ラテン語を勉強するひとのなかには、「むかしのローマ帝国では、本当にみんなこんなむずかしいことばを話していたのか」といぶかしく思うひともいるのではないでしょうか。事実どうしてここまで文法がこみいっているのか、理解に苦しみます。何もこんなに文法が複雑である理由はないのではないか、と思うんですね。私は実は大してローマについてはくわしくなくて、ちょっと関心があるくらいですが、私の理解するところを書いてみようと思います。へたなことを書いた場合の言いわけのために、私は歴史が苦手だということは最初に断っておきます。
「ローマ帝国の滅亡」は、世界史を勉強したひとであればだれもが知識として知っています。紀元四世紀初頭のコンスタンチヌス帝によって帝国の統一は終わって東西に分裂し、476年の西ローマ帝国の滅亡をもって、ローマ帝国は終焉を告げると伝統的には考えられています。しかしローマ帝国が滅亡したからといって、ローマ人がこのときにみんな死んでしまったわけではありません。おそらく大方の人間は、ぶつくさ云いながらも、ほぼ何の変化もなく暮らしていたのでしょう。「ローマ帝国の滅亡」の意味を理解していたひとは、その時代にはほとんどだれもいなかったのではないでしょうか。
西ローマ帝国を崩壊させたのは、「ゲルマン民族の大移動」であることもよく知られています。現在にいたるまでの人類の歴史のなかでもきわめて高度の文明をもっていた帝国が、強力な軍事力をもった蛮人に滅ぼされたのです。ローマ帝国においては、読み書きをできる人間の数はもちろん少なかったとはいっても、複雑な言語を教育によって受け継いでいくだけの社会的、文化的な基盤を人々はもっていました。しかし実際にはアウグストゥス帝の帝国創設とほぼ同時に、民衆のことばである俗ラテン語の萌芽がみられます。ウェルギリウス、オウィディウス、ティトゥス・リウィウスなどのローマの頂点をきわめる著述家の出現とほぼ同時に、文明の衰退もはじまっているのです。ゲルマン民族の大移動の後の、文法的な骨格を失った俗ラテン語(ラテン語の方言の総称)は、古典ラテン語と実質上別の言語になってゆきます。そもそも教養と呼ばれるものをもたなかった「ゲルマン人」は、自分たちの言語にはなかった語彙をラテン語から大量にとりいれました。しかし語尾の屈折などの面倒なことはとりいれず、文法は自分たちの言語の規則(民族によってちがいました)にしたがって大幅に単純化したのです。ここにおいて、むずかしい文法規則をもった古典ラテン語の伝統は、ごく一部の人間だけによって受け継がれてゆくことになり、民衆のことばとは完全に乖離した道を歩みはじめることになります。ゲルマン民族によってもちこまれた迷妄は、既に衰退していたローマ文明にとどめを刺したのです。この高度な文明が再発見されるのは、驚くことに千年以上も後のことです。
今の日本人は、旧字旧仮名の規則を非常に煩雑なものであると考えます。特に漢字の音読みの正しい仮名のふり方は非常にむずかしいものだと思われます。しかしむずかしいものであると考えながらもこれを規則として受け継いでいこうとすることができる基盤があった時代が存在しました。これはほんの短い時間の間だった、と主張するひともいるでしょう。しかし短い時間の間であっても、国力とともに蓄えられた文化と社会の基盤が、複雑な規則をもった書きことばを規範として教育することを可能にした時代があったということを無視するわけにはいきません。契沖の提案した仮名づかいが帝国によって成就され、明治、大正、昭和初期に日本文明は頂点をきわめたが、太平洋戦争の敗戦後に、戦前から萌芽がみられた「俗日本語」が流布しはじめた、ということになるのかもしれません。(フランス文明が頂点をきわめたのは18世紀だと思いますが、フランス人が王政を廃止して共和制を選んだのはまちがいなくいいことです。日本はといえば帝政を廃止したんだかどうなんだかもよくわかりません。私は天皇制廃止論者ですから、その辺かんちがいしないように。)
