2007年10月30日火曜日

またつづきです

 アルジェリア人がもし自分たちのことばがアルジェリア語である、と主張する気になれば、法律でこれはアルジェリア語である、と制定することができる。しかしそうしようとしない。それは現在の中東から北アフリカの一帯にある国に共通のことである。
  一方トルコでは、20世紀の前半にトルコの父ケマル・パシャが登場し、それまでアラビア文字で書かれていた言語をローマ字化した。もちろんトルコ語はアラ ビア語ではなくてトルコ語だったのだが、それでもこのローマ字化がアラビア語圏内からの文化的な独立を表明する事実だった。このケマル・パシャの政策が現 在のトルコの欧州連合に参加したいという意思にまで引き継がれている。福沢諭吉の脱亜入欧の理念を現在の日本人が引き継いでいるのと似たようなことであ る。
 と逆のことを考えてみると、アラビア語を話しているとされる国家がアラビア語とされることばの「方言」を話しつづけているとすれば、この人々は文化的な独立を求めているのではなく、むしろ文化的従属を喜んで引き受けているということを意味しているのだとわかる。
 この何らかの権威への文化的な従属はコーランへの従属という形で示される。
  日本人にはあまり知られていないことだが、コーランの翻訳は存在しない。「いろんなことばへの翻訳がいくらでも出版されているじゃないか」といわれても、 それにはまったく意味がない。実際にはコーランには翻訳がないのである。これは日本でお経の翻訳があったとしても、いくつかの少数の宗派をのぞいたら、日 本語の翻訳はまったく読経には用いられないのとおおざっぱにいえば同じことである。
 だからモーリタニアからイラクまで、コーランの翻訳は文字通りに存在しない。コーランとはマホメットが朗誦したとおりのもの、それを書き記したもので、それ以外のものではありえない。聖典に対する「文化的従属」はこの翻訳の不在によって示される。
 いったいマルチン・ルターは何をしたのか、ということを理解するのはなかなか難しい。しかしこれをいまだ翻訳の存在しないコーランの絶対的価値と比べて考えてみると、その意味合いを大まかな形ででも想像できるのではないか。
  それでも、ルターといえば、キリスト教のなかでも新教の、そのなかのルター派の開祖でしかないのではないか、と考えるような向きもあるかもしれない。しか し彼が聖書をドイツ語に翻訳したということの意味合いはそこにとどまらない。ルターの時代には、教会では民衆にはわからないラテン語でお祈りをしていた。 「お前ら下俗のものには理解できなくても、これがありがたいのである」ということを高圧的に無理やり信じさせ、それに民衆は素直に従っていたのである。そ こにルターが反乱を起こして、「こいつらは偉そうなことを言っているが、そんなのは嘘っぱちだ、本当は聖書にはこういうことが書いてある」ということを見 せたわけである。
 たとえ当時権利をもっていたカトリックの聖職者にとってはルターがけむたい存在であり、ただ邪魔くさいというだけではなくその 宗派を物理的に抹殺しなければならないような必要性を感じさせるものであったとしても、カトリックのなかにも当然このようなルターの思想に共鳴するかに思 われる流派が登場することになったのである。その共鳴は当事者にとって意識的なものであったのか、あるいは時代の流れから当然生まれた流れであったのかは わからないが、カトリックのなかでも聖書を翻訳しようという人々が現れる。
 聖書のフランス語訳のなかで有名なものは、17世紀のルメートル・ ド・サシーによる訳だが、このパリのポール・ロワイヤル修道院に集った、ブレーズ・パスカルら錚々たる数学者、哲学者が参加した翻訳は、カトリックのなか でも後にすぐさま異教であると教皇によって断ぜられることになるジャンセニストによってなされたものだった。--以下は次回--

