2008年1月31日木曜日

ジュリエットの話

 数年前にサド侯爵の『ジュリエットの話』という小説の第一部を翻訳しました。発表する機会がないので、ブログ上に公表してみようと思います。六部構成のこの小説は、『新しきジュスティーヌ、美徳が呼ぶ不幸の数々、およびその姉ジュリエットの話』という小説の後半にあたります。これはプレイヤード叢書で二巻になる大部の小説です。後半の第一部だけでもかなりの分量になるので、これを小出しに投稿します。たとえ小説全体の十分の一程度でしかないとしても、ここではさまざまなテーマが実に知的なしかたで扱われているので、これを読むことによって、おそらく世界でいちばん頭のよかった小説家サドの哲学のエッセンスが理解できるでしょう。サドの小説は省略してはならないので、見落としがないかぎりはノーカットで、できるだけ原文に忠実に訳したと自分では思っています。

 ただの翻訳であり、画像などは一切ありませんが、十八歳以下の方の閲覧はお断りします。私は警告の画面を最初に出しています。それはこの小説が猥褻だからという理由ではなく、ものの考え方がしっかりしていないひとには悪影響を及ぼす恐れがあるからです。
 この警告の根拠を説明するために、サドが牢獄から妻に宛てた手紙の一節を引用します。サドは自分の手紙が送られる前に開封されて読まれることを知っているので、しばしばその文章は牢獄の管理人らを読者として想定しています。読書狂のサドは大量の本を妻に送らせていましたが、当時の禁書であったジャンジャック・ルソーの『告白録』はとりおさえられました。その対照的な思想にもかかわらず、サドがルソーを敬愛していたことはところどころで知られます。

 「ジャンジャックの『告白録』を私にわたさなかったのはさらに素晴らしいことで、ルクレチウスとヴォルテールの対話篇を送ってきてくださった後では特にそういえます。これは管理人の方々のすぐれた鑑識眼、深遠な判断力を証明するものです。ああ、理神論者が私にとって悪書たりうるとお考えとは、何と名誉なことでしょう。そのレベルでいられたら何とよかったことか。管理人のみなさまの治療法はあまりうまくありませんね! 何かを良くしたり悪くしたりするのは、ひとがどの地点にいるかということで、その事物そのものではないということを学んでください。ロシアの百姓の高熱は砒素で治します。それでもこの薬はかわいい娘の胃には向かないでしょう。これがすべては相対的だということの証明です。ここから考えて、あなた方のような愚鈍な信心家にとってルソーは危険な作家でありうるけれども、私にとってはすぐれた書物になるということを理解する良識をおもちになって、頼んだ本を届けてください。ジャンジャックは私にとって、あなた方にとっての『イエスキリストの模倣』のようなものです。ルソーの道徳と宗教は私には厳しいもので、自らを教化したいときに私はこれを読むのです。もしあなた方が私に今よりもよい人間になってほしくないとおっしゃるのでしたら、それはまたいいことですね! 私にとって善とは苦痛と困惑の状態で、泥沼のなかにとどまること以上のことを私は望みません。ここで十分楽しいですから。」

 ルクレチウスは無神論の原点とも呼ばれる長詩『物性について』を書いたローマの詩人、『イエスキリストの模倣』は聖書に次ぐ世界第二位のベストセラーとして知られたキリスト教道徳の本です。
 この有名な手紙は五十歳になって初めて本を出すことになるサドが代表作の小説群を書きはじめる前のものです。『アリーヌとヴァルクール』というサド自身が自信をもっていた哲学的小説はここでいう「かわいい娘」向けの書物で、ジュスティーヌとジュリエットの猥褻な物語は「ロシアの百姓」向けのものだと云えるでしょう。ですから心の清い方はジュスティーヌとジュリエットの物語をお読みにならないでください。これは堕落したひとが自分を教化するために読むものです。サドが純真な人間よりも感受性が鈍ったがさつな人間の方を好んだと信じるのは勝手ですが、私はそうは思いません。「ロシアの百姓」(たとえです)よりは「かわいい娘」の方が好きだったでしょう。サド自身が認知を拒んだ、匿名で発表したジュスティーヌとジュリエットではなく、Sというイニシアルで署名した『アリーヌとヴァルクール』がサドの代表作であり、サドを語るためにはまずこの小説を読まなければならないのです。私が文学の砒素である『ジュリエットの話』の第一部を訳したのは、それが翻訳の仕事として非常に面白いものだからで、それをしなければならないと思ったからです。なぜそれをしなければならないと思ったのかは、翻訳そのものを読んで理解していただきたいと思います。まずは私の前の投稿「サドの計画」をお読みください。
 「ジュリエットの話」第一部、投稿第一回はこちらです。特に読みたくないひとは読まないでください。サドがこの小説を匿名で発表したのは、これがあらゆるひとに読まれるべき書物ではないことを理解していたからです。だから、たとえこの翻訳が気に入ったとしても、興味がありそうな友人などに勧めるのは大いに結構ですが、あまりよく知らないひとには勧めないでください。そういった種類の文章も存在するし、存在する権利があるのです。ともかくこの砒素はレースを編む老婦人向けのものではありません。


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2008年1月29日火曜日

可愛い言い訳

 私は漢字好きな子供だったもので、小学四年生の時に角川新字源を買ってもらいました。いまでもこれを使っています。漢字の音読みに呉音と漢音というものがあるのはぼんやりと知識としてはあったのですが、これをはっきりと意識しはじめたのはほんの数年前からのことです。こういった日本語に関する基本的な知識を高校あたりでちゃんと教えてほしいものだと思います。
 「自分が知っていることはみんな知っていると思うのはまちがいだ」という反省から、呉音と漢音の話をしようと思ったのですが、そう考えてみると、DQNネームを批判する前に自分から「思惑」「可愛い」「言い訳」と書くのをやめた方がいい、と云ってそれ以上何も説明しなかったことを思い出しました。そこでまずこのことについて書いてみたいと思います。
 「思惑」は湯桶読みだからいけないのか、といえばそういうわけではありません。これは「おそらく」「いわく」「老いらく」などと同じ系列の単語です。もしこの単語をふたつに切るとすれば「おもわ・く」になるはずです。おくりがなと助詞からなる「わく」はきちんとひらがなで書くべきです。岩波古語辞典によると、この「く」は「所」「事」を意味する「アク」から来ているのではないかということです。しかもこの「惑」は宛字としてもきわめてできの悪いもので、意味がまったく適切ではありません。それともこれからはたとえば「恐楽(おそらく)」とでも書きますか。
 「可愛い」はこれでは「かあいい」としか読めません。もしかしたらなかには「かあいい」が正しい発音だと信じ込んでいるひとすらいるのではないでしょうか。日本語は母音衝突を嫌う傾向があるので、例えば「ばあい」は頻繁に「ばわい」と発音されることがあり、この場合は「ばわい」の方が訛った発音だということができるでしょう。年配のひとのなかには「ばやい」と発音するひともいます。しかし「かわいい」はこのケースではありません。発音のヴァリエーションで云うと、「かわゆい」の方が由緒正しい発音なのです。この単語は「顔映ゆし」(かははゆし)という形容詞から来ています。もともとは「恥ずかしい」という意味でしたが、それが小さいもの、弱々しいものに対する憐みに変わってきました。だんだん赤面する対象が変わってきたのです。最後にはかわいい女の子を見て赤面するという実にかわいらしい感性が日本語に登場することになりました。フランス語で書かれた日本語の教科書には、ときにこの単語の意味が aimable (愛することができる)と記されています。宛字からことばの原義を推測しているのか、と恥ずかしくて赤面してしまいます。
 「言い訳」は森鷗外も怒ったという事例です。もっとも森鷗外はいろんなことに怒っていましたが。日本語では「理解する」ことを「わかる」と言いますが、ここにはものを細かく分けて理解するという発想が見られます。この「わけ」も同じものですから、もし漢字で書くとすれば「分け」と書くべきところでしょう。それではなぜ「訳」という漢字を使うのか。何とこれ単純なまちがいだったらしいのです。新明解国語辞典によれば、「「訣」(ケツ)に似ているところから流用された用字」とのことです。流用ですからね。似ていればいいということなら「腸」で「ひろし」でも全然OKだ。この漢字は「あめゆじゅとてちてけんじゃ」の「永訣の朝」の題名に使われていますね。「別れる」という意味です。日本語の漢字の訓読みの慣習のせいで、同じ語源をもつ語がちがう漢字を用いて書き分けられます。もし「わかれる」と「わける」が同じ語源であることが目でわかる書記法があったら日本語はどうなっていただろう、と夢想します。「起こる」と「怒る」も同じ単語なのでしょうね。