よく聞く話ですが、「英語はむずかしい」と嘆くひとに「でも英米ではみんな子供の頃から英語を話しているんだよ」と言い聞かせることがあるようです。今この話を紀元五世紀のヨーロッパに舞台を移して想像してみると、どういうことになるでしょうか。東方からはるばるやってきたゴート人のなかで知的好奇心の豊かなものが、ローマの文明はすばらしいものだと思い、古典ラテン語(と今では呼ばれるもの)を身に着けようとしたとします。確かにゴート人もローマ人も人間として同じ条件をもって生まれてきているのですが、ゴート人の文明はまったくローマ人の文明と比較することができません。おそらく彼らの話していた言語は、ラテン語に比べるとよほど単純なものでした。このときこのラテン語好きのゴート人を取り巻くひとが「ローマ人はラテン語をみんな子供の頃から話しているのだから、ラテン語を習得するのは簡単なことだろうに」と主張することにはむりがあるように思われます。しかしむりがあると同時に理もあります。ローマ人が子供の頃から話しているようなラテン語なら、ローマ文明の規範である古典ラテン語にくらべると習得するのが簡単だからです。この「知的好奇心が豊かなゴート人」はすぐれた文明の規範を自らのものにしようとしているのに、「ローマ人はラテン語を子供の頃から話している」と云うひとは、習慣によって獲得できるもので満足しておきなさいという悪魔のささやきをしているのです。
現在の英語に話を戻してみれば、このようにして習慣によって獲得できるような「俗英語」であれば、比較的に簡単に習得できると云うことができるでしょう。そうして「あなたには俗英語で十分じゃないか」とささやくひとにもそれなりの理はあるのです。だからといって「外国語はまず第一に習慣によって獲得するもの」と主張するのは、教育を否定する蛮人の理屈でしかありません。人類史に冠たるローマ文明を支えたラテン語は、人々が日常話していた言語である以上に、人々の共同体の熱心な教育によって受け継がれたものなのです。
現代の日本語教育に関する議論についても、「言語が変化するのは歴史のならわし」とする民衆の習慣の論理が幅を利かせているようです。現代仮名づかいの基盤もまた民衆の習慣ではないでしょうか。古代ローマの高度の教育は、子供が習慣に流されて文法規則を無視するのを戒めていましたが、時間がたつにつれて、国勢が衰えるに従って、これは習慣に堕してしまうことになりました。現代の民衆主義者は、エリート主義者を罵倒しつつ、このようにして習慣に堕す人間の性に万歳三唱するのかもしれません。民衆が子供の頃から話し、読み書きしている日本語は存在します。しかし日本文明の基盤である日本語をそちらの方に合わせろというのは暴論でしかないのです。歴史の流れのなかで云ったら、驚くほどあっという間に書きことばの規範を失ってしまったことの意味を、日本人はもう少し考えるべきではないでしょうか。我々はきっとぶつくさ云いながら帝国の終焉を生きているのです。
「知っている」それ自体にはもはや何の価値もないというブログ記事と、それに対する返答らしきものを読みました。両方とも何だか云っていることがおかしいのです。前者は「体験によらない知識自慢の価値は既に地に落ちた」と云っているんだけれど、そんなもん、そもそも価値があったためしがあるんですか。しかもこれが「ものを知らないことを恥ずかしく思わない」という実感からはじめられているために、「体験」を人間にとって最上のものとする野蛮な論理に堕してしまっています。「知性のある文章」の書き方を指南する後者の方は、実際にお金をもらうかどうかは別として、「売れる」文章だけが知性のある文章だとかんちがいしているようです。「だれにも読まれない作品がいちばんえらい」という「ロマン主義」を主張するつもりは私にはありません。でも凡百の読者には読まれることを拒絶しているかに見える文章のなかにある知性はこのひとにとっては無視してもいいものなのだろうとこのブログを読んで思いました。いずれにしても、「体験」だの、「身体性」だの、説明できないものを根拠にしているという共通点が気になります。日本人が大好きな「まごころ」ですか。こういった「悪魔のささやき」には気をつけたいものです。(関係ないが、「但し」と漢字で書いているのが気になる。そんなの、書くひとの勝手ですけどね。)
どこからか引っ張ってきた知識をそのまま書くことにはもともと価値がありません。ここで、ひとつの知識に肉づけをするのは知識の集積である、知識を得るという体験、習慣が大切であると云って、何やらわからぬ人生の体験、習慣を云うのはやめてもらいたいと主張することもできるが、そんな親しみにくいことを云うと、私には知性がないことにされてしまうのかもしれません。まあ、全然かまいませんけどね。ともかく、人生の体験だけが文章に厚みを与えることができるというのは事実ではないでしょう。反知性主義者はいろんな仮面をつけて(しばしば知性の仮面をつけて)いろんなところにいます。
