「再分配」のことを「語源的意味でのトリアージ」と云ったひとがいるのです。「え?」と思いました。ともかくこの聞き慣れない外来語がフランス語から来ているということにはだれも異論がないようです。しかし triage という名詞を派生したフランス語の trier という動詞は「分別する」ということで、「分配する」ではありません。種類や性質によってわけることを意味するのであって、同質のものを分配する(distribuer)ことではないのです。たとえば小麦の triage はありえますが、これは小麦を良し悪しあるいは粒の大きさなどによってわけるということであって、小麦をひとしくわけるということではありません。まったく財産の再分配とこのことばの語源には関係がありません。どうやら「分配」が「トリアージ」の語源的な意味だと書いたひとはこの論争らしきものに積極的にかかわっているらしいのですが、このひとはたとえ語源は知らなくとも、「語源的な意味」と書くと自分のことばが説得力を増すとでも思っているのでしょうか。以前は、この単語はフランス語起源だといっても、きっとこの議論らしきものの立脚するトリアージということばは英語の流行からやってきた話なのだろうと思っていたからこそ私はまったく無関心だったのですが、語源に言及していたとは知りませんでした。フランス語の語源学は専門ではないけれども興味があるので、変なことを云われると気になります。(Trier という動詞のもともとの語源はおそらく「圧しつぶす、砕く」ということです。叩いたりこすったりして小麦のもみがらをとるのがもとの意味かもしれません。)
 細かいことを書いておきますと、確かに書類を整理するときなどの意味に、trier という行為のなかには distribuer (分配する)行為が含まれ、もしかしたら類義語とみなされかねないのかもしれませんが、これは12世紀からあるこのフランス語の単語の19世紀に生まれた用法です。「私はフランス語の語源を問題にしているのではなく、日本語のトリアージの語源はフランス語なのだから、フランス語にその用法があれば語源的用法だと少なくとも私には云いうる」と主張できるかもしれませんが、どっちみちこの場合の整理するための「分配」は財産の分配とはちがうものです。Trier と distribuer は類義語だと考えられることはありません。
 前も書きましたが、フランスの災害時の医療現場で triage médical あるいは tri médical と呼ばれるものは、médecin trieur (分別医)らが行うもので、これは médecin régulateur (司令医)の仕事と対立し、補完し合うものです。司令医は医療器具や薬品の搬送や被災地からの負傷者の病院への搬送の指示を担当し、分別医らは送られてきた医療器具や薬品の分別、被災地での負傷者の対応を現地で直接担当します。小麦を良し悪しや粒の大きさでわけるように、分別医は負傷の程度のちがいによって患者を分別します。ここでかぎられた薬品や医療器具なども負傷の程度に応じて分別されます。分別医の仕事は要するに被災地の現場での対応であり、この「分別」ということばに過大な意味を負わせるのがそもそもまちがいでしょう。もっともこの「まちがい」は英語圏のひとが既に犯しているということがあるのかもしれません。その辺は私は知りません。
 ともかく「トリアージ」ということばが「同質のものをわける」意味だと勘違いしたところから議論をはじめようとすると、自分でしようとしている議論の本質がまったくわかっていないということになるのではないでしょうか。確かに日本語として聞き慣れない単語だと、「私の云うトリアージは私の頭のなかにある意味だ」と主張することが可能です。フランス語としては意味がちがっていても、日本語での「トリアージ」はこうだ、と云えばいいのです。しかしフランス語で triage des blessés (負傷者の分別)と云ったときに、逆立ちしてもそこにひとを見殺しにするようなニュアンスは感じられません。それでも十分な治療を受けずに死んでゆく負傷者がいるというならば、不幸なことながらそれはありうることだろうと云わなければなりません。しかしもし負傷者の分別、それに見合った薬品や医療器具の分別をきちんとしなければ、極端に仕事の効率が落ちてさらに被害者が増えることになるのです。もしこのカタカナことばの「トリアージ」は司令医と分別医の連係プレイのなかで行われる triage médical のことではなく、何か別のもののことであるというのなら、私には何も云うことがありません。
 何ものでもないものの上に立った議論は何ものでもありません。気をつけたいものです。

P.S. 関係ないけど。確かに「なでしこジャパン」という愛称は変ですが、女子ホッケーの選手団はさくらジャパンと呼ばれていたので、別にここに女子は「やまとなでしこたれ」というメッセージはないと思うのです。ここにあるのは単に曖昧な記号としての愛国心のメッセージではないでしょうか。「なでしこ」という要素よりも、私は「ジャパン」と云って愛国心をあおるひとの言語感覚の方を問題にしたいのですけれど。「日本は恥の文化だ」みたいな。露骨なまでに外からの視線を内包したものとしてしか愛国心を語りえないのに、しかしそれに対する自覚がないのはなぜでしょうか。以前に引用した中野重治の文章にあったような、「都会地での商売の世界の複写として、都市から山奥へ逆輸入されたもの」であるおかしな民謡と同じようなものとして、西欧から逆輸入された日本の「ナショナリズム」が存在しているのではないでしょうか。
 いまさらですが、終身刑は死刑よりも残酷だから日本にはなじまなくて、恥の文化を基調とした日本は死刑で行くということを云っている法相は、西洋人を感心させるために切腹を復活させてみたらどうなのかな。今現在日本の死刑は実際に切腹と同様のものだとかんちがいなさっているのかもしれないけど。切腹も受刑者が自発的に死を選ぶのではないただの死刑だったという考えからすると、絞首刑も切腹も似たようなものだという考え方はまちがいではないが、それがこの保岡くんの考えだとも思えない。

P.P.S. わかりやすい例をつけくわえておくと、triage de la monnaie はできるが、triage de l'argent はフランス語として不可能です。Monnaie は見た目は money に似ていますが「小銭」で、argent の方は「お金」です。小銭は一円玉と十円玉をわけるとか、新しいものと古いものをわけるとかできますが、「お金」という抽象的なものを trier することはできません。「それはフランス語ではそうかもしれないけれども、私たちは日本語のトリアージの話をしているのだ」という方もいらっしゃるかもしれません。ごもっともなことです。それでは日本語で「トリアージ」という外来語の定義は何なのですか。今一所懸命定義している最中なのですか。Work in progress ですか。私にはかかわりのないことでござんす。

P.P.P.S. 何にしろ、ただ triage と云ったら、フランス人は「ごみの仕分けの話ですか?」と思うだろうに、それも知らずにこの「フランス語が語源の単語」を用いて議論しようというのが私には何とも理解できないことです。

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2008年8月20日水曜日

夏休み翻訳祭り 「政治家の新しい武器、ツイッター」

 もう2週間以上も前にフランスの日刊紙リベラシオンに載った記事ですが、ちょっと面白いので翻訳してみます。

政治家の新しい武器、ツイッター(マリー・モーリス)

  ブログ、フォーラム、あるいはさらにチャット、SMS、インターネットテレビ、そして今度はツイッター。政治の指導者は新しいコミュニケイションの道具を利用(濫用?)する。研究者のドミニク・ヴォルトンが説明するように、彼らの目的(ひいては妄想)は明らかである。「既に圧力を受けている政治家たちは、 これらの新しいコミュニケイションの手段によってジャーナリズムの圧制から逃れ、人々と直接のつながりをつくることができると想像しているのです」 メディアから解放されて、自分に投票してくれるかもしれないひととほとんど目を見つめ合うようなしかたでコミュニケイションする。夢だ。でもこのしかたには限界がある。パイプを増やしたからといって、さらによい政治的なコミュニケイションができるとはかぎらない。飽和には気をつけよう。

「お利口さん」  2004年にブログを開設したアラン・ジュペとドミニク・シュトロース・カーンはパイオニアだった。大統領選候補の指名を目指した社会党内部の闘いにおい て、セゴレーヌ・ロワイヤルの会「未来の欲望」のサイトは最重要な役割を演じた。ニコラ・サルコジの方は、NSTVというサイトを選挙活動に招き、自分の言動とニュースを伝えさせた。大衆に向けられてはいるが、対象を絞ったコミュニケイションを可能にする新しい道具(ガジェット?)として、今日ツイッターがある。
 ブログを開設し、チャットを発見し、オンラインでヴィデオを発信した政治家は今度、ソウシャル・ネットワークに打って出る。ツイッターはコミュニケイションのためにテスト中の流行の最新の道具だ。「ストラスブールの議会に出発します。木曜日には自分の国ではストを無害なものにしたと自慢するお利口さん(原註・ニコラ・サルコジ)が来る予定」 あるいは「サルコジの到着を待つ欧州議会がどうして警備員に取り巻かれているのかがわからない。もうストは無害なものになったと信じていたのに…」 この種のメッセージを、社会党の欧州議会議員ブノワ・アモンは一日数回自分のグループに送っている。
 電話でも、メイルでもなく、パソコンからアクセスするサーヴィス、ツイッター(「さえずり」)によってするのだ。現代のテクノロジーの驚異であるこの道具によって、日程、考えていること、気分を リアルタイムで発信することができる。Twitter.com に接続して、短いメッセージを送信するだけで、それが一分後にはネットワーク全体で読まれることになる。たとえば5月27日にはブノワ・アモンはリュブリャナにいて、6月17日には週35時間制の擁護のためのデモに参加したことがこれによってわかる。
 「ツイッターの基本は、そのときそのときに していることを友人全員に発信することです。これはミクロブログです」とウェッブ革新のコンサルタント、フレデリック・コジックは説明する。具体的には、 利用者は云いたいことを云うために、140文字(SMS程度の分量)用いることができる。つまり、こんなに少ない量では、懐疑的になる理由もあるというものだ。しかしジョエル・ロネーズのような最新メディアの専門家にとっては、ツイッターの利点は否定しがたい。「まず使用法がとても簡単です。次にこれは外で用いることができます。例えば携帯電話でツイッターを用いることができます」 そして特に、これは無料なのだ。「一銭も使うことなく同時に千人もの人間に予定を伝えることができます」
 こういうわけで、このシステムが政党の興味を惹くのは驚くべきことではなく、これからは費用をかけずに支持者に情報を送ることができるのだ。合州国においては、大統領選の候補者はかなり前からソウシャル・ネットワークの利点を活用している。バラック・オバマのツイッターのフォロワーは五万人だ。ファンはがっかりするかもしれない。専門家によると、ブノワ・アモンとはちがって、オバマは自分でコメントを書いていないそうだ…。しかし少なくともこのシステムによって輿論調査の数字や彼にかかわる最新の調査への言及箇所を素早く送信することができる。そして特に、これによって民主党の上院議員の資金徴収は容易になった。アメリカ大陸では、ツイッターの成功は大変なもので、つい最近ではホワイトハウスへのふたりの候補者、バラック・オバマとジョン・マッケインの各陣営の代表の間の最新テクノロジーについての議論がツイッターで行われた。140文字にかぎられているから、スローガンだけによる対決だったが…。
 フランスにおいては、このような成功からはまだほど遠い。2006年にサンフランシスコに設立されたツイッターは、フランスでは約六千人の使用者しか数えず、フェイスブックを用いる二百万人のフラ ンス人と比べると微々たるものだ。ではどこに面白味があるのだろうか。まず最初に、情報の伝播の速度である。「毎日三百万のメッセージがツイッター上に公 開される」とインターネット上で非常に人気がある政治ブロガーのひとり、ヴェルサックことニコラ・ヴァンブルメールシュは云う「とても少ない人数でとても速く回る遠心分離機のようなものなのだ」 実際ネットの限界を意識しているヴェルサック(Versac.net)は、「アルファブロガー」の現象を自ら確認して、ブログを凍結したばかりである。

迅速性  ツイッターのメンバーの大多数は本物の意見の中継所である。多くは重要なネットワークを自らもっているからだ。ダグルーウィックは Intox2007.info のブログ記事の作者で、ブノワ・アモンの政治の潮流に近い。「ある日、テレビでUMPの国会議員がばかなことを云っているのを見た。一瞬後に僕はツイッ ターの友人にそれを知らせて、我々のブログ上でこの議員に対する集団的な抗議運動をはじめた」 ネット上で騒ぎをつくりだすには十分な迅速性だ。しかしこれだけではない。他のソウシャル・ネットワークのように、ツイッターによって政治家は有権者と近 づくことができる。
 オー・ド・セーヌ県のラ・ガレンヌ・コロンブの市長で各職種連盟担当のUMPの全国書記のフィリップ・ジュヴァンは、ツイッターに登録した最初の政治家のひとりである。彼によると、「これは近さの政治にとって必要不可欠のものとなった道具のひとつである」。モデム(訳註・フランソワ・バイルーを頭とする新しい中道政党)のオルタンス・アランも同じ意見だ。2007年の国会選挙でロワレ県の候補者だった彼女は、自分の活動について話すために、選挙期間中にツイッターを用いた。「私の選挙区はフランスでもっとも広いもののひとつです。くまなく回ることはできませんでした。ソウシャル・ネットワークのおかげで、同郷人と直接接触することができました」 だからといって、オルタンス・アランが選挙に当選したというわけではない。
 この傾向は進展することになるのだろうか。「人気が出るかもしれません」ジョエル・ロネーズはこう判断を下す「しかし政治においては、これはコミュニケイションにとどまるものです。ここでは本当にしていることよりも、していることを見せることの方が重要なのです…」

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2008年8月18日月曜日

夏休み翻訳祭り 「ダライ・ラマ、この不安な魅惑の対象…」

 フランス共和国は、西欧諸国のなかで唯一大統領が北京オリンピックの開会式に出席してピエロを演じた国です。ピエロというのは、サルコジの態度が煮え切らないからで、オリンピックの開会式に出席したことにピエロ性があるというのではありません。そもそもこれが「自由主義国家」で開催されていたとしたら、出席するかどうかなどまったく問題にならないのです。ともかくこの事実は、現在のフランス政府はまったく反中でも親チベットでもなく、むしろその反対だということを示しています。もちろん「チベット人のいちばんの理解者はフランスだ」と主張したがる一部のフランス人はいるでしょうが、自分たちが世界一の人権問題の専門家だと信じているフランス人はかなり多いですから、私は本気にする必要はないと思います。野党の社会党の幹部は、与党との対立を明確にするために、親チベット、むしろ親ダライ・ラマの立場を示していますが、これもまたピエロのようだという印象を与えます。こういった政治家は「みんなダライ・ラマが好きだ」という前提に立っているのですが、この前提にまちがいがあるのではないでしょうか。私はといえば、弾圧されているチベット人民のことは別として、「先進国」における人々の親チベットの気運はむかしのビースティー・ボーイズの浅薄な認識からさほど進んでいないという印象をもっています。「チベット人は世界一 cool だ」と考える人々の気持ちに水を差すつもりはありませんが、いまだにマハリシ・マヘシ・ヨギとかディア・プリューデンスとかマイ・スウィート・ロード、ハレ、ハレとか云ってたらいけないと思うのです。「だれもそんなこと云ってねえよ! チベットはインドじゃねえよ!」という声も聞こえるが、結局のところは、ひとの頭のなかのイメージはそんな感じなんじゃないの?という気がするのです。私がまちがっているのかもしれません。
 またマリアンヌのサイトに掲載されたブログを翻訳しますが、前に訳した記事と同様、そのとおりだと思うというよりも、言論の状況のバランスをとるために紹介します。これは「その日をつかめ」(Carpe Diem)さんによる記事です。既に云いましたが、そもそもダライ・ラマはサルコジとの会見を申し込んでいないので、サルコジが会見を断ったというのはこのブロガーの思いちがいです。前の記事でも「政教分離」ということばを使いましたが、これは「世俗主義」とも訳されるもので、なかなか理解がむずかしい概念です。単なる政教分離ではなく、「国家としては宗教を認めない」という立場を示しています。日本では口だけのものが政教分離と考えられているので、さらに理解がむずかしいでしょう。
 (註・社会党からサルコジ政府に参加しているクーシュネールこうもり外相は、日程が合わなくて現在フランス滞在中のダライ・ラマには会えないと云っています。と云っていたが結局カルラ・ブルーニ・サルコジといっしょに会うそうです。)