P.S. お断りしておきますと、私は日本語の表記から宛字の使用を排斥せよと主張しているわけではありません。すぐ思いつくところでは「仕事」の「仕」は宛字で、もし漢字を使わなければならないというのなら、この「し」という要素は「する」の意味で、「仕える」という意味ではないのだから、「為」の字を使うべきなのでしょうが、それでは何か奇をてらっているようです。しかしひらがなで書くと地に埋まってしまうので、しかたなく私も「仕事」と書くことにしています。「しかた」の方はよくひらがなで書きます。それはともかく、繰り返しになりますが、私の考えはむしろ、漢字の読み書きができないひとを無知だとばかにするよりも前に、自分が正しいと思っている漢字の使い方をまずは反省した方がいいということです。

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2008年1月23日水曜日

ソムリエとコンシエルジュのちがい

ワインの給仕と門番がちがうのはあたりまえじゃねえか、と考えるのはまったくもっともだが、そこを辛抱して新しい日本語の現象のなかにもひそむ意味論的な気づかいについて考えてみましょう。

さてグーグルでソムリエというカタカナことばを引いてみると、「野菜ソムリエ」、「温泉ソムリエ」、「タオルソムリエ」、「本ソムリエ」、「洗濯ソムリエ」、「自然ソムリエ」、「星ソムリエ」、「音ソムリエ」、「声ソムリエ」、「ホラーソムリエ」といろいろ出てきます。

コンシエルジュの方はどうでしょうか。「福祉コンシエルジュ」、「配達コンシエルジュ」、「病院コンシエルジュ」、「宝石コンシエルジュ」、「薬品コンシエルジュ」、「富士山コンシエルジュ」、「住宅コンシエルジュ」、「スペースコンシエルジュ」、「おにぎりコンシエルジュ」などがあります。ソムリエの方はまだ何とか役割を類推できるのかもしれないとはしても、コンシエルジュの方はあまりに軽々と単語の意味を超越しているために頭痛がしてきます。「富士山コンシエルジュ」というのは富士山のふもとに掘立小屋を建てて住んでる番人なんだろう、とは思うけど。「おにぎりコンシエルジュ」というのは「おむすびころころすってんてん」と歌う、地下の世界への入口をまもるネズミの別名ですかね。福祉はそれでもまだぎりぎりで事務所の窓口にいる姿を想像しろと言われれば想像してやってもいいが、宝石とか薬品は困るなあ。

さてこのふたつの日本語の新語を比較してみると、次のようなことに気づきます。コンシエルジュはおおまかにいってソムリエよりも公共の職業分野に用いられる傾向がみられるということです。ソムリエは個人の趣味嗜好にかかわるものを専門としているといえるでしょう。

そしてもうひとつ気づかれることは、ソムリエが、実際には雇われていることがあるとはしても、どことなく自由業のような外見、あるいは道楽のような外見をまとっているということです。それに対してコンシエルジュは企業や公共団体に属した職員であることが多いようです。

ソムリエは「専門家」、あるいは「評論家」のようなもので、「コンシエルジュ」は専門の知識をもった「係」ということになるでしょう。もちろんフランス語の sommelier という単語にも concierge という単語にも、「専門家」、「係」の意味はないということは言うまでもありません。フランス語だから類義語になるといういいかげんさがものすごいのなんのって。ここで私は日本語の変な新語の意味の話をしているので、くれぐれもフランス語の話だとはかんちがいしないように。まったくいい加減に意味を無視して使っているからっぽな偽外来語でも、日本語のなかでは意味の差異が形成されるという、そういう話をしているのです。

それにしても、どうして野菜スペシャリストとか野菜評論家ではだめなんでしょうね。まあ、私にはわかりませんや。

P.S. 私が前に書いた「コンシエルジュとはなあ」という記事をまだ読んでいないひとは参照してください。

次の記事 ソムリエとコンシエルジュについて私が知りたいこと

2008年1月20日日曜日

サドの計画

『愛という名の罪』という短編集の序文「小説に関する考え」のなかで、サドはこう言います。

「私の書き方は強烈すぎる、とひとは言う。私が悪徳に与える特質は醜すぎる。その理由を知りたいだろうか。私は悪徳を愛させたくないのだ。女性をたぶらかす登場人物を女性に愛させようという、クレビヨンやドラのような危険な計画を私はもっていない。反対に、女性にこういう人物を憎んでほしいのである。こうすることだけで、女性はだまされなくてすむようになるのだ。そして、そうするために、悪徳の道を歩む登場人物を非常に恐ろしいもの、絶対にあわれみも愛も感じさせないものにしたのである。この点において、こういった人物を美化することが許されていると信じる人々よりも私の方が道徳的であると私には自負できる。(…)絶対に、そう、繰り返して言うが、絶対に、私は地獄のような色彩においてしか罪を描くつもりはない。ひとに罪を剥き出しの姿で見てほしい。罪を恐れ、憎んでほしいのだ。そうするためには、罪を特徴づけるあらゆるおぞましさを見せる以外の方法を私は知らない。」

クレビヨンとドラは十八世紀の有名な作家です。サドはまた自分の戯曲の登場人物について妻への手紙にこうも書きました。

「これは悪徳に満ちた女で、私がこの女を罰したとしても、まちがいなく私の戯曲は憎むべきものだというのだろうか。しかし、もしこの女が罰せられないままでいたとして、だれがこんな女の真似をしようと思うだろうか。つまり、これが芸術なのである。芸術とは劇のなかで悪徳を罰することにあるのではなく、だれも真似をしたいと思わないようにして悪徳を描くということなのだ。このようにすれば、もう悪徳を罰する必要はない。判決はすべての観客の心のなかで静かに宣告されるのだ。」

サドはまた傑作小説『アリーヌとヴァルクール』のなかでこうも言います。

「ああ、いかに悪徳が目につこうとも、それは悪徳の信奉者にとってしか恐れるべきものではなく、たとえ悪徳が勝ち誇ろうと、美徳の側からすると悪徳はその分おぞましいものでしかない。悪徳の色合いを和らげることほど危険なことはない。クレビヨンのように悪徳を描くことは悪徳を愛させることで、その結果あらゆるまじめな人間がものを書くことによって成し遂げたいと思う道徳的な目的を達成できないことになる。」

よってサドは匿名で発表したポルノ小説をそれまでのひとが用いたことがなかったような露骨な言語で書きました。残念ながら日本語訳はその色合いを和らげていて、サドにとって最も重要であっただろう、悪徳を憎ませる新しい言語の創出の計画をまったくないがしろにしたものだと言わざるをえません。サドはそれを「危険なこと」とまで言っているのです。サドは正しいと言わなければならないでしょう。

『アリーヌとヴァルクール』は長大なものですが、サドは序文や註で「全部読んでから判断せよ、ここを飛ばして読んではならない」と繰り返し読者の注意を喚起しています。サドを抄訳したひとはこういったサドの本質をまったく理解していませんでした。サドはおそらく文学史上最も頭のいい作家でしたが、自分が眼病を患っても読書をやめられないような人間であるがゆえに、読者は必ずしも自分のように全部まじめに読むわけではないということにだけは想像力を働かせられなかったのです。これがサドの悲劇でした。ブランショは「サドをすべて読まなかったものは何も読んでいない」と言いましたが、このことばを文字通りに理解しなければなりません。(もっともブランショが本当にサドのことをよく理解していたのかどうかに関しては、かなり心許ないと云わなければなりません。) サドの抄訳はサドの翻訳ではないのです。

サドが文学史上最も軽蔑され差別された作家であるがゆえに、多くのひとがサドを自分の好きなように料理することが可能な作家だと思い、サドが書いていたことを読もうとしません。サドを一度もまじめに読んだことがないサド信奉者は私のことをこう非難するでしょう。「お前はサドをつまらない作家にしようとしている。」 しかしサドをつまらない作家にしたのは二百年のあいだ彼の書いたことをまじめに読もうともしなかった自称信奉者の方なのです。サドは決して啓蒙の世紀の終わりに降ってきた隕石ではありません。むしろ啓蒙の世紀に結論をつけるフランス哲学文学の最高峰なのです。進歩史観にとりつかれている人間は、サドがシュルレアリスムのさきがけであってほしいと思います。しかし実際にはサドを歴史的な文脈のなかにしっかりと位置づけるべきなのです。人間の理性をきわめたサド以降、人間の理性は後戻りをはじめたのです。

サドは先入見を心の底から憎んだ作家でした。それなのにサドに対する先入見に心の底まで染まった人間がサドの理解者を自認し、サドが言ってもいないことを流布させたのです。何という歴史の皮肉でしょうか。

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2008年1月18日金曜日

ジミー・ウェッブをウェブで検索!

いったいどういうわけで、ひとは web という単語を「ウェブ」と転写するようになったのか、寡聞にして私は知らないが、この不自由なカタカナ表記のせいで、今や尻上がりの「ウェ」というきわめて気持ち悪い発音を頻繁に耳にするようになった。もともとふたつの子音に挟まれた一音節で、D、T、K(C)、G、P で終わる英単語は「ベッド」「バッグ」(註)「エッグ」「キャップ」「ヒット」のように促音記号を間に挟めて書かれる。BとVに関してはそうではないような気もするが、作曲家のジミー・ウェッブは昔からウェッブさんだ。Bが同じ調音点をもつPの仲間だとすれば、小さなツを入れた方がいいのかもしれないが、気分上はVの仲間だとすればそうではないのかもしれない。

この問題のありかはなかなか一概には言えない。BやVで終わる単語のカタカナ表記には「クラブ」や「スラヴ」があるが、この場合はもとの語の頭にふたつ子音がつづいているので、日本語の発音のしかたとしては別問題になるだろう。スノッブと書くひともスノブと書くひともいる。

Bで終わる英単語をカタカナでどう転写するのが望ましいのかという問題は別として、問題は「ウェブ」ということばがどのように読まれることになるかをひとが予期していなかったということであろう。もしかしたらアルファベットが web と三文字なのにカタカナが「ウェッブ」と四文字で原語よりも多くなるのがいやだ、とか妙なこだわりがあったのでしょうか。それならいっそのこと「ヱブ」にしてくたら「ばかばかしいんだから相手にしなくていいよ」という感じがしてよかったのかもしれない。

小中高の教育において、日本語教育がみじめなほどにないがしろにされ、人々が日本語において特に撥音、促音、長音がどのような音声的な価値をもつものであるのかを理解していないのは、ひとえに為政者のなした悪ではあるが、それにしてもカタカナ表記を試みるものがこういった日本語特有の生理に対して無自覚であるのは嘆かわしいと云わざるをえない。たぶん「ウェッブ」というカタカナの促音記号が邪魔くさいと思ってこれを省いたひとは、人々が「ウェブ」と高くはじめて低く終える発音をすることを望んだのだろうが、その場合はちゃんと「ウェブ(ウェは高くブは低い)」と註記してくれなければならないだろう。こういうカッコ書きが邪魔くさいなら、おとなしく先人にならって小さいツをつけておけばよかったのである。もちろん「私はこの単語を尻上がりにウェとみんなに読んでほしかった」というのなら話は別ですよ。意味わかんないけど。

「ブ」や「ヴ」で終わるこのような単語は他になかなか見つからないし、それだからこそ気になるのだが、「ラヴ」やドアの「ノブ」、テニスの「ロブ」は尻上がりに発音されない。ギターを弾かないひとは「ター」、ギタリストは「ギター」と発音する傾向があるそうだが、テニスマンは「ロ」と尻上がりに発音するのでしょうか。大工は「そこのノとって」というのかな。「ウェブ」も「慣れた」から尻上がりになっているのだろうが、何にしてもこの場合はジミー・ウェッブさんが先にいたのだから、それに従っておけばよかった、という主張は揺るがない。そのうち日本語学の研究が進んで、こういったことが簡単に説明できるようになるような時代が来るでしょう。

でも、英語の発音は同じでも web はBがひとつだから「ウェブ」でジミー・ウェッブ Webb はBがふたつだから「ウェッブ」だ、と主張するのなら、こういう理屈は私は評価しますよ。実際最初に Webb を「ウェッブ」と書いたひとの理由はそんなものだったのかもしれない。

バッグやベッドがときどきまちがってバック、ベットと書かれるように、日本語にはもともと促音プラス濁音という要素をもつ語はきわめて少ない。特にバ行の場合は対応するパ行が日本語にあまりないから、この「ウェブ」の問題は特別なのだと思う。「ウェッブ」が「ウェップ」、「スノッブ」が「スノップ」とまちがわれる可能性はない。特に日本語のP音はきわめて頻繁に促音か撥音の後に現れる。これが何か影響しているのだろう。

カタカナは日本人向けのものでしかないのだから、日本人がどう読むのかということを考えなければならない。前にも例にあげたが、フランスの政治家のバイルー(Bayrou)に関しても、もし「バイル」と書いてあったら、日本人は「ファイル」のように高くはじめて低く終えるのだから、原語では「ル」に母音がついていないかのように感じられる。こういうカタカナ表記をしたひとが心の中で「尻上がりに(平坦に)読んで!」といくら強く祈ったってそんな秘めた思いはまったく届かないのである。「バイル(バは低くイルは高い)」と断ると、書く方も読む方も面倒臭いし、しかも了解がむずかしいが、長音符号をつけるとあら不思議、多くのひとが「バイルー」とだれにも言われなくても尻上がりに読むのである。

昔の日本人が数千人がかりで知識を積み重ねてつくりあげたカタカナ表記の方法を「今の日本は国際的」というたわごとを素直に信じてしまったひとりよがりな一部の人間が、「昔の日本人が知らなかった新しい(と私が思う)外国語に関する知識」で勝手に突き崩そうとしているわけだから、不都合が出てくるのは当然である。「あら不思議」なんて云ったが、こんな魔法瓶のような不思議さは素直に今までどおりのカタカナ表記をしていればいくらでも味わえるものなのである。こういう変なひとたちは、私は昔のひとよりも外国語ができるぞ!と自慢したいのかもしれないが、しかもその昔のひとが自分のうちの父ちゃんと母ちゃんだったりするんじゃないかという気がするが、全部まじめに勉強しろとは言わない、日本語のなかでもせいぜい仮名の発音を勉強しなおした後で、顔洗って出直してらっしゃい。漢字の読み方はその後だよ。

しかしこう書いている間にも、同じ単語がそれが輸入された時期によって「ストライキ」にも「ストライク」にもなるという日本語の不思議さについて考えないわけにはいかない。「インキ」と「インク」は意味が変わらないが、「ストライキ」のように日本語ではカタカナの書き方によって意味もちがう例はむしろ珍しいだろう。昔は「デキシーランドジャズ」だっただろうが、実際にそう書くかどうかは別として、「ディキシー」あるいは「デクシー(?)」、それから「ディクシー」という風に、少なくとも気分は変わってきたのではないだろうか。私は「エキゾチック」とは書かないで、「エグゾティック」と書きます。こういうのについても、「これはいやだなあ、エキゾチックでいいじゃない、日本語なんだから」と思うひともいるだろうと想像されます。私は「ロマンチック」を「ロマンチック」と書くのだから、この辺気分ですな。個人的には「エキゾチック」のなかの「チ」はいいけど「キ」がいやなのだ。みなそれぞれに変なこだわりがあるものです。

しかしこれ、カタカナ表記の話だけではなく、日本では大昔からのことだったのではないかしら。人間には二種類あって、それは「自分の知っていることはみんな知っていると思っているひと」と、それよりもずっと数が少ないだろう「自分の知っていることは自分だけが知っていると思っているひと」である。私は前者なので、「こんなことみんなもう知ってるんだろうなあ」と思いつつ、説明不足に対する反省をこめて、ちゃんと知識をわけあいましょう、と考えて書いてみる。何のことはない、と思うひとには何のことはない、漢字の呉音と漢音の話です。(つづく)

(註) 「バッグ」が bag で「バグ」が bug の転写であるのは、日本語で区別するために必要なことかもしれない。英語のもとの発音には何の関係もないことである。

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2008年1月12日土曜日

信濃なる伝家の宝刀、自己検閲

 題名は冗談ですから、信濃のひと、怒らないでください。
 全国水平社からの一定の評価を得た島崎藤村の処女小説『破戒』は、初版より三十数 年の後、十数年の絶版の期間の後に、藤村自身による改訂を経て、1939(昭和14)年に再刊されることになります。ここで藤村は物議を醸 していた小説をどのようにして修正したのでしょうか。ほぼ七十年前のこの改訂の作業が、現在愚かものたちがしていることとほぼ同じものであることに私たちは驚かされるこ とになります(註)。
 『破戒』の初版本を読んでいると、「不必要なまでに『穢多』ということばが頻繁に用いられているのではないか」という印象 をもちます。藤村は改訂版でこの語と明治以来の呼称「新平民」を「部落」「部落のもの」に書き換えます。「そういう生れのもの」「不思議な星の下に生れた 人の子」などとも書き換えられています。「穢多」という語源がはっきりしない語の漢字は差別意識が強かった僧侶による宛字だとされているので、わざわざ漢字で書く必要はないで しょうが、1922(大正11)年の水平社宣言では「吾々がヱタである事を誇り得る時が来たのだ」と云われていることを考えると、これをかなに書き直すと いう選択肢もあったのではないかと思われます。
 藤村はまた「問題箇所」を削除してもいます。なかにはさすがに問題があると思われるところもあ り、そういった箇所の削除に関しては藤村の改訂を理解すべきでしょう。たとえば初版本では「屠手」についてこういう表現がありました。これが地の文である からこそ、藤村はここで差別意識を見せていると言われても反論のしようのないところです。「ことに卑賤(いや)しい手合と見えて、特色のある皮膚の色が明 白と目につく。(…) 中には下層の新平民に克くある愚鈍な目付を為ながら」 もしこういった箇所が自らの差別意識を露呈した個所だと藤村が判断したのだとしたら、ここは当然削除 すべきところだと言えるでしょう。後半は「中にはけげんな顔を為ながら」と書き換えられています。
 しかし主人公丑松の敵対者である人物の町会議 員が差別意識を見せる個所を削除すべきなのかどうか。たとえばこの議員が丑松の噂話をして「指を四本」見せるという箇所があります。しかしこれが改訂版で は「親指」に変わっています。こういった下品な噂話のなかから「穢多は『よつあし』という」というこの議員の口からの表現を削除することは、かえって差別の隠蔽だ と非難されて当然でしょう。この登場人物の愚劣さを証明するところがカットされたことになるからです。
 特に問題になると思われる書き換えが二箇 所あります。ひとつは丑松の尊敬する被差別部落出身の思想家猪子蓮太郎の著作に関することです。その書物『懺悔録』は「我は穢多なり」と書き起こしてあっ たと初版にはあるのに、改訂版ではこの巻頭を飾る態度表明がカットされているのです。この改悪は先ほど引いた水平社宣言のまったく逆をゆくものです。百歩 後退と云われてもしようのないことでしょう。ここには自らのうちにあるのかもしれない差別意識を反省するというよりも、いささか見当ちがいなしかたで糾弾 からの護身をはかる藤村の姿がみえます。
 さらにこれはどうでしょうか。もうひとつの「これはないだろう」という改悪は、教員の丑松が自分の身分 を隠していたことを生徒の前で打ち明けるクライマックスの場面にあります。この箇所こそ良識派を完全に突き放すような、その理解しがたさにおいて文学の真 骨頂と考えられるべき場面です。初版では、ここで丑松はあろうことか「私は穢多です、調里です、不浄な人間です」と云ってしまうのである。ここにこそ社会 参加ではない文学、いささかも社会の不正義の告発などではない文学の「悪」が気持ちの悪い顔を出していると言えるのです。しかしこの告白を1939年の藤 村は「私は皆さんを欺いていたのです」に書き換えるのです。確かに差別用語はなくなりました。しかしこれでいいのでしょうか。
 ゾラのようなフラ ンス自然主義文学の社会意識を共有したものであるかのように云われもした『破戒』ですが、この猪子蓮太郎の書物の題名『懺悔録』が韻を踏んでいるように、この小説は実 際にはルソーのように書き手の内面を告白したものの性格が強いと考えられるでしょう。抑圧された被差別部落出身の教師瀬川丑松は、『破戒』がそうしたてあげられた社会派小説の主人公である以前に、鬱屈した内面を抱えた青年藤村の分身なのです。こう考えたとき、この「私は皆さんを欺いていたのです」という書き換え はあたかも藤村の意識しないやましさを暴いているかのようにみえないでしょうか。
 さて、1954(昭和29)年、水平社の解放運動を受け継いだ部落解放全国委員会はこの改訂をこう批判しています。

  「昭和14年に藤村が一部の改訂を行ったのは、当面、改訂によって『差別』を抹殺しようとしたからにほかならない。(中略) しかし部落に対する呼称をど のように変えようとも、それでもって差別が消え去るものではない。藤村はその改訂によって、自己を欺瞞し同時に部落民を瞞着しようとしたといえるのであ る」

