2008年6月7日

日本国籍をもたないものの価値

 東京学芸大学のフランス語教師の求人なのですが。
1)フランス語を母語とし、日本国籍を持たない者。(2)フランス語ならびにフランス文化について初級から大学院レヴェルまでの授業を担当できる者。(3)日常会話程度の日本語能力のある者。
 「待遇」としては「本学外国人教師の待遇」となっています。
 法律的なこととかこの大学の「外国人教師の待遇」がどういうものになっているのかとかは知らないのですが、人権思想の立場からすると、この「日本国籍を持たない者」という条件はどういうものかと首をかしげざるをえません。
 「外国人教師の待遇」が日本国籍をもつものに対する待遇よりもいいのか悪いのか、それとも同じなのかにかかわらず、やはり問題はあります。いったいこの大学はフランス語の授業が担当できるひとがほしいのか、それとも「日本国籍を持たない者」がほしいのか。
 なかにはフランス語圏の国や地域で生まれ育ったけれども、何らかの事情(両親か片親が日本国籍とか)で日本国籍を選んでいて、日本でフランス語を教えることを夢に一所懸命勉強しているひともいるかもしれない。あるいは逆に、日本国籍はなく、親はフランス語を話すが、自分はまったくフランス語を話さない地域で育って、学位はもっているけれどもフランス語運用に関しては不正確さあるいは不自然さが残る人間が、この公募を見て「じゃあ、日本にでも行ってみるかね」なんて思うかもしれない。後者の方は採用しなければいいのだけれども、前者については最初から応募する可能性が排除されているわけでしょう。
 「フランス語を母語とする」という表現も曖昧です。この「母語」はフランス語の langue maternelle の翻訳と理解されるべき語なのでしょうか。これはプティ・ロベールによると「子供が最初に習得する言語、一般的には母親の言語」ということになります。すると「父親がフランス人で母親が日本人」だと学芸大の基準には合わないということでしょうか。
 あるひとにとっては、母語は「母国のことば」のことだと理解されるべきだということになるらしいのですが、これもどうなのでしょう。広辞苑第三版には「幼時に母親などから自然に習得する言語。(母国語というと国家意識が加わる)」とあります。大辞林には「ある人が幼児期に周囲の大人たち(特に母親)が話すのを聞いて最初に自然に身につけた言語」とあります。一方で日本国語大辞典は「幼児期に最初に習得した言語。母国語」と云っています。いったい親がフランス語を話す(親の母国語がフランス語?)ということが条件なのか、それとも母国語がフランス語であるような国で生まれ育ったことが条件なのか、どうもはっきりしません。
 そもそも母国語とは何なのでしょう。たしかにフランス共和国の憲法には「共和国の言語はフランス語である」(第五共和制憲法第二条)と規定されていますが、憲法にこの国の「国語」はフランス語であると明記されているフランス語圏の国というのはどのくらいあるのでしょうか。おそらくこのフランス共和国憲法第二条のような形で規定している国は他にはないでしょう。私は父親がロシア人で母親がモロッコ人の、フランスで育ったフランス語の学生(ロシアとモロッコの二重国籍)を知っていたけれども、こういうのは学芸大の条件に当てはまっているのでしょうか。教えてやったら喜んで応募するかもしれないけど。(あ、日本語全然できないか。) この求人の条件のなかではマイナスの形で日本国籍が問題になっているのだけれども、本音は「フランス国籍をもっているもの」と反転させた形で理解されるべきものなのでしょうか。いや、そんなことはないだろう、本音は「フランス国籍、ベルギー国籍、スイス国籍をもっているもの(カナダはだめ、フランス語がなまってるから)」でしょうね。
 それにしても日本人は帰属を公式に証明するものが好きです。それなしではやっていけないのでしょう。それがこの条件ではたまたまマイナスの形で表現されているだけです。人間よりも紙切れを重視するこういった考え方が人権思想に反するものだということに対する理解がまったくなっていないのです。お役所仕事のレベルでは日本もフランスも大差ないかもしれませんが、私はそれに関する一般の言説の話をしています。
 それでも、一度こういう形で公募を出してしまったら、たてまえを尊重しないわけにはいかないから、中国系フランス人で中国国籍をもっているものを採用する気はありませんとは(もしそう云いたかったとしても)云わないでしょう。だとしたらなおさらどうして、日本人の両親から生まれてたとえばカナダのケベック州あたりで育って「両親の国、国籍はもっているけれども行ったことのない自分の祖国でフランス語を教えてみたい」というひと(そういうひともいるでしょう)を排除するようなまねをするのでしょうか。
 いずれにせよ、この条件は応募者本人の資質ではなくその出自を問うもので、明らかに人権上の問題があります。いやしくも国立大学たるものがこういった問題に対して無自覚であることはゆゆしきことです。まったくもって嘆かわしい。大学人ですら「ネイティヴ信仰」という日本の土着の信仰にとらわれているということなのでしょうか。実際にはきわめて単純に「外国人教師の待遇」の条件が「日本国籍を持たない者」なのだということなのでしょうが、それで許してやるというわけにはいかないのです。
 フランス滞在時、コートディヴォワール、セネガル、ガボンなどからきた留学生と話すと、お約束のように「それにしてもフランス人ってフランス語できないよね。大学生でもろくすっぽ動詞の活用もできないし」という話になりました。どうせ「日本国籍をもたないもの」をフランス語教師として募集するなら、こういうブラックアフリカの勤勉なひとを採用して大学人の心意気を見せてほしいものです。日本の学生の話すフランス語がアフリカなまりになったらとっても素敵です。少なくともケベックなまりよりはいいよ。

おまけ 1958年10月4日公布のフランス共和国憲法第二条
共和国の言語はフランス語である。
国の象徴は、青、白、赤の三色旗である。
国歌は「ラ・マルセイエーズ」である。
共和国の標語は自由、平等、博愛である。
共和国の原則は、人民の人民による人民のための政府である。
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