ダライ・ラマ、この不安な魅惑の対象…

 ダライ・ラマと会うのを断るとは、ニコラ・サルコジは正しい。政教分離主義の国家の大統領は神権政治の独裁者の座を取り戻そうとしているラマ教の法皇の大げさな演技に振り回されてはならない。このブッダの狂信者はルフェーヴル猊下(註・1991年に亡くなったカトリックの大司教)に会見を求めて、神秘的なつくり話に花を咲かせればいいではないか。そうでなくとも、人権担当閣外相(註・ラマ・ヤド)が歯に衣着せぬ物言いをしてくれれば、もうフランスでこの男のことを見なくてすむのだ!
 それに月曜日に仏西部ナント市で行われるラサで生まれ変わった神聖なる神様の神秘的な儀式に、セゴレーヌ・ロワイヤル女史(註・昨年の大統領選の社会党からの候補で、党書記長の座を狙っている)が社会党の市長のジャンマルク・エロー(註・社会党幹事長)とともに出席する。これでもまだたりないというのか!
 300万人の臣民にとっての神の生まれ変わりを歓迎する地方議会議長(註・セゴレーヌ・ロワイヤルはポワトゥー・シャラント地方議会の議長)の場合は、この会見は同じレベルでなされるということになる。ぎりぎりそう云えるかといういところだ! この地方はだいたいフランスで15番目の地方だ(註・フランスには22の地方がある。ポワトゥー・シャラントの人口は170万人ほど)。ラマ教の神様の方は、仏教徒の1%しかその教えに従っていない。何てこったい!
 それにまたフランスは既に何千もの迷妄の教団を数えている。十ばかりの宗教が「認定」されていて、信者が少ないから少しばかり「不確か」な宗教がその三倍あり、それよりさらに少ない信者をもったセクトが数千ある。もうフランスにはチベットそのものよりも数多くのチベット寺院と「信者」がいるというのに、どうしてポワトゥーやラングドック(註・今回のフランス滞在で今のところダライ・ラマが22日にカルラ・ブルーニ・サルコジと会うことになっている仏教寺院はラングドック地方の町ロデーヴにある)でラマ教を強化しようというのか。
 信仰病の大きな市場は飽和地点に達している!

(註・「300万人の臣民」が何の数字であるのかははっきりしません。フランス国内の仏教徒は80万人で、その5分の4がアジア人、仏教の「シンパ」は500万人ほどだと考えられています。一方「チベット人」の人口も500万人ほどです。文脈からすると、チベット人ではなくフランスの仏教徒の話でしょう。最近急に自称仏教徒が増えたということはあるかもしれません。)

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2008年8月17日日曜日

夏休み翻訳祭り 「私は相変わらずダライ・ラマのことが怖い」

 これはフランスの報道サイト Bakchich.info のブログ記事を訳したものです。このサイトは、フィガロ、ル・モンド、ル・ポワンなどのサイトに次いで、報道サイトとしては第6位のアクセス数を誇っています。記事の筆者はジャックマリー・ブールジェというひとです。ブログの題名は「どうしようもないばかの回想録 ジャンマリー・ブールジェの満足できないブログ」というものです。これはあるフランス人ブロガーの意見の紹介であり、この記事に書かれていることは翻訳者自身の立場とはかかわりがありません。「マリア様がルルドに現れて以来百年」という明らかなまちがいは訂正しましたが、この記事のなかに事実誤認があるかどうかは調べていません。

私は相変わらずダライ・ラマのことが怖い
ラサの聖水を浴びる社会党の古参の大物たち

  天にましますすばらしい神様が我々のことを見守っていてくださると考える人々の信仰を、私はしっかり厳粛に尊重する。しかしその反対のことを考える権利もある。ス ターリン主義と云われるかもしれないが、民衆の阿片という古い話のことだ…。よって坊さんをぶんなぐる警官や兵隊は私には愉快なものではないと結論しなければならない。でもそれは「少数派のイスラム教徒」の頭を殴る坊さんについても同じことなのだ…。
 そしてこの自由思想の声明は、「マリア様がルルドに姿を現して以来150年」をいっしょになって祝うフランスのテレビでは滅多に聞けない面白いことを書いている。ダライ・ラマとマリア様。八月には天上のものになろうではないか! 一方で、これはきっと党首の座を手にするためにはたどらなければならない道なのだろうが、社会党の大物たちはフランスを訪れている「聖人」のサフラン色の 天の道を通っている。(「会議」の入場チケットの値段はいくらなのだろうか。)

 フランス共和国はいかなる信仰も認めない(1905年の法律)。
 それならば、ダライ・ラマでもローマ法皇でも、フランス共和国のいかなる権威によっても公式に歓迎されることがあってはならないはずだ!
  べネディクトゥス16世ことヨーゼフ・ラツィンガーの旅行に先立って、ダライ・ラマ14世ことテンジン・ギャッツォが我々の国に信者獲得にやってきた。ま るでそれがいつものことであるかのようにしながら、メディアはかつてなかったほどにおしかけ、要人らは急いで布教活動に忠誠を誓うという現象に我々は立 ち会っている。
 自由思想は人間と思想の自由な交通のために存在する。よって、宗教の長は自由に旅行できるが、それをフランス共和国の費用で支払ってはならない。共和国国家の政教分離の原則の厳格な尊重とはこういうことである。
 それに、人権とフランス革命の国においては、あるものがほめそやす宗教の長が「民主主義的な性質」をもっているのかどうかについて公に問いかけることができる。
  ヴァチカン市国は国家であることを主張しているが(しかしいまだ国連には認められていない)、そこではカトリック教徒でないこと、労働組合員であること、 ストに参加することは禁止されていて、いまだかつて民主主義的な選挙は行われたことがないということを思い出そう。さらにこのおかしな「国家」は、エイズ という疫病の広がりを抑制する唯一の大衆的な手段であるコンドームの着用に対抗するという犯罪的な闘争のことは云うまでもないとしても、避妊と妊娠中絶という基本的な民主主義の自由に反対する執拗なキャンペインを行っていて、しかもその長はヒトラー青年団の団員だったということを思い出そう。
 ダライ・ ラマはSS武装親衛隊のハインリッヒ・ハラーの教育を受けたということを思い出そう。チベットの「民主主義」的な性格について判断するために、ハラーの著作『チベットで過ごした七年』のことばを聞こう。「チベットにおける僧侶の支配は絶対的だ。これは宗教的独裁の典型的な例である。」 現在のダライ・ラマが、独立していたチベットのことを知っている西洋の人物を1994年にロンドンに集めようとしたことに注目すると啞然とすることにな る。この七人の人物のうち、SS武装親衛隊はふたり、登山家のハラーとアウシュヴィッツの民俗学者のべーガーで、ミゲル・ソラノという名のチリの外交官は クルト・ヴァルトハイムに従ってキャリアをなし、ピノシェ(ピノチェト)とチリ南部のナチス共同体と近しかったのだ。
 チベットは独立国家ではな く、13世紀から中国に属していて、それはヴァチカン市国がイタリアファシスト政府の長ベニート・ムッソリーニが署名したラテラノ条約の産物でしかないの と同じことである。ヴァチカンはイタリアファシズムの残存物で、チベット政府は冷戦の産物だ。
 いかなる国家権力の所持者にも共和国の原則を侵す権利はなく、何よりもまず政教分離の原則を侵すことはできない。

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役に立つ英語

 私はフランス人のフランス語はだいたいわかりますが、ケベック人のフランス語や南の方のアフリカ人のフランス語になると、かなり聞きとるのに苦労することがあります。国や地域によってかなり発音のしかたがちがいます。ジブチ、ガボン、象牙海岸、セネガル、マイヨットなどのフランス語はまあまあ慣れましたが、慣れていない国のアクセントのフランス語を聞きとるのはなかなかむずかしいものです。フランスは方言差が少ないとは云いますが、それでもフランスで生まれ育ったひとでもかなり聞きとりにくいフランス語を話すひとがいます。私は「きみはアクセントからするとフランス北部の生まれか?」とフランス人に聞かれて、「北は北だけど、日本の北の生まれだよ」と答えたことがあります。200年以上も前にルソーが云ったように、北のひとのことばには母音が少ないという傾向があるのでしょう。語彙の面での方言差は少ないとはいえ、アクセントのちがいはかなり大きいのではないでしょうか。フランス人にはずいぶんアクセントのことを問題にする気質があると思います。日本でもアクセントやイントネイション、かつぜつの問題でかなり聞きとりにくい日本語を話すひとがいると思うのですが、ひとはあまり気にしていない、あるいは気にしないふりをしているようです。ひょっとしたら日本人にはあまり熱心にひとの話を聞かない傾向があるのではないでしょうか。
 なぜか現在の世界の共通語ということになっている英語についても同じことが云えます。発音が千差万別で、非常に聞きとりにくい場合が多いのです。そのようななかで、いちばん聞きとりにくいのは、一般的に云って、どこの国、どこの地域の英語でしょうか。
 ヨーロッパでは英語とフランス語が共通語ということになっていますが、それでも特にビジネスの場ではフランス語よりも英語の方が共通語として用いられます。そのような場でよく聞くのはこういうことばです。「ええ?英米人が来るの?困ったなあ」 つまり、英語がネイティヴではない人々の間では英語が通じるけれども、英語を母語とする国のひとの英語は、「何を云っているのかわからない」ということです。「みんな英語を話している」と思うから、英語が母語のひとは遠慮しないのでしょうね。こういうわけで、英語が共通語であるはずの場で、英語をペラペラ話すひとの前でみんな困惑してしまうことになります。
 いったい日本人にとって役に立つ英語というのは、このようなビジネスの場で通じていればいい英語なのか、それとも英米人と張り合うための英語であるのか。その辺をはっきりさせなければ、英語教育には意味がないでしょうね。英米人と張り合うための英語はごくごく一部の人間が好きで学べばいいということを最初からはっきりさせておいた方がいいと私は思います。頭に描くビジネスの相手がまず米国、次に米国で、中国人や韓国人と英語で取引することはその場にならなければ想像したこともなかった、というような状況ではなかなかむずかしいかもしれませんが。

P.S. レスリングの観客席のなかで「正義は勝つ」と書いた帽子をかぶっている日本人がアップになっている。状況から云って明らかに差別的な意図で書かれたメッセージを平気で大写しにして喜んでいるのが日本のテレビ。もう、やだ。

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2008年8月16日土曜日

アウェイって云うのやめろ

 どうでもいいけど、ともかく「アウェイ」って云うのやめろ。耳ざわりだ。じゃあアテネオリンピックのときはギリシアがホームで、日本がアウェイだったんだろうな。北京オリンピックでは中国がホームで他の参加国はみんなアウェイか。ばかじゃないの。こういうことばづかいに何の疑問も感じないような人間が白々しくオリンピックの精神を口にするなんて、信じられないとか云うよりも、不条理そのものだ。脳味噌の回路が完全にショートしてやがる。国際大会がたまたま世界中のどこかで行われているのに、そこにホームもアウェイもあるものか。IOCの存在とか完全に無視してるのか。
 いくら独立した放送審査機関がないからっていい気になるなよ。お前らは国民が中国嫌いだから、頭の悪い国民にすりよって中国嫌いになってあげているつもりなんだろうが、「国民は中国嫌いだ」と働きの鈍い脳味噌で考えているのはまさにお前らなんだよ。その辺もう少し自覚しろ。
 報道機関であるというのならば、中国の体制を批判すればいい。しかしお前らがしていることは原始的な反中感情をあおっているだけのことだ。

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2008年8月15日金曜日

8月15日って何の日なの?



 日本では終戦の日は8月15日ということになっているようですが、フランスでは第二次世界大戦の「終戦記念日」は5月8日で、日本人の私はどことなく違和感を感じたものです。第一次世界大戦の方は11月11日で、両方とも休日となっています。フランスでは8月15日も休日ですが、聖母被昇天というカトリックの祝日で、戦争とは何の関係もありません。(「被昇天」ということばは不思議ですが、マリア様にはイエス・キリストとちがって自分で昇天する力がなく、精霊の力によって引き上げられるから「被昇天」なのです。西洋絵画ではしばしば「無原罪の宿り(わかりやすく云うと処女懐胎)」と「聖母被昇天」が混同され、なぜか「無原罪の宿り」でもマリア様は空にふわふわと飛んでいってしまいます。浅学な私にはこのふたつが混同された理由がわかりませんが、妊娠すると空を飛ぶというのがものすごく不思議な発想です。)
 ここで「終戦記念日」に用いられる単語 armistice は、複数の政府が停戦のために署名する文書のことです。ひるがえって考えてみるに、8月15日は天皇がラジオに出て来た日で、当時のひとは驚いただろうが、よく考えてみると、勝手に「戦争をやめよう」って云っただけでしょう。複数国間での合意がなければ停戦の名には値しないと思います。降伏文書に調印した日は9月2日だから、こちらの方が終戦記念日になるべきではないでしょうか。
 それではドゴール将軍が「戦争をやめよう」と云ったのはいつかといえば、これが5月8日なのです。降伏文書の調印は5月7日で、翌日にドゴールが戦闘停止を命令したのがフランスの終戦記念日となっています。それでも降伏文書が前日に調印されていたので、8月15日とはまったく事情がちがいます。ソ連側では「終戦記念日」はその次の日の5月9日です。それはスターリンが5月7日の降伏文書はソ連の占領地域には適用されないと考えて、9日にソ連のためにふたつめの文書を調印したからです。
 フランスにも「第二次世界大戦が5月8日に終わったというのはおかしいんじゃないかなあ」というひとがいないわけではありません。やっぱり広島、長崎は有名ですからね。でも一冊百科事典のたぐいに載っている日付は9月2日であって、当然ながら8月15日のことは何も書いてありません。もしかしたら、ここにはドイツに占領されていて第二次大戦に積極的に参加していなかったフランスの特殊性があるのかもしれません。(ノルマンディー上陸作戦を受けて、1944年の6月14日にドゴール将軍はフランス共和国暫定政府を組織しています。これはレジスタンスの組織が変化したもので、当然対外戦争の能力はありませんでした。)
 米国では、Victory over Japan Day (V-J Day) は8月14日だそうです。有名な「タイムズ・スクエアのVJデイ」のキスの写真は、この日に撮られたものです。このVJデイということばは8月14日、9月2日の両方のことを意味するようです。日本語版のウィキペディアには、「イギリスでは、一般に8月15日をV-J Dayとしている」という記述があるので、フランスでは連合国と日本との間の停戦を記念するのは一般的ではないが、海峡を越えるとそれが一般的になるということがあるのかもしれません。韓国では8月15日が光復節で、台湾では9月3日が軍人節なのだそうです。いろいろちがうものですね。ウィキペディアには北朝鮮のことが書いていないのですけれど、北朝鮮では8月15日は光復節ではないのでしょうか。
 今の日本の小中学の教科書では8月15日が終戦の日で、高校の日本史の教科書ではそれが9月2日になるのだそうです。何とも気持ちの悪い二枚舌です。
 気持ちの悪い二枚舌といえば、この日のことを「終戦記念日」とも呼び、「終戦の日」とも呼ぶというのは何とも理解しがたいと思います。どちらかに決めてほしいものです。「終戦記念日」は9月2日で、8月15日は「玉音放送の日」とするのが妥当ではないかと思うのだが、どうでしょうか。
 もしフランス人にとって8月15日は何ものでもなく、英米人にとっては意味があるとすれば、それは当時日本と戦っていた人々が戦争の終わりを待ち望んだはやる気持ちのせいなのでしょう。たとえまだ降伏文書が調印されていないとしても、日本が敗北を認めたことに対して英米人や朝鮮人はいちはやく喜んだということなのでしょう。日本と積極的な交戦状態になかった国にとっては、玉音放送はあまり関係のないことだったということなのだろうと思います。地上のかなりの国にとって8月15日という日付は終戦の日として何の意味もなさないのではないでしょうか。私にはやはり複数の国の合意が示された日ではない日のことを終戦記念日と呼ぶことができません。それでも考えてみると、パール・ハーバーで勝手に戦争をはじめた日本が玉音放送で勝手に戦争をやめるのは、当時の米国人の目からすると論理的だったのかもしれません。
 私はカトリックではありませんが、「聖母被昇天」や「無原罪の宿り」の絵は好きなので、8月15日は聖母被昇天の日であるということでよさそうです。今年はベルナデット・スービルーがルルドでマリア様を見て150年だそうだし。巡礼が大流行よ。