 特に「自己を欺瞞」という指摘が適確です。善意を見せようとして、自らがその罠にはまってしまったのです。
 もしかしたら部落解放運動にたずさわる人々はことば尻をとらえてゆすりたかりを働くような怖いひとだと本気で思いこんでいるひともなかにはいるのかもしれませんが、そこには悪意のある風説によってもたらされたものがかなりあると考えなければなりません。
  前に読んだ森達也というひとの『放送禁止歌』という本は、あまりいい本ではありませんが、そのなかに、森達也に対して「きみたちはあの時代の糾弾の恐ろし さを知らない」というテレビ局のひとが出てきます。でも結局これは糾弾されても「ああ、怖かった」で終わってしまった、まったく反省のないひとの意見ではないのだろ うか。糾弾されたその場では部落解放運動家に問題を理解させられて、泣きながら非を悔いたが、そこから出るともうそれを主体的に忘れてしまって、むりやり 自分の非を認めさせられたことが悔しくなってしまったのではないのか。もしそうだとしたら、いったいどうして世の中でことばを公表するひとは、こういった 愚劣のきわみの、差別の反省もろくにできない人間の言うことを聞いて「差別用語」をカットしなければならないのか。部落解放運動家のなかにも、実際にこと ば尻をとらえるようなひともいるのかもしれないが、それは部落解放運動だけの問題ではなく、どんな運動、どんなグループのなかにも必ずその運動の趣旨をよ く理解していない愚かものはいるのである。そういうひとにはちゃんとそう言って反論すればいい。それが人間と人間の間のコミュニケーションなのである。
  なぜ『放送禁止歌』がいい本ではないかといえば、まずこの森達也というひとが岡林信康の「手紙」を電波に乗せたいというすけべ心が何よりも強いものとしてつく られた本だということがまずひとつある。でもこの曲は1980年にNHK-FMの「サウンド・ストリート」で森永博志がかけている。私はエアチェックもし たので本当である。ほかにこの本について特に気になるのは、こ の森達也というひとがあまり音楽が好きではないということ。音楽が好きじゃないひとがこういう歌に関する本を書くのは何だかいや。それでも確かにこれは素 人が自分で頭をひねって素人考えを書いている、という例なので、前言は翻さずその点は好感がもてると言っておこう。でも「『びっこ』という言葉はよほど詩 情をそそるのか」という無意識なんだかどうなんだかよくわからない「不適切な表現」が見られるのも気になる。特に高田渡とのインタヴューのくだりは「嘘」 だと私は踏んでいる。ちがったらごめんなさい。
 岩波文庫が『破戒』の改訂版を再出版した、というのもなかなか「らしい」ことで、どういったことが解説で書かれているのか確認してみなければなりませんね。
  結論を言いますと、今の日本のメディアやマスコミは、この藤村の護身行為の態度をそのまま受け継いでいるのではないかということなのです。重要なのは差別 の被害者である人間のことではなく、自分に害が及ばないということなのだ。もしメディアが本当に部落差別に反対なら、当然メディアが率先して部落差別主義 者であるらしい麻生太郎を糾弾しているだろう。しかし何だかまるでこんなひとに首相になってほしいみたいだったね。私はジャーナリズムというのは民衆を啓 蒙し、啓発の先導をするものだと素直に信じているのだが、日本のメディアは自ら先んじて民衆を迷妄に導いているような気がします。ところで「コンシエル ジュ」というのももとは漫画らしいのだが、漫画で情報をえるとはさすがに麻生太郎が首相になりかねない国だなあ、と思うよ。私は別に反漫画派ではありませ んが。
 さあ、sexy geek は HotForWords のマリナちゃんに投票しましょう。

註  「愚かものたち」も「たち」がいらないのでいやだが、「驚かされる」もいやだ。これは中学英語教育で、英語の受動表現を生徒に理解させるために be surprised の訳語としてあてられた「驚かされる」の記憶なのだろうか。英語教育者のアイディアとしては、受動態がどういうものかを日本語にうまく移したまことに結構 なものだが、日本語としては不自然なのだから、何もいいおとなが使うべき表現ではないだろう。「驚く」でまったく十分だろう。「驚かされる」はこれから中 高生限定ということで、よろしくお願いします。

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2008年1月9日水曜日

コンシエルジュとはなあ

 (くだらない話なのでおまけブログの方に書いたのだが、書いてみたら思っていたよりも面白くなったような気がしたので転載してみました。最近は専門外のことをこのブログに書いているのだが、専門に近いことを書くと何だか面白いような気がする。
  ところで、南京大虐殺に関して「素人が素人考えをブログにさらすな」というような意見を読んだのですが、ブログってそんなに真剣なものなんですかね。素人 が素人なりに頭をひねって書いたことを発表できるのがブロゴスフィアの面白いところだと思うのですが。むしろそういうのの方が好感がもてる。攻撃されてい る本人が最初から南京虐殺はあったと思うといっているらしいのだから、そんなめくじら立てるようなものなのかと思うんだけど。何だか、非暴力主義だが、目 障りな中核派は殺す革マル派、なんて思い出してしまったよ。大筋において同じ利害を目指しているのなら、外から見れば内輪もめにしかみえないようなことを するよりも共闘した方がいいと思うんですけど。というか、敵をまちがえてるんじゃないの。それとも私の方がわかってないんでしょうかね。読むこっちだって そんな議論、パソコンの画面上で細かくまじめに読んでないんですから。まじめに読んでもいないのに何か云うな!とか怒らないでね。ラヴ&ピース。 私は素人考え書きつづけますよ。)

 「野菜ソムリエ」なんてことばを聞くと、それ、何か、うれしいんですか、と思うのだが、「コンシエル ジュ」というのにも首をひねりますね。ホテル業界で使われているこのことばが、病院にも導入されるというニュースを見ました。こんなことばが日本語で使わ れていたとは、つゆぞ知らなんだよ。
 フランス語で何だかうれしい、というおばかなひとは、まあ、おいておくとして、この単語のニュアンス、いいんですか。
  そもそも私はホテルの受付のひとがコンシエルジュと呼ばれるとは思っていませんでした。というか、そういわれるとそうなんだろうけど、何だか聞いたことが ない。コンシエルジュったらレジデンスの一階に住んでる老夫婦とかおばちゃんとかそんなのでしょ、というイメージがあった。でも辞書を引くとちゃんと concierge d'hôtel 「ホテルのコンシエルジュ」とあるので、まちがってはいないのだろう。きっと職業名としてはそうなのかもしれないが、どうも実際には公共の施設の受付のひ とのことをこう呼ぶのを耳にしない。
 どうして耳にしないかといえば、どうもこの単語のイメージが悪いからだ。辞書を引くと、こういう軽蔑的な意味が出てきます。
 「おしゃべりなつまらない人間」
 「デリカシーも教育もない人間」
 まあ、日本ではこういうひとを養成したいのかもしれません。
 類義語を見てみましょうね。
 Portier 「ポルチエ」 ― 公私の建造物の出入りを管理するひと。必ずしもその建物に住んでいるとはかぎらず、しばしば多数にのぼる訪問客の案内だけをする。
 Gardien 「ガルディアン」 ― 管理が必要とされる公共の建物、あるいはひとが住んでいない個人の家の安全を管理するひと。
 Concierge 「コンシエルジュ」 ― 普通は住み込みで建物を管理していて、市民の住宅においては、ときにいくつかのサーヴィスを提供するひと。
 「いくつかのサーヴィス」というのはごみの入ったコンテナを外に出すとか、ホールや階段を掃除するとか、そんなことでしょう。
  実際ホテルの受付のひとを何と呼ぶのかな、と考えてみると、ひとではなくて「受付」そのものを意味する accueil 「アクイユ(あえてカタカナで書くとこんな感じですか)」とか réception 「レセプシオン」という単語が使われることが多いでしょう。強いて云えば新語(1960年代以後に登場)の réceptionniste 「レセプシオニスト」がひとをさす名称としてふさわしいのではないでしょうか。これたぶん、「コンシエルジュ」の言い換え語じゃないのかな。自分の仕事の 話をしたときに、ひとに「つまりコンシエルジュなんだね」と云われると、苦笑しながら「いや、コンシエルジュじゃない。レセプシオニストだ」と答えたひと のことを記憶しています。かなりこのコンシエルジュということばのイメージは悪いと思いますよ。(わたしゃ別に、カタカナ語は日本語なのだから、「レセプ ション」「レセプショニスト」でいいだろう、と思うのだが、フランス語ではそうではないだろう、という無用な突込みを心のなかで入れるひとのために「シ オ」としておきました。)
 と考えてちょっぴり探してみたら、就職情報のページで面白い例が見つかりました。
 Le Réceptionniste est chargé d'accueillir le client, de l'informer sur les services de l'hôtel et de les lui vendre. Dans les hôtels modernes, où le personnel du hall a tendance à se réduire (pas de concierge en particulier), il doit de plus en plus répondre aux demandes d'activités extérieures à l'hôtel : spectacles, transports, questions sur la région,...
 「レセプシオニストの役割は顧客の接待、およびホテルの提供するサーヴィスに関する情報を与え、サーヴィスを販売すること です。近代的なホテルでは、ホール内のスタッフ数は減少する傾向を見せ(特にコンシエルジュはもういないといえます)、レセプシオニストはホテルの外部で の活動に関する要求にますます頻繁に対応しなければならなくなっています。それは興行、交通、地域に関する質問などです。」
 私は何となくコンシ エルジュがいるホテルというのは田舎の小さな旅館みたいなところではないのかと思っていたのですが、こういった直感は的外れなものではなかったようです。 その建物に住んでいる、というのがコンシエルジュの大きな特質なのです。もし近代的なホテルにコンシエルジュがいたとしたら、それはまかないつきで狭い部 屋に住んでいるさえないやつで、華やかに働いているのはレセプシオニストというイメージになるでしょう。実際にはここに書いてあるように近代的なホテルの コンシエルジュはほとんど消滅していて、夜にホテルの受付で働いているひとは、ホテルの外に住居があるので、むしろ「ガルディアン」のようです。「コンシ エルジュ・レセプシオニスト」と併記した表示も求人広告でよく見かけます。「コンシエルジュだけでは何となくさえない」という意識があるのでしょう。
  そもそも日本における接客を問題にするときに、「これ、フランス語でどういうの?」とフランス語が不自由なひとがどうして考えなければならないのかがわか らない。これがわからない私がばかなのか。こういうのの担当者は、だれかひとからそういう単語を聞いたらそれで決定ということにするのかしら。自分で辞書 くらい引かないのかな。仏和辞典にだって「おしゃべりなひと」という意味や「門番女のようにおしゃべりだ」という例が載ってるよ。
 やっぱり最初に私はおいておいた「フランス語で何だかうれしい」おばかなひとこそがここで相手にされなければならないものなのでしょう。
 何だか寂しくなりますね。

