2009年4月6日

春の翻訳 「冷めた気持ちでブーテフリカ大統領の三選を待つアルジェの人々」

アルジェリアの大統領選に向けた選挙活動がこれほどの無気力を呈することは滅多にあることではないだろう。この国の首都はこの広大な国を代表していると考えられるだろうか。ともかくアルジェの街は、4月9日の投票がほぼ熱意をもって迎えられていないということを示している。

 国の長として三選目を目指している「大統領候補者」アブデルアジズ・ブーテフリカをたたえるポスターがほぼいたるところに貼られている。チュニジアを支配するベン・アリの個人崇拝からはまだほど遠いとはしても、それに少しずつ近づいていると云える。右を見ると、「アルジェはブーテフリカに投票する」と書かれた、鳩とともにいる国家元首の巨大なポスターがある。左を見ると、大統領が胸に手を当て、「強大で平穏なアルジェリア」を求めている。

 アブデルアジズ・ブーテフリカが勝利することは、だれも疑っていない。彼に対抗する他の五人の候補には、その主張を聞いてもらう機会が少しばかりもない。現職大統領に仕える行政機関は、ロードローラーのように機能する。首都の主要動脈の一本であるベン・メヒディ通りで、騒々しい音楽が巨大な場所から流れてくる。これはアルジェ地方に900あるブーテフリカ候補の選挙拠点のひとつだ。二台の巨大なスクリーンが、1999年に権力を手にして以来の国家元首の行いを語っている。壁には、彼のあらゆる年齢の写真が飾られている。少年期、思春期、若きムジャヒディン、そして髪を茂らせ、勝ち誇る口ひげと、魅惑的なほほえみを浮かべた若き外務大臣の姿で。さらにその向こうの中央郵便局広場では、「花の友だちはブーテフリカに投票します!」と宣言するのぼりが生花市場を飾っている。

 「2004年(前回の大統領選挙)にはまだサスペンスがあった。ブーテフリカとベンフリスのどちらの勝利を『システム』が望んでいるのかが本当にはわからなかったんだ。でも今回はもう結果はわかっている」とあるジャーナリストは嘆く。「最初から勝つとわかっている選挙のためにこんなに無駄遣いしてもいいのだろうか」と、4月9日には投票箱に白紙を投ずるつもりのラシッドは疑問を感じている。「投票には行かないわ。友達もだれも行かないもの」と、生物学の学生のフーリアは云う。

 若い女が席を並べて落ち着いてたばこを吸うことができる、アルジェでは珍しいカフェ・レストランのひとつのクラブ54では、ヒジャブで髪を覆ったジーンズ姿の三人の女友達が、楽しげにおしゃべりしている。「母はブーテフリカのファンなのよ。テレビにブーテフリカが出てくると母さんは目に涙を浮かべているわ。私はブーテフリカが安全を取り戻してくれたことに感謝している」とひとりが語る。「十年前には、こんな風にアルジェを散歩して午前二時に家に帰るなんてできなかったわ」 30代のウェイターがやってくる。「俺は投票には行かないぞ! 俺はアルジェリア人でフランス人のつもりだからな!」と通りがかりにことばをかける。

 大っぴらにこの疑問を投げかけるひとはどんどん増えている。「父さん母さんがアルジェリアの独立のために闘ったのはただしいことだったのだろうか」 「こんなことを云うのは不幸なことよ。だって私はこの国のことが好きなんだから。でももしフランスがまだここにいたとしたら、今こんな状態だったかしら?」とサミアは疑問を感じる。友達のマリカは何も云わない。突然我慢ができなくなって、マリカは自分の話をはじめる。12月に18歳の弟が高校でアルジェリアの国旗が描かれた板を裏返し、その代わりにフランスの国旗を描いて、そこに「フランス万歳!帰ってきて!」ということばをつけくわえて以来、マリカの家族はサイコドラマのようなものを生きているのだ。高校を退学になり、バカロレアを受けることも禁じられ、弟は今裁判を待っている。「弟は泣いて後悔している。父さんと母さんはショックで立ち直れない」と彼女は語る。

 料理人のサイード(33歳)は、4月9日に投票に行くかどどうかまだ決めていない。もし投票するとすれば、ブーテフリカを選ぶつもりだ。サイードによると「ブーテフリカがなかではいちばんましだ。」 10年前には、友人と政治について議論した。今はもうそんなことはない。「アルジェリアで何とかまともな生活をするにはどうするべきかがようやくわかったよ」とサイードはうんざりしたように云う。「何にも興味をもっちゃいけない。そして特に、考えたらいけないんだ…」

フロランス・ボージェ

http://www.lemonde.fr/afrique/article/2009/04/04/alger-se-prepare-sans-passion-a-la-reelection-attendue-du-president-bouteflika-pour-un-troisieme-mandat_1176670_3212.html#xtor=RSS-3208

 まあ、いかにも「ル・モンド」といった感じの記事ですね。

2009年3月27日

春の翻訳 「ベネディクト16世はアフリカに興味がないと考える司祭は多い」

 象牙海岸出身の作家、ジャーナリストのセルジュ・ビレは、『ナチス収容所の黒人』などのしばしば議論の種になった本によって、その名を知られることになった。最新作は『もし神様が黒人を愛していなかったとしたら』というヴァチカン(ローマ教会)の人種差別に関する調査報告だ。セルジュ・ビレは、ローマ法皇が3月17日(火)にコンドームの使用に反対することばを述べたことに対する政治家や団体の多くの抗議に同調している。

 「コンドームの配布によってエイズの問題を解決することはできない。その反対に、コンドームの使用は問題を深刻にする」と公言したベネディクト16世の発言を聞いてあなたはどう反応しましたか。

 まったく啞然としてしまいました。みんな私と同じ考え方だと思います…。熱心なカトリック教徒のアラン・ジュペ(ボルドー市長、元首相)でさえ法皇のこのことばを告発したのですよ! ディファルコ猊下の説明はさらにひどいと思います。報道機関は法皇のことばをはしょったのであり、法皇は本当はコンドームを繰り返して使用する習慣がある国があるということを告発したのだと云うのです。これではアフリカ人は知恵遅れだと云われているような気がしますよ! アフリカ大陸でどんな予防策がとられているかを知っていたとしたら、どうしてこんなことが想像できるものでしょうか。

 エイズはこの大陸の悲劇です。しかしアフリカに来るときにこの法皇が話題にしたかった唯一の事柄がエイズだったということのようです。どうしていつまでもあいもかわらずこの病気とこの大陸をいっしょくたにしなければならないのでしょうか。たとえこの問題を過小評価しなくても、他に話題にできるだろうことが山ほどあります。未来のために戦い未来をつくろうとしているダイナミックな人々がいるというのに、どうしてエイズのことしか話さないのでしょうか。ここでは大陸のとても悪いイメージが流通し、ローマ教会がそのイメージの流通に貢献しているのであって、これは困ったことだと思います。