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2008年8月14日木曜日

日本に帰って一年たちました

 どこの局だったか忘れたけれども、「平和の祭典オリンピック」のニュースを伝えた直後にグルジア紛争の話をして、「なぜひとは戦うのか」とナレイションで云っていました。ふたつの記事を別々に作成しているのだろうが、それにしてもこのつながりには違和感を感じました。オリンピックでも毎日戦っているじゃないか。
 むかし私はフランス人によく「日本には国旗も国歌もない」ということを説明していました。するとそれではオリンピックで掲揚される旗とそのときに流れる歌は何なのだ、と聞かれました。私はあれは戦前の帝国のものだが、敗戦後に新しい国歌と国旗を制定しなかったからしょうがなくむかしの国旗を掲揚しているのだ、と答えていました。それはオリンピックだけのせいではなかったとはしても、多くの国際的なスポーツの競技会がもし存在していなかったとしたら、日の丸、君が代も国旗、国歌として制定されることはもしかしたらなかったのではないかと思います。
 むかしNHKが深夜零時で終わっていた時代には、放送の終わりを告げるために日の丸、君が代の映像が映っていたのだけれども、あれは何だったのだろう。国旗でも国歌でもないものをああいう形で放送することに問題はなかったのだろうか。きっと訴訟くらいあったのではないかと思うが。
 オリンピックはいかんと云うつもりはないが、個人競技でも国旗と三文字の国のコードが画面に出ていることにはどうしても違和感を感じます。何も個人と個人との戦いに国家を背負わせることはないじゃないか。集団競技だって同じことだ。国の名のもとに闘うのではなくてチームの愛称でもつければいい。

 私は実際日本なんて一度逃げちゃった口ですが。11年フランスにいて、そのうち10年は日本の土は一度も踏まなかった。今でも日本ってサッカーのユニフォームが青なんだあ、と思う程度ですからね。私にとってはサッカーのユニフォームが青と云えばフランスだし。今の中国でいちばんえらいひとは私の頭のなかでは Hu Jintao だったから、胡錦涛という名前になかなかなじめなかったし。フランスのおたく向け雑誌にもむかしはモーニング娘とか書いてあったが、私は日本で見たこともなかったし。そもそもオウムの地下鉄サリン事件とか神戸の地震のときに日本にいませんでした。小渕も森も小泉もまったく経験しなかったし。
 私はフランス語で日本についてのブログを書いていて、最初はじめたときは「日本人は外人に日本の話をするのが好きだしぃ」という自嘲的な気持ちではじめたものの、時間がたつにつれて、他のフランス人の日本滞在記のブログとむしろ感覚が近いような気がしてきて、何だかよくわからなくなってきました。そもそも私はフランス人の友だち相手によく日本の話をしていたかといえば、まったくそんなことがなかった。「日本好きフランス人」はなぜか一瞬寄ってきても絶対にその後はコミュニケイションがなかった。その辺、どうしてなのかな、と思うんだけれども。「日本人としての面白味は皆無」とひとに云われていたけれども、私は向こうによくいがちな日本人であることを否定して日本人を避ける日本人ですらなかった。皮肉なことに結局そっちの方が「いかにも日本人」に見えちゃうらしいんだけど。それはフランスではことばさえしっかり使えていれば、人間対人間のコミュニケイションが可能であり、日本人を相手にしたときよりもずっと円滑にコミュニケイションできるからだ。こういった変な日本人が日本人向けにわざわざつくりだした虚構の差異はやはり日本的なものだろう。ことばが通じたら話が通じるのがフランスだ。それはフランスだけではないでしょう。
 何だかんだ云って、「やっぱり変だ」ということを云われつつ、それでも相対的に云うと、フランスでの変人度の方が日本の変人度よりもずっと低かったなあ、と思います。
 問題がいろいろあって、面倒だから日本に戻ってきたが、帰国して一年たってみると、もう少し闘えばよかったかなあと思います。今度はベルギーかケベックあたりに行ってみようかな。
 それにしても「やっぱり日本がいちばん」と云うひとが多い、ともかくそういう意見が聞こえてくるのはどうにも不思議なのです。いったいそんなことを云わせるような何が日本にあるのか。こればっかりはどうしても不思議。「日本人に対する差別がないから日本がいい」というのも何だかものすごい話だな。確かに日本人に対する差別と云うものはないのかもしれないが、いろいろみえない壁があって大変だよ。ことばが通じても話が通じない国ですから。(というよりも各々がちょっとでも世界〔日本のなかでの〕がちがうと話が通じないと思い込む。「日本人はみんな同じことを考える」と云われる一方でこうして壁をつくってマゾヒスティックに楽しむのはなぜか。) 世界中のいろんな国と比べてみて相対的に悪い国ではないというのならきっとそうだろうなとは思うけれども、それ以上のものではないでしょう。「日本が嫌いだ」という意見に対して、これほどまでにいらだちがあるというのが私にはよくわからない。ものすごく不思議。
 それでもこういう私がフランスで日本に対して不満をもったのは、日本人同士の連帯が存在しないということだったのですよ。こういう私が連帯を拒否していたのではない。アフリカや中東の出身者なら、同じ国の出身者なら助けあおうと考える。しかし日本人にはそれがまったくない。ともかく私はそう感じていました。

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2008年8月12日火曜日

夏休み翻訳祭り 「ヨーロッパはトビリシで死ぬのか」

 これは Causeur.fr のエリザベート・レヴィさんが、ジル・ミエリーさんの協力をえて執筆した記事の翻訳です。

ヨーロッパはトビリシで死ぬのか
グルジアでの戦争は欧州連合の実存的な矛盾を明らかにする

 カフカスの空には冷戦の香りのようなものが漂っている。たぶんこの過去の記憶を高く掲げているうちに、これを実感することになったのだろう。それでもロシアと、アメリカの保護下のグルジアが行う戦争が、アフリカとアジアで、この二大勢力がそれぞれ援助していた解放運動、ゲリラやさまざまなセクトによって対立し合っていたあの時代のことを確かに考えさせるということはある。今回は1979年以来初めて、ロシア自身が闘技場のなかに降りてきたということを除けば。
 1960年と2010年の間に世界は変わったのだとひとは云うだろう。これは否定しがたいことだ。それでも長きにわたって眼前につきつけられているのに見ないでいたいと思わせるような世の流れがある。当時と同じく、今日においても、ヨーロッパは麻痺している。しかも逆説的に、ロシアの戦車にきちんと保護されていた東欧が欠落していた昨日よりも、今日の方がたぶんさらに麻痺しているのだ。ヨーロッパと西側が象徴的に東西対立において賭けられたものだった時代には、ここで砲火を放たなかったことにはまちがいがない。ともかく加盟国には東西の間の中央の立場を演じることができたむかし懐かしきECには、軍事的な従属にもかかわらず、緊張緩和という名の自らの外交をしばしば実現することができた。現在の欧州連合について同じことを云うことはできないだろう。それはたぶん、欧州連合は人権思想の上に基礎を置くと主張し、そう思い込むことによって、もはや人民の望みに関して大したことが理解できなくなっているからである。
 解放されたヨーロッパ、再統一されたヨーロッパ、再発見されたヨーロッパ…、確かにそうだが、これはベルリンの壁の崩壊によって活潑なものとなった、未回収の部分を回収しようとする望みによって導かれる、分裂したヨーロッパなのだ。このヨーロッパにはユーゴスラヴィア戦争を妨げることも停めることもできなかった。それはまったく単純に、加盟国には同じ夢も、同じ悪夢もなく、とりわけ同じ利害がないからだ。ロシアとグルジアの間の戦争は、酷なことに今日この鉄壁のような現実を思い出させることになる。一言で云って、こんなにも近くて遠くのところで賭けられているものは、我々のエネルギーの供給減ではないが、欧州連合の未来そのものなのだ。そしてこの未来はあまり輝かしいものではない。
 ソヴィエト連合の旧「姉妹国家」にとっては、現在欧州連合の加盟国であろうと、隣接国であろうと、今日の危機は最悪の悪夢が現実になったものである。バルト諸国から、ポーランド、ルーマニア、さらにウクライナもとおって、ブルガリアまで、その視線は交互に、トビリシ、パリ、ブリュッセル、モスクワ、ワシントンへと向けられる。まるで目にしているものを信じることを拒んでいるかのようだ。あれほど大きな不幸の責任者であったロシアの熊が、二十年間の冬眠から目覚めようとしているのだ。牙と爪を見せはじめている。地理の休み時間は終わった。歴史が帰ってきたとひとはささやきあう。もしそれが歴史が終わった後ではないとしたらの話だが…。
 カフカスの紛争の細かいことは置いておこう。これは現在のところ手に入る部分的な遠回りの情報よりも、分析の方が必要とされるようなこみいった事態なのである。グルジアの迷える仔羊に対してロシアの羊飼いが用意している扱いは、ポーランドとバルト三国にとって死活問題である。共同声明において、これらの国が自らのことを「かつてURSSの捕囚であった国家」と形容したことは意味深い。これは例文条項ではない。リガの中心街では、「1940年から1991年にわたるラトヴィアの占領期間」に関する博物館を見学することができる。集合的記憶のなかでは、残酷ではあるが遠いむかしのものであるナチスの支配を、共産主義下での長い経験が程度の差はあれ消し去ってしまったということを理解しなければ、何も理解しないことになる。これがゆえに、赤と茶色の間の安心を与えるようなちがいに対して東側の人民に目を閉じさせるような政治的な色盲が生まれ、我らが進歩主義者にこれほどにも悪口を云われることになるのだ。リガから遠くないところ、ヴィルニウスでは、ジョージ・ブッシュが2002年に合州国の名においてした、リトアニアのことは決して見放さないという厳粛な約束を記念する石碑が議会の前に建っている。おそらくそれほど興味がなかったにちがいないこれらの小さな国の国民の亡霊の声に耳を貸さずに、ジャック・シラクは2004年に、要するにあなた方はアメリカ人の飼い犬であると怒って叱るにとどめた。これはいい考えではなかった。
 それが気に入ろうが気に入るまいが、国、そしてたぶん民族は、それぞれの歴史と地勢に依存しているということを認めなければならない。そしてさらに、民族と国は一致することがなく、そのために緊張のありかが増えることになる。むかしの「衛星国家」においては、共産主義の経験によって培われ、民主主義のかけひきに固有の政治家の論理によってたきつけられた、ロシアの権力に対する古くからの不信のために、ロシアに対抗する軍事保障の問題は、実際のロシアの意図と比べると釣り合いのとれない規模のものになった(カフカスは事情がちがう)。それが正当なものであるかどうかは大した問題ではない。リガ、ヴィルニウス、ワルシャワでは、恐ろしい隣人に理性を取り戻させるためには力を用いなければならないときには四の五の云わない確実な保護者がほしいのだ。明らかに、欧州連合がこの強力な支援者になることは、軍事的にも政治的にもできない。合州国とNATOが残っているが、そもそもそれが可能になるとすぐさま新加盟国は急いでNATOに加盟したのだ。
 困ったことは、「古株」にはまったく別の利害があるということだ。フランス、ドイツ、他の諸国は、ロシアの利益は欧州連合と良い関係にあることだと納得させるために、むしろロシアを安心させようとし、さらに気配りをもってロシアのことを扱うのだが、これは度が過ぎると考える向きもある。ともかくアメリカではなくて、ロシアがヨーロッパにあるのであって、ロシアの混沌はだれのことも利さないことを考えると、そもそもこれは理性ある政治である。
 新しい小国と古株の大国の間では、緊張は明白なもので、外交のことばの蔭にお互いに対する苛立ちが見てとられる。「東欧における帝国主義的で修正主義的な政治の伝播に抗する」ことをNATOと欧州連合に呼びかける「旧ソ四箇国」の声明についてジャーナリストに聞かれて、ベルナール・クーシュネールは不機嫌な心もちを隠さなかった。フランスの外交の代表者は、「ひとを侮辱するのは何のためにもならない」ということばを、27箇国を代表するという不可能な使命をおしつけるものに対して投げつけた。フランスにとっては、ロシアを名指しで批判することは問題外だ。「それがヨーロッパの立場になることはない」とクーシュネールははっきり云った。いちばんありそうなことは、ヨーロッパがいかなる立場もとらないということ、すなわちいかなる政治ももたないということだろう。欧州連合の複数の加盟国が承認していない国家、コソヴォが独立を宣言したときに、立場も政治ももたなかったのと同じことである。それでもこの難儀をして生まれつつある国の指導者は、こうしてそこに別荘を買うための資金をつくる世界各国のアドヴァイザーの群れに励まされて、欧州連合への加入を輝かしい未来として約束するのである。五年、あるいは十年後にこの統一ヨーロッパがどういう姿になっているかを云うことができるひとはとてもお利口だ。何はともあれ、昨日はバルカン半島で、今日はカフカスで、政治的なものとしてのヨーロッパは死んだ。神聖同盟(註・1815年に革命フランスに抗してつくられたウィーン体制下での同盟)以来、政治的なものとしてのヨーロッパは決して存在したことがないと考えなければならないほどだ。

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宗教、科学、芸術、ポルノ

宗教 ないものを説明する
科学 あるものを説明する
芸術 ないものを見せる
ポルノ あるものを見せる

 あるラカン派のフランス人精神分析医が書いた本のなかに、あらゆる文化にはこの四つの要素があると書いて説明していました。記述は複雑でしたが、だいたいこういうことなのではないかと思います。