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2007年10月29日月曜日

ルネサンスのつづき

 どうやらブッシュによると、「中東」というのはイランからモーリタニアにわたる地域をさすのだそうで、いやはや知らないうちに中東も大きくなったもんだ な、なんて思うのだが、このひとにとってはこの辺のひとつづきのイスラム圏が「中東」ということなのでしょう。ひとつづきったら、中央アジアを通ってバン グラデシュからタイをまたいでいけばマレーシアからインドネシアまでもひとつづきのような気もするが、さすがにそこまで「中東」というのは乱暴か。でも乱 暴ったらイランもマグレブも「中東」というのも十分乱暴だけどな。
  それで言語ごとに色分けされた地図なんかを見ると、このブッシュによる「中東」の地域では、イランとトルコをのぞくとみんなアラビア語を話していることに なっています。高校生の頃なんかは、素直に「アラビア語というのはこういう広い地域で話されていることばなんだ」と感心していたものです。
 しか し私は南仏の方にいたもので、マグレブ圏やあるいはアラビア半島の方から来た人々と結構つきあいがあり、そのことについて話してみると、どうやらそういう わけでもないんですね。モロッコのことばはアルジェリアのことばとちがい、アルジェリアのことばはチュニジアのことばとちがう。聞いているとだいたいわか るけど、わからないこともあるそうだ。しかしレバノンあたりでは確かに「アラビア語」と呼ばれるものを話しているようだ。
 だったらアルジェリアやモロッコでは方言を話しているのか、ということになるのだがね、確かにそれは方言だといえるのだよ。それでももし彼らがこれは方言ではなくて言語である、と主張する気になるのなら、それは言語だということにしても問題はないだろう。
 というのは、言語と方言の差はかなり恣意的でいい加減なものだからだ。ルクセンブルクなんて小さな国がありますが、ここではドイツ語の方言のようなものを「ルクセンブルク語」と称している。こういう政策が文化的な独立のために必要だ。
  むかし田中克彦の本で「ロシア語とベロロシア語、ベロロシア語とウクライナ語のちがいはそれぞれ英語と米語のちがいよりも小さい」というようなことが書い てあって、英語と米語のちがいなんていわれてもまったくぴんと来なかったが(今でもこないけど)、それでも、「これが我々の言語である」と主張すること が、民族の独立にとって本質的で大切なことだということがわかりました。
 逆に田中克彦が嫌いなフランスでは、どう考えてもフランス語と縁もゆか りもないブルトン語、アルザス語、バスク語などのことを「方言」(dialecte)と呼んでいる。フランス人に「日本にも方言(ディアレクト)がある か」と聞かれ、「日本にはかなりたくさん方言があるけど、フランスにはあまり地方による方言差がないね」と答えたら、ブルトン語やバスク語のことを答えら れて、私はびっくりしたのでした。なぜなら、私からみればこれはディアレクトではない、別の言語だからである。しかし言語学的な事実は別として、確かに日 常のフランス語では、この「方言」(dialecte)という単語はフランス国内にある別の言語を意味する、ということがわかったのです。
 でもこれは乱暴な話だ。単一民族幻想が繰り返し指摘されている日本人でさえ、アイヌ語のことを「日本語の方言」と呼ぶわけにはいかないことくらい知っている。それではいったいどうしてフランス人はこういうことばの使い方をするのか。
  これもまたまったく言語学的なものではなくて、純粋に政治的なことなんですね。というのは、フランスの憲法にフランス共和国の言語はフランス語である、と 書いてある。他の言語のことはまったく書いていない。だからたとえば独立派のテロリストもいるコルシカで話している言語はコルシカ語だ、ということになる と、非常に具合が悪いことになる。フランス共和国の言語はフランス語なのだから、これはひとつの方言だ、ということにしておかなければならない。まあ、こ れは方言というより方便ですな。
 最近はフランスも欧州連合とのかかわりを重要視しなければならなくなっているが、その関係の中でこの単一言語主 義が、欧州の多言語主義と非常に折り合いが悪い。それでもフランスはこれについて批判を受けても、まったく憲法を変えようとしていなくて、欧州諸国からの 評判は悪いのです。
 どの辺がルネサンスなのかがわからなくなってきたな、なんて思ったら、イスラム圏の言語についていいたいこともまだいっていなかったのでした。改めて書き直します。