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「ローマ帝国の滅亡」は、世界史を勉強したひとであればだれもが知識として知っています。紀元四世紀初頭のコンスタンチヌス帝によって帝国の統一は終わって東西に分裂し、476年の西ローマ帝国の滅亡をもって、ローマ帝国は終焉を告げると伝統的には考えられています。しかしローマ帝国が滅亡したからといって、ローマ人がこのときにみんな死んでしまったわけではありません。おそらく大方の人間は、ぶつくさ云いながらも、ほぼ何の変化もなく暮らしていたのでしょう。「ローマ帝国の滅亡」の意味を理解していたひとは、その時代にはほとんどだれもいなかったのではないでしょうか。
西ローマ帝国を崩壊させたのは、「ゲルマン民族の大移動」であることもよく知られています。現在にいたるまでの人類の歴史のなかでもきわめて高度の文明をもっていた帝国が、強力な軍事力をもった蛮人に滅ぼされたのです。ローマ帝国においては、読み書きをできる人間の数はもちろん少なかったとはいっても、複雑な言語を教育によって受け継いでいくだけの社会的、文化的な基盤を人々はもっていました。しかし実際にはアウグストゥス帝の帝国創設とほぼ同時に、民衆のことばである俗ラテン語の萌芽がみられます。ウェルギリウス、オウィディウス、ティトゥス・リウィウスなどのローマの頂点をきわめる著述家の出現とほぼ同時に、文明の衰退もはじまっているのです。ゲルマン民族の大移動の後の、文法的な骨格を失った俗ラテン語(ラテン語の方言の総称)は、古典ラテン語と実質上別の言語になってゆきます。そもそも教養と呼ばれるものをもたなかった「ゲルマン人」は、自分たちの言語にはなかった語彙をラテン語から大量にとりいれました。しかし語尾の屈折などの面倒なことはとりいれず、文法は自分たちの言語の規則(民族によってちがいました)にしたがって大幅に単純化したのです。ここにおいて、むずかしい文法規則をもった古典ラテン語の伝統は、ごく一部の人間だけによって受け継がれてゆくことになり、民衆のことばとは完全に乖離した道を歩みはじめることになります。ゲルマン民族によってもちこまれた迷妄は、既に衰退していたローマ文明にとどめを刺したのです。この高度な文明が再発見されるのは、驚くことに千年以上も後のことです。
今の日本人は、旧字旧仮名の規則を非常に煩雑なものであると考えます。特に漢字の音読みの正しい仮名のふり方は非常にむずかしいものだと思われます。しかしむずかしいものであると考えながらもこれを規則として受け継いでいこうとすることができる基盤があった時代が存在しました。これはほんの短い時間の間だった、と主張するひともいるでしょう。しかし短い時間の間であっても、国力とともに蓄えられた文化と社会の基盤が、複雑な規則をもった書きことばを規範として教育することを可能にした時代があったということを無視するわけにはいきません。契沖の提案した仮名づかいが帝国によって成就され、明治、大正、昭和初期に日本文明は頂点をきわめたが、太平洋戦争の敗戦後に、戦前から萌芽がみられた「俗日本語」が流布しはじめた、ということになるのかもしれません。(フランス文明が頂点をきわめたのは18世紀だと思いますが、フランス人が王政を廃止して共和制を選んだのはまちがいなくいいことです。日本はといえば帝政を廃止したんだかどうなんだかもよくわかりません。私は天皇制廃止論者ですから、その辺かんちがいしないように。)
よく聞く話ですが、「英語はむずかしい」と嘆くひとに「でも英米ではみんな子供の頃から英語を話しているんだよ」と言い聞かせることがあるようです。今この話を紀元五世紀のヨーロッパに舞台を移して想像してみると、どういうことになるでしょうか。東方からはるばるやってきたゴート人のなかで知的好奇心の豊かなものが、ローマの文明はすばらしいものだと思い、古典ラテン語(と今では呼ばれるもの)を身に着けようとしたとします。確かにゴート人もローマ人も人間として同じ条件をもって生まれてきているのですが、ゴート人の文明はまったくローマ人の文明と比較することができません。おそらく彼らの話していた言語は、ラテン語に比べるとよほど単純なものでした。