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フランスのジャーナリズムの地殻変動

 フランスのジャーナリズムはここ一年ばかりの間に大きな地殻変動を経験しました。既に数年前から、ル・モンド、リベラシオン、ル・ヌーヴェル・オプセルヴァトゥールなどの良識派ジャーナリズムはその限界を見せていたのですが、特にインターネットサイトの進展によって、これらの日刊、週刊新聞の分派らが精力的な活動を開始し、もはや印刷媒体だけでフランスのジャーナリズムを語ることは不可能になっています。現在のフランスジャーナリズムを語る上で欠かせないフランス語のサイトをいくつか紹介してみましょう。
 私のブログを読んでくださっている方には何の意外性もありませんが、まずは Marianne2.fr をご紹介しましょう。これは私がフランスにいたときに定期購読していた週刊紙です。ジャーナリスト、ジャンフランソワ・カーンによって1997年に創刊されたこの「革新的中道派」の新聞は、広告収入は5%のみで頑張っている独立系週刊新聞です。この週刊紙は画一的思想と闘い、複数的なジャーナリズムを目指します。その独自のやくざでおちゃらけた雰囲気により、他のメディアからは総すかんを喰っています。しかしながら駅売りでの売り上げは同ジャンルにおいてしばしばナンバーワンです。フランス国外の良識派はしばしばル・モンド、リベ、ヌーヴェル・オプスどまりだが、今やマリアンヌ抜きでフランスのジャーナリズムを語ることはできません。とやくざな私は思います。軽いフットワークでフランスと世界を斬る小気味よさがいいです。サイトではかなりの数の記事を読むことができ、過去記事のアーカイヴも充実しています。テクスト・トゥ・スピーチで記事を読んでくれるのも楽しいですね。デジタル版を有料で定期購読することもできます。
 リベラシオンの新体制から逃げ出したジャーナリストが去年つくったサイトが Rue89.com です。リベラシオンの論調がもともとそれほど好きではない私にとっては、その良識派左派のトーンがかなり鼻につきますが、なかなか面白い話題を扱うサイトです。
 ル・モンドの主幹をくびになったエドウィ・プレネルが参画しているのが Mediapart.fr です。これは最近増えている有料サイトのひとつで、多くの記事が有料購読者にしか読めないような仕様になっています。左右を問わない多くの政治家から支持されているのが特徴で、これからますますメディアパルとのような有料サイトが増えてゆくのではないかと思われます。このサイトは総合的な報道サイトとしての形をもっています。
 私が最も高く買っているジャーナリスト、元マリアンヌのエリザベート・レヴィがやっているサイトが Causeur.fr です。「おしゃべりの場」であるこのサイトは、報道サイトとは云えませんが、なかなか多彩な記事が読める楽しいサイトです。たとえば

サルコジに似ている肖像画を紹介する記事とか。気楽に好きなことを云っている感じが何とも好もしいジャーナリズムのサイトであります。
 これらのサイトは、どれもインターネットの特性を生かして、積極的な読者の参画を求めています。
 話題とは関係ないが、文化系に関しては相も変わらず Telerama.fr です。
 私は個人的にはル・モンドは純粋に情報のためだけに Google Reader でフィードしていて、ヌーヴェル・オプスなんて十年以上ほぼ相手にしていません。それがフランスに関する情報源、というひとのことを古いとは云いませんけどね。ちがうなあとは思う。
 ということで、次回はエリザベート・レヴィの記事を翻訳してみましょう。

P.S. フランスの新聞雑誌をとりまとめたRSSリーダーとしては Alertinfo がある。この記事で引用したような新しい情報サイトは含まれていないが、伝統的な新聞、雑誌のRSSは網羅してある。これをインストールして使うと(ダウンロードは無料)、フランスの近況を簡単に追うことができるでしょう。可能なフィード数は900なので選んで使いましょう。
 名前をあげるのを忘れたが、Bakchich.info というのも最近目立ってきている独立系の報道サイトです。マリアンヌがやっているいろいろな新聞、報道サイト、ブログサイトを集めた Le café de Marianne で全部おさえられます。さっき教えてもらったのだけれども、Rezo.net というサイトでは、フランスのインターネット上の注目報道記事やブログのタイトルがまとめられています。これはかなり役に立ちそうです。

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夏休み翻訳祭り 「オリンピック 中国人は感謝していない」

 また記事を拾ったのは Marianne2.fr ではありますが、今度は中国人のブロガーの Zola さんによるものです。マリアンヌによると1980年生まれのゾラさんは中国でもっとも有名なブロガーのひとりということです。この夏マリアンヌのサイトではゾラさんの寄せた記事の翻訳を掲載しています。ゾラさんの中国語のサイトはこちらです。私は中国語はわからないので、マリアンヌのサイトのフランス語の記事を訳します。

オリンピック 中国人は感謝していない

 オリンピックがようやくはじまった。我々にとってオリンピックは名詞だが、多くの人間がこれを、制御する、変更する、乱暴に管理するということばと同義の動詞として用いる。
 僕は中国人だが、他の多くの中国人と同様に、僕にはオリンピックに参加しているという印象がない。聖火リレーすら、中国の人々には見ることができなかった。聖火はひとを避けることさえした。それは人々がオリンピックを歓迎していなかったからなのだろうか、それとも政府を歓迎していなかったからなのだろうか。
 オリンピックの開会式はすばらしく、大げさで、豪華だったが、我々はそれほど評価していない。だって組織したのは政府なのだから。そして政府というのは暴力をふるう親であり、全人民の奉仕者ではない。政府が我々に要求したのは、ただオリンピックのために道を開けるということだけだ。中国人はオリンピックのもたらす利益を何も見なかった。中国人には何がないのか。何を要求しているのか。我々が望んでいるのはオリンピックの期間中にこれこれをすることを禁じる政府ではなく、より誠実により効率的にことを行う政府なのだ。我々が期待するのは正義の名に値する法の正義と、情報に対するアクセスと、法治国家である。

中国人はオリンピックのために多くを犠牲にしなければならなかった

 環境と空気の質がオリンピック委員会の期待に沿ったものになるように、オリンピックのために中国人は多くを与え、多くを犠牲にした。政府は山東省、河北省、北京の多くの企業と工場を閉鎖させた。奇数と偶数のナンバープレイトのシステムによって、自動車の交通を規制した。北京のひとはオリンピックに対してたいへんに愛着を抱いていて、同時にヴォランティアであることにとても満足で、きれいな空気があり、それを吸い、オリンピックの間は青い空が見られることにもとても満足で、オリンピックに大変に感謝している。
 しかし、北京に住む人も含めて、オリンピックに感謝していないひとがいる。
 七年前から、北京にオリンピックの基礎を建設するために、我々は多くの建物、多くの住居を壊さなければならなかった。住民は不満で、オリンピックに感謝していない。
 30年ほど前から、中国のあらゆる地方の中国人が、正義を要求するために、「直訴村」と名づけられた北京の東庄に集まる習慣をもっていた。オリンピックの前に東庄も壊され、請願者は追い払われ、地方の警察に居住地指定されることになった。彼らはオリンピックに感謝していない。
 チベットと新疆の少数民族は、自らが尊重されることを望み、そのためになら命を失うことも辞さない。彼らはオリンピックに感謝していない。
 中国全体が国内総生産を増大させるために不動産の建築を発展させなければならなかった。むりやり住居を破壊しなければならなかった人々も、オリンピックに感謝していない。
 オリンピックに感謝していないこれらの人々は、スポーツには興味がない。自分の生活だけに興味があるのだ。それは北京人ではなくて、中国人だ。普通の市民を参加させないこのオリンピックのことを、北京のオリンピックとは呼べるが、中国のオリンピックとは呼べない。スタジアムに聖火が到着したから手榴弾の煙が姿を消したのではない。人々はさらに生活と法の正義をさらによいものにするために闘っているのだ。

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夏休み翻訳祭り 「復讐は野蛮な正義である」

 今回もまた Marianne2.fr からの記事の翻訳ですが、これはジャーナリストによるものではなく、マリアンヌ読者のブロガーによる記事です。前回の翻訳記事でも問題になっていた11歳のヴァランタンくん殺害事件について、ある読者が死刑制度の有効性を唱えたのに反応して、キオスク(Kiosk)さんというひとがこの記事を書きました。「だったらその死刑復活を云っている意見も訳せよ!」とお叱りの方もいらっしゃるかもしれませんが、残念ながらこの記事のなかにリンクも当該ブロガーの名前もないから見つからないのね。この記事の一段落目がそのひとの意見なのだと思います。この記事が特に面白いということではありませんが、典型的な意見として紹介します。それにわりとよくまとまってると思うのね。私は日本において死刑制度廃止論者ですが、他の日本の死刑制度廃止論者のみなさんは、死刑を廃止したフランスにも死刑制度復活論の輿論があって、それが大きな問題になっているということをもう少し理解してください。

復讐は野蛮な正義である

 我々がかかわっているのは気ちがいであり、あらゆる社会の義務はこれらの怪物どもから身を守ることである。ただひとつの解決方法が真に有効だったのであり、それは死刑だったのだ。
 たとえ殺人犯が自分のしていることを完全に意識して行動したのだとしても、野蛮な行為に対して野蛮な行為をもって対処することは解決方法ではない。そもそも死刑は有効ではないし、決して有効だったことはない。不幸な状況が重なり合って、ついうっかりして一瞬の思いつきで殺す場合と、計画性のある殺人の場合がある。前者の場合は、殺人はいわば偶発性のものなのだから、死刑があろうとなかろうとどういうちがいがあるだろうか。後者の場合は、殺人犯は自分がつかまることはないだろうと思っている。あるいは生きている間はつかまらないと思っている。死刑のもつ説得力はゼロだ。
 復讐するというつまらない満足感が残っているというのだろうか。何も大喜びするようなことではない。あなた方の脳の発達が恐竜時代の脳の段階で止まってしまったというのなら別の話だが。

復讐、憎悪、野蛮さ抜きで罰しよう

 でも結局のところあなた方の理想は、人間の精神の進化を数世紀逆戻りすることではないのか。
 それでも、この大昔の理屈によって、あなた方は逆説的にもこの上なく醜悪な犯罪を犯罪者自身から見たら正当なものにしているのだということを理解してほしいものだ。つかまったら殺されるということを知っているから、一種の復讐の前倒しによって、自分が先に殺すことに何の良心の呵責も抱かないのである。
 動物時代に逆行するためにあなた方は次に何を提案するのだろうか。毎日殺人者を拷問して、TF1(註・フランスの民放テレビ局)の夜8時のニュースのカメラの前で、広場で死をみとるつもりだろうか。
 殺人者に罰は必要ないなどとだれも云っていないということにちゃんと気づいてください。そうではなくて憎悪、暴力、野蛮さ、過度の厳罰を与えることなく罰するのだが、そこには過度の寛容もないのである。たとえあなた方はそれを嘆いているのだとしても、正義はリンチのために存在しているのではないのですよ。

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2008年8月11日月曜日

フランス人が日本人に対してもっているイメージ

 最近よく考えるのですが、芸術的であるとみなされるものになればなるほど、その作品はあまり民族性をうつしていないということが云えるのではないでしょうか。外国人にとってみれば、芸術的とされる日本映画を見るよりも、二時間サスペンスでも見た方がよっぽど今の日本の社会についてわかるのではないかという気がします。フランス映画についても同じでしょう。芸術的な評価の高いフランスの映画を見るに際して、「フランスのことがわからなければよくわからないところ」があるとはしても、それがとりわけフランス人の民族性を刻印されたものであるという場合は多くありません。二時間枠のテレビドラマや日本にはやってこないようなコメディ映画の方が、よっぽどフランス人の精神性を理解するためには役に立つような気がします。
 くだらないテレビドラマやコメディ映画を友人と見ながら時間を過ごすようなことはよくあったけれども、そのなかにわりとよく出てくるのが、日本人のビジネスマンが「怒って帰る」という場面でした。契約の交渉の最中に、会社で突然怒り出して「不愉快だ!」とか云いだし、フランス人は何を怒っているのかわからない。日本人は「怒りっぽい」「腫れもの」(susceptible)というクリシェがあるのだと友人は云っていました。
 パリと地方でかなりちがうのが日本人女性のイメージです。地方では「従順」であることで知られている日本人女性は、ある意味で理想化されているようですが、パリでは「すぐやらせる」のが日本人女性だと考える向きもあるようです。『タンギー』という映画にはそういう「クリシェ」が出ていました。これはかなり「フランス的」な映画なので、日本では公開されなかったでしょう。
 日本人女性に関してよく用いられる「従順」(soumise)ということばは、「男に従う」「男を支える」ということを含意します。だからこのイメージがある意味で理想化されていると云うのは、そのようなものを理想ととらえるひとには理想化されていると云うことです。「東アジアの女性はセクシストのフランス人男性の最後の逃げ場である」ということを私が云うと、フランス人の女の子は「確かにそういう部分はある」としばしば同意していました。
 四年ばかり隣人だったフランス人男性は、「日本人女性は実年齢よりも十歳精神年齢が低い」と云っていました。まず、男が自分のことを恋愛対象として考えているのかどうかが、日本人女性にはまったくわからないようだ。全然そんなわけあるはずがないのに、「私は異性として意識されているのかしら」と思ってみたり、そのつもりでデートに誘っているのということが普通ならわかるはずなのに「私たちはお友だちのつもりだったのに」と云われたりする。あるいは、子供っぽい行いがはたから見て滑稽なのに、自分でそれがわかっていない。そういうことを云っていました。フランス全国区で有名なモンペリエの政治家ジョルジュ・フレッシュは、中国びいきの自称マオイストで日本が大嫌いなんだが、ある生徒さんは「むかし日本の女性にふられたんじゃないかという話もある」ということでした。私の隣人についてもたぶんそうだが、とりあえず云ってることはおもしろい。女についてばかりでなく、男についても云えるのではないかと思います。
 ヴァラエティ番組でよく聞くのは、日本人と云えば「セックスしない」ということ。フランスで有名な調査の結果によると、世界一頻繁にセックスするのはフランス人で、世界一セックスの頻度が低いのは日本人なのだそうです。何のことはない、フランスで出生率が高くて日本が少子化に悩む理由はこれでしょう。あと、私がフランス人のかかりつけの精神分析医に「日本の男性の間には性器が短小であるというコンプレックスが蔓延しています」と云ったら、「そうです」と云ってうなずかれたので、どうしてそうですって云うんですか、と聞いたら、「それは精神分析の世界ではよく知られている事実です」と答えられました。日本人は男女とも性にとりつかれすぎなのが問題なのでしょう。
 今の日本の男性の若者のなかには、女性と口を利いたこともないひとがよくいる、ということを読むと、何だか大変だなあ、と思います。むかしもかなりの数いたけれども、その存在を知らせるネットワークがなかったからみえていなかっただけの話なのかしら。まあ、私が学生だったときにそういうことを云っていた男の子のことを考えてみても、自分のコンプレックスを大げさに云っているだけなんだろうとは思いますが。
 ところで、私には「非モテ」という新語の意味がよく理解できないのですが、これは意識しすぎて異性と口が利けないというような鬱屈した精神状態を表すものなのでしょうか。何となく単純に異性にもてないということを意味していることばではないような気がします。たぶんナルシスムの問題なんだと思うんですけど。他人から見るとナルシスト(自分の容姿を憎悪している場合もある)のすべてが大げさですから。ひとからみると不潔な潔癖症がいるのと同じで、まったく容姿に気を配らないというのも一種のナルシスムだろう、と私は思います。そういうひとは「俺の見た目はこのままでいいはずだ」とどこかで信じているはずですから。

