2008年10月11日土曜日

フランス思想界50人のスター

 Le Nouvel Observateur の最新号では「思想界の50人のスター」という特集を組んでいます。ばかばかしいですが、さて、どんな名前が挙げられているんでしょうか。カテゴリーと肩書はだいたい元記事(電子版)に従っています。括弧のなかは、この記事のそれぞれの人物の説明から適当に選びました。フランス人の云うところの「フィーリング」です。

お約束の先生方
クロード・レヴィ・シュトロース(Claude Lévi-Strauss) 人類学者(西洋民族中心主義からの脱却)
エリザベート・ド・フォントネー(Elisabeth de Fontenay) 哲学者(唯物論)
フランソワーズ・エリティエ(Françoise Héritier) 人類学者(親子関係)
ルネ・ジラール(René Girard) 人類学者(人間の行動の模倣的性格)
ジャック・ル・ゴフ(Jacques Le Goff) 中世史家
ジャクリーヌ・ド・ロミイ(Jacqueline de Romilly) ギリシア学者(アカデミー・フランセーズの会員になった二人目の女性)
ピエール・ノラ(Pierre Nora) 歴史家、編集者(国家のシンボル)
エドガール・モラン(Edgar Morin) 社会学者(複合思考、「文明の政治」)

メディア露出型
ベルナール・アンリ・レヴィ(Bernard-Henri Lévy) 哲学者(人間の顔をした野蛮)
アンドレ・グリュックスマン(André Glucksmann) 哲学者(旧マオイストのフランス流新保守)
ミシェル・オンフレー(Michel Onfray) 哲学者(ニーチェ左派、ヘドニスト)
パスカル・ブリュックネール(Pascal Bruckner) 評論家、小説家(「白人の嘆き」、第三世界主義批判)
レジス・ドブレー(Régis Debray) 哲学者
リュック・フェリー(Luc Ferry) 哲学者、政治家、元教育相
アンドレ・コント・スポンヴィル(André Comte-Sponville) 哲学者
ジャック・アタリ(Jacques Attali) 経済学者、評論家、元文化相
アレクサンドル・アドレール(Alexandre Adler) 歴史家、国際問題専門家

時流に乗った改革主義者
マルセル・ゴーシェ(Marcel Gauchet) 歴史家、哲学者(「幻滅した世界」)
ピエール・ロザンヴァロン(Pierre Rosanvallon) 歴史家(参加型改革)
パトリック・ヴェイユ(Patrick Weil) 政治学者、移民史専門家
オリヴィエ・モンジャン(Olivier Mongin) 哲学者、「エスプリ」誌編集長
アラン・トゥーレーヌ(Alain Touraine) 社会学者
トマ・ピケティ(Thomas Piketty) 経済学者(税制専門家)
ダニエル・コーエン(Daniel Cohen) 経済学者

断固たる保守主義者
アラン・フィンキェルクロート(Alain Finkielkraut) 哲学者
ニコラ・バヴェレーズ(Nicolas Baverez) 経済学者、歴史家、弁護士(「凋落するフランス」)
マルク・フマロリ(Marc Fumaroli) 修辞学史家、シャトーブリアン研究家
ブランディーヌ・クリーゲル(Blandine Kriegel) 哲学者、社会統合高等議会議長
ピエール・マナン(Pierre Manent) 政治哲学者(トクヴィル、コンスタン)
アントワーヌ・コンパニョン(Antoine Compagnon) 文学史家
アランジェラール・スラマ(Alain-Gérard Slama) 歴史家、政治思想家(反ブールディユ)

粋なラジカル
アラン・バディユー(Alain Badiou) 哲学者(「サルコジとは何の名前か」)
ジャック・ランシエール(Jacques Rancière) 哲学者(参加型民主主義)
リュック・ボルタンスキ(Luc Boltanski) 社会学者(「資本主義の新精神」)
ヤン・ムーリエ・ブータン(Yann Moulier Boutang) 経済学者(2005年の暴動論)
ミシェル・シュリア(Michel Surya) 哲学者、編集者(バタイユ、アルトー)
ジェラール・モージェ(Gérard Mauger) 社会学者(反自由主義)
エリック・アザン(Eric Hazan) 編集者(反サルコジ)

青年予備軍
フランソワ・キュセ(François Cusset) 著述家(「フレンチ・セオリー」)
メディ・ベラージュ・カセム(Mehdi Belhaj Kacem) 著述家、哲学者「「ポップ哲学」」
パップ・ンディアイ(Pap Ndiaye) 歴史家、米国専門家「「黒人の条件」」
ピエール・テヴァニアン(Pierre Tévanian) 哲学者(人種差別、保安の思想批判)
ブルース・ベグー(Bruce Bégout) 哲学者(都市)
ミケラ・マルザーノ(Michela Marzano) 身体の哲学者(ポルノグラフィ)
トマ・デルトンブ(Thomas Deltombe) 歴史家(メディアによるイスラム恐怖の扇動)
ヴァンサン・セスペデス(Vincent Cespedes) 哲学者(リアリティTV)

新世界の知識人
オリヴィエ・ロワ(Olivier Roy) 政治学者(イスラム問題)
ジャン・ティロール(Jean Tirole) 経済学者(産業組織理論)
エステル・デュフロ(Esther Duflo) 歴史家、経済学者(「貧困に抗する知」)
テレーズ・デルペッシュ(Thérèse Delpech) 哲学者
フィリップ・アギヨン(Philippe Aghion) 経済学者(「フランスの成長のてこ」)
ジル・ケペル(Gilles Kepel) 政治学者、社会学者(アラブ世界専門家)