このときこのラテン語好きのゴート人を取り巻くひとが「ローマ人はラテン語をみんな子供の頃から話しているのだから、ラテン語を習得するのは簡単なことだろうに」と主張することにはむりがあるように思われます。しかしむりがあると同時に理もあります。ローマ人が子供の頃から話しているようなラテン語なら、ローマ文明の規範である古典ラテン語にくらべると習得するのが簡単だからです。この「知的好奇心が豊かなゴート人」はすぐれた文明の規範を自らのものにしようとしているのに、「ローマ人はラテン語を子供の頃から話している」と云うひとは、習慣によって獲得できるもので満足しておきなさいという悪魔のささやきをしているのです。
現在の英語に話を戻してみれば、このようにして習慣によって獲得できるような「俗英語」であれば、比較的に簡単に習得できると云うことができるでしょう。そうして「あなたには俗英語で十分じゃないか」とささやくひとにもそれなりの理はあるのです。だからといって「外国語はまず第一に習慣によって獲得するもの」と主張するのは、教育を否定する蛮人の理屈でしかありません。人類史に冠たるローマ文明を支えたラテン語は、人々が日常話していた言語である以上に、人々の共同体の熱心な教育によって受け継がれたものなのです。
現代の日本語教育に関する議論についても、「言語が変化するのは歴史のならわし」とする民衆の習慣の論理が幅を利かせているようです。現代仮名づかいの基盤もまた民衆の習慣ではないでしょうか。古代ローマの高度の教育は、子供が習慣に流されて文法規則を無視するのを戒めていましたが、時間がたつにつれて、国勢が衰えるに従って、これは習慣に堕してしまうことになりました。現代の民衆主義者は、エリート主義者を罵倒しつつ、このようにして習慣に堕す人間の性に万歳三唱するのかもしれません。民衆が子供の頃から話し、読み書きしている日本語は存在します。しかし日本文明の基盤である日本語をそちらの方に合わせろというのは暴論でしかないのです。歴史の流れのなかで云ったら、驚くほどあっという間に書きことばの規範を失ってしまったことの意味を、日本人はもう少し考えるべきではないでしょうか。我々はきっとぶつくさ云いながら帝国の終焉を生きているのです。
「知っている」それ自体にはもはや何の価値もないというブログ記事と、それに対する返答らしきものを読みました。両方とも何だか云っていることがおかしいのです。前者は「体験によらない知識自慢の価値は既に地に落ちた」と云っているんだけれど、そんなもん、そもそも価値があったためしがあるんですか。しかもこれが「ものを知らないことを恥ずかしく思わない」という実感からはじめられているために、「体験」を人間にとって最上のものとする野蛮な論理に堕してしまっています。「知性のある文章」の書き方を指南する後者の方は、実際にお金をもらうかどうかは別として、「売れる」文章だけが知性のある文章だとかんちがいしているようです。「だれにも読まれない作品がいちばんえらい」という「ロマン主義」を主張するつもりは私にはありません。でも凡百の読者には読まれることを拒絶しているかに見える文章のなかにある知性はこのひとにとっては無視してもいいものなのだろうとこのブログを読んで思いました。いずれにしても、「体験」だの、「身体性」だの、説明できないものを根拠にしているという共通点が気になります。日本人が大好きな「まごころ」ですか。こういった「悪魔のささやき」には気をつけたいものです。(関係ないが、「但し」と漢字で書いているのが気になる。そんなの、書くひとの勝手ですけどね。)
どこからか引っ張ってきた知識をそのまま書くことにはもともと価値がありません。ここで、ひとつの知識に肉づけをするのは知識の集積である、知識を得るという体験、習慣が大切であると云って、何やらわからぬ人生の体験、習慣を云うのはやめてもらいたいと主張することもできるが、そんな親しみにくいことを云うと、私には知性がないことにされてしまうのかもしれません。まあ、全然かまいませんけどね。ともかく、人生の体験だけが文章に厚みを与えることができるというのは事実ではないでしょう。反知性主義者はいろんな仮面をつけて(しばしば知性の仮面をつけて)いろんなところにいます。
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