P.S. せんないことながら断っておきますと、これは「良心的な映画をつくるようなひとならとりあげないような、いい加減な日本に対するイメージ」というところからはじめている記事です。文化人の考えることとはほど遠い、ある種偏狭な心をもった大衆の一面的なイメージの話をしているのです。趣味のいいひとには「見る価値のないもの」としてひとくくりにされてしまうもののなかにもおもしろい情報は見つけられるということは確かに云っていますが、かといって、地域性をできるだけ切り捨てようとして、むしろ共通の人間性を描こうとするものが「芸術的」とみなされることに異論を唱えるつもりはまったくありません。それでもいい趣味のフランス人にとっては「見る価値がないもの」(二時間ドラマやヴァラエティ番組)のなかにある「紋切型」を知ることも、日本人にとっては面白かろうということです。日本の女性が従順であるということばも代表的な紋切型、クリシェです。これは文化人の考えることではなく、大衆の考えることです。(文化人が大衆と同じ考え方をすることはないとは云っていません。) まったくいい加減なイメージの話をしているのは最初から明らかなことだと思って書いているのに、「分析」なんてことばを云われるとびっくりします。
 パリでは日本人の女はすぐやらせるというクリシェがあるとは云っても、それが正しいとはまったく思っていません。そもそも「この女はすぐやらせる」というつまらないことを云うような人々の話です。私にとって面白いのはそういうクリシェに基づいた日本人女性が商業映画のなかで描かれるということです。フランスの東アジア系ポルノ女優のなかにはカツミとかルミコとか日本系の名前をもっているひとがいますが、漢民族や朝鮮民族、フランスにはかなりいるはずのヴェトナム民族の名前のひとがいない(おそらく)のは、このクリシェのせいだろうと思います。クリシェには必ず何らかの根拠があるとはしても、その「何らかの根拠」が考慮に足るものであるかどうかは別の話です。(あるいは日本人の名前の選択はポルノ文化のなかにあるある種の経済的な志向によるものなのかもしれません。これはちょっとわかりません。)
 エピソードとしては、ヴェトナム系ポルノ女優のカツミはテレビなどにも出てとても有名になったので、実際にカツミという名前のひとがいたずら電話被害などにあって、カツミに名前を変えるように要求した訴訟を起こし、カツミはカツニに名前を変えたということがありました。面白かったのは、この裁判を起こしたカツミという女性もまた日本人ではなかったということです。もし日本人なら、カツミという名前は普通なのだから、ポルノ女優が使ってはいけないという発想がなかったかもしれません。法廷の決定に反してカツニは40回にわたってカツミという名前を用いたので、去年の9月に20000ユーロの罰金の支払いを求められたそうですが、現在はカツニという名前が定着したようです。

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2008年8月10日日曜日

Asahi.com にはフランス移民問題に関する基本的な知識がない

 Asahi.com に「取り締まり、追い払い…ロマ人『狙い撃ち』政策強まる」なる記事があります。問題になる箇所は、多々ありますが、特にここです。
サルコジ政権は、ロマ人を含め年間2万6千人の不法滞在者の送還を目標に掲げる。「仏社会に同化する意思のある者だけ残ればいい。そうでない者は出ていくべきだ」。サントゥアンの治安当局者はルモンド紙にそう語った。
 残念ながらこのル・モンド紙の記事はインターネット上で全体を閲覧できないので確認できないが、それでもこの訳がまちがっていることには確信があります。移民問題にかかわる公務員が、移民の「フランス社会への同化」を求めることはありえません。「同化」とは assimilation であり、自らの文化や価値を捨てて、フランス社会の価値を自分のものにすることです。これは尊厳ある民族に可能なことではなく、現在のフランス国家はそのようなことを強制しません。センゴールやセゼールが半世紀以上も前に拒絶したこの「同化」は、決して移民に関するニュースでは聞かないことばです。
 フランス当局が移民に対して求めることは、フランス社会にとけこむこと(intégration)です。この場合は自分の文化的な価値を捨てる必要がありません。移民のことを語る際に、「同化すること」と「とけこむこと」の間には大きなちがいがあります。自分の立場で想像してみてください。あなたがフランスで暮らしているとして、あなたはフランス社会に同化することを受け入れますか。それともとけこむことならできるだろうと思いますか。とけこむ意思はあっても、同化する意思はないというひとは、まったく心配する必要がないのです。フランスはあなたを受け入れます。フランスではあらゆるところで耳にするこの intégration は現在のフランス社会の根本をなす概念です。
 このことばを訳したひとは、この訳はまちがっていないと主張するかもしれません。しかし仏和辞典で intégration を引いたら「同化」と出てきたからそれでいいというものではないのです。まったく intégration という単語の発想がわかっていません。もしかしたらこれは朝日だけでなくて、日本のいろいろなところでまちがっているのかもしれません。私の記事を読んでくださっている方はちゃんと理解してください。現在のフランス政府は決して移民の同化を求めたりはしません。文化的な多様性を否定するような真似はまちがってもしないのです。
 まちがいなく成員として日本社会と同化してはいるけれども、移民でもないのに社会にとけこんでいない人間がたくさんいる日本では、このフランスの問題は理解しにくいのかもしれません。しかしこのように私が書くことによって、「同化することととけこむことのちがいがわかった」というひともいるのではないでしょうか。

P.S. でももしかしたらよくわからないのかもしれない。普通の日本人に理解できるのは社会に同化すること、日本人のように生きるということだけであり、フランス流の「とけこむこと」は理解できないのかもしれない。日本では「日本人であること」があまりに支配的な概念であって、地域のコミュニティーのなかで円滑に生活することが移民にとって重要だということがうまく頭に描けないのかもしれない。端的に云うと「にこやかにあいさつする」とかそういうことだ。隣人とうまくやってゆくということだ。とりわけ重要なのは、移民自身のコミュニティーのなかにとどまって、フランス人に対して剣呑な態度をとることが認められていないということである。フランス社会に同化してフランス人のように生きる必要はまったくないが、フランス人とうまくやってくれ、ということである。しかしかえりみて日本のことを考えてみると、かなり多くの日本人が、「日本人」という同一性には疑問を抱かないが、それぞれが自分でつくりだした虚構の差異のなかにとどまって、日本人同士の間で実に剣呑ではないか。移民が同化して日本人のように生きることは可能でも、移民のとけこむべき日本の社会は、実は存在していないのではないか。日本人自身が日本社会のなかでうまくやっていないのだから。(私は別にフランスには隣人同士のトラブルがないとか云ってませんよ。ともかく日本人のように他者に対して剣呑ではない。)

P.P.S. 10月13日付記。昨日テレビで「君子は和して同ぜず。小人は同じて和せず」という孔子のことばを紹介していました。もちろん直接関係はありませんが、このことばをふまえた上で、フランス人が移民に対して求めるのは「同」ではなくて「和」であるという言い方をするとわかりやすいのではないでしょうか。ともかくフランスの移民政策が軸とする intégration に「同化」という「まずい訳」を与えたものを読んでこの移民政策を批判するのはまったくの的外れであり、滑稽なものでしかありません。この intégration はこの論語のことばの「和」にあたり、「同」にあたる assimilation とはまったくちがうものです。(私は現在のフランスの移民政策をもろ手をあげて賛成しているのではありません。むしろその逆ですが、それは別の話です。)

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2008年8月9日土曜日

フランスは親チベットなのか

 朝日新聞によると、サルコジ大統領は北京オリンピック開会式に出席することを選ぶ一方、ダライ・ラマとの会談を見送ったことから、「仏国内では『中国に屈伏して人権問題を棚上げした』と激しい批判にさらされている」とのことです。信じてしまいそうですね。信じて悪いということはないけれども、一面的です。
 まずサルコジはなぜ今月フランスを訪れるダライ・ラマと会見しないのでしょうか。それはダライ・ラマ側から、「状況にかんがみて、公式に大統領に会見を申し込むことは控えます」というメッセージがあったためなのだそうです。今月予定されている来仏に際しては、カルラ・ブルーニ・サルコジが大統領に代わってダライ・ラマと会うそうです。今年中にはサルコジはダライ・ラマと会う予定であるとも云われています。フランス外務省は、欧州連合の名において、サルコジ大統領は問題になっている政治犯や人権運動家の名前のリストを中国政府に渡したと云っています。
 緑の党の欧州議会議員のダニエル・コーン・ベンディット(68年5月革命の「我々はみんなドイツ系ユダヤ人だ」というスローガンで知られるひと)は、サルコジの政策を「脅迫によってのみ機能する中国人が常に正しいとする敗北者の戦略」と呼び、サルコジを「魔法のバトンをもっていると信じる白馬の王子さま」と揶揄しました。それでもサルコジは先月「私の日程を決めるのは中国ではない」と云っていたのだから、必ずしも中国の云うなりだと考えることもできないでしょう。しかしパリの中国大使館の前でのデモを禁じたのは非難に値するのかもしれません。
 朝日新聞の記者はいかにもコーン・ベンディットとか好きそうだから、この辺が記事の根拠かもしれません。ちなみにコーン・ベンディットは、10年くらい前には勢いがあったけれども、今のフランスの政治のなかではもう「過去のひと」です。
 きわめて反サルコジ的な姿勢をとっているマリアンヌ紙による情報だからあてにならないものだと考えられていますが、サルコジは去年の選挙活動の最中に「私なら民主主義の日本よりも全体主義の中国に住みたい」とほざいたと云われています。たぶんこのことばのとおりのことは云わなかったのでしょうが、それに似通ったことは云ったのかもしれません。日本びいきのシラク前大統領は、来日するたびに経済界の要人を引き連れてやってきていましたが、この経済界の人間は、シラク政権の末期にはこの「お約束」にすっかりうんざりしていたそうです。なぜならば、わざわざ日本に行ってもまったく契約がとれないからです。それに反して、中国では簡単に話が決まります。よってシラクとのちがいを主張するサルコジにとってみれば、中国との経済関係がアジアにおいては何よりも重要であり、チベット問題など二の次であるにちがいありません。
 日本人も、「我々は国際人としてのコミュニケイションが下手だから、我々に合わせてください」という甘えのふりをした傲慢をいい加減に捨てなければどうしようもなくなっちゃいますよ。というか、いまだにそれに気づいていないからどうしようもなくなっちゃってるんだろうけど。金があるうちはこういう甘えが通用しても、今やそっぽを向かれるだけです。ビジネスマンサルコジにとってみれば、日本よりも中国の市場の方がずっとおいしい。ビジネスマンにとってみれば、日本人はただ面倒くさいだけ。中国との経済的関係がおいしそうなのに、チベット人の人権が…なんて云って機会を逃すことは、まあ、しないでしょうね。だいたい中国人はもともと親仏なのだから、それを利用しない手はない。
 サルコジばかりでなく、必ずしも右の人間でなくても「まずは中国との関係が重要で、チベットはその後」というフランスの識者はかなり多いのです。ラジオを聞いていても、ジャーナリストはむしろ冷静に考えています。サルコジ政権との対立を明確にする野党はチベット問題に関するサルコジの対応の甘さを批判しますが、これは政治力学によるものであるがゆえに、意図的に一面的なものです。フランスとパリが同じものの普通の日本人には、パリのドラノエ市長が次期社会党党首、さらには大統領候補も狙っているから、聖火リレーの際にサルコジと対立したキャンペインをしたということの意味合いがわからないのは当然だろうが、ジャーナリストに国民の目線に立って記事を書いてもらっても困ります。
 さらに、日本の右翼がチベット独立を支持したりするのと同様のことがフランスでも感じとられ、このチベット支持は単なる中国人に対する人種主義の別の顔だと主張するひともフランスのブログ圏には見られます。日本のジャーナリストは、何もダニエル・コーン・ベンディットや「国境なき記者団」のロベール・メナールのような変なひとがフランス人の意見を代表すると思わなくてもいいのではないでしょうか。まちがって考えているひともいるかもしれないけど、ロベール・メナールはフランスでもやっぱり変なひとですよ。
 サルコジよりもブッシュの方がまだしもチベットに対して同情的ではないのかと思うのだけれども、朝日のジャーナリストとしては、ブッシュは悪者、フランスは人権の国、ということにしておきたいのかもしれません。もともとチベットに関心があったひとは、暴動とオリンピックで騒ぎだしたということはないだろうけれども、そういうひとがフランスに多かったかと云えば、あまりそういう気がしません。踊らされやすいひとの話をするならば、世界的に踊らされるひとは踊らされているのであって、フランスだけではないと思います。だいたいフランスのジャーナリストはダイラ・ラマとかダイライ・ラマとか云ってますから。
 サルコジが新華社通信に答えたことというのが、チベットも人権も何もない、中仏の友好をうたうなかなか面白いものなのだけれども、これがどういう調子なのか想像してもらうために、一言だけ引用しておきます。
 もしオリンピックの組織がスポーツだとしたら、中国は金メダルを授与されるということに、まちがいなくあなた方も同意してくれますね。
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2008年8月8日金曜日

ディスるって何?

 「人をdisる時にやってはいけない11の作法」という変な記事があります。この記事を書いたひとにとってみれば、「宮崎駿をディスる」ものであると思われるブログの書き方を非難しているのですが、これは「ディスる」ということばの意味がちがいますよね。私は使わないことばだし、ましてやラテン文字とひらがなを混ぜた動詞は書きませんが、このことばの使い方がどうしても気になります。
 ディスるというのは、ラッパーが自分と同じ世界のラッパーのことをことばでたたきのめすことだと思います。ディスるためにはその対象が自分と同じ世界にいるということが前提なのだと思います。もしラッパーが地元の政治家のことをけちょんけちょんにけなしても、「おお、このラッパー、政治家のことをディスってるな!」とは思わないものではないのでしょうか。(その政治家がラップの世界の出身ならちがうかもしれません。ラップランドとか。)
 だからブロガーがブロガーのことをことばでたたきのめしたら、それはディスっているのだろうが、ブロガーが宮崎駿のことをけなしても、それはディスっているというものではないと思うのです。このブロガーがアニメ作家なら話はちがうかもしれません。他のアニメ作家が宮崎駿のことをけちょんけちょんに云ったら、「おお、ディスってる!おもしれえ!」ということになるかもしれません。
 そもそもラッパーが政治家を罵倒するときには作法などいらないものです。政治家なんて罵倒されてなんぼですから。宮崎駿が批判されたり罵倒されたりするのが好きかどうかは知りませんが、批判や罵倒を受けてなんぼという立場に身を置いてしまっていることは確かです。このようなひとたちを一般人がディスることはできません。私の理解するところでは、ディスるというのは、本来なら作法やタクトが必要なはずの、自分と同じ世界の人間を相手にして、あえてそういう約束事を無視して徹底的にこきおろすということなのだから、「ディスるときにも作法が必要」というのはそもそも云っていることがおかしいのです。作法がないからこそそれが芸として成立し、「そこまで言うか!」という面白いものになりうるのです。ディスるときには作法がないということがお約束なのだと思います。よってここではちがうことばを使うべきだったのではないでしょうか。何もディスるだなんて変なことばを使わないで、日本語として共通理解のある単語を使っていればよかったと思うのです。だいたい共通理解のないことばだと、「それはおまえの理解するディスるの意味で、私はディスるということばをこういうふうに理解する」と云えばいいだけの話で、まったく議論が発展しません。ただ、ディスるということばをラテン文字まじりで書いて、それを日本の土壌にもってこようとする試み自体は面白いものだと感じました。ある種の日本人の典型的な発想がここにあるような気がします。ひょっとしたらこれが日本語の「ディスる」の未来なのかもしれません。私の頭のなかにあるディスるの意味の方がおかしいと考えられることになるのかもしれません。
 それでもここでこのひとがあえて他の単語ではなくてディスるということばを選択する心理を解釈しようとしてみると、宮崎駿がけなされることによって、まるで宮崎駿ファンであるブロガーがけなされているように感じるということがあったのかもしれません。何となくそんな感じがしました。

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2008年8月7日木曜日

狂人を裁くことはできるか(Marianne2 の記事の翻訳)

 7月28日にフランス東部アン県ラニユーの路上で11歳のヴァランタンくんが殺されました。自転車に乗っていたヴァランタンくんは40回ばかりナイフで刺されていました。DNA鑑定によって、あるはぐれもののカップルが逮捕されましたが、犯行に及んだのはステファン・モワトワレ(39歳)という男の方で、ノエラ・エゴ(48歳)という女の方は犯行を妨げなかったことによって訴追されています。以前から警察には狂信者と思われていたこのカップルは「神の使命を負っている」としばしば云っていたそうです。犯行に及んだ男は自分のそっくりさんが犯行に及んだのであると主張しているそうです。精神鑑定医らの意見はステファン・モワトワレには責任能力がないという意見に傾いており、波紋を呼んでいます。「マリアンヌ」という週刊紙のサイトがある精神鑑定医に意見を聞きました。興味があるひとも多いでしょうから、この記事を訳してみましょう。(本当はこんな記事をブログで全訳することには意味がないと思うのだが、気分で全訳してみました。)