 Le Nouvel Observateur はいやんなるほど「良識派左派」なので、「断固たる保守主義者(保守であることを自ら任じるもの)」とか「粋なラジカル」とかカテゴリーが余計なお世話です。確かにジャック・ランシエールは好きだが、マルク・フマロリやアントワーヌ・コンパニョンの本の方が個人的には私の役に立つ。ジラールって人類学者なんだ、と思ったり。あと50人も名前が並んでいる割にはずいぶん「このひとは入っていないの?」というのがありますねえ。地味なひと(ジャンリュック・ナンシーとかミシェル・ゲランとか…)が入っていないのはいいけれど、このリストの顔ぶれからすると、どうしてソレルスが入っていないのかというのが結構不思議。エマニュエル・トッドが入っていないのが許せん!といううるさ型(笑)のひともいるかも。
 しかし「新世界の知識人」ってこれ、アメリカで有名なひとのことなんだろうね。フランソワ・キュセって私はただのジャーナリストじゃないかと思っていたんだが、Nouvel Obs 的には好きってことなんでしょうね。あまり興味ないっす。ミケラ・マルザーノというひとはおもしろそう。
 世のなかではみんな(あの、みんなといってもどちらかといえば左の方のひとの話です)ミシェル・オンフレーが好き、というのはよくわかんない。何がおもしろいの? オンフレーだったらフィンキェルクロートの方がずっといいよ。BHLやグリュックスマンについてはそんなことは云いませんが。わたしが云いたいのは、「BHL、グリュックスマン、フィンキェルクロートはメディア化されただめな哲学者だが、オンフレーはいい」というひとが多いので、現時点ではオンフレーよりは最近失地回復に成功しているフィンキェルクロートの方がずっとましだということです。
 最後にカタカナ表記に関して。私がレヴィ・シュトロースと書くのは、「こう発音するひとが多い、よく耳にする」というだけの話で、何もこれが正しいとか、みんなこう書けとか言っているのではありませんからね。フィンキェルクロートは「ファン」も「フィン」も両方あるし。エが大きいか小さいかというのはまったくどうでもよくないか。クリーゲルがクリージェルだったり、バヴェレーズがバヴレーズだったり、ひとの発音はいろいろあります。どれが正しいかなんてことは、わしゃ知らんよ。フランス人がどう発音するのか知らないひとにはなぜかよくわからないだろうが、Strauss は「シュトロース」という風に読まれることはあっても「シュトラウス」という風に読まれることはありません。同様にスペイン風にみえる(本当にスペイン系かどうか私はわざわざ確認していません)Baverez に関してもアクサンのない e を「エ」と読むひとはいても、最後の z を「ス」と読んだり v を b で発音したりするひとはいません。そもそも同じスペイン語でもスペイン人は b と v を区別して発音するという話を私はしょっちゅう聞きました。ひょっとしたら本人に聞いたら Baverez はスペイン系でも何でもなくてもともとフランスの名前なのかもしれないのだが、たとえそうだとしてもみんな各自の読み癖で読むのです。ルクレジオは逆に読み方は問題ないが、つづりが Le Clézio なんだか Le Clezio なんだかよくわからないな。
 私がカタカナ表記に関して批判するのは「ありそうもないカタカナ表記をなぜか突然発明してしまうひと」とか「このことばはカタカナでこう書け!と主張するひと」のことなので、おまちがいなきよう。「今までのカタカナ表記の慣習を無視して大した理由もなく新しいカタカナ表記を広めようとするひと」も嫌いです。レヴィ・シュトロースというのはそうではないのか、と考えるひとも当然いるでしょう。しかし、まず私はこの表記をひとつの可能性として提示しているのであって、ひとにおしつけようとはしていません。もうひとつ、Strauss は普通「ストロース」ではなくて「シュトロース」という風に読まれると思うからです。フランス人は普通デュルケームではなくてデュルカイムという風に発音するのと同じで、たぶん最初にストロース、デュルケームとカタカナで書いたひとはフランス人がどのように発音するのか知らなかったのではないかと思うのです。しかしこれはあくまで「私はこう思う」ということでしかありません。いくらブリュッセル Bruxelles をフランス人のほとんどが「ブリュクセル」という風に発音しようと、先生方が認めないかぎり、それは正しい発音ではありません。これと同様に、私はフランス人の多くはこのように発音すると思ってシュトロース、デュルカイムと書くけれども、ストロース、デュルケームの方がよりフランス語の正しい発音(一般人はしないが、大学教授はするような発音という意味)を転写するカタカナ表記としてはふさわしいということは十分にありえます。(しかし正直なところ「デュルケーム」というような発音は聞いたことがない。)
 フマロリとは許せん、フランス人なんだからフュマロリと書け、とおっしゃるひともいるかもしれませんが、私は意に介しません。1.たぶんこの苗字はイタリア系でしょう。2.日本人がカタカナで「フ」と発音したら、たいていの場合フランス人の耳にはカタカナで「フ」と転写される fou や feu ではなくて、むしろ「フュ」と転写される fu が聞こえる。3.そもそも「フュ」はいまだに一般に認められたカタカナ表記とは云いがたいのではないか。以上が理由です(本当は1だけでいいんだけど、2は「フランス人の名前はブルースじゃなくてブリュスと書け」とか、私には正直云ってよくわからない細かいことにこだわりがちなひとにも向けられています)。かといって、フュマロリと書くな、と言っているのでもありませんから。こう書きたいひとは書けばいいのだと思います。まあ、カタカナ表記をどう変えたって、カタカナを参考にしているかぎりフランス語の発音はよくなりゃしないよ。

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