アルジェリアの大統領選に向けた選挙活動がこれほどの無気力を呈することは滅多にあることではないだろう。この国の首都はこの広大な国を代表していると考えられるだろうか。ともかくアルジェの街は、4月9日の投票がほぼ熱意をもって迎えられていないということを示している。
国の長として三選目を目指している「大統領候補者」アブデルアジズ・ブーテフリカをたたえるポスターがほぼいたるところに貼られている。チュニジアを支配するベン・アリの個人崇拝からはまだほど遠いとはしても、それに少しずつ近づいていると云える。右を見ると、「アルジェはブーテフリカに投票する」と書かれた、鳩とともにいる国家元首の巨大なポスターがある。左を見ると、大統領が胸に手を当て、「強大で平穏なアルジェリア」を求めている。
アブデルアジズ・ブーテフリカが勝利することは、だれも疑っていない。彼に対抗する他の五人の候補には、その主張を聞いてもらう機会が少しばかりもない。現職大統領に仕える行政機関は、ロードローラーのように機能する。首都の主要動脈の一本であるベン・メヒディ通りで、騒々しい音楽が巨大な場所から流れてくる。これはアルジェ地方に900あるブーテフリカ候補の選挙拠点のひとつだ。二台の巨大なスクリーンが、1999年に権力を手にして以来の国家元首の行いを語っている。壁には、彼のあらゆる年齢の写真が飾られている。少年期、思春期、若きムジャヒディン、そして髪を茂らせ、勝ち誇る口ひげと、魅惑的なほほえみを浮かべた若き外務大臣の姿で。さらにその向こうの中央郵便局広場では、「花の友だちはブーテフリカに投票します!」と宣言するのぼりが生花市場を飾っている。
「2004年(前回の大統領選挙)にはまだサスペンスがあった。ブーテフリカとベンフリスのどちらの勝利を『システム』が望んでいるのかが本当にはわからなかったんだ。でも今回はもう結果はわかっている」とあるジャーナリストは嘆く。「最初から勝つとわかっている選挙のためにこんなに無駄遣いしてもいいのだろうか」と、4月9日には投票箱に白紙を投ずるつもりのラシッドは疑問を感じている。「投票には行かないわ。友達もだれも行かないもの」と、生物学の学生のフーリアは云う。
若い女が席を並べて落ち着いてたばこを吸うことができる、アルジェでは珍しいカフェ・レストランのひとつのクラブ54では、ヒジャブで髪を覆ったジーンズ姿の三人の女友達が、楽しげにおしゃべりしている。「母はブーテフリカのファンなのよ。テレビにブーテフリカが出てくると母さんは目に涙を浮かべているわ。私はブーテフリカが安全を取り戻してくれたことに感謝している」とひとりが語る。「十年前には、こんな風にアルジェを散歩して午前二時に家に帰るなんてできなかったわ」 30代のウェイターがやってくる。「俺は投票には行かないぞ! 俺はアルジェリア人でフランス人のつもりだからな!」と通りがかりにことばをかける。
大っぴらにこの疑問を投げかけるひとはどんどん増えている。「父さん母さんがアルジェリアの独立のために闘ったのはただしいことだったのだろうか」 「こんなことを云うのは不幸なことよ。だって私はこの国のことが好きなんだから。でももしフランスがまだここにいたとしたら、今こんな状態だったかしら?」とサミアは疑問を感じる。友達のマリカは何も云わない。突然我慢ができなくなって、マリカは自分の話をはじめる。12月に18歳の弟が高校でアルジェリアの国旗が描かれた板を裏返し、その代わりにフランスの国旗を描いて、そこに「フランス万歳!帰ってきて!」ということばをつけくわえて以来、マリカの家族はサイコドラマのようなものを生きているのだ。高校を退学になり、バカロレアを受けることも禁じられ、弟は今裁判を待っている。「弟は泣いて後悔している。父さんと母さんはショックで立ち直れない」と彼女は語る。
料理人のサイード(33歳)は、4月9日に投票に行くかどどうかまだ決めていない。もし投票するとすれば、ブーテフリカを選ぶつもりだ。サイードによると「ブーテフリカがなかではいちばんましだ。」 10年前には、友人と政治について議論した。今はもうそんなことはない。「アルジェリアで何とかまともな生活をするにはどうするべきかがようやくわかったよ」とサイードはうんざりしたように云う。「何にも興味をもっちゃいけない。そして特に、考えたらいけないんだ…」
フロランス・ボージェ
http://www.lemonde.fr/afrique/article/2009/04/04/alger-se-prepare-sans-passion-a-la-reelection-attendue-du-president-bouteflika-pour-un-troisieme-mandat_1176670_3212.html#xtor=RSS-3208
まあ、いかにも「ル・モンド」といった感じの記事ですね。

国の長として三選目を目指している「大統領候補者」アブデルアジズ・ブーテフリカをたたえるポスターがほぼいたるところに貼られている。チュニジアを支配するベン・アリの個人崇拝からはまだほど遠いとはしても、それに少しずつ近づいていると云える。右を見ると、「アルジェはブーテフリカに投票する」と書かれた、鳩とともにいる国家元首の巨大なポスターがある。左を見ると、大統領が胸に手を当て、「強大で平穏なアルジェリア」を求めている。
アブデルアジズ・ブーテフリカが勝利することは、だれも疑っていない。彼に対抗する他の五人の候補には、その主張を聞いてもらう機会が少しばかりもない。現職大統領に仕える行政機関は、ロードローラーのように機能する。首都の主要動脈の一本であるベン・メヒディ通りで、騒々しい音楽が巨大な場所から流れてくる。これはアルジェ地方に900あるブーテフリカ候補の選挙拠点のひとつだ。二台の巨大なスクリーンが、1999年に権力を手にして以来の国家元首の行いを語っている。壁には、彼のあらゆる年齢の写真が飾られている。少年期、思春期、若きムジャヒディン、そして髪を茂らせ、勝ち誇る口ひげと、魅惑的なほほえみを浮かべた若き外務大臣の姿で。さらにその向こうの中央郵便局広場では、「花の友だちはブーテフリカに投票します!」と宣言するのぼりが生花市場を飾っている。
「2004年(前回の大統領選挙)にはまだサスペンスがあった。ブーテフリカとベンフリスのどちらの勝利を『システム』が望んでいるのかが本当にはわからなかったんだ。でも今回はもう結果はわかっている」とあるジャーナリストは嘆く。「最初から勝つとわかっている選挙のためにこんなに無駄遣いしてもいいのだろうか」と、4月9日には投票箱に白紙を投ずるつもりのラシッドは疑問を感じている。「投票には行かないわ。友達もだれも行かないもの」と、生物学の学生のフーリアは云う。
若い女が席を並べて落ち着いてたばこを吸うことができる、アルジェでは珍しいカフェ・レストランのひとつのクラブ54では、ヒジャブで髪を覆ったジーンズ姿の三人の女友達が、楽しげにおしゃべりしている。「母はブーテフリカのファンなのよ。テレビにブーテフリカが出てくると母さんは目に涙を浮かべているわ。私はブーテフリカが安全を取り戻してくれたことに感謝している」とひとりが語る。「十年前には、こんな風にアルジェを散歩して午前二時に家に帰るなんてできなかったわ」 30代のウェイターがやってくる。「俺は投票には行かないぞ! 俺はアルジェリア人でフランス人のつもりだからな!」と通りがかりにことばをかける。
大っぴらにこの疑問を投げかけるひとはどんどん増えている。「父さん母さんがアルジェリアの独立のために闘ったのはただしいことだったのだろうか」 「こんなことを云うのは不幸なことよ。だって私はこの国のことが好きなんだから。でももしフランスがまだここにいたとしたら、今こんな状態だったかしら?」とサミアは疑問を感じる。友達のマリカは何も云わない。突然我慢ができなくなって、マリカは自分の話をはじめる。12月に18歳の弟が高校でアルジェリアの国旗が描かれた板を裏返し、その代わりにフランスの国旗を描いて、そこに「フランス万歳!帰ってきて!」ということばをつけくわえて以来、マリカの家族はサイコドラマのようなものを生きているのだ。高校を退学になり、バカロレアを受けることも禁じられ、弟は今裁判を待っている。「弟は泣いて後悔している。父さんと母さんはショックで立ち直れない」と彼女は語る。
料理人のサイード(33歳)は、4月9日に投票に行くかどどうかまだ決めていない。もし投票するとすれば、ブーテフリカを選ぶつもりだ。サイードによると「ブーテフリカがなかではいちばんましだ。」 10年前には、友人と政治について議論した。今はもうそんなことはない。「アルジェリアで何とかまともな生活をするにはどうするべきかがようやくわかったよ」とサイードはうんざりしたように云う。「何にも興味をもっちゃいけない。そして特に、考えたらいけないんだ…」
フロランス・ボージェ
http://www.lemonde.fr/afrique/article/2009/04/04/alger-se-prepare-sans-passion-a-la-reelection-attendue-du-president-bouteflika-pour-un-troisieme-mandat_1176670_3212.html#xtor=RSS-3208
まあ、いかにも「ル・モンド」といった感じの記事ですね。