 精神医学の法医学監察医のロラン・ウータンソーさんは、オディル・ジャコブ社から2006年に出版された『愛と暴力 ― プライヴァシーの挑戦』という本の著者です。

ヴァランタン事件 ― 狂人を裁くことはできるか

 ヴァランタンくんが犠牲になった殺人事件が衝撃をもたらしているが、精神鑑定医のロラン・クータンソーは、ウートロー事件[小児性愛に関する冤罪事件]の判例に頼り、法的手続きの進展を期待して、刑事責任能力の有無に関する本当の議論が保証されることを望んでいる。

 ヴァランタンくんの殺人に関しては、ステファン・Mの責任能力の不在が予想されるのだろうか。「蛮人」の容疑者を憤慨した輿論に差し出すお膳立てを支障なく執り行えるような手続きを既に進めているラシダ・ダティ[法務大臣]にとって、それは「とんでもないこと」である。法務大臣はこのようにして精神鑑定の手続きを片手で振り払おうとしているのだ。彼女はまちがっている。というのも、精神科の法医学監察医のロラン・クータンソーによると、法的手続きはよい方向に進展してきたからである。メディアの圧力に逆らって、専門家の間のより厳密で対立しあう議論の方へと進んできたのだ。

Marianne2.fr 心身喪失による刑罰上の責任能力の不在はどのようにして証明されるのですか。

ロラン・クータンソー 精神科の調査には三段階あります。第一段階は、実行された行為には関心を払わず、当人が病んでいるのかどうかを知ろうとすることにあります。もしそうならば、第二段階では、この精神病者の病理が「生産的段階」にあったか、急性発症の状態にあったかどうかを決定します。このふたつの問いに答えることが私たちの仕事です。微妙なのは精神鑑定の第三段階です。第三段階は次の問いに答えることにあります。この病人の病理の急性発症は、行為の実行につながりうるものだったのだろうか。法医学監察医の答えが、法的責任能力があるかどうかに関して予審判事の意見を方向づけることになります。そうしてまさにこの最後の段階において議論がありうるのです。

 大方の昂奮した病人は事実を認め、さしたる困難なく病理の図式をさらします。たとえば神の啓示、衝動、何らかの必要性によって行為を説明します。しかし、自分の置かれている状況が惹き起こしうるリスクが理解できるくらいには現実との関係を保ちつづけているがために、調査を受けている人間が事実を否認すると、これは精神科医にとって問題です。

Marianne2.fr ヴァランタンくん殺人事件の調査に及ぼされるような政治と公衆の圧力を前にすると、精神科医にはそれに影響されるというリスクがあるのではないのですか。

ロラン・クータンソー 輿論の圧力を前にして精神鑑定医がひれ伏すかもしれないという考え方そのものがこの職業に対する侮辱です。ヴァランタンくんの殺人のような暴力的な行為によって惹き起こされる気持ちの昂りに対して、判例のシステムが手段を講じています。こういうわけで、2007年の3月以来、検察側、原告側であろうと、被告側であろうと、裁判にかかわる弁護士は法廷の鑑定に対して再鑑定を請求できるようになり、これはしばしば再々鑑定によって補完されることになっています。ウートロー事件以来、この請求は必ず認められることになっています。よってむずかしい事件の場合には、対立しあう三つのちがう意見がありえるのであって、理想的な場合には対立しあう厳密な議論が可能になります。

Marianne2.fr この精神鑑定医の間での対立しあう議論はどのような枠内で行われなければならないのでしょうか。

ロラン・クータンソー 私の意見では、鑑定医と話し合う特別会見が有益です。特に本人が立ち会うかどうかに関してはこの職業の間でも意見がわかれていますが、特にヴァランタンくん事件のように暴力的な事件に関しては、特に私の意見では、議論を公的で透明なものにして、議論の熱を冷まさなければなりません。ポー[フランス南西部の町]の事件(200412月に精神病院の患者がふたりの看護婦を殺した事件)においては、検察側にも被告側にも対立しあう空間があり、これは輿論にとって社会的にも教育的にも健全なことでした。ひそかに法的な責任能力の有無を決定するふだんの法的手続きよりもこちらの方がいいでしょう。

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2008年8月6日水曜日

フランスの大家族カード

 竹中平蔵と上田晋也の対談ですが。フランスの少子化対策(笑)として「大家族カード」(carte famille nombreuse)の話をしているのだけれども、大家族カードは残念だけど廃止の方向ですから。欧州連合との兼ね合いで廃止しなければなりません。だいたい今年の四月くらいから云っている話なので、「そのくらいの情報はないの?」と思うのだけれども、そもそもこの制度に対する理解がないようなので、云うだけむだでしょう。
 「大家族」という制度上の概念は革命直後からあるのだそうです。国鉄の大家族カードは1921年につくられたと云うことです。この大家族カードはやはり国鉄のものというイメージだったが、2006年に22の企業パートナーが参画し、現在ではそれが44社になっているということです。それでも中心は国鉄料金の割引ですね。フランス中では大家族は子供3人からだが、ボルドーでは4人からというのもいい加減でいいですよねえ。フランス版のウィキペディアにそう書いてあるんだけど、本当なのかな。
 フランスでは、自分の国で子供が増えていることに関して、「それはいいことだ」という一般的な感想と、「どうやら海外のひとはフランスをうらやんでいるらしいよ」という声が聞こえていました。なぜフランスではベビーブームなのかに関する分析を試みるひともいたらしいが、特に説得力のあるものはなかったと思います。そもそも子供は性慾でくっつきあってつくるものなのだから、理性的な分析はありえないでしょうね。まあ、ジャーナリストは何か云わなくちゃならないものですから。
 だいたいフランスをモデルにしようとする日本のひとは、「子供が減って困った」と云っている日本と「おっと、子供が増えちまったい」と云っているフランスを同じ「少子化」の話で比べるのが変。何か云わなくちゃならないジャーナリストが「こういうわけでフランスでは出生率が上がりました」と云っているものを「対策」だったと考えるのは愚かしいと思います。
 何はどうあれ、この大家族カードだけを引き出してこれが「少子化対策」だと考えることには何の意味もありません。意味がないだけではなくて滑稽です。1921年からフランスの国鉄は少子化をにらんでいたというのなら別だけれども。大家族カードはさまざまな福利厚生の制度の一環でしかないのであって、その存在理由はいささかも子供を増やすためではなく、子供が多い家族の負担を減らすということなのです。あまりに当たり前のことなのだけれども、竹中くんが突拍子もないことを考えるから、云ってやらなければならないのかもしれません。せいぜい云えることは、福利厚生が充実している国ではのほほんとセックスできるということでしょう。だいたい国がこれこれこういう少子化対策をしてくれたから子供が増えました、なんて考え方を一般のフランス人は死んでもしないでしょう。
 しかしフランスがとりわけ福利厚生が充実しているかといえば、まったくそんなことはないのです。将来に対する不安だって日本くらいあるでしょう。それでも子供をつくるとしたら、それは不安をものともしない精神性の問題でしょうね。日本人は不安に弱すぎ。貧しかろうが世間に認められなかろうが、自分の尊厳に関する自信があるならば、セックスもできるし子供もつくれる。日本人は自分から負け組なんてばかなこと云いますから。「俺が人生の勝利者で、敗北者はおまえらだ」くらいのことを云えよ、まったく。虚構の差異をつくりだして楽しむマゾヒスト的傾向をやめたらいい。それだけで世界はずいぶん変わる。
 もしそれが人間の尊厳を大切にする立場から来ているものだとすると、フランスの出生率が上がっているのは移民が増えたせいだ、いや、そうではない、という議論も無意味なものになるでしょう。Le Nouvel Observateur のような良識派左派の週刊紙は、ともかく「子供が増えているのは移民のせいだというのはまちがいだ」と云わなければなりません。「移民は子供が多い」という差別的な意見を認めることになってはならないからです。私は良識派ではないので、「フランスの白人のブルジョワ層よりも比較的に貧しい移民の家族の方が子供が多い」ということは事実としてあるだろうと思います。とはいっても、フランスで暮らす移民のなかでも貧しいものが誇りを失うことなく気兼ねなく子供を産みやすいという傾向があるならば、それは移民ではないフランス人の貧しい家庭にとっても同様だということが云えるでしょう。「今はブルジョワ家庭も一時期とちがって子供を多く生むようになっている」ということがひとつの変化としてみられるということを云っているひともいます。そうなのかもしれません。子供を生むということに対するストレスがないような社会がまだそこにあるとフランス共和国に住むものは信じつづけているのでしょう(皮肉)。何にしても、ブルジョワ家庭のひとが国鉄の割引のことを大して気にするとは思えません。だいたいブルジョワがいくら子供を産んだってフランス全体の出生率は上がりません。結局人間の尊厳を大切する態度は最近そうだというようなものではないのだから、「たまたま出生率が増えている」という感じでしょう。私は宗教心はないけれども、こういった神の御業のからくりは人間には解き明かせないのではないかしらん。
 ともかく、日本人がフランスから学ばなければならない教訓は、フランス政府の政策ではなくて、住民がぶーたれるということですね。「何だよ、これが割引にならないのかよ」「何だよ、こんなもん保険が負担しろよ」「何だよ、これくらいのサーヴィスは無償で提供しろよ、何で有料なんだよ」 こういうことをいちいちぶーたれる。これをやればいいんです。国民が制度を動かすという気運なしでフランスの制度をうらやんだって何の意味もない。いつまでもおかみにお願いしてるんじゃないの。まったく、おかみならこのくらいのことしろよ、ふざけんなよ、くらいの気分でいろということです。マスコミの「小さな政府」大合唱にはくれぐれもだまされないように。奴らは政府や自治体を批判しているふりをして、実は政府や自治体にまったく都合のいいことしか云っていない。
 ひとむかしまえまでは日本人のブルジョワ意識というのは有名だったものです。一億総ブルジョワなんて云っていました(云ってないか)。ブルジョワというものは出産計画をしてみたり、子供をつくることに対して大きなストレスを感じたりするものです。みんなそういう社会のなかでそういう教育を受けて育ったのだから、今の日本が少子化に悩むのは当たり前だと思います。「子供よりも親が大事」「子供は勝手に育つ」という伊藤比呂美の云うことを聞いておけばよかったのに、そうしなかったから、みんな育児ノイローゼになっちゃったのです。それでも今の貧困DQN層が大きくなった頃には、自然と問題が解決されていることでしょう。(私が憎むのは優生論者なので、その辺かんちがいしないように。)
 移民を受け入れるなんて、何を今さら、ですが、単純労働のためにとかお偉いさんが大っぴらに云うのは、恥ずかしいからやめて、お願いだから。世間並みの混血国家の認識ができて、ずっと日本に住んでいるくせに最近日本を感じたと云いだす変なひとがいなくなってくれたらいいな(どういう因果関係があるのかはわからないが、雰囲気よ、雰囲気)。
 古いですけど1991年のレ・ネグレス・ヴェルトの『大家族』(Famille nombreuse)ではタイトル曲(歌の題名は「幸福な家族」ですが)で、考えなしにたくさん子供をつくる親が痛烈に皮肉られています。このアルバムタイトルは、フランス人にとってはこのカードのことを連想させるものです。「移民は子供が多い」と云うことばが差別的な意見になりうるのも、子供の多い家族に対する偏見があるからです。(古いついでに云うと、児童虐待を受けたシネイド・オコナーは堕胎を禁じるローマ法皇の写真を引き裂きました。) 日本でも子だくさんの家族はよくばかにされるものですが、子供が多いということは大方にして親が無計画であることを含意するもので、多少の偽善的傾向をもったほめことばをかけることがあるということを別とすると、そこにいい側面を見ることはあまりありません。フランスの大家族カード、なんて云うと、「フランスだから」、とおばかなことを考えて、いいイメージのような気がするかもしれないけれども、実際にはどちらかといえば比較的に貧しくてあまり教育のない家庭のイメージで、それが子供をつくろうというモチヴェイションになるなんて、当然のことだけど、ないでしょうね。
 竹中くんはフランスで出生率が上昇していることについて何か云わなくちゃならないと思ったんだけど、何も見つからなかったから「大家族カード」の話をして、そこにありもしない「イベント性」をつけくわえてしまったということなのでしょう。この「イベント性」の話は本人の創作なのか、それともだれかのいい加減な話を受け売りしているのか、その辺はわかりません。何か云おうとしたけど云うべきことがなかったなんて、確かに「楽しいな」という気はしますね。それにしてもこの「大家族カード」がいつからあるものなのか調べるくらいの労力を使ってもいいんじゃないか。これの廃止の動きを知らないということは欧州連合のことは追いかけていないということなのかな。でもこれが近い将来廃止になるとはいっても、そもそもいい加減な出まかせを云っているだけなのだから、竹中くんは痛くもかゆくもないのかもしれない。
 最後に私の意見を云うと、少子化だ、少子化だと騒いでストレスをかけなければいいんだよ、きっと。結局は心理的なものですからね、おかみがどうにかしようとかいうのがおかしいのです。子供なんてできた後に考えるものです。できないうちに何を云ったってしょうがないよ。(不妊症などの話は別。) 結局それが本当のフランスからの教訓なんじゃないの?

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2008年8月5日火曜日

自分の良心に従って悪事を働く自由

 自分の良心に従って悪事を働く自由。
 こういうことを書くと、書いてあることを読もうとしないで苛立ちを感じるひとがいます。もう一度書いてみましょう。
 自分の良心に従って悪事を働く自由。
 この際重要なのは「悪事を働く自由」ではなくて、「自分の良心に従って」の方です。自分の良心が「私は悪事を働かない」と云えば、悪事を働く自由があっても悪事は働かないのです。
 あまり大きな悪事を例に出すと理解がむずかしいので、たとえば立小便のことを考えてみましょう。今ここで立小便をするのは大した問題ではない、と自分の良心が語りかけるならば、そこで立小便をすることができます。晩酌の相手がほしい親が、自分の中高生の子供にいたずら心でお酒を飲ませます。このときも「悪いことだから」と云ってそれはしないことを選ぶのではなくて、自分の良心が一時的に認めることをしているのです。未成年の飲酒喫煙でも姦通でもある種の薬物でも落書きでも同じことです。
 他者に迷惑をかけた時点でそれは自由ではないという日本でよく聞く議論は、かなり自分勝手に解釈された自由だと思われます。ネット上で見かけたことばですが、「信頼を裏切るというのはもはや自由として認められるものではありません」ということを書いているひとがいました。典型的な反自由の立場から自由を語るひとがこれほどに多いのは日本社会の特徴だと云えるでしょう。自分に理解できない他者の自由を自分の尺度で測るのは、単なる反自由の立場です。「悪事を働く自由」が存在するということを認めなければ、本当の自由に関する議論ははじまらないと思うのです。
 しかし単純に「悪事を働く自由」を称揚するわけにはいきません。私の良心がそれはいけないと云っています。そこで私は「自分の良心に従って悪事を働く自由」と云っています。私には自分の良心に従って悪事を働く自由があります。しかし私の良心は悪事を働くことを好みません。だから私には悪事を働く自由があるけれども大きな悪事は働かないのです。
 神学においては、悪の存在は「神は悪の存在を認めるほどに寛容である」ということによって説明されることがあります。神にすら人間各々の自由意志を妨げることはできません。ここから議論をはじめなければならないと思います。ジム・キャリーもそう云っています。
 私の良心は、たとえ悪事を働く自由があっても、たとえばひとから盗むこと、ひとを傷つけることはしないと私に語りかけます。しかし世のなかには、良心の声が、ひとから盗むこと、ひとを傷つけることは大したことではない、ということを語るというひともいることでしょう。これが私が教育を重要視する理由です。あたかも個人の内的な良心が存在しないかのように、悪いことは悪いという考えをひたすらおしつけるのではなくて、悪事を行うか、善行を行うかは良心の問題、自由意志の問題であるということをしっかりと理解させるような教育をすれば、良心が判断を過たない状態にとどまる確実性がより高くなるでしょう。
 18世紀西洋哲学がはぐくんだ自由の概念のなかでもっともよく知られているのはカントのものでしょう。フランス文学の流れから云うと、18世紀フランスのなかでルソーは孤立した存在であり、その思想はむしろ隣国のカントによって発展させられたと考えることができます。ルソーからカントへとつながる思想の流れは、日本ではまるで自由を制約するものであるかのように考えられる場合がありますが、カントにおいて完成される自由の思想は、一般の日本人が誤って理解しているものとはかけはなれたものです。日本においては「他人に迷惑をかける」段階があまりに卑近なものとして理解されているのであり、カントが設定しなければならなかった、社会のためにはぎりぎりのところで必要になる自由に対する歯止めとはまったく無縁のものであると云わなければならないでしょう。それでも確かにこの場合に問題になっているカントの自由と呼ばれるものは、社会契約思想の文脈のなかでの社会的な自由のことだと考えることができるでしょう。それでもこれは思想のひとつの流れのなかでの自由であり、もう一方の大きな系譜として存在する内的なものとしての自由(自由意志)を無視するわけにはいきません。この文脈からすると、日本人は自由の話をしているときにまったく自由の話をしていないのです。「他人に迷惑をかけた時点で存在しない自由」はそもそも自由の名によって呼べるものではないのです。日本では(西洋から輸入された意味での)自由ということばを近世以後の社会的な自由の話ばかりで考え、それによって中世から重要な問題であった自由意志の話が忌避されているという印象があります。確かにこれはすぐれて神学の問題ではありますが、神学の問題は日本人にはかかわらないと云うことはできないでしょう。
 日本においては「それは自由ではない、自由をはきちがえるな」と云うひとの方が、たいていの場合は自由とは何なのかがわかっていない、あるいは自由を社会的なものとして限定された意味でのみとらえているのです。内的なものとして考えられた自由は宿命の対義語です。サド侯爵の小説のなかの多くの登場人物は「あらゆる人間の思考や行動は気候、緯度、吸う空気や食べる食物によって規定される」と云って自由意志を否定しました(ディドロの宿命論者ジャックも多かれ少なかれ同様の考えをとる)。自然の一部である人間のなかの犯罪者が窃盗を働きひとを殺すのは、自然の災害が田畑を破壊しひとを殺すのと同じことであると彼らは主張しました。これが反自由の立場です。自由意志を認める立場においては、悪事を働けという自然の宿命的な声に良心の声が自由に歯止めをかけることができます。
 一般の日本人は、えてして意識の奥底では自由は「悪」であると考えているようです。彼らには「悪事を働かない自由」、「善行を働く自由」を前提することができないのです。他者の自由は最初から私に迷惑をかけかねないものなのです。ありうる悪への傾向に抗して、善を選ぶ自由、こういった良心の存在が彼らには理解できません。社会の規則しか理解できないのです。(私にとってよいものは他者の「悪事を働かないという義務」「善行を働く義務」なのかもしれません。)
 しかし意識の表面では「自由」はよいものであると考えられているので、事情が複雑になります。意識の奥底では、他者の「自由」は私に迷惑をかける「悪」だが、意識の表面では「自由」は尊い「善」なので、「お前の云うところの自由は自由ではない」ということばだけが繰り返されることになります。「悪事を働く自由」ということばが生理的な反発を招くのです。「悪への傾向に逆らって善行を働く自由」が前提されていない時点では、「ちょっとした悪事を働く自由」、「他者に迷惑をかける自由」を、尊い価値としての「自由」として、原則としては認めてやってもいいはずなのだが、それが自分に、自分の社会に迷惑を及ぼすものであれば認めることはできないというのです。
 しかし自由は善の価値だと意識の上で考えるのがおかしいのです。この自由はいいものでも悪いものでもありません。(社会的なものとして保証されなければならない自由はいいものです。) 内的な自由は自分の人生を自分の人生として選択するということです。個人の自由は他者にとっていいものにも悪いものにもなりうるものです。社会的なものとして考えられたときに、この自由意志には代価があります。悪事を行う自由にも、善行を行う自由にも代価があります。悪事を行う自由に対する代価はしばしば法によって定められています。善行を行う自由に対する代価も必ずしもいいものではありません。今の日本のどこかには、いつかこれが日本社会のためになるだろうと思って、いまだに日本にはきちんと紹介されていない古代ローマ文学をこつこつと翻訳しているひともいるかもしれません。ここにおいて報酬がまったく存在しないことも自由に対する代価です。こういうひとは周囲の人間に迷惑をかけていると理解されるかもしれません。しかし彼は善を行う自由を行使しているだけなのです。
 法や社会の規則、しきたりと、個人の行動の間に、良心、自由意志が、必要不可欠な審級として存在すると私は思います。これを存在しないものとして、内的な良心、自由意志をすべて外部化、社会化する傾向が今の日本社会には存在します。落書きや姦通などは、自由意志によってなされることであって、このような自由意志を侵害することはできません。これらが悪事であると考えられるならば、この悪事を働くことに対する代価は法が支払うべきものでしょう。それでも私は法によらない社会的制裁を否定していません。ただしこの社会的制裁が、法や人権に抵触することは認められません。恥辱という社会的制裁が存在します。この恥辱の先に行った処分をすることが、恥辱が働きかける良心の存在を否定した、道徳の外部化なのです。道徳とは確かに社会的なものでしょうが、これを各個人が内面化して消化していなければならないと私は思います。この内面の道徳を否定するからこそ、とんでもない制裁が加えられるのです。この内的な良心の否定は、社会的制裁の範疇を越えたときに、人権侵害になります。個人の良心に対する不信と疑念をここまで執拗にあおりたてる社会を私には認めることができません。少し注意を促せば、あとは個人の良心が機能すると考えるのが正常な判断ではないのでしょうか。
 自由を善の価値として認めるふりをしながら自由を否定したい人々は、しばしば「自由だからといって何をしてもいいのか」ということを云います。それに対して私はこう答えます。「自由ならば何をしてもいいのです。しかし人間はそれぞれ自分の良心をもっています。」 「自由だからといって何をしてもいいのか」と問う人間は、「どうしてひとを殺してはいけないのか」と問う人間と同様に、良心がどこに存在しているのかがわかっていないのです。良心は社会の所有物ではない、それぞれのなかにあるのです。
 モーリス・ブランショはこういうことを書いています。
 「泥棒!と叫ぶことには意味がありません。少なくともひとが想像するような意味はありません。これはただこういうことを意味するのです。真実、平和、権利は我々のものです。このひとが盗むのは、彼が正義の外にいるからではなく、国家がこの実例を必要としているからなのであり、ときどきかっこを開いて、そこから歴史が、過去が流れ込む必要があるからなのです。
 私は必ずしもそうは思いませんが、社会のアイデンティティのためには犯罪者や身代わりの山羊が必要だとする考え方はありうるのかもしれません。犯罪者に対して、あるいは法による処罰を受けないとしても社会的制裁を受けているひとに対して、同情的であるべきだということを私は言っているわけではありません。そうではなくて、社会のアイデンティティのために社会が繰り広げる制裁の動きに加担する必要はまったくないと云っているのです。そのひとが社会の構成員としてすべきではないことをしたのかどうかではなく、個人として何をしたのかをもう少し考えてみたらどうなのか、ということです。最近報道が繰り返されている多くの犯罪は、個人の内的な良心の存在を否定された、自分の道徳すらもつことのできない「社会の構成員」の悲劇であるような気がしてなりません。

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2008年8月4日月曜日

私の好きな映画十本

思いつくままに。

1. 『忘れられた人々』(ルイス・ブニュエル監督)
 むかしのことだが、映画を勉強している学生さん(当時)が、この映画を見てびっくりした、「あれはブニュエルじゃない」という感想を云っていました。確かにスペインを逃れてメキシコに渡り、その後ヨーロッパに帰ってきた後のブニュエル映画のある種すかしたような雰囲気と比べると、メキシコ時代を代表するこの映画のストレイトな社会派ぶりは意外なものに見えるかもしれません。でもヨーロッパに戻った後のブニュエルは、フランスを代表する相撲マニアとしても有名なジャンクロード・キャリエールの脚本なしでは考えられず、ある意味ではキャリエール映画だったとも云えるのではないかと私は思っています。キリスト教の愛と慈善精神をふりまこうとする主人公が、それを理解できない野卑な下層民衆を前にして、信仰に対する疑いを抱くというテーマを扱った映画でも、私はメキシコ時代の『ナサリン』の方が、ヨーロッパに凱旋してつくった『ビリディアナ』よりもずっといいと思うのです。遺作の『欲望の曖昧な対象』は文句なく好きなのですが、たとえば『皆殺しの天使』や『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』などは、面白い作品ではあるが、あまりに読解されるために存在しすぎています。なぜかブニュエルを知らないひとの間ではブニュエルのなかでは最もつまらない『昼顔』がいちばん有名ですが、カトリーヌ・ドヌーヴが主演したブニュエル映画では『トリスタナ』の方が『昼顔』よりもずっといいのです。
 『忘れられた人々』はメキシコ市のスラム街に住む少年たちが犯罪に明け暮れ、そのなかのひとりが更生を目指すが他の少年の心なき妨害に合ってそれがかなわないという話を冷徹に描いたものです。サド侯爵の精神的な後継者として、ブニュエルは貧しきものの美徳というつくり話を拒絶し、むしろ貧しさゆえに感受性が枯れ果てた人間の姿を描きます。一見希望のない映画ですが、こういう子供たちに理解を示して未来に希望を託す少年院長の姿が印象的です。このような人物像は、ルイーズ・ブルックス主演の『不良少女の日記』のなかにも見られます。
 ニーノ・マンフレディ主演、エットーレ・スコラ監督の『醜く、汚く、悪いやつら』はイタリア版『忘れられた人々』という感があります。この映画にはブニュエルと並ぶ映画界におけるサド侯爵の理解者であったパゾリーニが映像による序文をつけるはずでしたが、変死を遂げたためにかないませんでした。
 ブニュエルでは他に『エル』が好きです。

2. 『殺人に関する短いフィルム』(クシシュトフ・キエシロフスキ監督)
 残念なことに、ポーランド人のキエシロフスキはフランスに移住して以来あまり面白い映画をつくりませんでした。せいぜいイレーヌ・ジャコブ主演の『ふたりのヴェロニカ』くらいのもので、遺作の三部作では才能を出し惜しみしたという感じがします。カウリスマキもそうですが、ある種のエゴイスティックな天才は人々に評価されると、あえて意地悪につまらないことをやりだすのです。それでももてはやされるのだから、本人はやりきれないでしょう。(イレーヌ・ジャコブはキエシロフスキが死んで以来映画界ではまったくぱっとしませんが、舞台はちゃんとやっています。)
 『殺人に関する短いフィルム』はおそらくキエシロフスキのいちばんいい映画ではないでしょうか。もっとも公開当時はさほど面白いとも思えなかった『愛に関する短いフィルム』も、DVD二枚組で買って見直したらずいぶんよくて驚いたのだが、やはりこちらにはかないません。
 行き場を失った若者の何の理由もないゆきずりの殺人と、死刑というもうひとつの「殺人」を対比的に描いたものです。今の日本人が見直すべき映画でしょう。ラース・フォン・トリアーの『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の最後の場面は、見ていてどうしてもこの映画のことを思ってしまって、妙な違和感を感じたものです。この時期のカンヌには「後追いパルムドール受賞」の傾向があったので、ラース・フォン・トリアーも実際には『白痴たち』で受賞したと考えた方がいいのではないでしょうか。私は『白痴たち』がいちばんよかったと思います。

3. 『ネイキッド』(マイク・リー監督)
 カンヌの「後追いパルムドール受賞」と云えば、『秘密と嘘』でパルムドールをとったマイク・リーに関しても、前作の『ネイキッド』(前年にカンヌで監督賞をとっている)の方がずっとよかったと云えるでしょう。前はつまらない、つまらないと云われていた英国映画の復興をケン・ロウチとともに代表するマイク・リーですが、この映画に関してはともかく主演のデヴィット・シューリスの圧倒的な演技がすばらしい。日本語の字幕は半分も訳せていなかったので、ぜひとも耳をそばだてて英語のせりふを聞いてほしい。グランジ期のノー・フューチャーな感じがいちばん濃厚に出ているのはこの映画だと思います(セラピー?のポスター貼りのシーンがあります)。行き場を失った英国の若者の何だかぎりぎりのきつい感じがいいです。残念ながら若くして亡くなった女優カトリン・カートリッジも見られます。

4. 『エキゾティカ』(アトム・エゴイヤン監督)
 最近はどうも不満を感じさせるカナダのアトム・エゴイヤンだが、少なくとも『エキゾティカ』と『スイート・ヒアアフター』はすばらしかった。特に『エキゾティカ』は、一度見ただけでは「何だ、この変な映画は!」と思うだけかもしれないが、繰り返して見るたびに味わいを増してゆき、涙なしでは見られなくなるという稀有な映画です。死があり弔いがあるのだが、この弔いがエゴイヤンの映画では実に不思議な形をとっている。ひとは常に過去と向き合い、この過去が非直線的な形で映画のなかに現れる。ここに深い悲しみと慈しみが醸し出されるのです。
 『エキゾティカ』はサラ・ポリーとミア・カーシュナーを見出したという、それだけでもすごい映画かもしれません(サラ・ポリーは子供のときにテリー・ギリアムの『ほら吹き男爵』の主演をしていますが)。エゴイヤンの奥さんのアルシネ・カンジャンも悪くはありません。『スイート・ヒアアフター』ではサラ・ポリーが主演しています。サラ・ポリーはカタルーニャ人の女性映画監督のイザベル・コイシェットの映画(英語)に主演していますが、最近は自分でも映画監督をしています。ミア・カーシュナーはこの映画の後で消えたのかと思っていたら、『Lワード』で帰ってきました。ミア・カーシュナーがストリップクラブでレナード・コーエンの「エヴリバディ・ノウズ」に合わせて踊るところを滑稽と感じるか、それとも一見滑稽な蔭に深い悲哀を感じるかでこの映画の評価は変わってくるでしょう。

5. 『トウェンティナイン・パームズ』(ブリュノ・デュモン監督)
 ベルギー人のブリュノ・デュモンのいちばんの問題作はこの映画でしょう。英語がわからない、へたなフランス語を話すロシア人女性と、フランス語が話せないアメリカ人男性が車でアメリカの荒野を渡るこの映画は、ロードムーヴィーのようでロードムーヴィーではありません。なぜならこのふたりはほぼだれにも出会わず、不毛なセックスを繰り返すだけだからです。ディスコミュニケイションというテーマや何もない風景はアントニオーニを連想させないでもありませんが、ひりひりした感覚が本質的にちがいます。そもそもこの映画におけるディスコミュニケイションは、実際にことばが通じないということなのです。私は『ラスト・タンゴ・イン・パリ』という映画はくさくて滑稽だと思うのですが、この映画の乾いた冷酷な性描写はその滑稽さを免れています。どことなく日本の『雷魚』という映画と共通したものがあるように感じます。好き嫌いがはっきりとわかれる映画でしょう。