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2007年10月27日土曜日

ルネサンスについて考える

 と大げさなタイトルだが、別に下書きも何もなしで直接書いているので、いい加減なものです。変な日本語の題名のシリーズもつづきますが、ちょっとこの問 題について書いてみたかったものですから。(ところで、どうして題名にしかいちゃもんをつけないのか、といえば、題名でひっかかると中身を読む気がしない から。それに日本の小説をわざわざフランス語訳で読み直す気がしないのと同様、何もフランス文学を日本語訳で読まなくても、という気がする。面倒なんで す。)
  「ルネサンス」ということばは子供の頃にはじめて聞いて、中学校や高校の世界史でも勉強します。しかしこれが本当にどういう意味をもっていたものなのかと いうことが何となくわかったのは三十歳を過ぎてからのことです。ルネサンスというのはヨーロッパのことですから、日本にいるとなかなか意味がわからないの かもしれません。
 私がしばしば痛感するのは「日本はルネサンスを経験していない」ということですが、このことばはおそらく「ルネサンスを通過したのはヨーロッパだけである」と言い換えた方がいいのでしょう。
  教科書的なことをいいますと、ルネサンスという歴史的な事件は三つの要素で構成されます。新大陸の発見、ギリシアローマ文化の再発見、そして聖書の翻訳で す。私にはまだ新大陸の発見がヨーロッパにどのようなインパクトを及ぼしたのかを実感することができませんが、他のふたつについては何となくわかってきた ような気がします。「ルネサンス」 renaissance ということばはフランス語で「再生」、「再誕生」を意味します。するとアメリカ大陸の発見よりは、他のふたつの方がこの単語の意味によく合っているとも考 えられるでしょう。
 もちろん私は翻訳の問題について考えてみたいのですが、ギリシアローマ文化の再発見についても一言いっておかなければならな いでしょう。みなさんご存知のとおり、紀元後四世紀の後半から、ゲルマン人の大移動によってローマ帝国は破壊されてしまいました。高度の文明が野蛮人に よって一息に無に帰されてしまったのです。去年だったか、エジプトの沿岸でこの蛮行の直前につくられた時計が発見されました。(老婆心ながらつけくわえて おきますが、エジプトはローマ帝国の一部でした。) 何と、ヨーロッパ人が同じものをふたたびつくれるようになるためには、千年以上の年月が必要だったのです。私たちは進歩史観というイデオロギーに毒されて いて、人間は大昔から常に日進月歩してきたかのように考えがちですが、まったくそうではありません。気をつけていないと、ふたたび野蛮な世界が訪れるとい うことは十分にありうることなのです。
 さて、この話は簡単にすませて、聖書の翻訳について考えてみましょう。とはいっても、一見これはあまり面 白い話題ではないかのような気がします。だからこそ私もその意味を理解することがなかなかできなかったのです。私もまったくキリスト教徒ではありませんか らね。それでも現在フランスで発行されている数種類の聖書のフランス語訳を比較することによって、だんだんその意味がわかってきました。ルネサンスの意味 だけでなく、翻訳する、ということの意味もわかってきたのです。
 ニュースを聞いていると、きわめて頻繁に「日本の何々は先進国のなかでは最低の 水準」というような表現を聞きます。かなり若い頃からの話ですが、そういう表現を耳にするたびに「でも日本って本当に先進国なの?」という疑問を私は感じ ていました。「第三世界でトップ」と考えた方がずっとかっこいいんじゃないの? 日本は経済的には豊かだとしても、文化的にははなはだ乏しい。と考えてみると、すぐに、いや、実際には文化が乏しいわけではない、ということに気づきま す。それでは日本にもともとある文化的事物や事象ではなくて、それはむしろ日本人の文化文明に対する対し方、態度の問題だということがわかってきます。こ の態度とおそらく「ルネサンスを経験しなかった」ということが関係ある。それで「先進国」というものを考えてみるに、これはすべてルネサンスを経験した国 家、あるいはそういった民族によって収奪された土地に建てられた国家だ、もとはキリスト教の国である、ということをふたたび重視せざるをえない。OECD 加盟国のなかで、日本が教育にかける予算は下から二番目、そしていちばん下はトルコ、なんて聞くと、そうか、トルコはイスラム教だしなあ、なんて思ってし まうのです。
 さて、話はとりとめもなくつづくように思われますが、でもイスラムのことは話したかったのです。なぜかといえば、「日本はルネサン スを経験していない」ということを考える際に、イスラムのことを考えるのがヒントになるからです。宗教論とかは全然する気はないので、ご心配なきよう。

