小生先日電車に乗っていたら、中学生くらいかと見える健康そうな女の子が、むっちりと肉づきのいい腕の一か所が赤くなったところをボリボリとかいている。いっしょにいる友達が「どうしたの?」ときくと、「蚊に食われたらしい」。と高島俊男は「『食う』の悲運」という文章で書いていました。
小生、「うむ、まだまだ食うは健在だぞ」と大いに意を強ういたしました。
しかし東京女子大の篠崎弘一教授(社会言語学)によると、「蚊にくわれる」は「(方言と)気づかない方言」だったのですねえ。こわい、こわい。くわばら、くわばら。蚊に「刺される」が共通語で、「食われる」は方言なのだそうです。「使う側の意識では『刺される』があらたまった言い方、『くわれる』はくだけた言い方と区別して使っているようだという」 へえー。蚊に刺されたらかゆくて、あらたまるもくだけるもあった話じゃないという気がしますけどねえ。この記事によるとこの方言は「東日本を中心にほぼ全国的に使われている」ということだけれども、兵庫県相生出身の高島俊男先生、これが方言だったと気づかなかったとはうっかりだなあ。対立概念が「共通語」なのだから、日常語で普通に理解される「方言」のことを云っているのだろうけれども、何か納得できなくないか、これ。それとも「くだけた言い方」は「方言」だという意味で云っているのでしょうか。ほぼ全国的に使われることばを「方言」と呼ぶのは、日常的に理解される「方言」ということばの意味とちがうような気もします。短いインターネットの記事では何もわかりません。ともかく高島俊男のような食べられない頑固おじいさん(くだけた言い方では「喰えない頑固じじい」)の雑文よりはこちらの方が「信ぴょう性」(くだけた言い方では「信憑性」…、あれ?)があります。「食べれない頑固おじいさん」と書くと、「ら抜きことばはやめなさい」と叱られるので、これも気をつけましょう。「おじいさん」もこれからこの場合は「前期高齢者」と書いた方がいいかもしれません(高島俊男はまだ75歳じゃないから)。食べられない頑固前期高齢者、これが日本語の未来だ。頑固も前期ならまだ見通しは明るい!(あれ?)
ところでさっきテレビ朝日で「まな娘」という字幕が出ていました。一瞬何かと思ったけどね。まな板と何か関係があるのかと思っちゃった。しばらく考えて、「ああ、マナムスメか」とようやく読めました。テレ朝的には「愛娘」では「愛」を「まな」とは読めない、と視聴者に配慮したんでしょうね。だったら「息子」の「息」も到底「むす」とは読めないから「むす子」と書くのも、また乙なもの、てな気もしますねえ。「乙女」も「おと女」でいくか。(「息子」と「乙女」は「付表」(まだあるの?)に載ってるのは知ってますよ。「まな」は造語要素で「息子」や「乙女」と話がちがいますけどね。そもそもがいい加減な話ですから。しかし「1人で」を「ひとりで」と読ませる字幕を出すテレビ局が、クイズ番組では難読漢字で盛り上がるのはいったい何なんだろう。まあ、豆知識を自慢するのは、ビールのつまみは世界記録みたいなもので、別の話なのか。)
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