6. 『血を吸うカメラ』(マイケル・パウエル監督)
 マイケル・パウエルの映画では『赤い靴』、デボラ・カーがものすごく美人な『黒水仙』などもいいのですが、一本あげるとすれば「呪われた映画」の烙印を押された『血を吸うカメラ』でしょうか。今やいったいこの映画の何が国辱ものと考えられたのかはよくわかりませんが、内気なシリアルキラーが主人公であるということそのものが許しがたいと考えるひとは今の世のなかにすらいるのかもしれません。
 この映画の原題 Peeping Tom は「覗き屋」を意味しますが、子供の頃に父親の心理学者の実験台にされていた主人公は、病的な窃視趣味の持ち主で、女性の恐怖の表情を映像に収めようとして、カメラの脚を武器にして、これで被害者の喉元を刺しながら映像を記録します。このようにして映像を記録するものの立場を疑問に付す態度が、ジャーナリストやメディアの人間を鞭打つものであるようにも感じられます。
 主演はなぜか『プリンセス・シシー』でロミー・シュナイダーの相手役をやった当時のオーストリアのアイドル俳優カール・ベームです。フランスではクリスマスといえば飽きずに『シシー』を再放送しますが、日本では再放送しないどころか知られていないのはなぜでしょう(別にいいんだけど)。
 映像記録が人間を思わぬところへつれてゆくというテーマでは、アントニオーニの Blow Up が忘れられません。写真や映像ではなくて、音を中心にしたものでは、コッポラの『盗聴』がありますが、デ・パルマの Blow Out も当然思い浮かびます。コッポラでは The Rain People がいちばん好きです。


7. 『パリ』(レーモン・ドパルドン監督)
 フランスの報道写真家にしてドキュメンタリー作家のレーモン・ドパルドンは劇映画も数本撮っています。『パリ』は決してドパルドンの最良の映画ではありませんが、意味深いものとして挙げておきます。若手の映画監督である主人公は、女の子の私生活を撮るようなドキュメンタリー映画を企画し、そのために女の子をパリの街なかで探します。そのためにキャスティングのプロの素敵な女性を雇い、いっしょにパリを歩いてスカウトしようとします。この映画のなかではサンラザール駅のカフェで撮った女の子が私生活を語るインタヴューが十数本つづけて流れますが、これはこのフィクションの枠組みのなかで撮られた本物のインタヴューなのです。いったい映画館でこのような私生活の話を聞いてもいいものかと見るものは居心地の悪さを感じます。最終的に、決定的な女の子は見つからなかったということでこの映画は終わります。
 『血を吸うカメラ』のなかでは問題提起として感じとられるものでしかなかった、映像を撮るものが自らを鞭打つ態度が、ここではまさしく撮られるものにとってはぶしつけで破廉恥なものでありうるような行為として、報道写真家でありドキュメンタリー作家でもある人間によって、明白なものとして示されていると考えられるでしょう。他方で、すぐれたドキュメンタリー映画『現行犯』の続篇としてつくられた『ミュリエル・ルフェルル』においては、ひとりの名もない犯罪者の、検事補、心理学者、弁護士との対話が一篇の映画をつくり、だれにもとってかわることのできない平凡な個人の姿がスクリーン上で描かれたのです。このように、映像を収めるという行為には、破廉恥な面と、そこにしかないものを記録して称揚するという面があるのだと云えるでしょう。

8. 『骨』(ペドロ・コスタ監督)
 ポルトガルのペドロ・コスタはマルクス主義的な映画の方法論を用いています。アラン・ロブ・グリエの小説のように、一見意味のなさそうなディテイル、物語のなかで何の役割も果たしていないかのように思われる人物が画面に登場します。リスボンのスラム街における小さな事件を描いたこの『骨』は、物語の枠組みはそれほどわかりにくくはないものの、人生のなかには物語がないということをわからせるような形で映画が組み立てられています。
 きわめて映像が美しい映画ですが、同時に音に対する感覚もきわめてすぐれたものです。この映画に対しては、「貧困を描くにはあまりに美しすぎる」という批判もあったようです。私は好きです。

9. 『帰還(ボルベール)』(ペドロ・アルモドバル監督)
 現在活動中の映画監督でいちばんすぐれているのはアルモドバルでしょうか。『母の総て』でもいいのだけれども、最近の映画として『ボルベール』をあげておきましょう。

10. 『イヴの総て』(ジョゼフ・マンキーウィッツ監督)
 アルモドバルの『母の総て』は女優を演じた女優にオマージュをささげていました。ベティ・デイヴィスの『イヴの総て』、ジュディ・ガーランドの『スター誕生』、ジーナ・ロウランズの『オープニング・ナイト』など、このカテゴリーには好きな映画がたくさんあります。
 ベティ・デイヴィスなら『ジェインに何が起こったか』も好きです。ついでに狂女ものとして、ロバート・オルトマンの『イメージズ』というのもあげておきましょう。オルトマンは別に大した映画監督じゃなかったが、『イメージズ』はミロシュ・フォルマンの『マン・オン・ザ・ムーン』みたいなものか。当たり外れが激しいひとのクリーンヒットということで。

 番外として、一本選ぶというとわからないロベール・ブレッソン、今の合衆国のコメディ映画をしっかりやっているファレリー兄弟をあげておきたい。兄弟といえば、ダルデンヌ兄弟が抜けている。『息子』と云っておきましょう。

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2008年8月3日日曜日

第四身分(つづき)

 書いているうちに収拾がつかなくなったので、前回の記事は消そうと思ったのですが、そうしませんでした。なぜかと云えば、まずそうしたことがないということ、それからこのブログは生き恥さらして書いているということがありますが、「ひとつの知識教養について、英米的教養とフランス的教養がちがうことを云っているときに、英米的教養を優先させる根拠はないだろう」という理由から消さないことにしました。日本人からすれば、英国の有名なカーライルのことばは典拠になりうるとしても、フランス人からしてみると、英国の著述家に勝手にアンシャンレジーム下に「第四身分」をつくってもらっても困るだろう、というよりも、そもそもカーライルさんがそんなとんでもないことを考えたとは聞いたこともないんじゃないか。
 と思いつつ、カーライルが『フランス革命』という文章のなかでこのことばをフランスの「第四身分」というありもしなかったものに用いた例を、英国人はこの用語の最初の典拠として本当に意識しているのかどうか、というのがどうしても気になったので、ネット上の辞書で調べてみましたよ。
 まず campwood.com というサイトでは、前回引用したバークのことばとされるものについて、「第四身分」に先立つ三つの身分は、上院を構成する「貴族(世俗の貴族 Lords Temporal」「聖職者(宗教的な貴族 Lords Spiritual)」、そして下院を構成する「平民(Commons)」だということが書いてあります。当然いくらフランス革命についての著書で知られているとは云っても、バークが言及しているのがフランスのことであるはずはなかったのだけれども、英国の三身分が何だったのかちゃんと書いてあると安心します(時代によってこの三身分の名前は変わったようです)。
 カーライルがバークを引用した例に先立つ用例については、OEDは「ふざけた用例」としているそうです。カーライルの『フランス革命』での引用がウィキペディアと少しちがっています。"A Fourth Estate, of Able Editors, springs up." 確かに butts よりも Editors の方がずっとわかりやすいです。オスカー・ワイルドがバークに言及している箇所も載っていますが、ここでもフランスびいきのワイルドがまったくフランスのことを語らずに他の三身分を英国のものとして語っています。
 語源の etymonline.com では、カーライルの用例以前は意味が一定していなかったということが云われています。Thefreelibrary.com にはカーライルと同時期のH・D・ソローの面白い用例が引かれています。「歩行」という文章からの用例ですが、「さまよえる騎士ではない、さまよえる歩行者は、教会、国家、人民の外にある第四身分のようなものだ」と云われています。
 Wikitionary はまた少しちがう説を紹介していて、もともとは三身分は「聖職者、貴族、平民」だったのだが、これが後に「王、上院、下院」という「立法に必要な三権力」と誤解されて、この Fourth Estate というふざけた表現が生まれ、それがプレスを意味するようになったのだと云っています。ウィキショナリーには1603年のモンテーニュの英訳というきわめて早い例が紹介されていますが、この場合は「弁護士やぺてん師の類」の意味のようです。
 インターネット上でちょっと調べただけですが、やはりカーライルの『フランス革命』のフランスの三身分を前提とした「第四身分」の用例は孤立した特殊な用例のようで、英国の歴史家はフランス旧体制下に四身分があったと考えているわけではないということがわかり、胸をなでおろしました。Able butts だと何のことを云っているのかよくわからなかったのだけれども、Able Editors ならば、このカーライルの用法は、フィールディングのように三身分に次ぐ平民の下のごろつきというもうひとつの身分を想定するということではなく、ふざけた用法であるということがはっきりわかります。もっとも butts と editors のどちらが正確な引用なのか、私にはわかりませんが。
 ということで、実はまったく「第四身分」という用語に関しては、英米的教養がフランス的教養に抵触することを云っているということはありませんでした。これはイギリスの話をしているのです。池田くんがフランスの「第四身分」なんて突拍子もないことを云うから、余計なことを調べてみなければならないのです。
 しかし日本語の「第四の権力」はバークやカーライルとはまったく関係のないフランス語の quatrième pouvoir の訳で、英語の Fourth Estate の訳ではないのではないかと私は思うのですが、この辺はなかなか調べるのが面倒です。日本の辞書にも単語の初出年とかこれは何語からの翻訳だとかいう情報を掲載してほしいなあと思わないわけにはいきません。

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2008年8月1日金曜日

第四身分って何だろう

 よくメディアのことを「第四の権力」なんて云いますが、この用語について池田信夫くんがこういう註をつけています。
 本書(註・上杉隆『ジャーナリズム崩壊』)でこれを「立法・行政・司法に次ぐ権力」としているのは、よくある誤り。これはフランス革命のときの第一身分(聖職者)、第二身分(貴族)、第三身分(平民)に次ぐ「第四身分」が、のちに新聞をさすようになったもの。
 「第四身分」って何? 不思議ですよね。他の三つには括弧書きがついているけれども、第四身分だけにはそれがなくて、しかもそれが「のちに新聞をさすようになったもの」なのだそうです。それではフランス革命当時にこの第四身分は何だったの? 書けないようなものなの? (「フランス革命のとき」という書き方も何だか変だけどね。「旧体制下」とか「旧制度下」とか云わないか? 好みによっては「アンシャンレジーム下」かもしれんが)
 池田くんはこの用語に英語のウィキペディアへのリンク(Fourth Estate)を貼っているので、見てましたよ。この Fourth Estate という用語は、『フランス革命に関する考察』(1790)で知られるアイルランド人の哲学者にして英国下院議員であったエドマンド・バーク(1729-1797)のことばから来ているのだそうです。フランス革命後に革命に批判的ではあったがよく事情に通じていたバークが下院のプレス席を見上げて、「向こうに第四身分が座っているが、彼らは他のみんなよりもずっと重要なのである」と云ったのだそうです。なあんだ、イギリスの話じゃないのよ。フランスの旧体制下に第四身分なるものがあったのかと一瞬ぎょっとしちゃいましたよ。池田くんのブログの註を見て、フランスにもとても口には出せない被差別部落のようなものがあったのかなんて思うひとがいたとしても、ぼかあ驚かないな。
 それでも池田くんの弁護をしておくと、ウィキペディアではここの部分は作家のジェフリー・アーチャーさんがバークのことばを引用している文章の引用で、急いで斜め読みするとフランスの話かとかんちがいしかねない書き方をしているかなとも思うのです。それにアイルランド人のエドマンド・バークさんは革命後には「フランスの下院議員」だったのかもしれないというようなかんちがいもありえますからね。何しろたかがブログですし。ねえ。
 それでもこの英語版ウィキペディアの記事のなかには「もうひとつの意味」という項目で、「この『第四身分』という用語がフランス旧体制下で認められていた三つの身分に対立するプロレタリアを意味することは少ない」ということが書いてあります。「少ない」ということは「ある」ということなんですか。何だろうこれ、「第三身分」はプロレタリアを含んでいなかったとでも云いたいの? どうも釈然としません。フランス語のウィキペディアで「第三身分」を見るとこう書いてあります。「定義上聖職についていないすべての平民、つまりフランス王国の圧倒的大多数が第三身分の構成員である。大ブルジョワから職人まで、労働者から農民まで、まったくもって多種多様の人民、政治的レベルではほぼ代表されていない人民を包括する。」 フランスではこれが普通の考え方でしょうが、海峡を越えると英語ではまたちがう考え方をするということでしょうか。この辺について私はあまり詳しくありません。
 このウィキペディアの記事は、バークを引き合いに出すカーライル(1795-1881)がこの用語の起源だと云っています(バークがこの用語を書き残したわけではないのでしょう)。カーライルはこのことばをプレスの意味で用いる数年前に、『フランス革命』のなかでこの用語を用いていて、そこでは当然他の三身分は聖職者、貴族、平民だったということです。このウィキペディアの記事を読んだかぎりでは、カーライルの用い方が何となく混乱しているのではないかという印象をもちます。フランス革命に関してカーライルはいかなる第四身分を見出したのでしょうか。カーライルが数年の間に用語の意味を変えることがあったとしても、それは驚くべきことではないでしょう。
 それでも、このウィキペディアの英語の「第四身分」についての記事では、『トム・ジョウンズ』で知られる作家ヘンリー・フィールディング(1707-1754)の1752年の用例として、王族、貴族、平民に次ぐ下層階級(the Mob)という「第四身分」の話をしているところが引用されています。ウィキペディア的には、バークのことばはフランスの旧体制下での身分のことか、あるいはフィールディングのことばを念頭に置いたものだろうということです。よくわからないのですけれども、英語でフランス旧体制の話にこの用語を使うことがあるとしたら、それはこのフィールディングの用例の影響ではないのかしら。フランス語には「第四身分」なんて云い方はないでしょう。
 それではフランス語で「第四の権力」(quatrième pouvoir)という表現はどこから来ているかと云えば、これはフランス語版のウィキペディアによると、歴史家アレクシ・ド・トクヴィル(1805-1859)の『旧体制と革命』ではなくて『アメリカの民主主義』(1833)の方から来ているのだそうです。アメリカにおける「中央権力」「地方権力」「周辺権力(ロビー)」「プレス」というこの四番目の権力ですね。まちがって立法、行政、司法に次ぐ四番目の権力とされることが多いと書いてあります。こちらの方は、英語版よりもずっと納得がいきます。英語の方は話がよくわからないから、私はこっちでいいや。書いてる途中でまちがって一度投稿してしまったのだが、書いているうちに収拾がつかなくなりました。「私はこっちでいい」というのを結論としておきましょう。たかがブログですから。ねえ。私のブログも崩壊してます。
 池田くん弁護は冗談ですけど、「第四身分」の後に括弧書きがないのはやっぱり困りますね。みんな身分には敏感なんですから。ちょっとパラノイア気味の私は「わざと?」なんて勘ぐっちゃう。

P.S. 研究者の新英和中辞典を見たら、Fourth Estate は「聖職者・貴族・平民の3階級に次ぐ新興の勢力という意味でやや軽蔑的な表現」とあります。カーライルの『フランス革命』の用例が根拠なのでしょうが、その"A Fourth Estate, of Able butts, springs up."というのが何のことを云っているのか、私にはこのウィキペディアの引用だけではよくわかりません。フランス革命に関する英国人の考え方などに耳を貸すに及ばないというつもりはないが、「第四の権力」という呼び方については英国人の考えが正しいと主張するつもりもない、とまあそういうことです。

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