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2007年10月23日火曜日

「城から城へ」

 数年前にフランスのマルセイユでちっちゃな女の子が殺されたときに、住民の皆さんが無言のデモ行進をして、「幼い子供の命も守れないのならいったい警察 は何をしているのか」ということを抗議していました。ああ、何だ、こういう考え方もあるのね、なんて目からうろこが落ちるような感じがしたものです。
  しかし日本ではひとが殺されると常に「犯人が憎い」ということしか出てこない。警察にちゃんと犯人を逮捕してほしい、なんてことしかいわなくて、もう、警 察はどこまでいっても善玉だ。おまわりさん、こっちは税金払ってんだからまじめにパトロールしろ、なんてだれもいわない。要するに日本の安全神話というも のの根拠はここにあるんじゃないの? 警察に全幅の信頼を置いているんだから、安全が問われることがない。実際に安全であるかどうかは別として、日本においてはいかに安全が管理されているのか を問うという発想がない。悪いのは犯罪者だけ。この辺失業者が社会よりも「だめな僕」を責めるなんてのと並行した発想だ。フランスならみんな社会のせいに するけどな。まあ、両極端てな気もするけど、でも日本人ってむかしからこうなんでもかんでも個人のせいにしたものなのかな?
 さて、「城から城へ」である。現題はD'un château l'autre。不定冠詞と定冠詞が用いられていることに注意してみましょうということでした。これは確かに難しいとはいっても、こういう翻訳なんかでも勘が大切です。これはどうもくさいぞ、と思わないで「城から城へ」で満足していてはなりません。
  それで私はこれはどういう意味なのだろう、とずいぶん気になっていたのですが、ある日テレラマという雑誌で似たような表現を見つけたのです。飛行士か何か の話で、苗字は忘れたのでとりあえず飛行士だからサンテグジュペリとでもしておきましょう。つまり放送の題名がD'un Saint-Exupéry l'autreというようなものだった。これを見て私ははっと思いました。はっと思わないひとのために解説しましょう。つまりサンテグジュペリ家というも のがあって、そこにはお父さん、お母さん、おじいさん、おばあさん、つまり家族がいるのである。この場合この題名は「サンテグジュペリ家の一員から、あの サンテグジュペリへ」ということになる。まったくとんびがたかなんてことではないが、特に名前が知られていなかった家族の一員が名をなした、つまりはサン テグジュペリといえばこのひと、というひとが生まれたということである。
 ですからこの「城から城へ」は、こういったフランス語のおそらくは口語 表現の一種で、どこにでもあるような城が、「あの」お城と呼ばれるようなものになるということなのです。Autre という単語はいつでも「他の」と訳すべきものではなく、たとえば nous autres Français という表現は「我々フランス人」を意味します。この場合は「他の」というよりは「他のものとはちがう」という意味です。ですから D'un château l'autre というこの題名はたとえば「城の誕生」とでもすべきものなのでしょう。でもこの題名のどこにも「誕生」に当たる単語がないじゃない?なんておっしゃるんでしたら、まあ、ここは縁がなかったということで・・・。
  まあ、何にしてもフランス語の表現がわからないんだったらフランス人に聞けばいいと思うんだけど。どうして聞かないんだろう。「聞かぬは一生の恥」なんて いって、実際に「死体派」だの「城から城へ」とか間違った題名で本が出るのは一生の恥のような気もするが、もしだれも気づかないというのなら恥でもないの かな? セリーヌ全訳の高坂先生はそれで日仏翻訳文学賞だか何だかをとってるが「よくがんばった」というような賞なのかしら、これは。 ちなみに英訳の題名も Castle to Castle で、まちがっています。英訳がまちがっているなんてしょっちゅうですから、気をつけましょう。
 もしよろしければコメント、感想、質問などお気軽にどうぞ。

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関連記事 変な日本題

2007年10月20日土曜日

その他のセリーヌ

 むかし外語大に行っていたときにそのセリーヌという作家をひとりで全訳するというどうも人間業とは思えないことをした高坂先生というひとが非常勤で来て いたのだけれども、授業はとっていませんでした。セリーヌは話し言葉やいわゆる地口のようなものをたくさん書き言葉にとりいれたひとなので、かなりフラン ス語の細かいところを知り尽くしていなければ訳せないものなのに、それをよくひとりで訳したものだ。
 ところが最初に言った「死体派」だけでなく、かなり怪しげなのである。死者は鞭打つなかれなんて言いますがね、これ、愛の鞭です。
 確かにL'École des cadavresが「死体の学校」だとおかしいな、と思って、「学校」écoleという単語の他の意味を探すのは理解できるのである。でもだからって意味も合わないのに「派」というのをもってくるのはどういうものかと思うのです。
  日本とフランスを逆にして考えてみれば、これはわかりやすいのです。たとえば日本に「我輩は犬である」という小説があったとしましょう。それで小説のなか には犬も何も出てこないとします。するとフランス人の翻訳者は意味がわからない。国語辞典を見て「間諜、スパイ」の意味を探し出して「私はスパイです」と 訳してしまう。しかし日本文学の翻訳者がこの題名が漱石のパロディであるということがわからないのは大変に困ったものだ、ということになるだろう。
 ならば「死体の学校」がモリエールの「女房学校」のパロディだということのわからないフランス文学の先生というのもやはり困ったものなのです。
  他に「これ何なの?」と思うのはたとえば「なしくずしの死」。いや、きっと私の方に日本語の理解能力がないのでしょう。別に間違ってはいないのです。でも Mort à créditというフランス語の題名を素直に訳したら「分割払いの死」ということではないだろうか。いや、同じことにはちがいないかもしれないんですけど ね。「死は分割払いで」とか。毎日毎日死がやってくるような生殺しのような状態で生きさせられる人生のことだ。「なしくずしの死」よりもいいような気がす るんだけど。
 でも明らかに訳が間違っているのは「城から城へ」。原題はD'un château l'autreです。これはかなり程度が高いですね。でもどうして不定冠詞と定冠詞があるのか、と疑問を感じなければなりません。英語にそのまま横滑り的 に「直訳」してみればFrom a castle the otherです。これがthe otherじゃなくてanotherだったら「城から城へ」でもいいような気がしますね。さてこの題名はどういう意味なのでしょうか。

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関連記事 「変な日本題」
 

2007年10月16日火曜日

「成熟の年齢」

 それにしてもおかしなタイトルのままで出てしまう翻訳が日本のフランス文学の世界には多い。これ、日本のフランス文学ですからね。日本のフランス文学と いうことで大目に見られる、というか、もう大目に見られるという意識すらなかったりしますから。意味がわかんなかったらありがたがられたりして、その辺は 聖書を自国語に翻訳したルネサンスという歴史上の大事件を経験しなかった日本ならでは。ありがたいお経は意味がわからないからこそありがたい。だからフラ ンス文学は難解だぞお!というとありがたくなってしまう。フランス文学というよりはこれはホトケ文学ですな。いやあ、民族性を感じさせます。
 一目見ただけで「これ、どういう意味?」という変な題名もあるが、日本語として変ではないけど、それにしてもどうして間違ったの?という誤訳の題名もある。
  たとえばミシェル・レリスの『成熟の年齢』。レリスは最初シュルレアリストとして出発しましたが、後に民俗学者になったひとで、特に『アフリカの印象』と いう本が有名です。しかし民俗学者としての活動と平行して、奇妙な自伝も書いていました。これはその一冊です。波瀾万丈の派手な出来事は書かずに、言語と の出会いを書くという態度は、ある意味で民俗学者的であるとも言えるのでしょうか。
 さて、この本の原題はL'Âge d'homme、そのまま英語に横滑りさせるとage of manです。訳者さんは何となく大人になった年齢のような気がしたんでしょうねえ。この段階ではその気持ちはわかりますよ。
  でも実際にこの本を読んでみると、実際には年端のいかない子供の頃の話をずっとしているのです。最後の方では大人になりますが、本の4分の3くらいの間は 中勘助の『銀の匙』なんかより小さい頃の話をしているんです。だったら『成熟の年齢』はおかしいと訳者さんは思わなかったのかなあ、とその辺がよくわから ない。
 この題名の表現は中型の仏々辞典を見ると出てきて、それによるとl'âge de raisonと同義、約七歳ごろ、人間が理性をもちはじめる年齢、つまりは『ものごころのつくころ』なんですね。全然まだ成熟なんてしていないのである。 もっともやはり字面通りにある程度の年齢をさすこともあるのだが(そちらの方が普通であることはまちがいがない)、内容からしてこの場合はこっちの方の意味だと考えるのが妥当でしょう。
 別にまちがうのはいいんだが、辞書を引くことすらしない怠惰はどういうものかと思いますけどね。 英語で言えばmanにあたるhommeなんて単語を仏々辞書で引くのは、記事が長すぎて面倒くさかったのかな。
 (もっともこの表現の「ものごころがつく年頃」という意味が載っている辞書の数はそれほど多くなく、このレリスの本が代表的な例なので、むかしの辞書には載っていなかったのかもしれません。ともかくこれからは変えてゆくべきでしょう。まちがいは正せばいいんです。)

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2007年10月12日金曜日

「感情教育」のつづき

 ところでスターンは日本ではむしろ「紳士トリストラム・シャンディの人生と意見」という小説で知られているようです。これは確かに奇怪な小説であり面白 いものですが、それでもこの小説を評して「18世紀のものとは思えない現代的な感覚の小説である」云々というのは実はおかしいのです。なぜならばむしろ小 説という近代的なジャンルが花開いた19世紀というのは文化的に言って18世紀よりも退歩した時代なのであって、人間の文化的レベルは何千年もの間たゆま ず進歩してきたわけではなく、進んだり後戻りしたりしているからなのです。現代の人間の文化的レベルもようやく18世紀に追いついてきたかな、なんて考え る方が当たっていると思います。もっともインターネット時代に入ってまたもや退歩をはじめたような気がしますが。
  「センチメンタル・ジャーニー」は「トリストラム・シャンディ」よりも執筆時期は遅かったようです。(もちろん「お前はこんな風にしてひとにけちをつける のなら、gentlemanという単語を機械的に『紳士』と訳すのはどういうものか」という意見もあることでしょう。そのとおりだろうと思います。でも私 は英語の専門家ではないのでもっといい訳語がわかりません。)
 さて『感情教育』L'Éducation sentimentaleに戻ります。
  フランス語では「恋愛ドラマ」、「ラヴコメディ」のことをComédie sentimentaleといいます(必ずしも「コメディ」ではなく、悲しくてもお涙ちょうだいでも同じ)。恋愛小説はroman sentimentalです。「感情小説」といったら何のことやらわからない。だからこの形容詞は「感情」の形容詞であるよりはむしろ「恋愛」の形容詞で あると考えた方がいいでしょう。『感情教育』ではなくて『恋愛教育』にしてみるとずっと日本語としての喚起力が上昇するようです。
 もしここで 「我々はこの『感情』という日本語が『恋愛』のことを意味しているということは最初からよくわかっているのである」なんておっしゃるひとがいらっしゃった としたら、胸に手を当てて考えてみてくださいね。本当にそんなことを思っているんですか? いったいこのフローベールの小説の日本題以外のどこで、日本語 で「感情」と「恋愛」が同義語として用いられているというんですか。フランス語でこの「感情の」という単語は「恋愛の」を意味するのである、なんてことを 根拠にするのだとしたら、こっちは翻訳の話、日本語の話をしているのであって、フランス語でどうかなんてことは翻訳においてはそもそもどうだっていいこと なのである。
 Sentimentalという単語は「恋愛」に関する形容詞である。「愛」amourから派生した形容詞amoureuxは「恋を した」という意味ですから、恋愛小説のことをroman amoureuxとはいえません。だったらroman d'amourというのはどうか?といわれたらやっぱりこれもおかしいですな。うまく説明はできませんが。日本語でも「愛の」というのをまるで枕詞のよう に意味もなくつけることがありますが、それに雰囲気としては近くなります。(正確にそうというわけではありませんが) というわけで sentimentalという単語はamourの形容詞として考えるべきものなのです。でも「恋愛物語」はhistoire d'amourでいいんだから難しいものだ。
 ちなみに私の尊敬する出版者ジャンジャック・ポヴェールさんが監修している好色文学のコレクションはLectures amoureusesというのだ。何も考えないで「恋する読書」でいいのかもしれないが、どういうものだろう。
 もうひとつの単語「教育」の方だが、これはどうなのか。この小説のアマゾンのコメントに「愛のレッスン」というペンネームで投稿なさっている方がいるが、これはタイトルとして無難なところです。でもéducationは「レッスン」かといったら、ううむ、どこかちがう。
  ところでこのéducationという単語、SMぽいようなものの商品のカタログなどのなかに見かけることがあるようです。鞭を使ったりするのは éducation anglaise、つまり、この単語を「教育」と訳すとすれば「英国式教育」なんて呼ばれるところでしょう。でもこれ実際にイギリスでは鞭を使って厳しく 教育したという感じがしてしまって、SMな感じが出ていません。当然普通なら「英国式調教」と訳すでしょうね。
 するとフローベールの小説の題名 なんだけれども、これ、「愛の調教」なんじゃないかなあ、と私は思うのです。偽善者なんだか頭が悪いんだかわからないひとたちは「フランスの大作家フロー ベールがそんなお下劣な三文雑誌の連載小説みたいなタイトルをつけるはずがなあい!」とお怒りになるのかもしれませんが、それはあまりフローベールという 作家の皮肉さ、底意地の悪さがわかっていないんじゃないかなあ、なんて思うのです。フローベールはブルジョワを忌み嫌ったひとなんですから、そのひとをブ ルジョワ的に解釈するのはそれこそ彼の芸術に対する侮辱なんじゃないの? この「愛の調教」という何だかばかばかしい題名にしてみると、フローベールの皮 肉な恋愛感、ほろ苦さ、ブラックユーモアとまではいえないセピアなユーモアの感じがはっきり出て、いいのではないかというような気が私はするんですが。
  そもそも繰り返すが「感情教育」なんてことばが日本語として理解できるはずなどないのである。もしこの題名を認めるというのなら「感情旅行」、「感情小 説」ということばを認めなさい。それが理屈というもんだ。この小説の題名を訳すなら「愛のレッスン」、「愛の教育」、「恋愛教育」、「愛の調教」、いろい ろ可能性があるだろう。こういったものが「感情教育」よりもずっと通俗的に過ぎるというのなら、私は意味のわからないことを言って高級そうなふりをして煙 に巻くことは、通俗的なことばを発することよりも果てしなく低劣だということを言いたいのである。

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2007年10月9日火曜日

「感情教育」とは何と変な題名だろう

 「感情教育」とは19世紀後半のフランスの作家ギュスターヴ・フローベールが書いた小説である。フローベールは「ボヴァリー夫人」でも有名です。私がむ かし買った翻訳は上下二巻で岩波文庫で出ていました。今でも日本題は変わっていないようです。題名というのは大切なもので、むかし読んだときはこの変な題 名が気になるせいでどうも小説の意味がよくわかりませんでした。前に書いたように、こんな題名を見ると、はたして感情のないひとに感情とはいかなるものか を教育するというのか、あるいは感情的な教育のことなのか、なんて思ってしまいますね。教育者に感情的になられても困るわな。
  「いや、これはすばらしい題名である。こういう題名の意味がわからないのはお前だけだ」とか「何をくだらない文句をつけているんだ」とかおっしゃるのな ら、別に私奴の云うことなどまったく気になさらないでいただいて結構です。それでももしことばの問題に興味がある方なら、決して私の書くことがつまらない とは思わないはずです。
 そもそも「王様は裸じゃないか」と言うのはただの子供ですからね。別に王様とか他の大人の気持ちとか意図なんて考えてい ないのです。きっといろいろ事情があるんだろう、とか考えないから「王様は裸だ」なんて言わなくてもいいことを言ってしまうのです。この題名はおかしい、 とうすうす気づいているひと、本当はどういう意味かわかっているひとは日本にたくさんいらっしゃるのだが、でも先人を尊重してしまう。いや、みなさん大人 ですな。
 さて、この小説の原題はL'Éducation sentimentaleです。辞書を引くとéducationは「教育」、sentimentaleは「感情の」と出てきます。だったら「感情教育」で いいじゃないか、どこに問題があるんだ、とおっしゃる方もいらっしゃるでしょうが、そもそも翻訳とは無限の可能性があるもので、それを狭いところに押しこ めてしかもそれをひとに押しつけるやからが私には許せないのです。だから私は何も私が言っていることが正しいなんていうつもりは毛頭ありません。いろんな 可能性を考えてみよう、と言っているだけです。最初の冠詞をのぞけばたった二語の題名にもいろいろな可能性があるというのが面白いのです。
 まず は日本語として「教育」よりも気になってしまう「感情」の方について考えて見ましょう。このsentimentaleという単語のここでの用法は、実はフ ランス語の歴史のなかでは割と新しいものなのです。何と18世紀後半、フランス革命の直前の時期に生まれた用法です。この形容詞は名詞sentiment 「感情」から派生したものだと考えられるので、「感情の」という意味だと考えればいいのかもしれないと思ってしまうのですが、そこに罠があるのです。それ はこの単語の本来の用法だろうと思われるもので、この近代的な用法ではありません。