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2008年1月8日火曜日

はかい

 この記事は島崎藤村の『破戒』の新潮文庫版の解説、北小路健「『破戒』と差別問題」を読んで書いているものです。だからもうこれを読んだひとにはきっと新しい発見はないでしょう。あしからず。
 さて、この文庫本の裏表紙には、「明治後期、部落出身の教員瀬川丑松は父親から身分を隠せと堅く戒められていたにもかかわらず、同じ宿命を持つ解放運動家、猪子蓮太郎の壮烈な死に心を動かされ、ついに父の戒めを破ってしまう。その結果偽善に満ちた社会は丑松を追放し、彼はテキサスをさして旅立つ。激しい正義感をもって社会問題に対処し、目ざめたものの内面的相剋を描いて近代日本文学の頂点をなす傑作である。」と書いてあります。私は今はじめてこの小説を読みましたが、だいたいここに書かれているようなイメージをもっていました。しかし実際にこの小説を読んだあとでは、こういう短評そのものが「偽善に満ちている」ような気がします。確かにこれは近代日本文学のひとつの頂点ではあろうが、藤村がこの小説で「激しい正義感をもって社会問題に対処し」たとはとうてい思えない。むしろこれを読んだひとがこれからはそのようにしようと決意するようにさせる、中途半端な反面教師のようなものだろう。これから読んでみよう、というひとのために、詳しくは述べません。
 アマゾンのサイトの紹介はこうだ。「新しい思想を持ち、新しい人間主義の教育によって、不合理な社会を変えて行こうとする被差別部落出身の小学校教師瀬川丑松は、ついに父の戒めを破って公衆 の前で自らの出自を告白する。周囲の因習と戦う丑松の烈しい苦悩を通して、藤村(1872-1943)は、四民平等は名目だけの明治文明に鋭く迫る。」 「四民平等」ということばをここで使うのが適切なのかどうかはよくわかりません。被差別部落の階級は士農工商の四民に属していなかったのだから、何となくおかしいような気もしますね。それにこの小説を読んだあとでは、瀬川丑松は決して新しい思想をもっていたとは云えないのではないか、と思わずにはいられません。たとえそれがその時代のなかでは新しいものだったとしても、近代的な平等思想とは程遠いものでしかなったといわなければならないでしょう。
 こういった評価は、どうもこの『破戒』という小説のもっている不純なものを美化しようとしているような気がするのです。この小説はそんな立派なものではない、そしてそんな立派なものではないからこそ真剣に対峙しなければならないのではないのかと思うのです。瀬川丑松というちゃんとした教育を受けた人間ですらも、自らが被差別部落の出身であることに対して課された偏見から最後まで逃れられない、ということがこの小説が提起する最も重要な問題だと言うべきでしょう。差別される側が常に目覚めているわけではまったくないのは、日本におけるフェミニズムの盛り上がらなさを見ても明らかです。
 私が読んだ新潮文庫版は1906年の初版に準じたものですが、最近の岩波文庫版は1939年の改訂版によるもののようです(追記 この情報はまちがいだったようです)。これはぜひとも入手して比較してみなければならないだろうと思うのですが、北小路健氏の記事にはかなり詳細なものと思われる比較対照が載っています。
 まず藤村が改訂版を出さなければならなかった時代背景を考えてみますと、1922年に水平社宣言が出されています。この年がちょうど『藤村全集』の第三巻として『破戒』が再刊された年です。ここに収録された『破戒』は初版本とほぼ相違のないもののようです。1929年の三度目の刊行に際しては、藤村は序文でこの小説のことを「最早過去の物語」と形容しています。このようなことばの背景には、糾弾運動の高まりと、物議を醸すかもしれないという藤村の不安、でもどうしても『破戒』を落とすわけにはゆかないという気持ちが現れていると考えられています。しかしこの後『破戒』は絶版の憂き目を見ることになります。
 ところが1931年の全国水平社大会では、次のようなことが決定されます。「吾々は(いわゆる差別語の代わりに)如何なる代名詞を使用されても、その動機や表現の仕方の上に於いて、侮辱の意志が ― 身分制的 ― 含まれているときは何等糾弾するのに躊躇しない。/ 然れども、その反対に『エタ』『新平民』『特殊部落民』等の言動を敢えてしてもそこに侮辱の意志の含まれていないときは絶対に糾弾すべきものではないしまた糾弾しない」 どうやらその反対のことを本気で信じているメディアや出版のひとがいまだにいるらしいのだが、こういったことは1931年の時点で既に決定されている。そこにはゆきすぎた糾弾に対する反省もあったと考えられているようです。
 そして1937年の大会では、「どんなに露骨な描写や表現があっても、取り扱い方の如何によっては寧ろ進歩的啓発の効果をあげ得る事が出来る」と述べて、その一例としてこの『破戒』が挙げられています。翌年の大会では「『破戒』の再版支持」が決議されているのですが、さらにその翌年に発表された改訂版で、愚かにも藤村は差別用語、これらの「露骨な描写や表現」を「社会的に言って適切とされる表現」に変えるという大幅な修正を施し、戦後には逆にこの「用語隠し」が非難されることになるのです。(つづく)