 コンドームについての法皇のことばはアフリカの人民にどのようにとらえられるでしょうか。

 何の反響もないでしょう。だれかがよそからやってきて、日常生活においてどのように行動すべきかを教えてくれるのを待っているような暇はアフリカ人にはありません。これは現実の性生活についても同じことです。アフリカに行くのはまったくもって法皇の役割ですが、この訪問までに4年もかけたことには驚いてしまいます。前の法皇はアフリカに13回行きました。今日では、多くの司祭がベネディクト16世はアフリカに興味がないと考えていて、改宗させることのできる人間が巨大な群れをなしているアジアや中国の方にむしろヴァチカンは向かっているのだと考えています。今現在最も進展著しいアフリカの教会が、いちばん冷淡な扱いを受ける教会でありつづけているのです。アフリカ全土に20人程度しか枢機卿はいませんが、イタリアだけでもその2倍の枢機卿がいるのです。ローマにいるアフリカの司祭は必ずしも良い目で見られているとは云えず、一種の差別が存在します。特に役職の分配についてそう云えます。ヨーロッパ人の司祭はアフリカで役職をもっていますが、その反対はありません。

 あなたは本のなかでヴァチカンの「人種差別の伝統」についてまで話しています。

 これは教会の起源にさかのぼる話です。まず最初に、父親の裸の姿を見たために奴隷になることをしいられた、ノアの息子ハムの呪いがあります。この聖書の一節が、アフリカ人をハムの子孫として、何世紀にもわたって奴隷制度を正当化するために使われたのです。同じように、カトリック教会の内部では、黒人は神の似姿ではなくて、悪魔の似姿なのだと長い間にわたって語られていました。聖モーリスのような黒人の聖人は、常に白人の姿で描かれました。もちろんこういった伝統は何百年もたつうちに弱まりました。第二ヴァチカン公会議(1962-1965)以来、公式にはもう人種主義は存在しません。それでも差別の跡はいくらか残っています。ローマのヴァチカン大学では、アフリカ人の教授が教鞭をとるためにはときに10年から12年かかります。ヨーロッパ人の司祭なら3年もかかりません。教会は人間のものなのです。教会の内部には、こんなことができる人間がいるのです。

http://www.lemonde.fr/societe/article/2009/03/18/beaucoup-de-pretres-pensent-que-benoit-xvi-n-est-pas-interesse-par-l-afrique_1169755_3224.html#ens_id=1168534&xtor=RSS-3208


2009年2月1日

ガザかラザか

 私は今アルジェリアにいます。アルジェリアに来るにあたって、ちょっとアルジェリアのフランス語新聞のサイトなどを見ていたのですが、そのときに気になったのが Ghaza というつづりでした。フランス語では普通「ガザ」のことを Gaza とつづっています。しかしこのアルジェリアの新聞では Ghaza というつづりを採用しているのです。
 細かいことではないか、どうせフランス人がこのつづり字を見ても Gaza と同じ発音をするだろう、と考える方もいることでしょう。しかし問題はまさにそこにあるのです。アルジェリアのフランス語新聞が、あえてフランス人とちがうつづり字を採用している理由を考えてみなければなりません。
 それはきっと Gaza というつづり字がきっとある種のアラビア語話者にとっては納得できないものだということなのでしょう。アラビア語のラテン文字への転写において、gh という子音は kh の有声音です。ライ歌手のハレッドの名前は Khaled と転写されています。こちらはロシア語ですが、サハリンはフランス語式転写では Sakhaline とつづられます。この kh は喉の奥から発音される強い「ハ行」(日本語で云うと)の音です。これの有声音が gh で転写されます。Kh の有声音は、フランス語の r に似た音になります。
 ちょっと話は変わりますが、あるベンガル人の友人が、どうしてフランス人は h の音が発音できないのだろう、r が発音できるのだから、h も発音できるはずだと云っていました。理屈から云えば、h よりも kh になるはずですが、なかなかおもしろい意見だと思いました。
 私が今いるところはチュニジアの国境に近くて、唯一ここで聞こえるフランス語のラジオはチュニジアの国際放送です。この放送局のニュースを聞くと、やはり「ガザ」は "Ghaza" と発音されています。アナウンサーの発音はまったくアクセントのないきれいなフランス語なので、奇妙に感じます。フランス人なら Gaza と発音するところを、私の耳にはどう聞いても Raza としか聞こえない音で発音するからです。
 とても外国語が上手な日本人でも、会話のなかで日本の固有名詞は日本語そのままに発音するひとの数は少なくないようです。このチュニジア国際放送のアナウンサーも、アラビア語の地名はアラビア語風に発音することにしているのでしょう。
 だからといって、「本当はガザじゃなくってラザらしいよ」なんて日本人が云いだす必要はないと思いますが。しかしグーグルで検索しても、だれもそんなことを云っていないのが結構意外です。

2008年12月12日

麻生は読み間違えていない

中村とうようはオバーマと書いているので、真似でもしてみましょうかね。
 さて、「頭のいいひとはオバーマに投票する、マッケインなんかに投票するのはばかだ」とひとに信じ込ませるような選挙キャンペインを見て、「サルコジが同じようなキャンペインをしていたな」と思っていましたが、実際にオバーマ陣営はサルコジの選挙キャンペインをよく研究していたのだそうです。
 一方で、多くの国の「社会党つぶし」は、橋本龍太郎と小沢一郎が、「お前らは何も現実をわかっちゃいないな」と云いたげな「ばかにしたような顔」だけを使って日本の社会党を自壊させたという戦略に想を得たものであったというのも有名な話です。このようにして、世界各国の首脳のスタッフは、他国の政党の政治戦略を研究して、それを応用します。
 数箇月前、ブッシュ現米国大統領が当選当時無知をさらしたのは、「ばかに見せた方が国民の支持をとりつけられる」というスタッフの助言による意図的なものだったということを書いてある記事を読みました。
 麻生の取り巻きがこの戦略をそのまま利用しているということはないでしょうが、麻生がこの記事を読んだということは十分にありえます。「ばかに見せることのうまみ」を麻生は学んだのでしょう。
 麻生のためには、「現在の日本政府は村山談話を踏襲している」という旨の原稿が用意されていました。しかし麻生自身はそんなことは国会の答弁では口が裂けても云いたくないというのが本音だとしたらどうでしょうか。これを「読み間違える」ことによって、「私は村山談話を踏襲するなどとは云っていない」といくらでも言い逃れができるのです。
 同様に、日中友好のための会の席では、「両国の交流が頻繁になったが、これはとてもいいことだ」という用意された原稿は読まずに、あたかも読み間違えたかのようなふりをして、「これはまったくもって面倒なことだ」ということを云っているのです。何という不敵さでしょうか。しかもこんな卑劣な行いを、まるでばかであるかのようなふりをして実行しているのです。唾棄すべき悪辣さです。
 むかしむかし「矛盾」をわざと「ホコトン」と読み間違えて受けを狙った議員さんもいたようですが、麻生はそういった話もちゃんと意識しているのでしょう。だからこそ彼は「漢字も読めない首相」とみんなに云われても、用意された原稿を読んでいるだけだと批判されても、まったく落ち着いていられるのです。

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2008年12月6日

とりあえず「ら」入れておくか

 テレビの字幕というのは妙なもので、いつもいい加減なわりには、変なところにこだわりを見せます。
 さっきノーベル賞の MASKAWA 先生が、受賞演説を異例の日本語でする理由を聞かれて、「日本語でしかしゃべれないから」と答えていたのですが、WAKE UP の字幕では「しゃべられないから」としっかり「ら」を入れていました。
 字幕担当者は「ら」抜きことばがよっぽど嫌いなのかなあ、とも思うが、本人が「しゃべれない」と云っているのだから、何も入れなくてもいいところにまで入れなくてもいいですよねえ。それともこの字幕担当者はふだん「しゃべない」「しゃべます」とか云っているから、「しゃべれない」とは「ら」抜きことばだ、まちがっている!(怒)と思ったのかな。
 テレビ局の字幕の規則には「とりあえず『ら』を入れておけ」とでも書いてあるのかしら。
 「日本語でしかしゃべられない」と云うと、何だか禁止されているような感じですけど。

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2008年12月1日

翻訳冬祭り 「ばかものどもの悪魔祓い」

 前からときどきのぞくことのあった I Like Your Style というブログ(フランス語)にも、今どきのオバマブームを反映したアンケートがあります。ちょっとおもしろいので訳してみましょうかね。
オバマが選出されたことについてどう思いますか。
  • 関係ない。大して変わらないことはもうわかっている。
  • ロシアかセルビアにでも移住してしまおうかという気になる。
  • むかつく。次回は女か小人にしたらどうか。
  • うれしい。自分の業績しか示すものがないひとを相手にして選挙に勝つとはすばらしいことだ。
 二番目の選択肢が、米国のことなのにまるで自分の国のことであるかのように考えるひとのことをばかにした感じでいいですね。
 このブログで十年前のボードリヤールの文章が紹介されています(1997年にリベラシオン紙に発表されたもの)。本文の記事は一部を引用したものですが、あるコメントが全文を再録しています。ボードリヤールなんて趣味じゃないですけど、ちょっと訳してみましょう。この記事の内容はオバマのアンケートとはまったく(直接的には)関係ありません。

ばかものどもの悪魔祓い

 危機的で解決不能の状況がふたつある。現代美術のだめさ加減と、ルペンに対する政治の不能である。このふたつは取り替えられ、入れ替えによって解決される。ルペンの政治にはまったく対抗できないという不能が、文化と文化神聖同盟の方面へと移動するのである。現代美術を疑問に付すことについては、これは反動的、非理性的、ひいてはファシズム的な思想からしか生じないものだ…。このばかものどものうやうやしい悪魔祓いに対して何を対抗させることができるだろうか。不幸なことに、この知性の堕落のメカニズムは、芸術の袋小路と同じく、国民戦線(FN)に対する闘争の袋小路も解決できない我らが「民主主義者」のエリートのうしろめたさと不能に想を得たものなのだから、何ものにもこれを正すことができない。もっとも単純な解決方法は、このふたつの問題を混同して、道徳をたれる詰問口調を用いることである。真の問題はこのとき次のようなものになる。どんなしかたでも、いかなるものであっても、突飛なこと、無礼なこと、異端のこと、逆説的なことを云ったら、自動的に極右になってしまうことなしに、もはや口を開くことができないのだろうか(はっきり云わなければならないが、これは極右に対する讃辞になってしまう)。すべての道徳的なもの、順応的なもの、日和見主義的なものは、伝統的に右派のものだったのに、どうしてこれが左派のものになってしまったのだろうか。見直してみると茫然とすることになる。右派が道徳的な価値を背負い、左派はその反対に、ある種の歴史と政治の拮抗する要請を背負っていたというのに、今日では、左派にはまったく政治的なエネルギーがなくなり、単なる道徳の権限、普遍的な価値の担い手、美徳の支配のリーダー、博物館入りするような真と善の価値の所持者、全員に説明を求めて、だれにもお返しに説明を与えない権限になりさがってしまったのである。野党にあって20年の間冷凍保存されていた左派の政治的な幻想は、権力を手にしたときに、歴史の意味を保持するものではなくて、ある歴史の道徳を抱えたものだとわかったのである。この幻想はある真実と権利と良識の道徳を抱えている。これは政治的なるものの水準地点であり、おそらく道徳の系譜の最低地点ですらある。この価値の道徳化は、左派(と思想)の歴史的な敗北なのだ。現実ですら、現実原則も、信仰箇条なのである。ためしに戦争の現実を問題にしてみなさい。すぐさまあなたは道徳の掟を裏切るものであるという判断を下されるのだ。右派と同じく左派も政治的な生命力を失ってしまった。いったい政治はどこに行ってしまったのだろう。何とまあ、極右の方に行ってしまったのだ。ブリュノ・ラトゥールがルモンド紙上でうまいことを云ったとおり、今日フランスにおける唯一の政治的な言説は、ルペンの言説なのだ。他の政治家の言説はみんな道徳的、教育的言説、教師、説教者、管理人、計画者の言説だ。悪と不道徳の烙印を捺されて、ルペンは政治の問題をすべてかっさらい、善と啓蒙の政治が置き去りにしたもの、あるいはまったく抑圧されているものを決算する。ルペンに反対する連盟が苛烈なものになるにつれて(これが政治的不能のしるしだ)、ますます彼は不道徳であること、ひとりだけ悪の側にあることの政治的な利益を引き出すことになる。右派が道徳的な価値と既成秩序の側に行ったとき、むかしの左派は政治的な価値の名において、この道徳的な価値そのものに挑みかかるのをためらうことがなかった。今日では、左派は同じ地滑り、同じ訴えの取り下げの犠牲になっている。道徳秩序を与えられた左派は、抑圧された政治的エネルギーが他のところで結晶化し、自らがそれに対抗して結晶化するのを見るしかない。美徳の支配、同時にこの上なく大きな偽善の支配を担うことによって、左派は悪に養分を与えることしかできない。ルペンはいい思いつきだ。この男が我々自身の呪わしい部分、我々のうちにある最悪の部分の真髄を解放してくれるのだ。この点において、この男を糾弾しなければならない。でももしルペンがいなくなったら、哀れなことに、我々は人種差別的、性差別的、国粋主義的(我々みんなの定めだ)なウィルス、あるいはまったく単純に社会的存在の殺人的な否定性の犠牲になってしまうだろう。このことのために、ルペンは政治家階級の鏡であり、我々が社会の機能に内在する腐敗を政治家階級のうちに追い払うのと同じように、政治家階級は自らの悪をルペンのなかに追い払うのである。ここには同じ腐敗の機能があり、同じ浄化の機能がある。これを根こぎにしようとすること、社会を純化して、公共生活を道徳化し、悪の代替物を清算しようとすることは、悪のメカニズムをまったく理解していないということを示すものであり、それは政治的なるものの形態そのものを理解していないということを示すのである。反ルペン主義者は、一方的な告発を弄し、この悪の可逆性をまったく知ることなく、このことによってルペンに独占を許し、ルペンの方は、自らが排斥されていることによって、難攻不落の立場をものにするのである。政治家階級は、美徳の名においてルペンに烙印を捺すことによって、ルペンにこの上なく居心地のいい立場を保証し、ここでルペンは、敵が正当性と大義を要求することによって、まるで買収されたかのように、自らルペンのために生み出す曖昧さと、悪の否認と、偽善の象徴的な負荷をすべてかっさらう以外のことはもはや何もするには及ばないのだ。ルペンのエネルギーは、ルペンの過ちを急いでルペンの利益にしようとする敵自身から生まれているのである。常に目の覚めるような仕返しをする悪を切り捨てることからは、決して善が帰結することはなく、そうではなくて、悪によって悪をうまく扱うことによってそうしなければならないのだということを、ルペンの敵は決して理解しなかった。これは、もしルペンがばかさ加減とだめさ加減を体現するものであるとしても(これはそのとおりだ)、それと同時に他のみんなのばかさ加減を示しているのであり、このとんでもない椅子とりゲイムがまったく理解できず、明晰性のまったくの欠如のなかで、この自らの亡霊、自らの二重否定に栄養を与えながら、ルペンと正面から闘うことのなかにあるばからしさと同時に、ルペンを告発することによって、自らの不能とばかさ加減も告発しているということなのである。左派が告発に凝り固まり、ルペンが発言の独占をするようなこの逆転した効果は何ものが与えているものなのだろうか。一方は罪のあらゆる利益を引き出し、一方は非難することからあらゆる否定的な効果を引き出しているのである。男は悪のなかで輝き、左派は犠牲者であることの罠にかかっているのだ。真実はまったく単純なことだ。ルペンをゲットーに閉じこめることによって、民主主義の左派が自ら閉じこもり、自らを差別的な権力として指し示し、自分の妄想のなかに自らを追放しているのだ。このときルペンが共和国における合法性を自分のために引き合いに出すのはまずいことではなく、さらにとりわけ、糾弾されるものの、不法で、想像的で、それと同時にとても深い特権のなかに身を置くのがまずいことではない。このようにして彼は同時に合法性と不法性の利益を享受できるのだ。この陶片追放から、彼は自由な言語、左派が自ら禁じるぶしつけな判断を引き出している。これは今日政治思想の代わりをするあの魔術的思想の一例だ。ルペンは移民を切り捨て排斥すると非難される。しかしこれはあらゆるレベルで行われている社会的排除の過程のなかでは一滴の水であるにしか過ぎない。そうしてこの共同体の責任の複雑で解き明かしがたい過程については、我々は全員共犯であり被害者である。よって我々の社会的かつ技術的な「進歩」に従って回折するこのウィルスを払いのけ、既にあらゆるところで転移がはじまっているというのに、唾棄すべき人間、制度、グループなどなどを、切除手術をすればすむような癌とみなすという、この排斥の呪いとそれを目の前にした我々の不能の悪魔祓いをするのは、典型的に魔術的な行いである。国民戦線(FN)は、腫瘍が切除されたと信じられても、組織全体に芽が発生しているからこそ、転移によって開かれた道をさらに大手を振って歩むことしかしていない。このFNに対する魔術的な転移は、FNが移民に対して転移を行うのとまったく同じしかたで行われるのだと考えるまでもない。単なる悪の透明性によって、肯定的なものが否定的なウィルスに変化し、自由の要請が「民衆的専制」に変わるようにするこの狡猾な伝染を警戒すべきである。ここには常にあの可逆性、理性的な知性が疑いをもつことがないあの巧妙な悪の渦巻きがある(現代の病理学は、肉体についてはこれほどに多くのことを教えてくれるのに、社会についてはそれを考慮することがない)。我々の民主主義社会は静止状態だ。ルペンは転移だ。社会全体は無気力と免疫不全で死にかけている。ルペンはこのウィルスの状態の目に見える転写であり、みごとな転移である。まるで夢と同じだ。ルペンはこの潜在的な状態、同等な量の強制的融合と体系的な排除でできた音のない無気力状態の滑稽な幻覚性の形象化である。この社会においては、社会の不平等を還元するという希望は(ほぼ)決定的に退けられたのだから、その恨みが人種間の不平等の方に移動するのを見ても驚いてはならない。社会的なものの失敗が、人種的なもの(とその他のあらゆる最終的な戦略)の勝利をなすのである。この意味において、ルペンのみがこの社会の野蛮な分析者だ。彼が極右であることは、左派にも極左にももうずいぶん前から分析者が存在しないことの悲しい結果である。確かに審判官ではなく、知識人でもないけれども、正反対の位置にいる移民だけが分析者の立場にあるのかもしれないが、ある種の良識が彼らのことを大幅に回収した。ルペンだけが右と左の区別の根本的な還元を行う。確かにこれは初期設定の還元だが、60年代以来、そして68年になされた決定的な批判は不幸なことに政治の世界から消えてしまった。このようにしてルペンは政治家階級が直面することを拒む状況(選挙のときにこれを消し去ろうとあらゆることをしさえする)を実際に回収するが、いつかこの状況から極端な結果を引き出さないわけにはいかないだろう。もしいつか政治的想像力、政治的要請と意志が復活することができるとしたら、無化されたうえに、これ自身が数十年の間自らを否認してきたこの化石的な区別、腐敗のなかでの共犯性によってしかもはや存在しえない区別の根本的な廃止のうえに立つものであるほかはない。事実のなかに消え去った区別だが、癒しがたい修正主義によって、ひとは執拗にこれを復活させるのであり、このようにしてルペンのことを唯一の新しい政治の世界を生み出す人間にするのである。これはあたかもみんなが民主主義の残存物を沈没させる共犯者になっているかのようだが、これはおそらく民主主義は確かに存在したという懐古的な幻想を抱かせるためのことなのだろう。ルペンという幻覚性の媒介を通して以外、つまりあらゆるエネルギーが尽きてしまう魔術的な悪魔祓い以外の方法で、この極端な(しかし根源的な)状況から結果を引き出す可能性が存在するだろうか。道徳秩序と民主主義の修正主義を越えて、ルペンとFNがある意味で我々から奪ったこの野蛮な分析のことをふたたび考慮するのでなければ、我々自身のうちの悪魔のウィルス的な増加にいかにして屈しないでいることができようか。

 これはもちろん10年も前の話で、2002年のルペンショックの5年も前の記事です。ルペンは引退を表明し、FNは内紛が多く、ジャンマリーの引退の後に娘のマリーヌが同じ影響力をもちつづけることはまずありえません。かといって、受け皿のFNが無力になっても極右の問題が解決されるというわけではありません。
 道徳的な政治家階級とジャーナリストが躍起になってルペンを攻撃したフランスと、みんながみんなえこひいき大作戦たもちゃんの論文のことを「政府の見解と異なる」と云って大歓迎している日本はまさに地球の裏表、ボードリヤールによると「民主主義がかつてあった国」と「民主主義がいまだあったためしのない国」のちがいでしょうか。日本はせいぜいたもちゃんにみんな生卵をぶつける国であってほしいものです。(それは民主主義の話ではないだろう、と云われればそうかもしれないが、それでも民主主義的感性の話はできると思う。) ボードリヤールがルペンに悪の烙印を捺す人々について警鐘を鳴らす世界だなんて夢のまた夢ですなあ。

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2008年11月19日

世界の映画名作百本

 フランスの映画評論家、脚本家、名画座主宰ら76人が投票した「世界の映画名作100本」がフィガロ紙のサイトに掲載されております。リストは以下のとおりです。順位は得票数によるものでしょう。題名と監督名が挙げられています。ときおり題名が気まぐれで「わたし風」になっておりますが、ご容赦を。適当に検討をつけてやってください。

一位 『市民ケイン』オーソン・ウェルズ
二位 『狩人の夜』チャールズ・ロートン、『ゲイムの規則』ジャン・ルノワール
三位 『夜明け』F・W・ムルナウ
四位 『アタラント号』ジャン・ヴィゴ
五位 『M』フリッツ・ラング
六位 『雨に唄えば』スタンリー・ドウネン、ジーン・ケリー
七位 『めまい』アルフレッド・ヒッチコック
八位 『天井桟敷の人々』マルセル・カルネ、『捜索者』ジョン・フォード、『強欲』エリック・フォン・シュトローハイム
九位 『リオ・ブラヴォー』ハワード・ホークス、『生きるべきか死ぬべきか』エルンスト・ルビッチ
十位 『東京物語』小津安二郎
11位 『軽蔑』ジャンリュック・ゴダール
12位 『雨月物語』溝口健二、『街の灯』チャールズ・チャップリン、『ジェネラル号の機関士』バスター・キートン、『ノスフェラトゥー』F・W・ムルナウ、『音楽サロン』サタジット・ライ
13位 『フリークス』トッド・ブラウニング、『ジョニー・ギター』ニコラス・レイ、『母ちゃんと売女』ジャン・ウスタッシュ
14位 『独裁者』チャールズ・チャップリン、『山猫』ルキーノ・ヴィスコンティ、『広島、わが愛』アラン・レネ、『パンドラの匣』G・W・パプスト、『北北西に進路をとれ』アルフレッド・ヒッチコック、『すり』ロベール・ブレッソン
15位 『黄金のかぶと』ジャック・ベケール、『裸足の伯爵夫人』ジョゼフ・マンキーウィッツ、『ムーンフリート』フリッツ・ラング、『…夫人』マックス・オフュルス、『快楽』マックス・オフュルス、『ディアハンター』マイケル・チミノ
16位 『情事』ミケランジェロ・アントニオーニ、『戦艦ポチョムキン』セルゲイ・エイゼンステイン、『汚名』アルフレッド・ヒッチコック、『イワン雷帝』、『名づけ親』フランシス・フォード・コッポラ、『黒い罠』オーソン・ウェルズ、『風』ヴィクトール・シェストレーム
17位 『2001年・宇宙の旅』スタンリー・キューブリック、『ファニーとアレクサンドル』イングマール・ベルイマン
18位 『群衆』キング・ヴィダー、『8½』フェデリコ・フェリーニ、『投げ捨てられた女』クリス・マーカー、『道化師ピエロ』ジャンリュック・ゴダール、『ぺてん師の物語』サーシャ・ギトリー
19位 『アマルコルド』フェデリコ・フェリーニ、『美女と野獣』ジャン・コクトー、『お熱いのがお好き』ビリー・ワイルダー、『奔流のように』ヴィンセント・ミネリ、『ゲルトルード』カルル・テオ・ドライヤー、『キング・コング』アーネスト・シュードサック、メリアン・J・クーパー、『ローラ』オットー・プレミンガー、『七人の侍』黒澤明
20位 『若き日の過ち』フランソワ・トリュフォー、『甘い生活』フェデリコ・フェリーニ、『ダブリン人』ジョン・ヒューストン、『極楽特急』エルンスト・ルビッチ、『すばらしきかな、人生』フランク・キャプラ、『殺人狂時代』チャールズ・チャップリン、『ジャンヌ・ダルクの受難』カルル・テオ・ドライヤー
21位 『息切れ』ジャンリュック・ゴダール、『地獄の黙示録』フランシス・フォード・コッポラ、『バリー・リンドン』スタンリー・キューブリック、『大いなる幻想』ジャン・ルノワール、『不寛容』D・W・グリフィス、『ピクニック』ジャン・ルノワール、『プレイタイム』ジャック・タチ、『開かれた街ローマ』ロベルト・ロッセリーニ、『センソ』ルキーノ・ヴィスコンティ、『モダンタイムズ』チャールズ・チャップリン、『ゴッホ』モーリス・ピアラ
22位 『めぐりあい』レオ・マッケリー、『アンドレイ・ルブリョフ』アンドレイ・タルコフスキー、『スカーレット・エンプレス』ジョゼフ・フォン・スターンバーグ、『山椒大夫』溝口健二、『彼女と話して』ペドロ・アルモドバル、『パーティ』ブレイク・エドワーズ、『タブー』F・W・ムルナウ、『バンドワゴン』ヴィンセント・ミネリ、『スター誕生』ジョージ・キューカー、『ユロ氏の休暇』ジャック・タチ
23位 『アメリカ・アメリカ』エリア・カザン、『エル』ルイス・ブニュエル、『キッスで殺して』ロバート・オールドリッチ、『むかしむかしアメリカで』セルジオ・レオーネ、『日は昇る』マルセル・カルネ、『見知らぬ女からの手紙』マックス・オフュルス、『ローラ』ジャック・ドゥミ、『マンハッタン』ウディ・アレン、『マルホランド・ドライヴ』デヴィッド・リンチ、『モードとの一夜』エリック・ロメール、『夜と霧』アラン・レネ、『黄金狂時代』チャールズ・チャップリン、『スカーフェイス』ハワード・ホークス、『自転車泥棒』ヴィットリオ・デ・シーカ、『ナポレオン』アベル・ガンス

 ということで、別におもしろくありません。白黒映画が多いですね。欧米(しかも米仏の比重が高すぎ)以外は日本が数本とベンガルが一本だけという大きなかたよりが。クリス・マーカーの短編映画が入っているあたりがポイントかしらね。ふと『ゴッホ』が入っているあたりがわけがわかりません。2000年代の映画はアルモドバルとデヴィッド・リンチだが、一方が好きじゃない。
 これを紹介しているフィガロ紙のサイトの記事では、グリーナウェイもヴェンダースも入ってないと云ってるが、まあ、それはいいんじゃないの。スコシージがいないのは多少問題かもしれません。が、別にいいです。
 『ジョニー・ギター』のジョーン・クロフォードのピアノは必見。『めぐりあい』はかわいい映画。
 『山猫』を『チーター』にしたいのはやまやま。『甘い生活』は『ドルチェ・ヴィータ』にするのもばかくさいな、と思いつつ他の映画の題名は『スカーレット・エンプレス』『センソ』と書いたりと、まったく首尾一貫しておりません。
 私がこのなかから10本選んでみますと、好きな順で『母ちゃんと売女』、『パンドラの匣』、『エル』、『スター誕生』、『すばらしきかな、人生』、『七人の侍』、『快楽』、『すり』、『狩人の夜』、『キッスで殺して』、だいたいこんな感じかしら。

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2008年11月14日

変な悪夢

 鈴木孝夫先生の『日本語と外国語』(岩波新書、1990年)は、全体的には悪い本ではありませんが、ところどころ妙なことが書いてあります。日本語における漢字の使用の利点を述べ、欧米語におけるギリシア・ラテン語起源の「高級語」の意味がわかりにくいことを主張したいがあまり、こういうことを云っています。 
英語のこの難しさは、何も外国人である日本人にとってだけではなく、英語を母語とする人々にとっても厄介なのだ。私は米国のある著名な大学で、日本語の漢字のしくみについての講演を行った際に、黒板に pithecanthrope と大書してその意味を聴衆に尋ねたところ、誰一人として答えられなかった。これは日本語の猿人に当る語で、pithec- の部分はギリシャ語の猿を意味する πιθηκος に由来し、-anthrope は人間を指す ανθρωπος である。
 この集まりは文化・社会系の大学院生や教授たちが主であったこともあろうが、それでも日本で黒板に「猿人」と書いて、何十人もの一般知識人のなかに一人も理解できるひとがいない状況を想像できるだろうか。私はこの種の実験をカナダやイギリスでも何度か行ったが、結果はいつも同じであった。
 さきに挙げたような高級語彙の多くは、教養ある英米人にとっても難しいのである。
  ひとはわかりきったことをおおまじめに聞かれると、「このひとは本当にこんなことを聞いているのだろうか」と思って萎縮してしまいます。「結果はいつも同じ」だったのは、きっと鈴木先生の聞き方が悪かったのでしょう。特に相手が学者だと、「きっと何か専門の知識を要求しているのだろう」と思ってだれも答えないでしょう。それに、いくら何でも聴衆のなかに「そう云えばミンガスに Pithecanthropus erectus ってあるよなあ」と思ったひとがひとりもいなかったとは信じられません。Pithec- という要素が何を意味しているのかわからなかったということはあるかもしれませんが、この単語が何を意味しているのか、どこの国に行ってもだれも知らなかったということはありえません。
 もひとつおまけに。
 この日本語[「蜂食性」]に対応する英語のapivorous とは、ラテン語の apis (蜂)と《食べる性質の》を表わす -vorus の組合せなのであって、その意味はまさに蜂食性なのである。この語はしかし、英語では生物学者にしか分からない専門語である。
  「蜂食性」をかなで書いたり(「ほうしょくせい」)ローマ字で書いたりしても(hôshokusei)意味がわからないが、漢字で書くとあら不思議、意味が手にとるようにわかりますという論旨はそのとおりなのですが、apivorous という単語が「生物学者にしかわからない」ということはありえません。(まあ、もしかしたら英語話者はフランス語話者よりもばかなのかもしれんがのお。) 鈴木先生は「蜂食性」ということばを初めて聞いても、漢字をみれば意味がわかるということを云います。私は apivorous という単語を初めて見ましたが、それでも意味を云われなくてもだいたいの想像がつきます。Apiculture は「養蜂業」(フランス語ではもっぱらこの単語を用いますが、英語では beekeeping という方が普通なのかもしれません)で、carnivorous (フランス語では carnivore)は「肉食性」ですから、字面をよおく見ると、これは「蜂を食べる」という意味だとわかります。生物学者ではなくとも、多少の古典的教養があればわかることです。
 もちろん漢字を用いた表記の方が、こういった欧米語の「高級語」よりもわかりやすいということは云えるでしょう。こういった「高級語」、あるいは「学者語」がクイズになるというのは本当です。日本語の「養蜂業」はクイズになりにくいでしょう。でもフランス語でなら、「蜜蜂を飼う職業は何というか」、あるいは「apiculture ってなあに?」というクイズがありえます(後者は子供向けかな。前者は「いざ聞かれると出てこない」ということがありえます)。それに「漢字を用いた表記が日本人にはわかりやすい」からといって、「それがどうしたの?」という気がしないでもありません。
 日本人にとっての漢字ほどに一目瞭然でないとはいっても、初めて見た、聞いた「高級語」が欧米人にとって謎にとどまるということはありません。たとえばフランス語にはostréiculture という単語があります。初めて見ると何ものかわかりませんが、後半に -culture という要素がくっついているので、「何かを育てることだろう」と見当がつきます。それでその後に ostréi- という要素をよくにらめると、「育てる」ものを考えてゆくうちに、だいたい huître (「牡蠣」)のことではないかと想像がつきます。Iの上の山(アクサン・シルコンフレックス)はこの際 S が省略されていることを示しています。英語で「牡蠣」は oyster です。この ostréiculture という単語を一度も見たことがなくても、だいたいの見当はつきます。英語では oyster farming というそうなので、英語の方が古典語の教養から離れているということは云えますが、言語学を真剣に勉強している英語話者が ostréiculture (「カキ養殖」)というフランス語の単語を見て、まったく意味の見当がつかないということはまずありえないでしょう。岩波新書に書いてあることは信用してしまうひとがいるのだから、もう少し注意して書いてもらいたいものです。
 ちょっと脱線します。「高級語」のような姿をしていても、実際にはそうではないということがありえます。フランス語の会話でよく「ミト」という音を耳にすることがあります。チャットでもさまざまなつづり(mytho, *mito, *myto)でよく見かけます。この単語は mythomane を省略したものです。見た目は古典ギリシア語起源の由緒正しい単語ですが、実はこれは由緒正しい高級語ではなくて、比較的に新しい単語です。「神話」を意味する mytho- と「…狂、マニア」を意味する -mane からなりますが、これは「神話マニア」の意味ではなくて、「うそつき」のことです(もとは「病的虚言癖があるひと」のことですが、頻繁に日常語として用いられます)。「だったらこれを mytho と省略するのはおかしいんじゃないの? 要素がふたつあって「うそつき」になるんでしょ?」というひともいらっしゃるでしょうが、まったくそのとおりです。他にも似たような例があります。「女性憎悪」は misogyne (ひと)ですが、これは「嫌い」を意味する miso- と「女」を意味する -gyne からなります。でも、mytho ほどよく聞くことばではありませんが、これを略して miso (「ミゾ」。「ミソ」ではない)ということがあります。理屈からいうと、まったく省略のしかたがおかしいんですが、これは口頭語ですから。ひとではない事象の方は misogynie です。(カタカナで「ミソジニー」(あるいは「ミゾジニー」)と書いているのを見ると「ばかかな」と思う。ちなみにこの反対の「男性憎悪」はmisandre, misandrie ですが、ほぼ用いられません。Androgyne は「オトコオンナ」ですな。)
 フランスのラッパーに Doc Gynéco というひとがいますが、これは「産科の先生」の意味です(日本の産科のイメージだとわかりにくいと思うのですが、いちばんそのものずばりの「お医者さんごっこ」のエッチな名前です)。「産婦人科(医)」は gynécologie (gynécologue)です。「女性に関する学問」だとわかるでしょう。(厳密には「産科医」は obstétricien で、gynécologue は「婦人科医」です。だから「産婦人科医」は gynécologue obstétricien ですが、だいたい gynécologue ですむと思います。)
 脱線しました。鈴木孝夫先生の本は、言いたいことはだいたいわかるのだが、何とも納得のいかない記述が多いのです。今の世界で英語がでかい顔をしているのは私もいやですが、勢いあまっておかしなことを云うと、下手をすれば「西洋の教養を甘く見る」ことになってしまうので、これはもう少し注意をしていただきたいものだと思います。
 英語の場合では、耳で聴いて意味の分からない高級語彙は、たとえそれを紙に書いたものを見ても ― ということは、文字表記を与えられても―、はじめ聴いて分からなかったものは、いくら眺めても分からないのである。理解できない原因は、それが見慣れぬ古典語要素から出来ているからだ。
 しかし、日本語の場合はまったくちがう。
 「偉い先生が云っているのだからきっとそうなのだろう」と思ってしまうひともいるのではないかと危惧します。そんなに西洋の教養の伝統は甘くないのです。「古典語要素」を見慣れている教養人は、もちろんそれが人口の大半を占めているわけはありませんが、それでもたくさんいます。「Pithecanthrope という単語を知っているひとはだれもいない」と主張するのは滑稽です。鈴木先生は西欧人が日常生活をいかに生きているのかを理解しようとするという点で、凡百の学者とは一線を画すひとでありますが、それだからこそ残念なことだと思います。
 題名の「変な悪夢」というのは、ハル・ウィルナープロデュースもののなかでも最高傑作ではないかと思われるミンガス作品集の題名(Weird Nightmare)です。この記事の内容とは、「猿人」の話をしたこと以外は、まったく関係ありませんが、一聴をお勧めします。

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2008年11月8日

「キュイジニエール」に関するアンケート結果

 日本人が職業名をフランス語風のカタカナにするのはそもそも愚劣なことです。しかし愚劣なことにもさまざまなレベルがあります。何度もこのブログで繰り返していますが、本来ならば、女性の料理人は、たとえ女性であっても、職業名は男性形で名乗るのがただしいのです。しかしこの意識はフランス語圏でもだんだん薄れてきています。どのくらい薄れてきているのかよくわからないので、フランス語のブログの方でアンケートをしてみました。一箇月間のアンケート期間で答えてくれたのは22人。少ないですけれど、それでも大まかな傾向を表していると思います。
あなたの考えでは、cuisinière (キュイジニエール)という単語は職業名として用いることができますか。
  1. はい。何の問題もないと思います。14人(63%)
  2. たぶんむかしながらのフランス語ではありませんが、可能です。3人(14%)
  3. いいえ。職業名としては、cuisinier (キュイジニエ)は常に男性形でなければなりません。5人(23%)
 私はこの Blogger.com のアンケートが一人一回しか投票できないようになっているのかどうかも、だれが投票したのかも知りません。でもだいたいこんなものかなという気がします。
 もちろんこういう問題は多数決で決められるものではありません。「何の問題もない」と云うひとはそう答えるだけで、それ以上の意見をもっていません。しかしこの単語は、職業名としては常に男性形でなければならないと云うひとは、コメントを寄せてくれました。
 Cuisinière という単語は調理器具(コンロつきオーヴン)を意味する、あるいは「料理女」には軽蔑的なニュアンスがあるという根拠は、既にこのブログのなかで指摘したことですが、この cuisinière という単語は、大統領 président の奥さんが大統領夫人 présidente であるように、男性だけが職業をもっていた時代には「料理人の妻」を意味していたのだということを教えてくれたひとがいました。たとえばもともとフランス語では女性形のない職業名に、écrivaine (女性著述家)という新しい女性形をつくるフェミニズム運動はあるけれども、cuisinière を職業として用いるのはそれとはかかわりのないまちがいであるということをこのひとは主張しています。「ただしいフランス語を使いたい」ひとは、依然としてこの女性形に抵抗感を感じていることがわかります。最近はこの意識が薄れているとはいっても、cuisinière という単語は、もともと華やかなシェフよりも「給食のおばちゃん」のようなものを連想させるものだと云えます。もうひとつの愚かしい日本語のカタカナことばコンシエルジュのように、あまり品がいいとは云えない太っちょのおばさんを連想させる単語です。
 しかし現在では、フランス語圏の女性の料理人が cuisinière を名乗らないということは云えません。とはいっても、「フランス語では、女性の職業名は女性形」という初等文法の教科書に載っている生半可な知識を、ただしいフランス語の知識としてフランス語を話さない日本人に対して振り回すのは、やはり恥ずかしいことだと思います。
 まあ、こういうひとたちにとっては、「これはフランス語ではこうなの!」と日本人に吹聴するのが楽しいだけなのであって、むかしながらのただしいフランス語の知識なんて、知ったこっちゃないですか。
 (初めて通りがかったひとのためにつけくわえておきますが、C'est une bonne cuisinière は「彼女は料理がうまい」で、職業名ではない「料理する女」はまったくただしいフランス語です。ここには何の軽蔑的なニュアンスの可能性もありません。)

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2008年11月5日

翻訳の秋 「我々の社会は大いに異性愛原理主義的である」

 1974年にマルチニーク島で生まれたルイジョルジュ・タン(Louis-Georges Tin)さんは、同性愛恐怖に対する闘争と、黒人の主義主張を推進する闘争に深くかかわっている歴史学者です。今年『異性愛文化の発明』(L'Invention de la culture hétérosexuelle, Ed. Autrement)という著書を発表しました。ルモンド紙の電子版に発表されたネットサーファーとの対話を翻訳します。大括弧内([ ])は訳註です。

我々の社会は大幅に異性愛原理主義的である

Jルイ 西洋文明はいつから「異性愛的」になったのでしょうか。

ルイジョルジュ・タン(LGT) 私の考えでは、西洋文明は12~13世紀ごろから異性愛的になりました。その頃までは、日常的に称讃される文化的な事物はむしろキリスト教や騎士道の倫理の範疇に入るものでした。

ネフェルティティ 議論のテーマが逆説的だと思います。異性愛は多くのひとにとって自然なものだと思われるのに、どうして異性愛文化の発明のことを語ることができるものでしょうか。

LGT もちろん私がここで問題にしているのは、ずっとむかしから存在し、世代から世代へと人類の再生産を可能とした異性愛の行為のことではありません。
 そうではなくて、異性愛の文化、つまり男女のカップルとその愛の称揚は、西洋の歴史のなかに比較的に遅い時期にやってきたものです。
 たとえを用いて考えてみましょう。摂食行為はもちろん普遍的なものです。どんな文明においても、生きてゆくためには食べなければなりません。
 その一方で、美食の文化の方は普遍的なものではありません。上等のワインやチーズに対する信仰、すぐれたレストランにつけられる星の数、料理番組、ゴー=ミヨー[美食ガイド]、こういった要素はすべてフランスに特有の文化を定義するもので、これは単純な食べる行為だけに還元されるものではありません。
 異性愛の文化についても同じことが云えます。

cbm 私は中世史家ですが、いったいタン氏はどこから中世の騎士は「非異性愛」の一例であるということを引き出したのか、とても興味があります。

LGT 武勲詩のなかに現れるような騎士道の倫理は、ふつう男性間の友情をたたえています。たとえば『ロランの歌』[11世紀末のもっとも有名な武勲詩]のロランとオリヴィエです。『クラリスとラリス』[13世紀後半の武勲詩で、アーサー王伝説群の一部]の例もそうです。同じく『アミとアミール』[1200年頃に成立した武勲詩]のふたりの主人公もヒロイズムの価値と男性同士の間のやさしさをたたえる英雄です。
 大半においては異性愛であったとしか思われない性行為のことを云っているのではありません。でもこれらの騎士道の倫理を特徴づける作品において、大切なもの、たたえられるべき価値のあるものは、たとえばジョルジュ・デュビーとジャック・ルゴフが注意を喚起するように、この男性の文化、男同士の愛着、男性の間のやさしさなのです。

ティバブ 異性愛の関係は私たちの生殖機能の到達点でしかないのでしょうか。

LGT 動物にはさまざまな生殖の方法があります。無性生殖と有性生殖があります。人間の種は男性と女性の性的な結合によって再生産されます。
 しかしこのことはさまざまな主題の対象をもちうる文化の生産とは関係がありません。
 たとえば天体観測、農業のサイクル、法律や宗教の規則の確立は、さまざまな人間社会にとって同様に特権的な主題です。
 しかし西欧においては、12世紀から、男女のカップルとその愛が主題のなかの主題になりました。これを私は異性愛文化の発明と呼ぶのです。

イザベル 同性愛について、しばしばギリシア文明が「前衛」だと云います。これは神話でしょうか。それとも現実なのでしょうか。

LGT 実を云うと、ギリシア文明を分析しようとするものにとっては、同性愛も異性愛も本当の意味では適した範疇ではありません。
 実際、ここで問題になるのは、むしろ少年愛、すなわち年上の男と少年の間の関係で、これは社会へのイニシエイションを目的にしたものです。この行為は古典ギリシアの伝統において幅広く価値を認められていました。
 その他の男性間の関係は、たとえば同年齢同士であれば、弾劾されることがありえました。
 ですから、ある意味で同性愛文化の黄金時代だったのかもしれない古代ギリシアというお仕着せのイメージには抵抗しなければなりません。これはまちがったものの見方で、大変に時代錯誤的なものです。[ギリシア・ローマ時代の性については、パスカル・キニャール『性と恐れ』(Pascal Quignard, Le Sexe et l'effroi, Galliard Folio)を参照のこと]

マクシム 文化においては、いつごろから非異性愛行為は追放されるのでしょうか。それはどのような理由によってなされたのでしょうか。

LGT 西洋において、12~13世紀の男女のカップルの発展は、どんどん男性同士の関係に疑いの目を向けるようになってゆきます(女性同士の関係が問題にされることはそれよりもまれでした)。[女性の同性愛の歴史については、マリージョー・ボネ『女同士の恋愛関係』(Marie-Jo Bonnet, Les Relations amoureuses entre les femmes, Ed. Odile Jacob)を参照のこと]
 それに先立つ時代においては、肛門性交はほぼ法によって罰せられることはありませんでしたが、13世紀の末には西欧の多くの国家において焚刑に処せられうるものだったのです。
 この同じ時代に、異教徒一般に対する制裁が強まりました。「魔女」、ユダヤ人などです。
 これはキリスト教の西洋が全体的に硬化した時期です。

ゼゼッタ もし学校、妖精物語、家族、テレビなどによる勧誘熱が存在しなかったとしたら、異性愛は常に支配的なシステムでありつづけることができるのでしょうか。簡単に云うと、異性愛が多数派であることは、数量的なことであること以上に政治的なことなのではないでしょうか。

LGT 確かに支配というものは必ずしも数に結びついたものではありません。
 南アフリカの黒人は多数派でしたが、それでもやはり支配されていたのです。
 おっしゃるとおりで、これはただの数字だけの単純な効果であるよりも、文化、社会、政治的な手段によって行使される支配力の問題なのです。
 さらに、異性愛は異性愛原理主義(hétérosexisme)[タンさんの造語]と区別されるべきです。異性愛原理主義は、あらゆる人間は異性愛であり、異性愛でなければならないという幻想的なものの見方と定義できます。男性は女性のためにあり、とりわけ女性は男性のためにあるとする共通観念です。
 つまり異性愛者は必ずしも異性愛原理主義者ではなく、同性愛者は必ずしも異性愛原理主義から免れているわけではないのです。

[あまりおもしろくないので、問答をひとつ省略]

ネフェルティティ 同性愛文化の発明についてはどうですか。「異性愛文化の発明」のことを語るのは、あなたにとっては同性愛と異性愛を同じ局面に置くひとつの方法なのでしょうか。

LGT 私たちの考えるような同性愛文化は西欧において19世紀の末に生まれた、と多くの研究が私の思うところでは正当なしかたで示しています。
 もちろんこの時代の前には女性同士、男性同士の関係がなかったということではありません。でもそのようなものとはみなされず、本当の意味での社会的な主題を構成してはいませんでした。
 この点において、確かに同性愛文化の発明のことを語らなければなりません。
 私が同じく異性愛文化の発明のことを考えることになったのは、これと同じ考え方によるものです。異性愛を「自然の秩序」の外に出して、「時代の秩序」、つまり歴史のなかに入れなければならないのです。

アントニオ あなたはまるで自分で新しい研究分野をつくったかのようにふるまっています。でも合州国においては、異性愛文化について多くの大学研究があります。どうしてこのことについては語らないのですか。あなたの研究はどのような新しい寄与をもたらすのですか。

LGT 合州国には異性愛に関する研究がいくつか(多くはありません)ありますが、これは一般的にフェミニストの枠組み、レズビアンの潮流、あるいはクウィアー[おかま]の運動が先導するものです。研究の末尾で、私はかなり広く引用しています。
 反対に、私の考えでは、この異性愛文化の歴史そのものについての研究、中世における発生から、この時代以来の変遷についての研究はありませんでした。
 私がしようとしているのはこの仕事です。

カティア あなたの歴史家という肩書は、「市民」としての社会参加と両立しうるものでしょうか。

LGT そう思います。歴史は我々の市民性と同じ基盤をもつ科目です。
 これはおもしろいことだと思います。同性愛について研究していたころ、ゲイとレズビアンの闘士としての社会参加と私の研究は両立しうるものか聞かれることがありました。
 今私は異性愛について研究しているのに、この質問がされるのは興味深いことだと思いますが、この質問については感謝します。まじめな話に戻りますと、この分野におけるあらゆる研究は、他の多くの研究と同じく、それが明白なものであろうとそうでなかろうと、事実上社会参加を想定するものです。
 変化のために闘うものもいれば、恒常状態のために闘うものもいます。
 お読みになっていただければわかると思いますが、この研究のなかでは、私はさほどこれこれのことのために闘うということはしていなくて、それはたとえば数年前に私が発表した『同性愛恐怖事典』(Dictionnaire de l'homophobie, PUF)のなかで私に可能であった闘いとはちがいます。
 今回私は闘おうとしているのではなくて、むしろ「自然」の観念を脱構築しようとしているのです。この場合闘うのはばかげたことでしょう。明白性の蔭に逆説を、逆接の蔭に明白性を出現させるのは、人文科学の仕事だと私は思います。

Jルイ 「同性愛恐怖」の概念が事態を逆転させたと私は思います。まだ西洋文化は異性愛的なものとして同定されるとあなたはお思いですか。[フランスにおいては、「同性愛恐怖」(homophobe)のレッテルは、人種差別主義者のレッテルと同様に、ある種の社会的な制裁をひきつけうるものである。]

LGT もちろん同性愛恐怖という用語は事態を逆転させました。おっしゃるとおりです。
 もはや私には「私の同性愛」を正当化する必要がなく、同性愛を恐れるひとがその同性愛恐怖を正当化しなければならないと要求されています。
 この認識論的であると同時に政治的な逆転の結果は、まだ十全に判定されていません。こういう理由もあって、私は「世界の同性愛恐怖と闘う日」を提案したのです。
 なおかつ西洋文明はまだ大いに異性愛的なものとして同定可能だと私は思っています。これは問題ではありませんが、西洋文明は大いに異性愛原理主義的でもあり、これはより腹立たしいことです。
 確かにフェミニズムとLGBT運動(レズビアン、ゲイ、バイ、トランス)は、支配的な規範を疑問に付しました。たとえば、個人の性的傾向と種の再生産の間の関係はかなりゆるいものになりました。だからといって、私たちの社会が幅広く異性愛原理主義的な性格をもっていることを否定できると私は思いません。

[問答をひとつ省略]

アンリカルド どうして挑発的な問いに惹きつけられるひとがいるのでしょうか。

 それは挑発が思考を強いるからです。異性愛に関しては、これは一般的なひとの世界観であって、その結果盲点なので、どんなに素朴なものであっても、あらゆる問いが必然的に単なる挑発以外の何ものでもないと思われてしまうのです。このこと自体は気づいてみるとおもしろいものです。望むと望まないとにかかわらず、挑発の効果を生むことなしに、異性愛を疑問に付すことはできません。
 でも研究者や知識人の目的は、まさしく普通のひとはしない問いかけをすること、一般のひとにはみえないものを見せることなのです。

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