 さてそれではこの近代的な用法はどのようにして生まれ、そし てどういう意味をもつものなのでしょうか。実はこれがそもそも翻訳から生まれた用法なのです。18世紀イギリスの作家ローレンス・スターンの書いた小説で 当時のベストセラーであった「センチメンタル・ジャーニー」A Sentimental Journey through France and Italyがこれ、フランス語でVoyage sentimentalと訳されてしまったんですね。日本人が辞書に「感情の」と出ていたら何だか意味が合わない気がしてもそのままその訳語を使って翻訳 を出版してしまうのだから、英語とフランス語で意味合いがかなりちがっても、似ているというかほとんど同じ単語をお隣の国のひとが使っていたらそのままそ の単語を使ってしまう気持ちは大いに理解できます。おして知るべしです。それでもこの単語の英語の用法とフランス語の用法はずいぶんちがったのですね。だ から英語の専門家は幸運なことにむかしからこれを「感情旅行」とは訳さずに「感傷旅行」と訳しています。「感情旅行」じゃ何のことやらわからないもんな あ、と思いつつ「感情教育」の方は既に慣習化しているから認めるというのなら、あなたの感覚はちょっとおかしいですな。言語感覚がおかしいついでに同じ題 名の日本の小説まで出ているようですが、どういう料簡だろう。わけがわからないものが高級なものだと思うのはやめましょうね。事実はその正反対ですから。
 だったら「感傷教育」にすればいいのか、といえばそういうわけでもない。でも「感情教育」よりは一歩前進したようです。このつづきはまたあとで。

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2007年10月1日月曜日

「感情教育」って…

たとえば「星の王子様」なんて本があって、これの新訳といって「小さな王子」なんてのが出てるわけです。でもなんだかなあ、と思うわけ。それはまあLe Petit Princeという題名は「小さな王子」にはちがいないけど、最初にこれを訳したひとは「petit、小さな、prince、王子」と考えて、それをその ままだったらなんだなあと思ったから一所懸命考えて「星の王子様」にしたんじゃないかと思うんです。きっとこれを「小さな王子」と訳して出したひとは「既 に『星の王子様』という訳はあるからちがうものがあってもいいと思う」なんてことを言うんだろうし、それはあってもいいんだけど、でも何だか投げやりじゃ ないの?
た とえばおはがきなんかもらって、それに対してMerci pour tes petits motsなんて答える場合は、「小さな言葉をありがとう」といっているわけではない。「やさしい言葉」とか「かわいらしい言葉」ということだろう。だった ら何もLe Petit Princeというフランス語の題名だからって「小さな王子」と訳す義理なんかないのよ。義務もないし。いや、私は何も「小さな王子」という題名がまち がっているといっているのではない。正確です。でもどうせ訳し直すんだったら、題名についても最初のひとがLe Petit Princeというフランス語のタイトルから「星の王子様」という題名を思いついたのと同じくらいの精神的努力をして新しい題名を考えてほしいということ です。でも「路上」を「オン・ザ・ロード」とカタカナで書いて完全に翻訳者としての義務を放棄するよりはましですか。翻訳はだめだから原語で読みなさい! と翻訳者自身が日本人の読者を叱咤激励してるんですかね。それはそれでひとつの見識だが、だったらそれで原稿料をもらうのはどういうものかと思うけど。
さて、これってどういう意味?と思う翻訳文学のタイトルは数あれど、でも「感情教育」って何? ううむ、生まれつき感情なしで生まれた人間に感情を教えるのだろうか。それはむずかしそうである。今度はこれについて考えてみましょう。

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