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2008年1月6日日曜日

島崎藤村と社会的適切性

 それにしても最近目にするリテラシーとかコンプライアンスとかおバカなことばは何とかなんないの。特にリテラシーなんて、もとは文盲と反対の「識字、読み書きの能力」を意味する教育分野の用語でしょう。それを日本語にする怠慢をひけらかすなんて自分の愚かさを自慢するようなものだ。自分がばかなのに、こういうひとが自分よりばかだと思うひとのことを「リテラシーがない」といっていい気になっているなんて、こういう人間のことはいったいどうしてやったらいいんだろう。ともかく恐ろしく後ろ向きなのだ。教育を満足に受けられなかった自分よりも不幸であるかもしれないひとと知識を分け合おうという少しばかりの志をも見せずに、「俺(もしくはあたし)、リテラシーということばを知ってるもんね」という、情けなくなるほどにくだらないことしか主張していない。cry そもそもこんなことばの意味を知っているという知識は、英語で話すとき以外は、実質的には何の役にも立つものではなく、そういった意味をもつことばを使ってする問題を「リテラシーのないひと」とわかりやすいしかたで話すことが重要なのである。暗い気持ちになりますね。
 日本語にすることの怠慢といえば、PC こと politically correct。これにはろくな訳語がありません。デーヴ・スペクターによれば「政治的に正しい」ということになるらしいのだが、「政治的」はないだろうねえ。アリストテレスは「人間は政治的な動物である」、といったわけだが、まあ、「社会的」でしょうね。PCな表現とは「社会的に適切とされる表現」のことで、これほどにも単純な日本語にする作業を怠るとはいったいどういうことなのだろう。
 日本人はPCがアメリカから来た運動だと思っているが、実はその起源は島崎藤村にあることが最近確認された。『破戒』の改訂版の話である。
 私は日本にいなかったので、どういう雰囲気だったかよく知らないのだが、一昨年はどうやら多くの日本人が本当に村上春樹ごときがノーベル文学賞をとると思っていたようだ。いくらノーベル文学賞なんてどうでもいいものだとしても、そこまで落ちちゃあなかんべえよ。そういった話を書いている朝日新聞の記事で、ノーベル委員会の図書館だか何だかに最近は翻訳が盛んなフランス語訳の日本文学の本が増えている、と書いてあって、へえ、と感心したというか、あきれた、というか。この程度で盛んなの?というのが実感。今生きている作家のふところをふくらませるよりも、むかしの重要な作家をもっと訳した方がいいんじゃないの、と私は思うのだ。特に『夜明け前』と『暗夜行路』をまだフランス語に訳していないのが致命的。むかし筒井康隆とか何とかが、フジテレビが「面白くなければテレビじゃない」といって日本の視聴者にもろ手を挙げて歓迎されたのと同時期に、「面白くなければ文学じゃない」とお茶の間にとりいるようなことを主張したことがあった。そのときこの「お茶の間文学」が、ヒトラーにとってのユダヤ人、裕仁にとっての赤のような仮想敵として攻撃したのが、面白くない純文学であった。特に槍玉にあげられたのが『暗夜行路』、および日本自然主義文学全般だった。日本自然主義文学はこのとき以来非常に大きないわれなき迫害を受けているのである。別に私は藤村や志賀直哉に対する大きな思い入れはないが、この二冊を読まずして何が日本近代文学だ、という気はしている。
 とえらそうなことをいいつつなぜか読んでいなかった『破戒』をはじめて読んでみました。前は何となく食指が伸びていなかったというのが事実。同時に買って先に読んだ文春新書の『はじめての部落問題』には何もこの本のことが書いていなくて、そういえば今までに読んだ被差別部落問題について触れた本にも、なぜかこの小説のことは書いていなかったような気がするなあ、なんて思いつつ読んだのだが。いやあ、実に変な小説であった。変でありつつ、これはやはり必読なのでしょうね。被差別部落問題の告発としては、驚くほどに、まったくなっていないが、なっていないからこそ、政治参加では決してありえない「文学」の核がごりごりしている。藤村などちんけな人間だった、という意見もあるが、実に中途半端な『破戒』の変な後味は、ちんけということばで説明しうるものではない。
 しかしここで私が問題にしたいのは文学ではなく、言語と社会の問題である。現在出版されている『破戒』は総じて1906年の初版に準じたものであるが、1939年の改訂版における藤村による自己検閲のしかたが、現在の日本の言論状況の居心地の悪さを考えるうえで無視しえないものだと私は思うのである。文学の世界を出て社会に対するとき、藤村のちんけさは致命的なものとなるのである。(つづく

2008年1月3日木曜日

フランス語とちょっと比べてみよう

 日本語のように音節が均等な時間的価値をもっている言語はおそらく他にあるのだろうが、なかなか日本語と同じ性格をもっているものはない。英語はアクセントがない音節が非常に短くなり、イタリア語などではしばしば単語の最後から二番目のアクセントのある音節が長めに発音されるのはみなさまごぞんじでしょう。しかしフランス語はこの音節の時間的な等価性という特徴を日本語と共有している。フランス人が特に日本の俳句の五七五の形を借用して詩をつくるのが好きなことの理由はこれだろう。それでも日本語の「そうです」の「す」がウという母音を伴っていても伴っていても同じ価値を保持するという特徴はもっていないような気がする。
 しかし言語学というのはたたいて右側をそろえると左側が突き出すような学問である。フランス語の音節に対する考え方は一枚岩ではない。おおまかに考えて、近代言語学に沿った音節の概念と、つづり上の音節の概念のふたつがある。当然言語学の文脈のなかで音節のことを話すときには前者の話をしなければならないのだが、近代言語学は言語のあらゆる現象を網羅しえているわけではない。「これからはこっちだぞ」といって近代的な音節の概念を創設しても、それによって古い音節の概念が消えたということはまったくないのである。
 このふたつの概念を隔てるものは、近代言語学の音声中心主義である。たとえば実はフランスの子供の歌の「クラリネットをこわしちゃった」でもおなじみの camarade 「カマラード(友達、仲間)」という単語について、近代的な言語学では音節を三つ数えなければならない。Ca-ma-rade である。つまり「ラード」の最後のEは無音、あるいは脱落性であり、これはDの子音で終わる閉音節だとみなされる。しかしつづり上はこの単語には四つの音節がある。Ca-ma-ra-de だ。科学的には三つしか音節がないといったところで、言語学をやらないひとにはそれはおよそ縁のない話である。「オーパッキャマラードー、パッキャマラードー」と日本人は考えるが、これはフランス語では Au pas, camarade. Au pas, camarade. Au... である。普通に単語を分けてカタカナで書けば、「オー・パ、カマラード。オー・パ、カマラード。オー…」である。つまり歌では「カマラード」の最後の子音のDが次の「オ」とつづけて発音されて「ドー」になっている。これは de のなかのEの母音が発音されないことの実証であるかのようである。しかし単独でこの単語を強調して読む場合、「カマラッドゥ」という風に最後のEが発音されることがありえないとはしない。そもそもDは声帯を使って発音する有声音であるから、必ず弱い母音が付着する。言語学的にはこれは無視しうることだが、一般人の感覚としてはそうではないだろう。フランス語のEはだいたい日本語の「ウ」に近いような曖昧な発音で、日本人には訓練しなければ発音できないOU「ウ」とはかなりちがう。日本語の「ウ」はしばしば脱落性であるから、フランス語でOUと書かれる母音はウ段のカタカナのあとに長音符号をつけて表記するのもひとつの手である。たとえば Toulouse という地名は「トゥールーズ」とカタカナで書かれる。
 そして実際に語尾の脱落性のEが歌のなかでははっきりと発音される例が、「僕の大好きなクラーリネット」の最後の「ト」である。て、これ日本語じゃねえか。実はフランス語でも同じ、J'ai perdu le do de ma clarinette 「クラリネットのドの音が出なくなった」の最後のEが「クラーリネットゥ」と母音をつけて歌われる。母音がつかなければ音程もつけられませんからね。でもこれは歌だから、といってこの「例外」の理由を説明するのが言語学である。
 科学というのは理論が適用できるところにしか適用できないものである。たとえば「今度東京に行くよ」と耳の遠いおばあさんに云ったときに、「どこさ行くってが?」と聞き返されたら、音声的には「トウキョウ」の「ウ」は「オ」の長音を意味するのだから、と、頭で考えるひとはまずいないだろうけれど、それでも「ト! オ! キョ! オ!」という場合もあるだろうが、「ト! ウ! キョ! ウ!」と叫ぶひともいるだろう。これはまったく前者が言語学に精通していて、後者は無知であるということを意味しない。この「ウ」は「オ」を延長する長音記号として機能しているというのが科学的な立場かもしれないが、ゆっくりと発音したらそれが科学的ではなくなるのだろうか。非常に奇妙なことに、言語学はきわめてしばしば「ゆっくり発音されたときの言語」や歌を対象から除外するのである。「普通の速度」で話されることばが言語学の主な研究の対象だ。Tokyo ないし Tôkyô というローマ字つづりが、「ト! ウ! キョ! ウ!」という孫娘の心の叫びを表現しえないことは言を待たない。
 人名に関しても、みなさんフランスではたとえばミシェルという名前が男女両方になりうることはごぞんじかもしれません。男性は Michel、女性は Michèle, Michelle などと書かれます。これを耳でどうやって区別できるか、といえば、言語学的には区別できないことになっている。しかし日常言語においては区別できるのである。たとえばラジオでお年寄りの聴取者が電話してきたとします。電話してきたミシェルさんは声がしわがれていて、男か女かよくわからないとします。その場合司会者は「あなたは男ですか女ですか」なんて無粋なことは聞かない。「ミシェルですか、ミシェルゥですか」と聞くのである。言語学的には、男の名前も女の名前も「ミ・シェル」の二音節だが、つづり上は女の方には三音節ある。私の意見では、言語学がいくらがんばってみても、この近代言語学にとっては旧弊であるかにみえるつづり上の事実は消せない。いくら言語学者が言語は音声であると主張しても、ひとは常に見えるところを発音しているからである。
 このように、日本語の「そうです」の最後の「す」と似たような現象がフランス語にも見られるとも云えるのである。しかし「開音節のたてまえ」において 「す」についているはずのウの母音が「省略されている」と感じられる日本語と、閉音節のはずのところでときとして母音のEが「余分に」発音されるフランス 語では、方向が正反対であると考えられる。
 ひとの名前を大声でゆっくり呼ぶ場合のことを考えてみよう。たとえばオーレリー Aurélie という名前がある。普通にフランス語を勉強した日本人なら、この最後の「イ」IEがふたつに分割しうるとは思いもしないだろう。しかし実際にはこれを 「オーレーリーウー」と呼ぶことは可能である。IとEがふたつに切られて発音されるのである。こんなことはどんなフランス語の教科書にも書いてありません。これは「ト! ウ! キョ! ウ!」と似たようなもので、確かに少しふざけているかもしれないが、ふざけているものは言語ではないのか?という疑問も私にとっては本質的なものである。
 私が日本語の音節の特殊性を強調する場合は、音声中心主義の近代言語学の立場にたったものではなくて、つづり上の立場からものを考えている。撥音「ん」や促音「っ」を音節として認める立場、この日本語学上はまっとうでも近代言語学は認めたくない立場は、つづり上から見た音節の立場である。(つづく)

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2008年1月1日火曜日

ブローガル化とはいったい何なのか

 あけましておめでとうございます。
 私の決して読みやすいとはいえないブログをわざわざ読んでくださっている方に感謝します。四十にもなるとかなり頭の回転が遅くなっているので、これでも私のむかし書いていた文章に比べるとものすごく読みやすくなっています。むかしは頭の回転が速すぎて、ひとつの文の最初で云っていることと最後で云っていることがちがっていた(ウソ)。 :-)
 さて年始にあたって、いったい私のブログのタイトルの「ブローガル化」というのはいったい何なのか、について考えてみたいと思います。
 ちょっとサイドバーの補足的説明にも書いていますが、このことばは、globalization が日本語で「グローバル化」だと主張するのなら、それのもじりである blogalization は形式的な論理を適用すれば「ブログ化」よりも「ブローガル化」になるだろう、という風に、外国語の用語をまったく日本語に訳そうとしないひとに皮肉たっぷりにけんかを売るようなものである。韓国人は韓国ではちゃんと globalization を朝鮮語に訳していると云っていました。
 「グローバル化」は「地球規模化」あるいは「全球化」という訳語が提案されている、とウィキペディアには書いてあります。私は「世界資本化」かと思っていたが。一方で blogalization は企業のホームページなどを担当者のブログ形式に変える広告戦略のことだそうだ。「グローバル化」という訳語にしろ、他の訳語にしろ、何だか字面だけを見ると肯定的な概念であるかのようにみえてしまう。もともとが偽善的なことばなのだからそれはしょうがないのかもしれないが。この「ブログ化」も本来は愚劣な資本主義的なものでありながら、何だかいいものにみえてしまう。
 「ブローガル化する日本語たち」というあえて愚劣な題名は、菓子屋をパティシエといいかえるような実に日本的な愚かしさ、まさに「和」という感じのものが、実に愚劣なものでありながら下手をすればいいものにみえてしまいかねない、という現象をたとえば示している。こんなことばを使っていたら何も日本語で話すことができなくなってしまうではないか、という危惧を表明するものである。ロシア出身のフランスの哲学者アレクサンドル・コジェーヴの「日本的スノビズム」ということばを、これもまた実に日本的にスノッブなしかたで面白がっていい気になって使う輩もいるのだが、そういった愚におちいることなく、このスノビズムをたたいてゆきたい。
 「ブログ化」「ブローガリゼーション」は、ただの企業の広告でありながら、それを個人の感想、日記であるようにみせかける、という実に愚劣で偽善的で悪辣で憎むべきものだ。よって日本語たちのブローガル化は、ニコニコ笑っていいひとのような顔をしながら、その実、悪意をもって、日本語を骨抜きの何も云えない言語に変えてゆくことである。

 面白いカタカナの現象。アマチュア、カリカチュアの「チュア」と、カルチュアの「チュア」の発音がちがう。これは発音と表記の一致をうたう現代の日本語の原理に反する好例だ。ユーラシアの「シア」と、ギリシア、プロシアの「シア」もちがう。

 カタカナの表記に関して「私の耳にはこう聞こえる」ところをカタカナにするひとは、「ストライキ」と「ストライク」に関してどう思うのか。もっともこういうカタカナ表記をしたいひとのしたいことというのは、観光地の建造物のかたすみに自分の名前を落書きするような「自己主張」程度のことでしかないので、そういうことを聞かれたら「もう決まっていることはしかたがない」と答えるのかもしれない。最近日本に名前がやってきた海外のひとには何の罪もないのに、変なカタカナ表記にされて本当にかわいそうだ。

 かなり例は古いが、好例であるので言っておくと、10年位前にフランスで「ロフト・ストーリー」というくだらない番組が大ヒットした。この題名を見ても日本人にはわからないだろうが、これは「ラヴ・ストーリー」のもじりである。フランス人は love の後にTをつけると「ロフト」になると思うのである。日本人は西洋語に関して「見える」ものと「聞こえる」ものが分離されていると信じがちであるが、フランス人が英語を見聞きするときには、表記方法が類似していて、相手側の言語の表記方法をよく知っているので、このように見えるものと聞こえるものがごっちゃになるのである。日本人が「雨に歌えば」がカタカナではそう聞こえていないのにもかかわらず「アイム・シンギング・イン・ザ・レイン」と聞こえていると思い込むように、フランス人にも英語の love が「ロヴ」には聞こえないだろうが、そう書いてあるのだからそう耳に聞こえていると思い込むのである。
 これもまた10年位前のことだが、フランスのくだらないアイドルグループで 2 Be 3 というのがあった。これも日本人にはわからないだろうが、これはフランス人からすれば「自由になるために」と英語で意味するはずの言葉遊びである。「スリー」は「フリー」に聞こえないじゃない!と日本人が云ったってまったくむりな話である。これほどまでに「聞こえる」ものは文化的に規定されていて、あてにならないということである。だいたい、もし五感が生理的なものだから科学的なものだと思い込んでいるのだとしたら、どこまで脳味噌が素朴にできているんだろ、って気がするけど。日本語に慣れた耳だけ信頼して外国語の話をするのがまちがいなんだよ。
 ところで、日本人って、外国人が日本の礼儀を知らないから外国人は礼儀を知らないと思い込んだりするという、実にけったいな民族である。ぜんぜん客観化ができていない。よく考えてみると、これは恐ろしく傲慢なことですよ。「日本の礼の伝統はすばらしいですねえ」という外国人のことばしか聞かないものだから、自分の方がしばしば実に傲慢で礼儀知らずにみえていることに対する自覚がない。でも礼の伝統って中国じゃないのか?