2008年10月27日月曜日

フランスの困ったひと

 しばらく前からフランス2の土曜深夜の番組で「とてもだめなコメンテイター」と呼ばれているひとがいて、少し気になっていたのですが、DailyMotion でその姿を見ました。「ドンキホーテの子供たち」という非定住者(宿なし)を支援するグループの代表者(俳優)らがこのコメンテイターに喰ってかかっているのですが、どうもこれだけ見ると、激昂しているひと(世間的には善玉)にとってはこのだめなひと(世間的には悪役)はともかく最初からだめだからだめなんだろうな、という気がします。それでいったいこのような扱いを受けるひとはどういうひとなのだろうと思ってウィキペディアを見ました。以前に友人が「反フェミニストの男がボーヴォワールに対抗しようと『第一の性』という本を書いている」という話を困った顔でしていたが、私もそれを聞いて「それは困ったな」と思い、「それは本当にだめだな」と反射的に答えたものです。同一人物なのですね。
 このひとはエリック・ゼムールというひと。『第一の性』は『女になりたがる男たち』という題名で日本語訳が出ているそうです。読んでないけどさあ、フランスの本の翻訳数が少ないなかで、そんなもん、出す必要あんの? しかも翻訳者は女性だって。「こんなひどいものがありますぜ」といって訳したんでしょうか。しかし新潮社というのは「こんなひどいものがありますぜ」という本を出版するほど暇なのか。謎です。まあ、女が反フェミニズムの本をおもしろがって訳したのだとしたら、いかにも日本日本していてまたピーター・バラカンが喜ぶな。私も暇なのであえて困ったひとの紹介をしてみます。
 仏版ウィキペディアの記事を使って情報をピックアップします。あくまでイメージの話、このひとはだめだと思われているという話をしているので、「お前はこのひとの本を読んでもいないのにウィキペディアだけをねたにしてばかにするのか」とかピンぼけなことを考えないように。
 エリック・ゼムールさんはフィガロ紙に寄稿する政治評論家。自称「68年五月革命のだしをきかせた反自由主義の反動右派」だそうで、これだけでだめじゃん。
 ちょっとおもしろいのが、極右政治家のジャンマリー・ルペンがこのひとのことをエリザベート・レヴィとセルジュ・モアティとともに「自分に対して適切な態度をとる数少ないジャーナリスト」のなかに数えているということです。ゼムールさんは、「以前にルペンがジャーナリストを批判したときにその相手はユダヤ人ばっかりだったが、2002年にルペンが名前を挙げた三人も全員ユダヤ人だ」ということを指摘しています。彼によるとこれはルペンの「皮肉をこめた目くばせ」だということです。(エリザベート・レヴィは私は好きだし、セルジュ・モアティもときどき変だが評価しています。ふたりとも全然反動ではありません。)
 ちなみにルペンがむかし批判した政治評論家のなかで有名なのが、ジャンピエール・エルカバッシュというひと。このひと、まだ気を吐いておりますが、ルペンに批判されたことよりは、むかしの共産党書記長のジョルジュ・マルシェが Taisez-vous, Elkabbach, taisez-vous! (「黙れ、エルカバッシュ!」)と怒鳴りつけたことで有名ですかね。(しかしこれ、多くのコメディアンがほぼ30年がたとうとしているのにいまだに語りぐさにしているのだが、実際にはこうやって怒鳴りつけたことはなかったらしい。) エルカバッシュはラジオ局ヨーロッパ1の局長でしたが、パスカル・スヴランという有名な歌手が死ぬ前に死亡記事をラジオで流してしまった責任をとって今年の6月に辞任しています。
 さて、エリック・ゼムールさんはドゴール主義者、ナポレオン信奉者であり、反自由主義の反動右派です。この「反動」は家族と伝統という社会秩序を解体する社会に対する反動です。この社会は個人を解放すると云いつつ、その実個人は疎外され、ただの消費者の地位に押し込められているのです。今は革新派が支配し、革新派が今や秩序そのものであるのだから、革新派には秩序を批判することはできないとゼムールさんは考えます。今や反動勢力こそが反権力なのです!(パチパチパチ) ゼムールさんはフランス社会とはまったく両立できない欧州の連邦主義に反対します。
 ゼムールさんはまた自称「反人権主義者」でもあります(喜べ、日本人!)。ベルナール・クーシュネール、ベルナール・アンリ・レヴィ(BHL)らと人権団体を批判し(喜べ、日本人!)、彼らの掲げる人権の名における干渉の権利は新植民地主義であると断じます。(クーシュネールやBHLの名を挙げてこういうことを云うのであれば、確かにそこには一理あると云わざるをえないのが、ゼムールさんの困ったひとたるゆえん。でも人権主義を掲げるひとの方法論はクーシュネールとBHLだけが代表しているのではないのだよ。この「干渉」に関しては、クーシュネールやBHLの「西欧の人権が唯一の真実」なひととこういうゼムールさんみたいなひとの意見のどちらをとるかって、究極の選択みたいなところもあるか。)
 移民問題に関しては、ゼムールさんは「同化」(assimilation)の伝統の支持者です。以前も書きましたが、フランス政府が移民に対して正式に求めるのは「社会にとけこむこと」(intégration)であって、ゼムールさんのような反動主義者が求めるような「同化」ではありません(いいですか、朝日さんとこのまずい訳語[intégration 同化]をもとにしてフランスの移民政策を批判するひと!)。現代社会の反人種差別とフェミニズムは、「フランスと西欧の自称エリート」の「良識派(bien-pensants)の主張」であり、人民はまったく同意していないのです(喜べ…)。こういう困ったひとが困ったひとであるのは、むかしながらの移民の「同化」を拒絶すると、それは「人種隔離」につながる、と何だか理屈が合ってるんだかどうだかわかんないようなことを云うことなのね。(でも「同化」しなくったって必然的に「混血」はあるんだけどね。) このままいくと億万長者が増えて中流階級が貧困化するという「ブラジル化」がフランスを待ち受けているとゼムールさんは警鐘を鳴らします。
 『第一の性』(変な邦題は無視)においては、21世紀はじめの社会では男が去勢を望んでいるのだと云います。フェミニズムによる去勢は、「権威の概念の喪失」という、社会にとって有害な結果を導き出しました。「フェミニズムはあらゆる『イズム』で終わることばのように、全体主義をうちに抱えている」とゼムールさんは主張します(パチパチパチ)。(こういう一節が出てくるだけで、「ひどい本がありまっせ」ということだとしても、邦訳を出すのはどういうものかという気がしますね、新潮社さんよ。) 「女は男と同じ性の自由を要求したが、また元に戻った。女はロマンチックな夢にしがみつき、ちょっとした浮気も許さない。女には男になることができなかったから、男を女にしなければならないのだ。」 典型的な詭弁ですね。いきなり最後に深淵を飛び越えるジャンプをしてしまうという。ゼムールさんによれば、フェミニズムを弁護する男性は Politiquement correcte (英語では politically correct)を振り回しているのであり、フランスの社会史とフロイトの業績を否定しているのだ。同様にゼムールさんは、「男を女にするもの」として、「ゲイのイデオロギー」も拒絶します。
 このウィキペディアの記事を読むと、良識派左派を代表する「ドンキホーテの子供たち」の人々が喰ってかかっているのも理解できます。(わたしゃ別に「ドンキホーテの子供たち」の活動に両手を挙げて賛成しちゃいないし、それがゼムールだから喰ってかかるのがいいことだとも思っていないよ。) それにしても、日本でも「正論」と思うひとがたくさんいるんでしょうかね。まあ、今や日本語では「正論」ということばの響きそのものが反動的か。「フェミニズムを弁護する男性はPCだ」とか、議論のしかたが徹くん風。
 男性原理を云うのは自由だけれども、それを『第一の性』というボーヴォワールへの反動の形でしか云えないのがだめなんだよ。現代フェミニズム以前から存在する伝統の価値を云うのなら、反動としてではなくそれを主張しなさい。
 2002年の大統領選では、ゼムールはジャンピエール・シュヴェンヌマンを支持していたというのがおもしろいことだと思います。仏社会党の設立者のひとりでもあるシュヴェンヌマンは一応左派ですが、2000年に社会党を離党しています。2002年の選挙ではマリアンヌ紙のジャンフランソワ・カーンや著述家レジス・ドブレーの支持を得ました。2007年の大統領選には出馬せずに、社会党の候補セゴレーヌ・ロワイヤルを支持していました。ゼムールは自分では伝統を重んじる右派であると主張しても、五月革命のだしがきいているので、きっと伝統的な右派に受け入れられているわけではないでしょう。その結果、実際の政治的な立場としては、不透明な中道のあたりをさまよっているのでしょう。私自身、不透明な中道のあたりをさまよっているので、その辺がおもしろいと思います。私が支持する「革命的中道」のジャーナリスト、ジャンフランソワ・カーン(JFK)やエリザベート・レヴィの裏側に張りついている変なものとして、「五月革命のだしをきかせた反動右派」エリック・ゼムールのようなひとは存在するのかなあ、とも思います。(親しみを表明しているのではありません。) そういや、モンペリエのジョルジュ・フレッシュというひとも、失言のせいで社会党から離党を余儀なくされて、そろそろ復党が許されるかというところ(まだ復党はしていないはず)だが、このひとも「社会党なのに云うことがルペンみたい」なんだよ。ゼムールさんとちょっとイメージが似たような感じかな。そんな比較をしたらフレッシュがかわいそうなのか、ゼムールがかわいそうなのか、よくわからない。私、このゼムールというひとは、旧共産党で現在は極右のばかアンチフェミニスト、アラン・ソラルのソフト版なんじゃないかな、という気がしました、何となく。こういうわけのわかんないのは世界的な流行りなのかな。
 ちなみに、Kahn, Lévy, Zemmour は全部ユダヤ系だが、シュヴェンヌマン(Chevènement)という苗字は、実はもともと Schweinmann というユダヤ人の苗字なのにフランス風につづりを変えたのだという話を読んだことがあります。テレラマ誌への読者への投書に書いてあったことなので、本当かどうかはわかりません。私は投票権があったら2002年の時点でバイルーかなあと云っていましたが。JFKは2007年にはバイルーを支持し、今度はバイルーの政党の「モデム」から欧州議会に立候補します。

前の記事 困った意見
次の記事 論理の破綻を気にしない人々

0 コメント: